作品タイトル不明
76.ただいま!
「見えてきた! ファルスお兄様、屋敷が見えてきたよ!」
「こらこら、窓から体を出すんじゃない。危ないよ」
久しぶりの我が家が見えてきた。王都の屋敷も良いけれど、やっぱり領地にある屋敷が一番だ。
しばらくすると馬車は屋敷の前で止まった。思わず、馬車の扉を勢い良く開けて飛び出した。
「じゃあ、お先に!」
「ルイ! はぁ……落ち着きがないよ」
後ろでファルスお兄様の小言が聞こえたけれど、ここは無視。駆け出していき、屋敷の扉を開けた。
「ただいまー!」
エントランスに、自分の声がぱっと広がる。……うん、この空気。やっぱり落ち着く。久しぶりだなぁ。
じっとしていられなくて、すぐに駆け出す。目指すのはもちろん、イザベルお母様の部屋だ。静かな屋敷の中に、私の足音だけが軽やかに響いていく。
扉の前まで来ると、息を弾ませたまま勢いよく開けた。
「イザベルお母様、ただいま!」
「ふふっ、ルイ……おかえりなさい」
柔らかな声とともに、ベッドの上で体を起こしたお母様がこちらを見る。
「えっ? 体、大丈夫なの?」
「ルイが帰ってきた気配がしてね。じっとしていられなかったの」
そう言って、優しく微笑みながら両手を広げる。
「さあ、ルイ……おいで」
その声に逆らえるはずもなくて、私は自然と歩み寄る。次の瞬間、ぎゅっと優しく抱きしめられた。
「無事に帰ってきてくれて、本当に良かったわ」
耳元で囁かれるその言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「王都はどうだった?」
「えーっと……あっ!」
思わず顔を上げる。
「ずっと錬金術してて、全然見て回ってないや……!」
「あら、そうなの?」
くすりと楽しそうに笑うお母様。
「それだけ夢中になれるものがあった、ということね」
「うん! すっごく楽しかった!」
そう答えると、お母様は嬉しそうに目を細めた。その表情を見て、やっぱりここに帰ってきてよかったな、と素直に思った。
「王都は見て回らなかったけど、色んな事があったんだよ!」
「へぇ、どんなお転婆な事をやったのかしら?」
「も、もう! 大人なんだから、お転婆な事はしないよ!」
そうやってすぐにからかってくる。だけど、このやりとりが心地よくて、すぐに怒りが収まってしまう。
「じゃあ、順番に何かあったのか教えてくれる?」
「うん! えーっと、まずはね」
椅子に座ると、私は王都であったことを話し始めた。
◇
「――それでね」
イザベルお母様に楽しく話していた、その時だった。
廊下の向こうから、ドタドタドタッ!と明らかに穏やかじゃない足音が響いてくる。嫌な予感しかしない。
――来る。そう思った瞬間、バァンッ!! と勢いよく扉が開いた。
「ルイ!!」
久しぶりに聞く、やたら通る声。
次の瞬間――ぎゅうううううっ!!
「ぐえっ!!」
視界が一瞬で白くなった。肺が、潰れる。
「無事!? 無事なのね!? 怪我は!? 変な人に声かけられなかった!? 怖い目に遭ってない!? ちゃんと寝てた!? 食べてた!?」
「ア、アマリアお姉様っ……情報量が多いし……く、苦し……っ」
「やっぱり私が行くべきだったのよ! 絶対何かあったでしょ!? 寂しかったでしょ!? 私は寂しかった!! とっても!!」
いや圧がすごい。愛が重い。物理的にも重い。
「ちょっ、アマリアお姉様、ちょ、待っ――」
ぎゅうううううっ!!
締め付けが強くなった。何故。
「アマリア……ルイが本当に苦しそうだから、離してあげて」
イザベルお母様の冷静な一言が、まるで救いの鐘のように響く。
「……えっ!? やだ、ごめんなさい!」
ぱっと解放される。
「ぷはっ!! はぁっ、はぁっ……い、生きてる……」
肺ってこんなに大事だったんだ……。
「ルイ……本当に、本当に、本当におかえりなさい!」
目を潤ませながら、今度は控えめに抱きしめてくるアマリアお姉様。……うん、さっきと比べれば天国だ。
久しぶりに会えたせいか、いつにも増して熱烈だ。まあ、こんなに長く離れたのは初めてだし、気持ちは分かるけど……加減はしてほしい。主に呼吸的な意味で。
「じゃあ、後は二人で仲良くしてね」
「イザベルお母様?」
さらっと爆弾を投げないでほしい。
「ほら、私はたくさん話したから疲れちゃったの。少し休むわね」
「うっ……それを言われると……」
……これは絶対に逃げた。確信がある。
「さあルイ、こっちに来て。王都でのこと、ぜーんぶ聞かせてもらうから!」
にこっ、と満面の笑み。逃げ道、なし。
「えっと、その……もうお話したし、ちょっと疲れたなーって……あ、お腹も減ったなー……」
精一杯の方向転換。これで、なんとか……。
「じゃあ食堂に行きましょう!」
即答だった。早い。
「ちょうど夕食の時間よ。食べながらゆっくり聞くわ!」
逃げ道、完全封鎖。これは、激しい追及に合いそうな予感がする。
「いってらっしゃい」
にこやかに手を振るイザベルお母様。助けてくれない。やっぱり逃げた。
こんなアマリアお姉様と一緒にいると、色々と心臓が持たないよ!
「さあ行くわよ、ルイ!」
「ちょ、引っ張らないで!? 自分で歩けるから!?」
ずるずると腕を引かれながら、私はそのまま食堂へと連行されていった。
これ、絶対ゆっくり食べられないやつだ。