作品タイトル不明
72.風邪薬の改良(2)
「他に水分を抜く方法ってあったっけ?」
腕組みをして考える。花びらから水分を抜く。言葉にすれば簡単だけれど、やり方はいくつもあるはずだ。問題は、今の状況で実行できる方法かどうかだ。
自然乾燥意外だと、熱を加える方法。火や熱で水分を飛ばすやり方だ。
料理でもよくある。鍋で水分を飛ばしたり、乾燥させたりするのと同じ理屈だ。ただ、花びらの場合は問題がある。
「熱を入れすぎると、焦げるよな……」
花びらは薄い。水分が抜ける前に、繊維が焼けてしまう可能性が高い。香りや色も変わってしまうだろう。それでは意味がない。
となると、別の方法。
「水分を……吸わせる?」
ふと、そんな考えが浮かんだ。塩や砂糖には水分を引き寄せる性質がある。保存食なんかでもよく使われる方法だ。野菜や肉に塩を振ると、水分が外に出てくる。
「確か、浸透圧……だったかな」
中学の理科だったか、高校だったか。詳しい理屈はうろ覚えだけど、水分は濃度の低い方から高い方へ移動する。
つまり、花びらよりも水分を吸いやすいものと一緒にしておけば、水が外へ引き出される。
「塩……やってみる?」
それで、水分が抜ければいい。ここは実験あるのみ。私たちは屋敷の中に戻り、実験を始めた。
屋敷の部屋に入ると、私は【道具召喚】で道具を取り出した。透明なビーカー。混ぜ棒。小さな皿。そして、キッチンから拝借した粗塩。
テーブルの上にそれらを並べながら、改めて花びらを指でつまむ。薄くて柔らかい。触ると少しひんやりしていて、まだ水分をたっぷり含んでいるのが分かる。
「さて……どうなるかな」
呟きながら、ビーカーの中に花びらを入れた。花びらが底にふわりと落ちる。次に、塩の袋を持ち上げた。
そして――。
「えい」
ざらざらと音を立てながら、塩を大量に流し込む。白い粒が花びらを覆い隠すように積もっていった。
見た目だけなら、ただ塩を山盛りにしているだけだ。だけど、これで本当に水分が抜けるなら、かなり簡単な方法になる。私は混ぜ棒を手に取った。
「じゃあ、混ぜてみるか」
ビーカーの中へ差し込み、ゆっくりとかき混ぜる。ざり……ざり……と、塩がこすれる音がした。最初は特に変化はない。ただ塩と花びらが混ざっているだけに見える。
だけど――。
「……あれ?」
数回混ぜたところで、違和感に気付いた。塩が、少しだけ湿っている。私は混ぜ棒を止め、ビーカーの中を覗き込んだ。
「……出てきてる」
花びらの表面に、小さな水滴が浮かんでいた。さらに混ぜる。ざり、ざり、と混ぜていくたびに、塩の粒が少しずつ濡れていくのが分かった。
そして、底の方にはうっすらと透明な液体が溜まり始めている。
「おお……」
思わず声が漏れた。花びらから、水分が引き出されている。
さっきまでみずみずしかった花びらは、少しずつしんなりしてきていた。張りがなくなり、柔らかさが減っていく。その代わりに、ビーカーの中には水分が増えていく。
「ちゃんと浸透圧が働いてる……」
半信半疑だったけれど、どうやら理屈通りらしい。塩の濃度が高いから、花びらの中の水分が外に引き出されている。
私は混ぜ棒で、もう一度ゆっくりとかき回した。今度ははっきり分かる。塩はすっかり湿り気を帯び、底には水が溜まり始めている。
「すごいな……本当に水が抜けてる」
花びらを一枚、混ぜ棒で持ち上げてみた。さっきより明らかに軽い。触れた感じも、少しだけ乾いたような感触になっている。
「これは……使えるかも」
塩さえあれば、水分を引き出せる。私はビーカーの中をもう一度覗き込みながら、小さく頷いた。
試しに鑑定を使ってみる。
【エイリカの花】
・品質:97
・薬効:十分に備わっている
・水分が抜け出た状態
「うん、薬効も残っている。あとは、保存しやすいように、ギリギリまで乾燥させればオッケー!」
これで、下準備は完了した。その後、エイリカの花を保存しやすいようにギリギリまで乾燥させる。すると、品質は95に落ちてしまったけど、十分に薬効が残った薬の一部が出来上がった。
問題は次だ。エイリカの花はうまくいった。水分を抜いて乾燥させれば、薬効を残したまま保存できる状態になる。
だけど、材料はそれだけじゃない。
「じゃあ、残りはモーンワームの分泌液をどうやって固形にするかだね」
テーブルの上に置いた小瓶を見つめる。中には、とろりとした半透明の液体。モーンワームの分泌液だ。これが今回の薬の重要な材料になる。
ただし――。
「これ、そのままだと扱いづらいんだよなぁ」
新しい風邪薬の素材は全て乾燥したものだ。液体のままだと、保管とかに問題が出てくる。
まず思いつくのは、やっぱり乾燥。熱を加えて水分を飛ばす方法だ。
「……でも、さっき花びらで失敗しかけたしな」
モーンワームの分泌液は薬効が強い。下手に熱を加えると、有効成分まで壊れてしまうかもしれない。じゃあ自然乾燥?
「いや、それだと時間がかかりすぎる」
この粘度の液体が自然に乾くまで待っていたら、何日かかるか分からない。
となると――。
「……固める?」
ゼラチンみたいに固める方法もあるかもしれない。でも、それだと余計な成分が混ざってしまう。薬として使うなら、できるだけ純粋な形にしたい。
「うーん……」
私は小瓶を光にかざしながら、しばらく考え込んだ。液体を固形にする。単純なようで、意外と難しい。
どうしたものかと悩んでいた、その時だった。
「……あ」
ふと、頭の片隅に引っかかるものがあった。錬金術。
「もしかして……」
私はすぐにウィンドウを開いた。半透明の画面が目の前に広がる。スキルや魔法が並ぶ一覧。その中から、錬金術の魔法を順番に確認していく。
「えーっと……」
指でスクロールしながら探していると――。
「……あった」
小さく声が漏れた。そこに表示されていた魔法。
【粉末化】
説明欄を見る。素材を粉末状に変換する錬金術魔法。液体や固形物を加工できるらしい。
「こんなのあったんだ……」
今まで見落としていたのかもしれない。でも、これはちょうどいい。
「よし、やってみよう」
私はまず、小瓶の中の分泌液に魔力を流した。毒素だけを取り除く処理をあらかじめしておく。
ゆっくりと魔力を通すと、分泌液の中にあった微細な毒素が分離されていくのが分かった。
「これでよし」
確認してから、次の工程に入る。小瓶をテーブルの上に置き、魔法を発動させた。
「【粉末化】」
魔力が小瓶を包み込む。次の瞬間。ふわり、と瓶の中の液体が一瞬だけ光った。
そして――。
「おおっ!?」
さっきまでとろりとしていた液体が、跡形もなく姿を変えていた。中に入っているのは、さらさらとした粉末。思わず瓶を持ち上げて振ってみる。さら、さら、と乾いた音がした。
「本当に粉末になってる……」
魔法って便利だなぁ。しみじみそう思いながら、私は瓶の中を覗き込んだ。これなら保存もしやすいし、量の調整も簡単だ。
「あっ……。普通の人にも作れるようにするんだった」
問題を錬金術で解決しちゃった。やっぱり、これじゃあまずいかな?
「とにかく、相談してみよう」
私は出来た薬を持って、部屋を飛び出していった。