軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

70.総合治癒感冒薬の効果と今後の動き

ファルスお兄様に報告すると、すぐに薬の効果を確かめることになった。まだ試作段階とはいえ、理屈の上では確実に効くはずだ。けれど、実際に人へ使った結果を見なければ意味がない。

お兄様はすぐに使いを出し、風邪を患っている患者を募った。ほどなくして一人の男性が連れて来られ、私はスウィンと一緒に診察に立ち会うことになった。

男性は毛布を肩にかけ、椅子に座りながら苦しそうに咳き込んでいる。

「ズズッ……ゲホッ、ゲホッ……。本当に、この薬で治るのかい?」

鼻声でそう言いながら、疑わしげにこちらを見る。

無理もない。見た目はただの液体だ。魔法の光が出るわけでもなければ、派手な回復魔法が発動するわけでもない。私はできるだけ穏やかな声で説明した。

「うん。でも、これは風邪そのものを一瞬で消す薬じゃないんだ」

小さな瓶に入った薬を見せる。

「風邪のときに出る症状――熱、咳、鼻水、頭痛。それをしっかり抑える薬。そして、その間に体の免疫が風邪の病原をやっつけるのを助けるものだよ」

つまり、体を戦いやすい状態に整える薬だ。

男性はしばらく薬を見つめていた。正直、不安なのだろう。未知の薬を飲むのは勇気がいる。

けれどやがて、小さく息を吐くと決心したように頷いた。

「……分かった。頼む」

小瓶を受け取り、薬を口へ放り込む。ごくり、と喉が鳴った。

それから、数分。最初は特に変化がなかった。男性はまだ鼻をすすり、時折咳をしている。けれど――。

「あれ……?」

ふと、男性が顔を上げた。額に浮かんでいた汗が引いていく。赤くなっていた頬の色も、みるみる落ち着いていった。

「……症状が収まった?」

自分の額に手を当てて、何度か息を吸い込んだ。さっきまで続いていた咳が、ぴたりと止まっている。驚いたように今度は鼻をすする。

さっきまでのぐったりした様子が嘘のように、背筋を伸ばして座り直す。

「お、おい……! 本当に普通に戻ったぞ!」

男性は立ち上がり、腕を動かしたり体をひねったりして確かめ始めた。

「すごい……! まるで最初から風邪なんて引いてなかったみたいだ!」

その声はさっきまでとは別人のようにハキハキしている。

「まさか、一発で風邪が治るなんて……!」

嬉しそうに言う男性に、私は小さく首を振った。

「ううん。それは違うよ」

「え?」

「風邪が治ったわけじゃないんだ」

私は落ち着いた声で説明する。

「今は症状が抑えられているだけ。風邪の病原自体は、まだ体の中に残っていると思う」

男性は目を丸くした。

「そうなのか?」

「うん。だから、ちょっと待ってね。確認してみる」

私は意識を集中させ、鑑定の魔法を発動する。視界の端に、情報が浮かび上がった。

【風邪の症状が抑えられた人】

・体内に風邪の病原菌が残っている

・薬の効果によって風邪症状が完全に抑制されている

・免疫機能が活性化し、病原を排除しつつある

やっぱり、予想通りだ。

「うん、私の言った通り。まだ体の中には風邪の病原が残ってる。でも、薬が症状を抑えてくれている」

「じゃあ……俺はまだ風邪なのか?」

男性が少し不安そうに聞いてくる。

「そうだね。でも、今は普通の人と同じように動ける状態になってる。それに、この薬は免疫の働きも少し強くしてくれる。だから、体の中では今、病原を倒す戦いが進んでいるところ」

「なるほど……」

男性は腕を組み、感心したように頷いた。

「じゃあ、完全に治るのは?」

「体の免疫が病原を全部消したとき。それまでは、無理をしないこと。薬で楽になっても、体の中ではまだ戦ってるからね」

男性はしばらく考え――それから、深く頭を下げた。

「それでも、十分すぎるよ。さっきまで立つのも辛かったんだ。こんなに楽になるなんて思わなかった」

その言葉を聞きながら、私は胸の奥で小さく息を吐いた。

……成功だ。理論通り、きちんと機能している。

その後、薬を飲んだ男性の情報を紙に書き出し、まとめに入った。

「いやー、錬金術で作った薬は凄かったね! 薬師が作った薬なんて目じゃないよ!」

作業が終わり、一室でスウィンとファルスお兄様で総括をする。

「あの効果だと、錬金術の有能性が示されると思う」

「ということは、錬金術が認められる?」

「うん、そうなると思うよ。自信を持って言う」

「よ、良かった……」

スウィンのその話を聞いて、とても安心した。これで、錬金術が認められる。そうなると、錬金術で色んな事が出来る。

安心していると、ファルスお兄様が目に入った。腕を組み、視線を少し落としたまま、何かを考え込んでいる。

その表情は、さっきまでのような単純な喜びではなかった。

「ファルスお兄様、どうしたの?」

私が声をかけると、お兄様ははっとしたように顔を上げた。

「……え? あぁ……今後の動きについて考えていたんだよ」

「今後の動き?」

首を傾げると、お兄様は椅子に深く腰掛け直し、ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。

「ルイ。この薬は、とんでもないものだ。薬を飲むだけで、風邪の症状がほぼ完全に抑えられる。そして普通の人と同じように生活できる」

お兄様は机に置かれた小瓶を指で軽く叩く。

「これは医療の常識を変える可能性がある。今まで風邪を引いた人は、寝込むしかなかった。仕事もできないし、動くことも辛い。回復するまでただ耐えるしかない」

お兄様の声は静かだけど、どこか重みがある。

「でも、この薬があればどうなる?」

答えは簡単だ。

「……普通に動ける。普通の人と変わらない生活を送ることが出来る」

「そうだね」

お兄様は頷いた。

「農民は畑に出られる。職人は仕事を続けられる。商人も商売を止めなくて済む。つまり、この薬は便利すぎるんだ」

その言葉に、私は少し戸惑った。

「便利すぎる……?」

「うん。だから間違いなく、人気になる」

断言だった。

「この薬の噂は、あっという間に広まる。人々は皆それを欲しがるだろう。とても大勢の人がね」

私はそこで、ようやく気づいた。

「……あ」

お兄様は静かに頷いた。

「でも、この薬を作れる人は――」

「……私しかいない」

「その通り」

部屋の空気が少しだけ重くなる。

「もしこのまま薬を広めたら、どうなると思う?」

私は頭の中で想像する。

風邪の人。薬を欲しがる人。噂を聞きつけた人。次々と集まってくる。

そして――

「……私が作る」

お兄様は静かに言った。

「そう。全部、ルイの仕事になる。薬を作る。作る。作り続ける。朝から晩まで。毎日。そうなれば、ルイは確実に使い潰される」

「えっ!? そ、そんな……!」

頭の中に、ひたすら薬を作り続ける自分の姿が浮かぶ。

「ど、どうしよう……! せっかく作ったのに、広めないのも変だし……でも、そんなにたくさん作るのは無理だよ……!」

スウィンも少し困った顔をしている。

「確かに……この薬、需要は凄そうだしね」

私は完全に混乱していた。薬の事で頭がいっぱいになっていて、こういうことを考えていなかった。

「じゃあ、どうすればいいの……?」

すると。ファルスお兄様は、ふっと小さく笑った。

「大丈夫。ちゃんと方法はある」

「え?」

「ルイが全部作る必要はない」

私は瞬きをする。

「え……?」

「作り方を体系化するんだ」

「たいけいか?」

「そう。誰でも作れる形にする」

私は目を丸くした。

「で、でも……これは錬金術で――」

「だからこそだよ。錬金術の技術を応用するんだ」

部屋の空気が変わった気がした。

「薬の作り方を整理して、手順を確立する。錬金術師は一人しかいない、だけど薬師なら沢山いる。その薬師に錬金術で効率化したやり方で薬を作らせるんだ」

「じゃあ、私が誰にでも作れる薬の作り方を考える?」

「ルイだけじゃない。ここにいるスウィンと僕と、三人で考えるんだ」