作品タイトル不明
69.風邪薬調合開始(3)
「まずは失敗した液を鑑定しよう。何か、分かるかもしれない」
机に飛び散った液に向けて手をかざし、鑑定を発動させる。
【失敗した液体】
・様々な成分が含まれていたが、成分同士が反発し合って調合出来なかった
「……うん、私もそれは感じていた。成分同士が反発して、混ざりあわなかった感じ」
腕を組み、机の上の焦げ跡を見つめる。
爆発自体は小規模だったけれど、あれは偶然じゃない。成分が弾け飛ぶ直前、明確に拒絶の感覚があった。
「反発、か……」
単純に相性が悪い、というだけなら沈殿や分離で終わるはずだ。混ざらないだけで、あそこまで激しく反応はしない。
ということは――
「属性がぶつかった?」
今回使ったのは、頭痛薬に使う素材。それぞれが別の構造を持ち、違う性質を持つ。その構造がお互いに反発を生んだことにはならないだろうか?
頭の中で、さっきの感覚を思い返す。混ざる前に、弾いた。まるで、磁石の同極同士のように。
「……待って」
ふと気づく。
「どの成分を合わさるか明確じゃなかった?」
思考を整理するために、紙へ素材名を書き出す。今回使ったのは五種類。
・解熱
・鎮咳
・鼻水抑制
・鎮痛
・免疫機能向上
「……多いよね」
ぽつりと呟く。
風邪症状全般に効く万能型を目指したが、さらに治癒効果を狙って免疫向上成分まで追加。
「ひとまとめにするには、無理があった……?」
机に残った液体を見つめながら、構造を頭の中で組み立てる。
解熱・鎮咳・鼻水抑制・鎮痛。この四つは作用機序こそ違えど、方向性は似ている。炎症を抑える、神経伝達を鈍らせる、過剰反応を落ち着かせる――いわば抑制系。
「でも免疫向上は、逆方向」
免疫機能を高める成分は、抑制ではなく活性。細胞活動を促進し、代謝を上げ、反応を強める。つまり構造も、活性型。エネルギー状態が高い。
「抑制系と活性系を、同時に多数で混ぜた……」
そりゃ反発する。今回は抑制系の割合が圧倒的に多かった。四対一。構造の量が偏っていた。
「多数派の構造が場を支配して、少数派が弾かれた……?」
免疫成分は、混ざる前に押し出された。押し出されながら活性状態を保とうとして、エネルギーが一点に集中。その結果――爆発。
一度に全部を調合するのが間違いだったと思う。だったら、やるべきことは――。
「四つの抑制系の素材を一つの薬と完成させて、次のその薬に活性系の成分を付与する。こうすれば、上手くまとまるんじゃないだろうか?」
とにかく、実験あるのみ。
ビーカーに四つの素材の液体を入れる。混ぜ棒でかき混ぜながら、【調合】の魔法を発動する。
すると、すんなりと混ざっていく感覚があった。やっぱり、この中に別の構造の成分を入れて混ぜたのがいけなかったんだ。
魔力が馴染むような感覚になると、フッと抵抗がなくなる。
「成功、した?」
恐る恐る、鑑定を施してみる。
【総合感冒薬】
・熱、咳、鼻水、頭痛を抑える成分が含まれている
「よし、まずは一段階突破!」
これで、普通の風邪薬が出来た。じゃあ、これに免疫機能向上の成分を含ませ、【調合】する。
「バランスが大事だから……モーンワームの分泌液を少し多めに」
慎重に量を量り、ビーカーへと注ぐ。前回の失敗は、欲張って全部を一度に混ぜたこと。今回は違う。
すでに安定させた基礎薬液がある。そこへ、免疫機能向上成分を付け足すだけ。
「よし――【調合】」
混ぜ棒をゆっくり回しながら、魔法を発動する。瞬間、ぴん、と張り詰めたような抵抗。
やっぱり来た。あの、弾こうとする感覚。でも前回ほど激しくない。
「大丈夫……想定内」
魔力を細く、丁寧に流し込む。押し込むんじゃない。馴染ませる。
基礎薬液の構造を維持したまま、免疫成分の波長を少しずつ合わせていく。
ぐ、とわずかな反発。けれど今度は爆ぜない。混ぜ棒を回すたびに、抵抗が柔らいでいく。
……いける。さらに慎重に【調合】を重ねる。魔力で成分同士を結び直すように。
すると――ふっと。あの嫌な張り詰めた感覚が、溶けた。代わりに、滑らかな一体感。
「来た……これだ!」
鼓動が早まる。混ざっている。今度はちゃんと、拒絶していない。基礎の抑制系成分の中に、免疫向上成分が穏やかに溶け込んでいる。
弾き合うのではなく、支え合う形で。最後の微調整。魔力の流れを整え、構造を固定する。
――完成。爆発は起きない。机も無事。ビーカーの中には、静かに揺れる薬液。
「……鑑定」
手をかざす。
【総合治癒感冒薬】
・熱、咳、鼻水、頭痛を抑える成分が含まれている
・免疫機能が向上し、体内の菌やウイルスを早く死滅させる
「やった……! 成功してる! ちゃんと全部入ってる!」
抑えるだけじゃない。治す機能を向上させる成分も入った薬。症状を和らげながら、体の力で根本から菌やウイルスをやっつける。
さっきまで爆発していたなんて嘘みたいに、ビーカーの中の液体は穏やかに輝いている。
失敗は無駄じゃなかった。構造を理解して、バランスを見直して、組み直した結果。
「完成……新しい風邪薬」
ビーカーを掲げる。透明な光が、きらりと揺れた。ただの改良じゃない。一段上の薬だ。
「ファルスお兄様に報告しなくっちゃ!」
完成したら報告するように言われている。私は出来上がった薬を瓶に移し替えると、部屋を飛び出していった。