作品タイトル不明
68.風邪薬調合開始(2)
「次はミットの根だね。たしか、薬師協会で見たものは、処理工程で有効成分が抜けすぎているのが問題だったはず」
スウィンの話では、ミットの根には強い刺激成分が含まれているため、安全に使うには長時間水に浸して抜く必要があるという。けれど、その過程で肝心の頭痛を抑える成分まで水に溶け出してしまう。
結果、効き目の弱い薬になる。
「だったら、やることは単純だよね。【成分消去】で刺激成分だけを取り除いて、そのあとに【成分抽出】」
私はミットの根をまな板の上に置き、まずは鑑定をかける。
【ミットの根】
・頭痛を抑える成分が含まれている
・刺激成分が含まれており、肌荒れや腹痛を引き起こす
「うん、間違いない」
手をかざし、意識を集中させる。頭の中で刺激成分だけを明確にイメージし、それに干渉する感覚を探る。
「……【成分消去】」
じわり、と魔力が染み込むように根へと浸透していく。何かを削り取るような、繊維の隙間をすり抜けるような微妙な手応え。
魔法を止め、再び鑑定。
【ミットの根】
・頭痛を抑える成分が含まれている
・刺激成分が含まれており、肌が荒れる
「あっ、まだ残ってる」
食べたときの腹痛は消えているけれど、外用時の刺激は残っているらしい。
「むー……やっぱり【成分消去】は難しいなぁ」
【成分抽出】はもう慣れた。欲しい成分を引き出すだけだから分かりやすい。
でも【成分消去】は消しすぎないように調整する必要がある。対象を正確に認識しないと、必要なものまで削ってしまう。
使う機会が少ない分、精度がまだ甘い。
「でも、ちゃんと減らせてはいる」
失敗ではない。確実に前進している。
もう一度、今度はより細かく意識を分ける。刺激成分の性質を掴む。鑑定で得た情報を頼りに、荒れを引き起こす要素だけを狙う。
「……そこ」
微かな抵抗を感じた瞬間、魔法を止める。
再鑑定。
【ミットの根】
・頭痛を抑える成分が含まれている
「よし!」
思わず拳を握る。今度は余計な成分がきれいに消えている。有効成分はそのまま。
「これなら完璧だね」
あとは抽出工程。
「根の素材は何度か使ったことあるし、手順は分かってる」
私は【切断】で皮を薄く剥ぎ、白い繊維質の根を露出させる。さらに細かく刻み、断面を増やす。
刻まれた根から、ほのかに薬草らしい香りが立ち上る。それを、水の入ったビーカーに入れて、混ぜ棒でかき混ぜる。
「ここから【成分抽出】」
今度は迷いなく魔力を流し込む。欲しいのは頭痛を抑える成分だけ。
魔力が根の内部から有効成分を引き出し、液体となってビーカーへと集まっていく。
無駄がない。水にさらして薄まることもない。
「どうかな?」
【ミットの液】
・頭痛を抑える成分が含まれている
「よし、成功している!」
従来よりも濃度が高く、刺激のない抽出液。薬師協会のやり方より、ずっと効くはずだ。
「これなら、風邪薬の成分として十分使えるね」
私は小さく頷きながら、次の素材へと手を伸ばした。
「じゃあ、最後にモーンワームの分泌液。まずは鑑定だね」
【モーンワームの分泌液】
・免疫機能を向上させる成分が含まれている
・痒みを伴う毒素が含まれている
「ふむふむ。このままじゃ、使えないってことだね。まずは毒素を抜かないと」
分泌液が入った容器に手をかざし、【成分消去】を発動させる。頭の中でしっかりとイメージして、毒素を消去させる。
しばらくすると、手ごたえを感じた。何かが消える感覚だ。
「よし、これで……」
【モーンワームの分泌液】
・免疫機能を向上させる成分が含まれている
「うん。毒素が消えている。じゃあ、これで調合するものが全部揃った。次は【調合】だ!」
空のビーカーを用意して、その中に五種類の液体を入れる。そして、混ぜ棒でかき混ぜながら魔法を発動させる。
「よし……【調合】」
深呼吸をひとつ。私は両手をかざし、ゆっくりと魔力を流し込む。
素材同士が引き寄せられ、境界が溶けていく感覚。いつもなら、ここで自然に馴染む手応えがある。
でも――今日は違った。
「……あれ?」
確かに混ざっている。けれど、どこか引っかかる。水と油が無理やり同じ器に押し込められているような、微妙な反発。
内側で、小さな軋みが生まれている。
「混ざらない……?」
魔力の流れを慎重に観察する。素材同士が結びつきかけて、しかし直前で弾かれている。
足りない? それとも、方向が違う?
「もっと、力が必要なのかな……? 【調合】!」
今度は一段階、出力を上げる。魔力を強く押し込むと、液体が一気に収縮する。ぐにゃり、と中身が歪む。さっきまでの軋みが、今度ははっきりとした拒絶に変わる。
嫌な感覚。背筋を撫でるような、不安。混ざっていないものを、無理やり縛りつけている。
「……っ」
止めるべき? でも、あと少しでいける気がして――
次の瞬間。内側で、何かが限界を迎えた。
――ボォンッ!
「わっ!」
衝撃とともに白煙が弾ける。机の上の容器が跳ね、液体が四方に飛び散った。
私は反射的に身を引き、腕で顔を庇う。
しん、と静まり返る室内。焦げた匂いと、ゆらゆら立ちのぼる煙。
「……爆発、した」
ぱち、と小さく音を立てて、焦げた液体が机から滴る。
失敗。胸の奥が、じわりと重くなる。
せっかく【成分消去】もうまくいったのに。抽出も完璧だったのに。最後の最後で、台無し。
「……はぁ」
ため息が漏れる。
悔しい。単純に力不足? いや、違う気がする。
私は散らばった素材の残骸に視線を落とす。爆発の直前に感じた、あの拒絶。力を強めるほど、反発も強くなった。
「……無理やり混ぜようとしたから、ダメだったんだ」
きっと、調合は押し込むものじゃない。素材同士の相性や流れを整える工程なんだ。私は指先に残る焦げ跡を見つめる。
「力じゃなくて、順番……それとも媒介?」
もしかして、いきなり直接混ぜるのではなく、安定剤になる素材を先に馴染ませるべきだったのかもしれない。あるいは、抽出液の濃度が高すぎた?
考える材料は、ちゃんとある。完全な失敗じゃない。
原因が分からない失敗は怖い。でも今は違う。はっきりと違和感を覚えている。
なら、次は修正できる。
「……よし」
私は袖をまくり、机を拭き始める。
爆発したっていい。一回で成功する方が、きっとおかしい。
「次は、ちゃんと馴染ませる」
焦げ跡の残る机の上に、新しい容器を置く。さっきよりも、少しだけ冷静に。失敗は、前進の証。
今度こそ、完成させる。