軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第049話 屍操族

結局、待てど暮せど逮捕状を持った兵士が押しかけてくることはなかった。

一体、後日どんな会話をしたのか……受付係の女性になにか話したくない辛いことでもあったのだろうと感じ、特になにもアクションをしなかったのか。あるいは、すでに侵入が露見して問題になっているが、まさかあの魔術を一朝一夕で身につけられるはずがないと考え、容疑者から外れているのか……。

誰かに正直に聞いてみるわけにもいかない。

ベレッタとは、その後も会う仲になった。

毎日のようにおれの部屋に来て、概念炉について理解しようと頭をひねっている。邪魔をしてくるわけではないし、開発に詰まったときに話すと気晴らしになった。雑談からヒントを得ることもしばしばあって、向こうはそういう話から勝手にエッセンスを吸収して学んでいるようだった。

時折口にする魔王とした会話は興味深く、なにより頭がよく話していて気持ちがいい。

「ずいぶん打ち解けたようじゃないか」

一週間ほど経ったある日、呼び出されてエレミアのところに行くと、開口一番に言われた。

「ええまあ。仲良くしろと言われましたし」

「気が進まない様子だったろうが」

「最初はそうでした。ただ、話してみると本当に頭のいい 娘(こ) ですよ。その分、知能で劣るとみなした人を見下す傾向はありますが」

「ああ、その報告は受けている。それも含めて、お前なら適任かもしれないと思ったんだ」

そうなのか。まあ、ベレッタは最初からこの都市の学者については眼中にない感じだったもんな。

「呼びだしたのはその件ですか? 向こうの技術はちょこちょこ聞いてますが、革命的なものは特にありませんよ」

「そうじゃない。天文学部から、要請が来た」

ああ、そっちか。

「うーん……今はお金に困っていませんし、ちょっと関心がないので」

宇宙の探索から帰ってからしばらくの間、おれも詳しく調べていたのだが、宇宙からの魔力波は特定のパターンを示してはいるものの、その中身となると解析できない。

この手の話でパッと思いつくのは、ものすごい技術を持ったフレンドリーな宇宙人が、遅れてスタートしてきた知的生命体に「この広い宇宙で、きみたちは孤独ではないんだよ」みたいなことを伝えたくて一生懸命メッセージを送ってくれてる……みたいな話だが、どうもそういう感じではない。

芸術性はあるが、言語性は感じないというか……明らかに人為的ではあるのだが、それは歌や楽曲が音律を守っているような感じで、具体的なメッセージを伝えたいという意図を感じられない。自然言語やコンピュータ言語に存在する、複雑な概念を間違いなく伝達するための約束事、プロトコルのようなものが見いだせない。

興味はむちゃくちゃあるのだが、残念ながらイーリを助けるという目的のためには役に立たない気がしている。

「そうか。だがまあ……気が向いたら奴らの情熱も汲んでやれ。この件に関しては派閥が絡んでるから、無理にとは言わんがな」

「派閥、ですか?」

「お前が論文を出す前から、塔については諦めて別の方法を探そうって派閥があったんだ。そこにお前が方法を投げ入れたもんだから……要するに、ゴタついてるってことだ。あくまで塔を直したいと思っている主流派にとっては、面白くはない」

「へー、そうなんですか……まあ、あまり興味はありませんが」

本当にどうでもいい。

行きつけのレストランの本日のランチメニューのほうが百倍興味があるくらいだ。心底どうでもいい。

「俺も本音ではどうでもいい。学長としての責務を果たしただけだ」

「わかりました。用件はこれでおしまいですか?」

それだったら、なんの意味もない、くだらない用事で呼びつけられたことになる。

「いや、これからが本題だ。イーリから手紙を預かっている」

エレミアは机の端に手紙を置いた。

「お前も、今度からはうちの秘書に預けろ。普通の郵便で出したそうだが、あれは事故が起こりやすい。 外交伝書(クーリエ) のほうが確実だ。手紙の一枚くらい、いつでも混ぜてやる」

「そうなんですか。なら、次からはお言葉に甘えさせていただきます」

「ああ、そうしろ。用件は以上だ」

「はい。それでは失礼します」

おれは手紙を取ると、ペコリと頭を下げ、エレミアの部屋を退室した。

少し緊張していたが、禁書の件は最後まで問い糾されなかったな……。

待ちきれず、廊下の壁際に背を預けてイーリからの手紙を開くと、すごく長かった。

高級紙にびっしりと美しい筆致の文字が書き綴られている。

おれの近況に対する質問から始まり、送った聖剣の切片についての謝礼が続いていて、研究したいので二つに切り分けた聖剣のうち一つを送ってほしいという依頼に続いている。

そこはかとなく、聖剣が欲しいというより、報酬という名目でおれに生活費を送りたいという本音が文章から滲みでている……。

末尾は、もし課題が難しいと思ったら、悩む必要はないのだから、いつでも帰ってきなさいと締めくくられていた。

おれは思わず頬がゆるむのを自覚しながら、手紙を丁寧に畳んで封筒にしまった。

建物の入り口には、ベレッタが待っていた。

「どーだった?」

ベレッタは、もしおれが逮捕されそうになり、争いが起きたら助力するつもりで控えていたのだ。

「大した用事じゃなかった」

「ふーん、そっか」

ベレッタはどこかつまらなそうだ。戦いに飢えているのだろうか?

というより、退屈を嫌っているのかもしれない。

「じゃ、ご飯食べに行こっか?」

「うん」

おれたちは二人で歩き出した。

「ところでさ、ちょっと聞きたいんだけど」

「なに?」

「ベレッタみたいな魔王族って、魔境でどうやって暮らしてるの?」

せっかく魔王族と仲良くなれたわけだし、なにか情報を引き出してイーリに報告してあげたほうがいいだろう。

とはいえ、内偵や尋問で向こうの情報は結構持っているようだから、役に立つかどうか分からないけど。

「いや、私は魔王族じゃないよ」

「えっ!?」

びっくりして立ち止まってしまった。魔王族じゃなかったのか。

じゃあ……何?

「ごめん。ベレッタみたいな人間っぽい形をした魔族って、全員魔王族なんだと思ってた」

「あー、なんかこっちの人は勘違いしてるっぽいね。もっと色々あるんだよ」

「じゃあ、ベレッタってなんなの?」

なんなのって言い方もないか。

「うーん……ま、ルシェには教わりっぱなしなわけだし、特別に教えてあげようかな」

なんかもったいぶったようなことを言い出した。

「私は 屍操族(しそうぞく) っていうんだ。 屍体(したい) を操れるの」

「えっ、 屍傀亜竜(しかいありゅう) を操ったりしてる人たち?」

「そう。よく知ってるじゃん」

知ってるどころか、じゃあ少なくとも二人は殺していることになる。

「あれって、魔王族とは違う人たちだったんだ」

「そうだよ。魔王族っていうのは魔王が発生する可能性があるから魔王族でしょ。私達から魔王が生まれることは絶対ないの。種族が違うから」

そういえば、ベレッタは魔王族特有の灰色がかった肌をしていない。

そもそも種族が違ったのか。

「逆に、魔王族は屍体を操ることは絶対むり。私達だけの特別な 族性(ぞくせい) だから」

ぞくせい?

「なに? ぞくせいって」

「その種族だけの特別な性質っていうか、技能や性格のことを族性っていうの」

へー、初めて聞いた。

「じゃあ、おれが習得するのも無理なんだ」

「あははっ、こればっかりはね~。いくらルシェでも無理なんじゃない?」

「もしかして、 鉄血術(てっけつじゅつ) とかも?」

「ああ、そうそう。あれも魔王族とはちょっと別。鉄血族っていう、近接戦闘特化の部族だけに備わってる性質って感じかなあ。あんまり強い部族ではないけどね」

「強くないの? なんで?」

バルザックは普通に強かったと思う。

「魔境には、こっちほどいい付呪具がないから駄目なんだって。 鹵獲品(ろかくひん) をかきあつめたら強い個人はできるけど、武器の供給が鹵獲品しかないんじゃ、一族全体の強さなんてたかが知れてるでしょ?」

まあ、そりゃそうか。

「そうなんだ。でも、なんでいい付呪具を作れないの?」

ベレッタの話を聞いていると、向こうの魔術大系がこちらと比べて大きく劣っているとは思えない。

付呪学だけすっぽぬけてる、なんてことがあるんだろうか?

「 星鱗(せいりん) が採れないから」

「あ、そっか」

単純な話だった。

「まー、こっちの人間にできてることなんだから、頑張れば採りにいけるんだろうけどさ。そもそも、私達みたいな人間っぽい種族以外は、戦いに適した長所の一つ二つは生まれつき備えてるわけ。頭が弱い種族は付呪具なんて使いこなせないし、仮に配っても宝の持ち腐れでしょ?」

こっちの人間と違って、魔族のほうは産まれて育つだけで強いわけだ。

強い種族なんかほんとそのまんまで強いっていうしな。 巨人族(ギガント) とか。

「まーでも、そういう魔獣に近いような奴らって知能が低いのが多いから、鉄血族は前線の部隊長みたいな形で重宝されてるみたいだけどね。魔王族よりかは身体能力に優れてるし、子供の頃から鍛えてるし、なにより鉄血術で死ににくいからさ」

「そりゃそうだね」

鉄血術は切断された人体を即座に癒せるわけではないが、どこでもすぐさま止血できるというのは戦場では大きい。たぶん、矢を受けた程度ではなんともないし、腹を刺されたりしても戦い続けられるのだろう。その手の体を刺し貫かれるような傷は、戦場では切り傷より多いくらいだから、それで死なずに戦い続けられるというのはもの凄く大きいメリットだ。

「魔境では魔王領に隣り合ったところで暮らしてるんだよ。シリっていうんだけど」

ああ、なんかそんなこと言ってたな。

シリを与えられた王とかなんとか……じゃあ、あいつが部族長みたいなもんだったのか。

「ベレッタの 屍操族(しそうぞく) っていうのは?」

「うちはもっとずっと小さいよ。魔王族の中で細々と暮らしてる、超少数民族って感じ」

「そうなんだ。でも、亜竜を操れるのはベレッタのところだけなんだから、優遇されてるんじゃないの?」

「まあそうだけど、うちは出生率の低さがずーっと問題なんだ。亜竜は九匹しかいないから、丁度いいっちゃ丁度いいんだけど」

もう二匹減ったんだが、ベレッタはそのあたりの情報は得ていないのだろう。

「じゃあ、亜竜に乗れるのってエリートに限られるんだ」

「エリートっていうか…… 屍操術(ネクロマンシー) には難しい条件があるから、有能だから操れるってわけじゃないんだよね。亜竜を持ってる家みたいのがあって、まあ私ん 家(ち) もそうなんだけど、自分の家の亜竜しか基本的には操れないの。それでほら、私って相当強いでしょ?」

「ああ、そうだね」

ベレッタが戦っているところを見たことがないのでなんとも言えないが、魔術をかなり使えるのは確かだ。その上戦闘に自信があるってことは、かなり強いんだと思う。

「亜竜に乗れるだけの子は多いけど、その上魔術の才能があって、自分でも戦えるっていうのは中々いないんだよ。だから私は魔王様に見出されて、直々に鍛えられたわけ」

あー、そうなんだ。

「じゃあ、ベレッタって本物のエリートじゃん」

屍傀亜竜(しかいありゅう) に乗って、しかもめちゃくちゃ強ければ、それこそ一騎で戦況を変えるような働きができるだろう。それはもう兵隊としては最高というか、至高の存在と言っていい。

そりゃ、魔王直々に教えを授けもするはずだ。

「そうだよ。すごいでしょ」

「うん。すごいすごい」

だけど、ならどうしてこんなところにいるのだろう?

ベレッタの言っていることが本当なら、なおさらここにいるのは変だ。スパイだったとしてもおかしい。

そういう国に数人もいない、替えのきかない本物のエリート兵を、いくら頭がいいといっても、敵地でのスパイ活動などという危険極まりない任務に投入するだろうか?

そんなこと、普通だったらありえないことだ。

聞いたら教えてくれるのかな。さすがにはぐらかされるかもしれない。

「じゃ、魔境の他の種族のこと教えてくれない?」

深いところはおいおい聞いていくとして、ひとまず別の話題に移ろう。

「いいよー。何が知りたい?」

「そうだな。強くて厄介な連中について聞きたい。対策法とか考えときたいし」

「強くて厄介かあ。そうだなあ……魔王不在の戦乱期に厄介だったって言われるのは、一角族っていうのがいてさ」

ベレッタがそう言ったとき、後ろになにか飛来物が見えた。

0.2秒毎に 更新(リフレッシュ) される超音波の簡略化された線画が、コマ送りのように急速に距離を縮める矢の姿を捉える。

反射的に、左手でベレッタの胸ぐらを掴んで引き倒しながら、右手で聖剣を抜き打っていた。剣の腹に鉄球でもぶつかったような衝撃が走り、キィンッと甲高い音がして、鋼でできた矢を弾いた。

なんだなんだ。

痺れていない左手を懐に入れ、金属片をつまんで大雑把に投げつける。鋭角の紙飛行機のような形をした薄い銅の飛行機は、導電性の炭素繊維の糸を引きながら、筒の形をした追い風に加速されて奔り、人を避けつつ誘導されてゆく。謎の暗殺者が人混みに紛れようとした瞬間、お尻にぷすりと刺さった。

思い切り高圧電流を流すと、暗殺者は突然ビクンと大きく痙攣して、その場にすっ転ぶ。

「ベレッタ、大丈夫?」

「いったぁ……」

地面に引きずり倒されたベレッタは、腕を押さえていた。

服には血が滲んでいる。弾いた矢がかすったらしい。

「まずい」

おれはすぐにベレッタの手をどかすと、小さく血で染まったシャツを力任せに破って、患部を露出させた。

二センチほど薄く切れた傷口に口を当てて、血を吸い出す。

「ああ、毒か……まあ、そりゃそっか」

「黙って、安静にしてて。毒が回るから」

二度三度と血を吸い出してペッと捨てると、先程破った袖を傷口の上部に巻き付け、ゆるく縛った。

持っていたペンを体と縛った袖の間に入れ、くるくると回してぎゅうぎゅうに縛りをきつくする。

あの矢は、明らかにベレッタを狙っていた。暗殺が狙いなら、毒を塗っている可能性は高い。

「これ持ってて」

と、ペンを渡す。

「……うん」

「ベレッタ、どうする? 確実に生き残りたいなら、すぐに腕を切断したほうがいいかもしれない」

「……それは、さすがに嫌かな」

ベレッタはわずかに逡巡した後、そう答えた。

「そうだよね」

傷はかなり浅いし、そもそも毒が塗ってあるというのも、その可能性が高いというだけの話だ。

毒なんて塗っていない可能性も十分にあるし、そうしたら単純な小さな切り傷一つで腕一本を無駄に切断することになってしまう。

「じゃあ……念のため傷口の周囲の肉を少し切り取って、縫合するくらいにしとこっか?」

「そうしてくれる?」

「うん。傷は浅いし、女の子だから、できるだけ傷が残らないようにするよ」

「ふふっ、よろしく」

さすがに路上で縫合をするわけにもいかない。

見えるところに、バーのような店があった。開いてはいないようだが、少し借りよう。

おれはベレッタを抱きかかえた。