軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第018話 お風呂

酒場の裏手に首を転がすと、ゲオルグは勝手口のドアを何度も強く叩いた。

「うるせえ! こっちは入り口じゃねえよ」

大ぶりの肉斬り包丁を片手に握った酒場の主人が出てきた。

「うおっ」

酒場の主人は、ゲオルグとルシェの姿を見て面食らったような顔をした。

ゲオルグはルシェが爆発させたときの血しぶきでやや汚れているし、ルシェのほうはもろに至近距離から食らったのでバケツ一杯の血を頭から浴びたような格好になっている。目立つ臓物や肉片ははたき落とし、飲み水で多少顔は洗ったが、その程度ではどうにもなっていないだろう。

「さっき修行がてら 魔狼(ヴァーグ) を狩ってきた」

ゲオルグは地面に転がした大小二つの獣の生首を目で示した。

「あんたが……?」

「いや、片方はこの子が一人で狩った」

「その子がっ!?」

驚いている。

まあ、世の中には子供を魔獣と戦わせるという発想がない大人が多いので、これは仕方がないだろう。

「どうやって……」

「方法はどうでもいいだろう。とにかく、これでアリシアが辞める必要はないな」

元はと言えばそれが理由といっても過言ではない。

「ああ、そりゃそうだが」

「なら、明日の朝にでも村長にだけ報告しておいてくれないか? こちらが勝手に修行相手にしただけだから、報酬なんぞはいらんし誰が殺したことにしてもいい。そう伝えておいてくれ」

傭兵が殺したことにした方がいいかもしれない。その辺りの判断は村長がするだろう。

「分かった。そう伝えておこう」

「なら、俺たちは家に帰る」

「待ってくれ。怪我はしていないのか?」

「ああ、全部返り血だ。二人とも大したことはない」

ルシェのほうは爪が掠めた切り傷をいくつか負っているだろうが、家で治療すればいいだろう。

「じゃあ、せめてもの礼に飯でも食っていけ。風呂も、まだぬるいだろうが沸いている。その血を落としていくといい」

「ああ、それは助かる。お言葉に甘えるとしよう」

ゲオルグはすぐに答えた。

イーリからの説教を覚悟していたが、血を落とすことができればイーリに全てを隠し通すことができるかもしれない。

「アリシアー!」

酒場の主人はすぐにアリシアを大声で呼んだ。

「はーいっ」

少し早めに仕事を切り上げさせて送り届けたあと、酒場の手伝いをしていたらしいアリシアが現れた。

「キャア!!」

短い悲鳴をあげる。血を頭から被ったようなルシェの姿に驚いたのだろう。

「ルシェくん、どうしたのっ!?」

「 魔狼(ヴァーグ) と戦ってきた。返り血だからだいじょうぶ」

「えっ、ルシェくんが!?」

アリシアはゲオルグのほうを見た。

「ああ。大したもんだ」

「アリシア、風呂釜に薪を足してやってくれ。さっき火を入れたばかりだから、まだぬるいだろう」

「あっ、うん。ルシェくんをお風呂に入れてあげたらいいのね。いいよ、分かった」

ゲオルグは酒場の主人と顔を見合わせた。

主人は薪を足せとは言ったが、風呂に入れてやれとは一言も言っていない。どうやらアリシアはルシェを風呂に入れてやりたいらしい。

「ああ、頼んだ。洗ってやってくれ」

と、ゲオルグはとっさに機転を利かせて言った。

少年のころのそういう思い出は歳を重ねてからでは得難いものである。

「なに? 別にお前がやらなくても……」

「お父さん、なに想像してるの。ルシェくんは私の通勤のためにこんな目に遭ったんだよ」

「むう、しかし……」

ルシェは三歳児かなにかではないので、酒場の主人が少しばかり危惧するのは当然といえた。

二歳の年の差はあるが、大人からしてみればその程度の差などあってないようなものだ。

「……まあ、いいだろう。入れてやれ」

結局、許可が出た。

ルシェはまだ声変わりもしておらず、中性的な見た目をしているので心配のしすぎと思ったのだろう。

「ゲオルグ、ゲオルグ」

ルシェが裾を引っ張っている。

「どうした?」

「おれ、もしかしてアリシアとお風呂入ることになってるの? 恥ずかしいからやだ」

小声で言ってくる。

「別に恥ずかしいことはないだろ」

大人になったらいい思い出になるに決まっているのだから、ここは黙って言うことを聞いておけと言いたい。

「……ネイに秘密にしといてくれる?」

ここでネイの名が出てくるのか。

恋心ではないのだろうが、なんだか同年代に近い女子には知られたくないような複雑な感覚があるのかもしれない。

「そんなこと、言うわけがないだろ」

「そう……どうしても入らないとだめ?」

「アリシアの気持ちを無下にする気か?」

老婆心とはこういう感覚のことを言うのだろうか。

要らぬ世話だとは思いつつも、なんとなく背中を押してやりたい気持ちが強く湧き出てくる。

「うーん……それもそうだね」

「よし。じゃあ、頼んだ。念入りに綺麗にしてやってくれ」

「分かりました。じゃあ、ちょっと薪を足してきますね。お父さんは厨房の方おねがい」

アリシアはゲオルグとルシェの隣を抜けて勝手口から外に出ていくと、ささっと薪を足してルシェを連れて風呂場に向かっていった。

◇ ◇ ◇

「それで? 傭兵のほうは何も動かなかったのか」

ゲオルグは厨房の椅子に腰掛けて味付けの濃い肉を食いながら、鍋を振っている主人に言った。

「一応、巣を探すとは言っていた。あとは警鐘が鳴ったら村長の屋敷に集まれとよ」

「……なるほどな」

魔獣は人を殺すために殺すので、鐘を鳴らして人々を一斉に屋外に出すという方法は非常によくない。人を殺した後に喰らうという時間のかかるプロセスがなくなり、目につく人間たちを殺して回ることを優先するからだ。

なので、魔獣が相手の場合は屋敷に集めるより家に隠れさせていたほうが被害が抑えられる。 魔狼(ヴァーグ) の場合であれば、家に隠れていれば一軒を探索し、殺害して捕食するのに十分前後はかかる。だが屋外を大勢が走っていたら人を一人殺すのに十秒もかからない。わざわざ 魔狼(ヴァーグ) の餌場を作るようなものである。

警報があってから傭兵が迎撃体制を整えるまでに何十人も被害が出るだろう。家に隠れさせていれば、もし襲われたとしても犠牲は数人で済む。

やはりというか、傭兵は実戦経験が薄い連中らしい。

「やはり、ああいう雇われ者はだめだな。ここぞというときのために雇っているのに、その時に仕事をしないんじゃ意味がない」

「それはその通りだが、腕の立つ傭兵ってのは金もそれなりに請求するものだからな。 魔狼(ヴァーグ) を子犬のように蹴散らせるような奴らは相当の金額を取る。交易で儲かっている裕福な街ならともかく、この村では金が続かないだろう」

この村には大した産業はない。村長が上手くやっているのか貧しい村という印象は受けないが、それでも商人が何人も 店(たな) を構えているような裕福な街と比べると物価からして全く違うので、維持に毎月金貨十何枚も必要な傭兵団など雇ってはいられないだろう。

そうなると、結局雇えるのはどこかの部隊が軍を辞めたあと看板を掲げただけのような集団となる。

「……まあ、そういうこともあるか。世知辛いもんだな」

「そうだな」

「っと、できた。悪いが、少し配ってくる」

「ああ」

酒場の主人は大きな手持ち鍋から大皿に料理を移すと、それを持ってホールのほうに消えていった。

ゲオルグが黙々と食事を続けていると、風呂場の方の廊下からルシェとアリシアが現れた。

ルシェは、なぜか女物の服を着ていた。

「あっ、ゲオルグさん」

「どうした、その服は」

「替えの服がないので、とりあえず私の合わなくなった服を着せました。似合ってませんか?」

ううむ……まあ、血を被った服を着直すわけにはいかないし、酒場の主人の服はサイズ的に着られたものではないので仕方がないが、スカートは少し可哀想な気がする。

ルシェは顔を真っ赤にして物凄く恥ずかしそうにスカートを押さえている。

「ゲオルグ……もうかえりたい」

何をされたのか顔を真っ赤にして涙目になっている。声もなんだか消え入りそうなほど小さい。

こんなルシェを見たのは初めてである。

「そうか。じゃあ、俺が風呂から出たら帰ろう。この食事はみんな食っていいそうだから腹ごしらえしておけ」

「すぐ?」

「ああ、すぐ出てくるよ。今日は激しい運動をしたから、腹いっぱい食っておけよ」

「分かった」

「あ、じゃあお風呂場を案内します。こちらです」

何を満足したのか妙に弾む声のアリシアが言った。

◇ ◇ ◇

山道を登り切る手前で、

「じゃあ、おれは窓から入るから」

とルシェは言った。

「そんなに嫌なのか」

この姿を二人に見せてやりたい気もしたが、まあ本人がそんなに嫌がるなら隠しておいたほうがいいかもしれない。

「おっと」

山道を登り切って家が見えると、イーリとネイがウッドデッキに小さいテーブルを出して座って待っていた。

ばっちり、こちらを見ている。

「一足遅かったな」

ゲオルグが言ったときには、既にルシェはゲオルグの背中にぴったりと隠れていた。

暗がりだったのでスカート姿は見えなかっただろう。

「玄関まで歩いて」

「ああ」

ゲオルグが緩い歩みで玄関までゆくと、

「二人とも、こっちに来なさい」

と、イーリが厳しい声を放ってきた。

まさか無視して玄関に行くわけにはいかないので、そのままウッドデッキの近くまで歩くと、

「ゲオルグ、その服はどうした?」

と言った。ゲオルグは酒場の主人から借りた服を着ている。外出する時にいつも着ている革の服は血しぶきがかかってしまったので、ルシェの服もろとも村の洗濯屋に預けてきた。

「ああ、泥で汚れたんで着替えてきた」

ゲオルグはしらじらしい嘘を吐いた。

「ルシェ」

「ルシェもそうだ。もういいだろ。家の中に入れてやってくれ」

「ルシェ、姿を見せなさい」

お前には言っていない、とでもいうようにイーリはルシェに厳しく声をかけた。

ルシェは顔を真っ赤にしながら、ゲオルグの背中から離れて横に出た。

イーリが一瞬ぎょっとした目をして、

「ぷっ、ふふっ」

と、ネイが吹き出すように笑った。よほど面白かったのだろう。

「――ふぐっ」

すると、俯いていたルシェが嗚咽を漏らした。

「うううううっ……ぐすっ。うぅう、う~~~~っ」

泣いてしまった。

ルシェは恥辱に耐えかねた様子で、トトトッと家の中に走り去った。自分の部屋に向かったのだろう。

「むう……」

さすがのイーリも、まさか女装しているとは思わなかったようだ。

「………あうう」

ネイのほうはやってしまったと思ったのか、なんだか申し訳無さそうな顔をしている。

「イーリ様、ちょっとすいません」

「うん。行ってきなさい」

許可を貰うと、ネイは小走りに家の中に入っていった。ルシェに謝りにいくのだろう。

「さて、今日は色々あって疲れたな。俺も休ませてもらうとするか」

ゲオルグはどさくさに紛れて家に入ろうとした。

「待て。ちょうど席が空いた。そこに座れ」

有無を言わせぬようにイーリが言った。

やれやれ。

靴を脱いで椅子に座ると、イーリはじっとこちらを見つめてきた。

小さいテーブルの上には茶が置いてあるが、冷めてしまっているようだ。

「で? 何をしてきた」

「野山を登ったり降りたりする修行だ。泥にまみれてしまったので着替えてきた」

「……はあ」

イーリはため息をついた。

「お前は相変わらず嘘が下手だ。泥だったらこの家に帰ってきて洗えばいいことだろ。お前のその服はともかく、あの子が着ていた服はおそらくアリシアのものだ。嫌がるあの子を無理に着替えさせたのは、なにか後ろめたいことを隠蔽するためだな」

「………」

「お前のことだから、どこぞの悪人とでも殺し合いでもさせたのかとも思ったが、人を殺したにしてはあの子の様子は普通だ。だとすると 魔狼(ヴァーグ) だな」

名推理である。

「はあ……まあ、そうだ」

ゲオルグは認めた。看破されているのに嘘を続けるのも馬鹿馬鹿しい。

「なぜ私に一言の相談もなく、そんな危険なことをさせた?」

「そうやって反対するからだ。お前は過保護すぎる」

事実こうやって反対している。

「ルシェはまだ体も出来上がっていない子供だ。 魔狼(ヴァーグ) と戦わせるなど正気の沙汰ではない」

「子供なのは関係ない。体が出来上がってなかろうが足が骨折していようが、敵は待ってくれない。その時に実戦経験がなかったら、死ぬのはあいつ自身だ」

「大人というのは、子供が成長するまで守ってやるためにいるんじゃないのか? どうして生き死にの戦いをさせる必要がある」

難しいことを説いてくる。

うーむ……分かっていたことだが、口ではやはり負けてしまうようだ。

「それは一理あるかもしれんが、実戦を肌で感じなければ解らないことがあるんだ。実戦の経験が五回と六回では大した違いはないが、ゼロと一回では天と地ほどの違いがある。その感覚は言葉では絶対に教えられん。ルシェは今日の経験を踏まえて正しく成長するだろう。それは喜ばしいことだと思うがな」

戦えない剣などいくら学んでも意味がない。一度戦いを経験すれば、ルシェは戦いに本当に必要なことを取捨選択しながら成長することができる。

「一体、なにを学べるというんだ。あんな年齢の子供を 魔狼(ヴァーグ) の爪の前に晒して、縮み上がらせて恐怖を植え付けることがお前の言う実戦経験か」

どうやらイーリは根本的に誤解しているようだ。

「お前、ルシェを見くびり過ぎだぞ。あいつは何の手伝いもなしに一人で一匹仕留めた」

ゲオルグが言うと、イーリは眉をひそめた。

「聖剣を貸したのか?」

「いや、自分で作った魔法剣で仕留めた。腹に刺したら刀身ごと爆発して胴体が千切れたよ。金がかかりすぎる戦法だが、まあ上出来だろう」

当然だが、 魔狼(ヴァーグ) 一匹に魔法剣を使い捨てにしていたら幾ら金があっても足りない。

だが使い捨てるなとも言っていない。現時点の自分の能力で、確実に動作して確実に仕留めきれる魔道具を考え抜いた結果がそれだったのだろう。

「 古(いにしえ) の文献にあるビョルンの投げ爆槍と同じような魔導回路かもしれないな。独創で作ったのなら大したものだ」

「俺だって最初から無謀ならやらせたりはしない。やれると思ったからやらせたんだ。実際、まあ一撃は食らったが大怪我はしなかった。俺の見込みは正しかったわけだ」

「……一撃食らったなら死んでいたかもしれなかったわけだろう。まあ、もう済んでしまったことだが……お前はルシェが死んでも構わなかったのか?」

「そりゃ……うーん……」

構わないといえば嘘になる。

だが、剣士というのは後衛で守られている魔術師よりずっと死に近い職業だ。死の危険があるということは、しないという理由にはならない。死の危険は職業的行為全てにつきまとうリスクであって、それをなくすことはできない。

ルシェは剣士になりたいと言った。ならば、死ぬような目に遭うのは当然のことだ。

死は自ら望むものではない。可能な限り避けなければならない。だが、厭うものではない。

「死んで構わないってことはないさ。だが、剣士ってのは元々そういう職業だ。包丁を使う料理人は必ず手を切る怪我をする。包丁で怪我をするな、だが立派な料理人になれというのは無茶な話だ。剣士は常に死と隣合わせなんだから、安心安全な試合だけして大成するなんてのはありえない話なんだよ。もしそんな奴がいたとしたら、そいつは自分を剣士だと思ってるだけの、木刀試合しかできない芸人だ。俺はあいつをそんなふうには育てない。役に立たない技術を学んでも時間の無駄だからな」

「……なるほど、お前の考えは分かった。今回のことは、お前なりにどうしても必要だという判断だったんだな。だが、これからも同じような危険な敵と戦わせていくつもりなのか?」

「いや、もう必要ないだろう。あいつなら今回の経験で勘所を掴んだだろうからな。あとは自分が必要だと思ったとき、剣を抜いて振るえばいい」

「……そうか」

イーリは肩の荷が降りたように言った。

どうも、説教が終わったような気配がする。そもそも説教をされる 謂(いわ) れはないのだが。

「まあ、あいつが勝手に腕試しに乗り出したりすることはあるかもしれんがな。その場合は俺にじゃなく、あいつに直接説教してくれよ」

「嫌なことを言うな」

イーリは本当に嫌そうな顔で、頭痛を抑えるように頭に手をやっていた。