作品タイトル不明
わたくしと義弟の思い出13
「……? ナイジェル?」
空色の瞳をじっと見つめると、愛らしく首を傾げられる。わたくしの頬に口づけた唇は、今日も相変わらずの美しい色だ。感触もふんわりとしていたわね。手入れもそんなにしていないはずなのに、本当にずるいわ!
いえ……そんなことは、今はどうでもいいわね。
「ナイジェル、今の行動の意味は? 返答によっては、わたくし怒るわよ?」
「姉弟仲がいいことを公の場で主張しておきたいと思いまして。僕たちの不仲だとか……そんな妙な勘ぐりをする者たちが、これで減るといいのですけれど」
ナイジェルはそう言うと、ぐるりと周囲を見回した。
すると『妙な勘ぐり』をしていたのだろう人々が、慌てて視線を逸らす。
なるほど、そういう意味での牽制だったのね。けれど……
「頬とはいえ、口づけまでする必要あったかしら?」
「必要です。大げさなくらいに見せつけないと、響かない者には響きませんので」
たしかに、強烈な視覚情報が一番雄弁な時もあるかもしれない。そうよね、『姉弟』ですもの。親愛の頬への口づけくらい……ふつうはするわよね。
「そう、ね」
先ほどの感触を思い出すと、なぜか顔が急に熱くなる。『義弟』の『親愛』の口づけくらいで、こんなに動揺してしまうなんて恥ずかしい。しっかりしなさい、ウィレミナ・ガザード!
「君たちは、本当に仲がいいんだね」
テランス様はわたくしたちに向けて柔和で美しい笑みを浮かべた。しかしその瞳の奥は、なぜか笑っていないように見える。……なんなの、背筋がぞくぞくしてきたわ。
「はい、姉弟ですので。当然のことです」
ナイジェルはそう言うと、わたくしの肩に手を置いた。ずいぶんと馴れ馴れしいわね! その手をさりげなく払うと、ナイジェルは非常に不服そうな顔をした。
「そう……姉弟だものね」
含みのある口調で言った後に、テランス様はわたくしの手をそっと握る。
「ウィレミナ嬢。私も君ともっと仲良くしたいな。今度歌劇に一緒に行かない?」
「歌劇ですか?」
「そう、王都で評判の――」
「テランス様。お友達がお待ちのようですよ?」
……テランス様の言葉を、ナイジェルがバッサリと断ち切った。
ナイジェルが指す方へ目を向けたテランス様は、こっそりと……だけど大きく息を吐く。
そこには彼の家と繋がりが深い、ステクリー公爵家のご子息アダルベルト様が居た。三大公である我が家ほどの権威はないけれど、テランス様が無碍にはできない家の方ね。
「ウィレミナ嬢、お久しぶりです」
アダルベルト様はこちらへ近づいてくると、ふわりと妖艶に微笑んだ。彼もテランス様と同じく美形である。わたくしと同じ黒髪黒目なのに、どうしてここまで見目に差が出るのかしらね。
「申し訳ないのですが……テランスをお借りしても?」
アダルベルト様はそう言うと、テランス様の腕に親しげに触れた。
……ここは殿方の友情に譲るべきよね。わたくし、テランス様の婚約者ですらないのだし。
「ええ、大丈夫ですわ」
にっこり笑ってそう言うと、テランス様はなぜか呆然とした表情になった。
アダルベルト様は悪戯っぽい表情で、テランス様の腕を掴むと引っ張っていく。
「ウィレミナ嬢、その! お誘いの手紙を書きますから!」
アダルベルト様に引きずられながらそう言うテランス様のお顔は……なぜか必死に見えた。余裕がないご様子は、なんだか彼らしくないわね。