軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32 バルゴア領に帰りましょう

カルロス殿下の戴冠式から数日が経った。

私たちを訪ねてきたカルロス殿下から、ディーク殿下が王家の一員から外されて平民になり、神殿に入ったことを知らされた。

「そうですか」と呟いたものの、私ではディーク殿下への罰が、適切なのか分からない。

困ってリオ様を見ると、リオ様は私に向かって小さく頷いた。

「妥当だと思うぞ」

「リオにそう言ってもらえるとありがたい。セレナ嬢のメイドと護衛騎士のことは……」

「ああ、これで水に流そう。二人への慰謝料はありがたく受け取っておく。俺も王宮を燃やしてすまなかったな」

「いや、仕方がないさ」

リオ様とカルロス殿下は、しばらく黙って見つめ合ったあと同時にため息をついた。

「これからやることが山積みだ……」とカルロス殿下。

「俺もそろそろ、バルゴア領に帰らないとなぁ」とリオ様。

「このままずっと、ここにいてくれていいんだぞ?」

「おまえこそ、バルゴア領に遊びに来るか?」

カルロス殿下はフッと笑う。

「どうせ、そのうちおまえたちの結婚式に呼ばれるんだろう? お願いだから、もう少し私の公務が落ち着いてからにしてくれ」

「どうして俺たちの結婚式を、おまえの都合に合わせないといけないんだ? 少しでも早く式を挙げるつもりだから、せいぜい頑張るんだな」

「冷たい男だ」

「おまえにだけは言われたくない」

そう言いながら、二人は握手した。

「リオ、見送りはできない。またいつでもタイセンにこい」

「いや、おまえがバルゴアにこいって」

「私は国王になったんだぞ? そんなに気軽に動けるか!」

冗談を言いながらまるで少年のように笑い合っている。二人とも気の合う友達なのね。これ以上は邪魔になりそうと思い、私は静かにお辞儀をすると、そっと部屋から出た。

そんな私を待っていたかのように、アイリーン様が駆けてくる。

「セレナ様!」

「アイリーン様? そんなに急いでどうしたのですか?」

「もうすぐ、セレナ様たちがバルゴア領に帰ってしまうと聞いて!」

「はい。そうなると思います」

悲しそうな顔で俯いたアイリーン様を見ていると、私は寂しさで胸が苦しくなってしまう。

「セレナ様にお会いできて、私、本当によかったです。王宮に来てからつらいことしかありませんでしたが、セレナ様のおかげで楽しい記憶に塗り替えることができました」

「それは、アイリーン様が今までずっと努力してきたからですよ」

努力家のアイリーン様なら、これから素晴らしい王宮文官として活躍できる。

「セレナ様。出発のときは、お見送りに行ってもいいでしょうか?」

「たぶん朝早いですよ。無理しないで」

「私が行きたいんです」

そう言ったアイリーン様の瞳には涙が滲んでいる。

「私たち、また会えますよね?」

「もちろん。さっそくですが、あの、アイリーン様は……リオ様と私の結婚式に来てくれますか?」

王宮文官になったアイリーン様が、仕事を休んでまで結婚式に来てくれるか分からない。

不安になっている私の予想外に、アイリーン様の表情がパァと明るくなった。

「私が参列してもいいんですか⁉」

「私こそ、招待状を送っても迷惑じゃないかしら?」

「もちろんですよ! ぜひ送ってください! 喜んで参列させていただきます!」

「ありがとう」

「では、またすぐ会えますね」

私たちは温かい気持ちで微笑み合った。

*

数日後。

まだ薄暗い中、アイリーン様は本当にお見送りに来てくれた。ボロボロと涙を流すアイリーン様と一緒に私も涙を流してしまう。

そんな私たちに、エディ様が申し訳なさそうに声をかけた。

「セレナ様。そろそろ……」

「そうね」

アイリーン様に別れを告げて、私はリオ様と共に馬車に乗り込んだ。

行きはコニーとアレッタが一緒に馬車に乗っていたけど、コニーが馬に乗れるようになったから、行けるところまで馬で進むとのこと。

アレッタもコニーの指導役として、乗馬している。

リオ様と私を乗せた馬車がゆっくりと動き出した。アイリーン様がどんどん小さくなっていく。彼女が見えなくなってから、私は馬車の窓からようやく視線を外した。

リオ様が胸ポケットから取り出したハンカチを私の頬に当てる。

「いい友に巡り合えたのだな」

「はい。素晴らしい出会いのあとは、お別れがつらいですね」

「そうだな」

リオ様の視線は、私の首元で止まっていた。

「セレナ、それは?」

「あっ、これはアイリーン様にいただいたものです。タゼア家の紋章が入っていて、これを持っていたらタゼア家の図書館を自由に利用できるとか?」

「タゼア?」

リオ様はポンッと手を叩いたあとで「あのタゼア家か!」と叫んだ。

「ご存じなのですか?」

「ああ、どこかで聞いた名前だと思っていたんだが、今思い出した。タゼア家の者が兵法書を書き残していて、それを読んだことがある」

「兵法書……。そういえば、アイリーン様が、昔タゼア家の軍師が戦で活躍したと言っていました。お医者さんもたくさん輩出していたと」

「ああ、そうだ。タゼアの医学書も素晴らしいと聞いたことがある」

「本当に優秀な一族なのね」

感心する私にリオ様は「敵に回すと厄介だが、味方にいると安心できる一族だな」と教えてくれる。

「タゼア領はタイセン国の端にあって遠いが、何か機会があれば訪ねてみてもいいかもな」

「そうですね。せっかくなので、いつかアイリーン様の故郷に行ってみたいです」

「ああ、そうしよう」

リオ様の手が私の手を握り、私たちの指が絡まる。

「私はこの国に来て、改めてリオ様の側にいたいと強く思いました」

ライラ様にリオ様を奪われたくないと嫉妬したし、ディーク殿下に口説かれて本当に気持ち悪かった。

「俺もセレナじゃないと嫌だ」

私はリオ様の誠実そうな瞳を見つめた。

「リオ様と出会えたことが、私の一番の幸せです」

頬を赤く染めたリオ様は「それは俺のセリフだ。俺が盛大にやらかしたのに、味方になってくれてありがとう。嬉しかった」

ゆっくりとリオ様の顔が近づいてきて、私たちの唇が重なる。

そういえば、こうしてリオ様とキスをするのは、なんだか久しぶりのような気がする。バルゴア領にいたときは、お休みのキスが毎日の日課になっていたのに。

そのことをリオ様に尋ねると、リオ様はすでに赤い顔をさらに赤くした。

「セレナの体調が心配だったから控えていたんだ。それに……俺はその、セレナとキスできたら嬉しすぎて、情けない態度を取ってしまっている自覚があったから他国では我慢していた」

「そうだったのですね」

たしかに他国で、人目をはばからずイチャイチャデレデレするのは私もどうかと思う。でも、一方的にキスしないと決めてしまうのはどうなのかしら?

私は表情を隠すために俯いた。

「でも……少しだけ寂しかったです」

ハッとなったリオ様は「また勝手に判断してすまない!」と大慌てしている。

そんなリオ様を見て、私は我慢できずにクスクスと笑ってしまった。

「……ウソです」

「え?」

「本当は慣れない場所でいっぱいいっぱいになっていて、キスのことをすっかり忘れていました」

リオ様が『ガーン』という効果音が聞こえてきそうなほど、ひどくショックを受けた顔をしたので声を上げて笑ってしまう。

「リオ様、ごめんなさい。でも今度からは勝手に決めず、そういうことも私に話してくれたら嬉しいです。だって、もしかしたら私のほうがリオ様とキスがしたくて仕方なかったかもしれないじゃないですか?」

「そ、そうだな。すまない」

少し涙目になっているリオ様が可愛い。

私はリオ様にもたれかかりながら、「好きな人をからかうのって楽しいんですね」と微笑みかけた。

「ううっ、セレナが悪い遊びを覚えてしまった! 誰がセレナにそんなことを教えたんだ?」

誰と言われても……。

ふと不安になり私はリオ様の顔を覗き込んだ。

「こんな私は嫌ですか?」

リオ様が嫌がるのなら、もう二度とからかうようなことは言わない。

苦しそうに胸を手で押さえたリオ様は、私から顔を背けた。

「嫌じゃないから困っている! ああもうっ、セレナは何をしても可愛いな!」

「フフッ、それなら良かったです」

馬車内を、途切れない会話と明るい笑い声で満たしながら、私たちは楽しくバルゴア領へと帰っていった。

第二部おわり