軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

尻噛むんじゃねえええ!

ようやく道宗は気づいた。はるか後方より、黒く大きな怪物が迫っていることに。闇竜ジャーマだ。

しかし、走ったところで無駄である。走り続ける竜の速度は、彼らとは次元が違う。

寸前まで巨体が迫ったところで、チーム袋小路は阿鼻叫喚の様相を呈していた。召喚カードは使い切り、魔力も切れかけ、回復アイテムもなくなっている。

絶体絶命の危機に、荷物持ちと補助係は心の底から道宗達と組んだことを後悔していた。

しかし、食い殺されると思ったその時、またも予想外の結果が訪れる。

なぜか闇竜はチーム袋小路を食い殺すことも、爪で引き裂くこともせず、ただ体当たりして吹き飛ばしただけであった。

「あはぁーん!」

ノエル有栖川の叫び声が響いた。

「うぼ!? うぼ!?」

とアイが地面に顔からダイブしながら奇妙な声を発する。

「ち、ちちちちちぃいいい!」

畜生と言いたかった道宗だが、ただの奇声にしかならなかった。

かろうじて荷物持ちと補助係の二名は回避に成功したが、彼らのカメラが無事だったことで、より醜態が世間に流されてしまう。

ジャーマは道宗達のことは目もくれず、その先にいた猛獣系のモンスター数頭に向かって行った。

深淵層のモンスターということもあり、通常よりも遥かに危険な熊やマンモス、虎といった獰猛な存在ばかりであったが、闇竜からすれば赤子の如しである。

明らかに手負となっていたジャーマは、鬼気迫るオーラで接近すると、黒い体で思いきり覆い被さっていく。モンスター達の悲鳴が通路内に響き渡る。

噛みついて飲み込むのではない。ジャーマの体がそのまま沼のように、モンスター達を吸収しているのだ。

多くの不思議な力を持つ闇竜ジャーマの力において、特に異彩を放つ補食行動。立ち上がったノエル有栖川は、蠢く怪物にそろりそろりと近づこうとする。

だがここで、地べたに這いつくばっていた道宗が、彼の足首を掴む。

「やめろ、ここはやり過ごせ」

「く……くそ。闇竜め、不意打ちばかりしやがって」

有栖川は先ほど怯えていたのが嘘のように、相手の背後をとると威勢を取り戻していた。

ジャーマは彼らのことなど気づいていないとばかりに、そのままダンジョンの奥へと消えていく。

脅威は去った。彼らはほっと胸を撫で下ろしていた。

さらに一行は進み、階段を降りて下の階に辿り着いた。

彼らでは太刀打ちできないモンスターがひしめく、極めて危険な場所。さしもの道宗も、ここまでくると撤退の二文字が頭に浮かぶ。

チーム内では口喧嘩が続いている。進むか戻るか、その点において意見が真っ向から割れていたのだ。

アイとノエル有栖川は、死にかけでも前に進むつもりである。しかし荷物持ちと補助係の二名は、今すぐ撤退するべきだと言い続けていた。

「使えねー連中がさあ、何がわかるっていうの? あたし達のチャンスを棒に振るつもりなわけ? どう責任取るんだよ」

不機嫌が極まったアイは、額に青筋を浮かべて二人を睨みつけている。化粧はすでに崩壊し、築き上げてきたイメージも崩壊したことを本人は気づいていない。

「お前達、喧嘩はよせ。それより、あそこにいるのは誰だ」

一本道の通路を進んだ先で、一人の少女が倒れていた。桃色の髪が乱れ、服も汚れが目立っており、荒い息をしている。

「カノン! お前はダンジョンブレイカーズのカノンだな!」

すぐさま駆け寄った道宗の声に、彼女は苦しみながらも反応した。

「……はい」

「一体何があった? 他の連中はどうしたんだ?」

「大きいのがやってきて、それで」

道宗の質問は続いたが、彼女の説明はどうも的を得ていない。恐らくパニック状態にあるということは、彼にも容易に想像ができた。

積み重ねた問いかけの末、どうやら彼女達はジャーマに襲われ、カノン以外は行方不明になっているようだ。

しめた、と道宗は心の奥で笑う。つまりダンジョンブレイカーズは、この階で他メンバーが死んでいるか、生きていても先に進むことはできないはず。

つまりカノンの世話とチームの捜索は適当にやりつつ、あと一つだけ階段を降りることができれば、チーム袋小路が進行度においてはランキング一位が確定する。

他の探索者達がほぼ撤退している今、またとない行幸と言える。道宗はすぐに彼女を起こすと、同行するように言い聞かせた。

その後、闇竜を警戒しつつ一行は奥へと進んで行った。ここでノエル有栖川が、気さくな顔でしきりにカノンに話しかけていたが、彼女はあまり聞いていないようだ。

通路は静かであった。モンスターの気配が感じられず、かえって不気味さが漂っている。

だがこの時、一人だけ苛立たしげに騒いでいた。袋小路ナンバーワンのアイである。

「配信機材みんな壊れてるじゃん。もうお前らだけかよ」

「二つあれば、しっかり撮影していれば証拠になりますから」

ジャーマに体当たりされたことで、一行の配信機材はほとんどが破壊されてしまっていた。荷物係と補助係が持つカメラ二つが、数少ない証拠となりえる。

「大丈夫だ。あと少し、あと少しなのだから」

道宗はすでに余裕を取り戻していた。地上に戻った後に手にする栄光を思い、幸福感すら覚えている。

そうやって彼が妄想している間にも、事態は進んでいた。

一行がある程度まで進んだところで、開けた大きな部屋が見えてきた。

「あ、あれ?」

この時、補助係をしている男がスマホを見ながら困惑していた。何か奇妙なことに気づいたらしい。

「あの……ダンジョンブレイカーズの配信が」

「皆さん! あそこに私の仲間がいるみたいです」

男の声に被せるように、元気になったカノンが大部屋を指差した。誰よりホッとしたのはアイである。

「やっとか。超大変だったんだから、あとは自分らで帰りなよ」

「ありがとうございます。ところでお姉さんって、お肉が沢山ついてて美味しそうですね」

「あーそう……は?」

唐突なカノンの一言に、アイをはじめ周囲が怪訝な顔をした。補助係の男はなぜか慌てている。

「あなた、誰なんです!?」

「はあ? お前何聞いてんの。カノンに決まってるでしょ、使えねー」

「カノンさんは、みんなと一緒にいますよ!」

補助係の男は、スマートフォンに映っている動画を突き出した。確かにまだダンジョンブレイカーズの配信が行われており、ある大部屋で休憩をしているメンバーの姿が映し出されている。

「ちょっと臭そうだけど、味見してみようかな」

「は? ちょ、いたたたたた! 何してんだ!?」

突然尻を噛みつかれ、アイは悶絶した。

「カノン! 君は一体……」

「貴様! この道宗を謀ったか!? 何者だ?」

ノエル有栖川と道宗は、いきなりの奇行に驚きを隠せない。しかしそれ以上に、今ここにいるカノンであるはずの存在が、偽者である可能性に恐怖していた。

ちなみにアイの尻については、誰も心配していない。

「尻噛むんじゃねえええ!」

いくら顔を叩いても、カノンの姿をした何かはやめようとしない。それどころか、徐々に体が大きく、黒く変色していく。

人間ではない何かに肥大しながらも、噛みついた人間を離さない。アイは徐々に空中に持ち上げられていった。

「は……はう!? ま、ま、ま……まー!?」

まさか、と言いたかったが極度に驚いた道宗は喋れない。

全ては闇竜の罠であった。

まんまとハマったチーム袋小路は、悪夢と呼ぶべき恐ろしい目に遭ってしまう。

彼らだけではない。近くで休憩をしていたダンジョンブレイカーズも、この時巨大な闇に襲撃されることになった。