作品タイトル不明
2ー9 エルフの相談役 その二
リックは五日ごとのダイノス侯爵邸のために貴族街を訪れていた。
今日が最後の往診の予定である。
義母と義妹弟に掛けられた呪いの 所為(せい) で死にかけていた侯爵令嬢クラウディアの健康状態は完治したのである。
少なくともリックが往診に来なければならない事態は無くなった。
但し、クラウディアがすっかり 懐(なつ) いてしまって、侯爵邸に今後とも遊びに来るよう言い出たりしたが、理を解いてお断りした。
13歳までに婚約者を決めねばならない貴族令嬢に不審な平民の男の姿が有ってはならないのだ。
しかしながら、クラウディアは強情にも折れなかった。
リックが来られないなら自分が会いに行くと宣言したのだった。
仕方がないので冒険者稼業で居ないかも知れないよとやんわり断った。
「白地に赤い十字の旗が上がっている時は、リック様が診療所に居る時なのでしょう?
だったら、その時に手伝いに行く。」
そんな無茶ぶりを言うのを何とか 宥(なだ) めて侯爵邸を出たのが日没後のことだった。
顔なじみとなった侯爵邸の門衛に挨拶して、辻馬車の拾える通りに向かって歩き始めた時に、背後から声を掛けられた。
うん、背後に人が居ることは知っていたけれど、敵意はなさそうなので無視をしていたんだが・・・。
声をかけてきた今も相手に敵意は認められない。
「私になんの御用でしょうか?
余り遅くならないうちに住まいに戻りたいのですが・・・。」
「私は、ハーゲン王国の王家の相談役であるクロイム・サイルズと言います。
大事なお話がございますのでちょっとお時間を戴けませんか?」
「王家の相談役ですか?
そんなお偉い方と関わり合いになるのはお断りしたいんですが・・・。」
「おやおや、王国の重鎮であるダイノス侯爵家とも 所縁(ゆかり) ができたお方が、相談役如きに恐れをなすことはありませんよ。
それとも私と関わり合いになることで不都合がございますか?」
「私には特になくとも、周囲の目が勘ぐります。
ですからできるだけ貴族若しくはそれに類する方とは距離を開けておきたいと思っています。」
「ウーン、嫌われてしまいましたか。
それは困ったことですね。
ところでフレドリック・ブライトン・ヴァル・ハーゲンという方をご存じでしょうか?」
伏せた筈の我が名を言い出されて内心焦ったけれど、ポーカーフェイスで知らぬふりを装う。
「えっと、知らない名ですが、ハーゲンという家名が付いているところを見ると王族の方でしょうか?」
「そうです世間には知られていない王族の方です。
実は、貴方がその王族の方によく似ているという証言があるのですけれど、実際はどうなのでしょう?」
「そんな方は知りませんし、例え似ていたとしても他人の空似でしょう。」
「そうかもしれませんね。
でもあなたのことは少々調べさせていただきました。
聖アンクレア教会のマザー・アリシアにもお会いしてあなたの素性をお聞きしています。
貴方は、王都郊外の村であるアドファーレンからやって来たリックという名だそうですね。
でも私の知り合いに調べて貰ったところ、その村および周辺の集落でリックという少年が存在した事実はありません。
おまけにお爺さんが最近亡くなったので、遺言に従って王都にやって来たということのようですが、アドファーレン及びその近郊の集落でもこの二年の間になくなられた男性は一人も居ないのです。
さて以上の事実を踏まえて、貴方は何者でどちらから来られた方なのでしょうか?」
「私の話を色々と潰してくれているようですが、・・・。
一体、何が目的なのでしょうか?」
「はい、私の知っている事実を王家にお知らせすべきか否かを貴方に委ねようと思っています。
どのようにすべきだと思いますか、フレデリック王子殿。」
言い当てられて少々驚きはしたものの、王家の相談役と聞いて、相手が見た目通りのエルフであることと、恐らくはエルフの高位能力者であることは推測していたので、バレるのは時間の問題とは思っていた。
さてどうしよう。
「私が誰であるかはともかく、貴方が見聞きしたことを伏せておくことは可能なのでしょうか?
王家の相談役とはある意味で王家の雇われ人と聞いていますけれど・・・。」
「はい、王家から高額の報酬を戴いていますので相応の恩義はございます。
ですが私の前任者は、王家とその周辺の内情を色々と知りながら、何もしなかった者であった様です。
彼がちゃんと動いていれば第四王子が幽閉されることも無かったでしょうし、第四王子が 虐待(ぎゃくたい) 紛(まが) いの扱いを受けることもなかったことでしょう。
私の前任者の後始末をするつもりは毛頭ございませんが、必要であればあなたに助力を与えることも私の役目の一つと考えています。
ですから貴方がご両親にお知らせすることを望まないのであれば、そのようにいたしましょう。」
「今のところ、私は、私の周囲に波風を立てることを望みません。
出来ればそっとしておいてください。」
「そうですか・・・。
侯爵令嬢のクラウディア嬢はあなたに随分とご執心のようですね?
貴方が平民の子となっている限り、彼女の初恋はどうやっても実りません。
彼女のためにどうにかせよというのではありませんが、王家の血筋として例えば庶子の証明を得ることぐらいはできますけれど、それも不要ですか?」
「私には不要だと思います。
下手(へた) な証明書を貰うと紛争の火種になりかねません。」
「なるほど、わかりました。
では、貴方の素性も現状も隠したまま、第四王子は国内の某所にあって幸せに生きているとだけお知らせすることをお許しあれ。
貴方のご両親は、貴方のことを本当に心配していますので、せめてそれだけでも知らせたいと存じます。」
「貴方の役目であればご随意になさってください。」
「バレれば、或いは逃亡するかと思っていましたが・・・。
そうはなさらない?」
「王都に住んで未だそれほど経っては居ませんが、私の存在を生きる 縁(よすが) とされる方も増えました。
ですから余程のことが無ければ逃げたりはしません。
でもよんどころない身分の方からお迎えが来るような事態になれば逃げるでしょうね。」
「わかりました。
以後は私を友人として扱っていただけるならば非常にありがたいのですが、いかがでしょう?」
「私の年齢に見合ってはいない方のようですが、貴方が望むならば友として扱いましょう。」
「はい、ではリックさん。
いずれまた会いましょう。」
◇◇◇◇
私は、クロイム・サイルズ。
彼に会って確信したが、予想通り彼は王家に知られることを望んでいなかった。
望んでいたならばNanasi no Gonbeとして宰相らの罪を暴いた時点で、その能力を含めて知らせていたのだろう。
彼は両親の愛情を知らずに育った。
両親もまた側近の意向のまま動いたために愛情を注げなかった。
不幸な家族ではある。
或いは軌道修正もできるかもしれないが、これから一緒に過ごそうとすればどうしてもぎくしゃくとするだろう。
特に彼の兄三人がある意味で平凡であるがゆえに、第四王子の能力は目立ちすぎる。
恐らくは建国王に匹敵するか、上回る力を持っているに違いない。
会うまで私も気づかなかったのだが、私がちょっと覇気を出そうとした瞬間、無数の妖精が彼の周囲に出現して彼を護ろうとした。
私達エルフは、精霊や妖精に好かれていると自負していたが、あっさりとその自信が覆ってしまったよ。
見えはしなかったが精霊王が守護についていてもおかしくない状況だと思う。
エルフの高位者であろうと精々数体の妖精の名づけができる程度なのだが、あの数は異常だし、あの護り方は通常の名づけ以上の 絆(きずな) が無ければできないはずだ。
彼の周囲に群がった妖精たちは、例え自分たちの存在が消滅しようとも彼を護ろうとしていたし、あれにまともにぶつかったならこちらの方が間違いなく消滅させられていただろう。
間違いなく彼は希代の召喚魔法の使い手に違いない。
我らエルフは、数百年という長い期間を通じて妖精たちと向き合い、絆をつなぐ。
そうして互いの意思を確認し合って、初めて、術の補助にも手助けしてもらえるのだが、彼は何時からかはわからぬが僅かに10年未満でそれを成し遂げた。
瞬時のことであったから数は把握してはいないのだが、絶対に百や二百ではきかぬ妖精たちの群れであった。
あれだけの妖精が付いていたなら消費する魔力も馬鹿にはならない。
その意味でも恐るべき存在ではある。
彼が温厚な性格で良かった。
彼は 覇権(はけん) を求める人物ではない。
往々にして過ぎたる能力を持つ者は 傲慢(ごうまん) になり、他の者への迷惑を 顧(かえり) みない。
だが、彼自身はささやかな 安寧(あんねい) を求めているだけのようだ。
さりながら、その安寧を壊す者には 容赦(ようしゃ) のない罰を加えるかもしれない。
色々調べた結果わかったのは、ダイノス家の令嬢は義母と義理の弟妹から呪いを受けていたらしい。
その呪いを 解呪(かいじゅ) したのが、彼だ。
解呪すれば 反呪(はんじゅ) により呪いをかけた者に倍する呪いがかかると分かっていてそうした。
決めたのは侯爵であったらしいが、それで 人死に(ひとしに) があると知っていてできるのは、普通の子供の精神に耐えられるものではない。
だが、彼はそれを 淡々(たんたん) とこなしたという。
少なくとも彼の場合、 虜囚(りょしゅう) 中に如何に 酷(ひど) い目に遭っていても、直接の復讐はしなかった。
彼は、告発状の提示という形で間接的な裁きを周囲に求めただけだ。
それを受け取った者が動くことを期待しての告発だったのだが、恐らくは不発に終わることさえも想定していたのだろうと思う。
結局、告発された者はそれなりの処罰を受けた。
さて、国王と王妃殿下には第四王子が無事に生きていることを、その所在地や何をしているかなどを伏せたままお知らせせねばならない。
その結果として聞かれることはある程度予想できる。
親として何かできることは無いのかと・・・。
生まれてすぐに親から隔離された彼は、生みの親に対して左程の愛情を持っていないからこそ、親には何も求めないだろう。
そもそもが根拠のない流言に惑わされ、面子を重んじて、我が子の養育を放棄した親だ。
そんな親に何かを期待する方が愚かだろう。
だが、友人としてならできることもありそうだな。
私の長い経験と知識の中から彼のためにさりげなく援助の手を差し伸べることは十分に可能だと思っている。
それにしても、フレドリック王子はあれほどの虐待の中で、よくぞ人としての生き方を学び取ったものだと私は感心している。
恐らくは彼についている妖精たちが手助けした結果ではあろうと思われるのだが・・・。
彼が閉じ込められていた独房に私も訪れてみた。
調べでは、寝ること、食事をすること等生きて行くだけの生活で独房から一度も出たことのない生活だったと分かっている。
生まれてこの方8年以上にもわたって幽閉され、その間 碌(ろく) な教育も受けていないはずなのだ。
その上に極端ともいえる粗末な食事によって、彼自身は一時期非常にやせ細っていたらしい。
最後の半年はヒ素を食事に混ぜられていたようだが、それでも彼は生き残った。
そうして今の彼の生活を見る限り、人として 高邁(こうまい) な理想を掲げた聖人君子のような生き方をしている。
どうしたらそんなことができるのか私には想像もつかないほどだ。
普通の子ならば 痴呆(ちほう) になるか、人生を諦めるかのいずれかだろう。
彼は自ら独房を抜け出し、悪行の告発を置き土産にして、王宮を去った。
彼を知る同情的なメイドの一人が陰ながら彼を観て、ようやく王子と認識できたほどの変わりようなのだ。
まぁ、今の彼は何処から見ても普通の少年である。
表向き孤児院の一室に下宿している冒険者であり、殆ど趣味的に人々の病を治している存在だ。
大銅貨一枚の報酬は、教会の治療師が受け取る報酬に比べると法外に安いから、それで生活の糧としているわけでは無い。
冒険者の仕事としては王都の下水道の清掃をしているようだ。
過去においては王都の兵士を出動させて処理したこともあり、ある意味で難しい大仕事なのだが、彼は一日に1ブロックの清掃を請け負って金を稼いでいるらしい。
全部の清掃が終わるまでにはまだ数か月かかりそうだが、少なくとも彼が清掃した下水道は建設したばかりの下水道のごとく綺麗になっているらしい。
私は下水の匂いが嫌いなのでとても現場へ確認しに行く気はないが、恐らく魔法を使った清掃なのだろう。
彼の魔力保有量ならば恐らくは左程かからずにすべての下水道の清掃を終えることもできるのだろうけれど、生活の糧として、長く作業ができるように引き伸ばしているのだろうと思われる。
まぁ、そのうちにその仕事も終えてまた別の仕事を見つけることになるのだろう。
特に冒険者の場合は年齢制限があって、一定の等級まで上がってしまうと、それ以上は一定の年齢以上にならないと等級が上がらない仕組みの様だ。
既に彼の等級はその制限に掛かっている模様だ。
従って、彼が冒険者としての稼業を本格的に始めるにはもう少し時間がかかるだろう。
何といっても彼は未だに10歳なのだ。
彼の今後の成長が楽しみでもある。