作品タイトル不明
第五話 元王太子妃アルジェ・ロッシーニ〜剣への渇望〜
「全て終わった。傷が治ったら、領地へ帰ろう」
王との会談を思いの外早く終わらせたラクロアは、ベッドに横たわるアルジェに報告をし、そっと頭を撫でてやった。
内心で、
ムシャクシャする。
政権交代くらいで、本気で、全てが水に流せると想っているのか?
第二王子派とて、アルジェを守ってはくれなかったではないか。
王家に対しての忠誠心など、とうの昔に失っている。
多少なりとも国民を想う気持ちは残っていたから、今回の落とし所で我慢をしただけだ。
こんなことなら、王の首を切り落として王城の上に飾ってやれば良かった。
などと、恐ろしいことを考えていた。
今、ラクロアは、妻の母国である隣国へ領地ごと併合してもらう話を秘密裏に進めている。
領民以外の国民を見捨てることになるだろうが、聡明な第二王子に、頑張ってもらうしかない。
その為の地盤を整えてやったのだから、これ以上頼りにされても困る。
「今は、傷を治すことだけを考えろ。そして、動けるようになったら領地へ帰ろう。皆、待っている」
その言葉に、アルジェの口元が、微かにほころんだ。
「よ・・・かった・・・」
アンジェは、安堵の吐息をつき、緊張を解いた。
この二年、彼女の心が休まる日など、一日としてなかったのだ。
ラクロアは、乾燥して縦に深い溝が入った愛娘の唇を見て心を痛めた。
「水を飲むか?今すぐ、持ってこさせる」
廊下に控えさせた侍女を呼ぼうと立ち上がりかけたラクロアの袖口を、思いもよらぬ強さでアルジェが引っ張った。
「ど、どうした?」
「・・・を・・・ください」
「ん?何が欲しいのだ?」
「け・・・を・・・けん・・・を」
見上げてくるアンジェの瞳に、強い意思の光が燈っている。
ラクロアは、返事に困り、口を真一文字に結んだ。
ロッシーニ家は、代々国防を担うことから、男子は、幼い頃から戦う術を叩き込まれる。
ラクロアも、アルジェの歳の離れた四人の兄も、六歳には剣を握り、十二歳には初陣に出ていた。
今では、数え切れぬほどの武功を重ね、他国にも名を轟かせる武人になっている。
しかし、唯一の娘であるアルジェには、護身用の短剣すらなかなか与えられなかった。
溺愛する両親と兄たちが、アルジェに剣術を教えることを許さなかったのだ。
「アンジェ・・・それは・・・」
「わたしは・・・じゆう・・・なのですよね?」
「そうだが・・・・」
物心付いた頃から、兄を真似て、木の枝を振り回していたアンジェ。
その一振りにすら、才能が垣間見える少女だった。
それ故に、家族は、アルジェに剣を持たせたくなかった。
一度握れば、彼女は、戦場を駆け、剣を振り下ろし、血に塗れることは目に見えていた。
これまでも、何度も剣を持たせて欲しいと懇願し、その度に家族に諭され諦めてきた。
歳の離れた兄達は、アルジェに女性としての幸せを掴んで欲しいと切に願っていたのだ。
しかし、ロッシーニ家の血を色濃く受け継ぐアルジェは、王太子妃として王宮に住まわされている間も、人目を盗み、密かに鍛錬を続けてきた。
王妃に、嫌がらせで鉛の錘を入れたドレスを着せられた時も、水の入った甕を頭に乗せられて長時間立たされた時も、足腰を鍛える訓練だと思えば耐えることが出来た。
「お父様……私に剣を……」
まだ、傷が塞ぎきっていない体を、アルジェは、無理矢理起こそうとする。
「アルジェ!」
「お父様、私に、剣を」
ラクロアの胸元を掴み、とうとう上半身を起こしたアルジェは、小さいが、しっかりとした声音で再度父親に迫った。
ここで断れば、どうなるのだろうかとラクロアは考えた。
体に大きな傷が残った彼女の縁談は、今後難しいだろう。
家族で大切に面倒を見るつもりではいたが、果たして、アルジェの幸せはどこにあるのだろうか?
何もせず、ただ、無意味に時間を過ごすのであれば、王宮に監禁されていた時と何も変わらない。
「そこまで、剣を握りたいのか?」
「はい」
「握るからには、女だとて関係ない。戦場に立ち、敵兵を殺さねばならない。分かっているのか?」
アルジェは、ゆっくりと頷いた。
多くの武人を輩出してきたロッシーニ一族の中には、女性でありながら騎士として王妃に仕えた者も居る。
一族の者にとって、剣を極めることは、誉れであり、生き甲斐でもあるのだ。
「…分かった。領地に帰ったら、まずは、剣を選べ」
「ありがとう…ございます」
ふわりと笑ったアルジェは、そのまま意識を手放した。
その表情は、とても幸せそうに見えた。