作品タイトル不明
幕間 ざまぁを添えて 第六話
「あ……あぁ……父上……」
城門に置かれた頭は、何故か、外ではなく王宮の内側を向いて置かれていた。
その視線の先には、元王太子ロイドが幽閉されている北の塔がある。
小さな窓から外を覗くことしか楽しみのなかったロイドの目にも、丸く、赤黒い物体は見えていた。
久しぶりに見た父の顔は、胴体から引き離されていた。
ロイドは、そっと自分の首を触る。
まだ、ついている。
しかし、これもいつ切断されるかわからない。
こわい
こわい
こわい
「ぎゃーーーーー」
叫んだロイドの声と、
トントン
と扉をノックされたのは同時だった。
振り返ると、ドアの隙間から封筒が差し込まれていた。
開封して中をのぞくと、
「親愛なるロイド様へ」
と美しい文字で綴られた手紙が入っていた。
差出人の名前は、『アルジェ・ロッシーニ』。
生まれて初めてアルジェからもらった手紙の内容は、ロイドの窮地を知った彼女が、彼を助け出し共に隣国へ逃げようと誘うものだった。
これが、本物であるかどうかなど、筆跡を見ればわかる。
アルジェの文字は、筆圧が強く、文字も大きく、右下がり。
彼女の積極的で、おおらかで、独創的な考えを持っていながら、協調性に欠ける性格を如実に表している。
しかし、この手紙は、流れるような筆遣いで、文字は小さく、女性的だ。
明らかに偽物なのだが、今まで一度としてアルジェに手紙を貰ったことのない彼が、それを知ることはない。
綿密に書かれた手配に従い、ロイドは、いそいそと準備を始める。
まずは、髪を無造作に切り、一番質素な服に着替える。
靴を脱ぎ、ところどころ服を破ると、見事な乞食が出来上がった。
食事もろくな物を与えられなかったため、体もやせ細り、貧相この上ない。
その姿で、指定された深夜二時にドアを開けると、鍵がかかっておらず、すんなりと開いた。
「あぁ、アルジェ…、君は本当に俺を愛していたのだな」
自分の行ってきたことをすっかり忘れ、愛されているなどとは片腹痛い。
アルジェが、この言葉を聞けば、虫唾が走って剣を抜いていたかもしれない。
しかし、この後、彼がどうなったかを知れば、多少の同情は得られたかもしれない。
暗闇の中、勝手知ったる王城の中を抜け、閂のかかっていない使用人の門から外に出ると、手紙に書かれていたはずの馬車が停まっていない。
何も持たず、裸足のロイドは一瞬後ろを振り返った。
開け放っていたはずの扉が閉まっている。
慌てて戻ろうとしたが、扉は固く閉じられ開かなかった。
「待ってくれ……お、俺は、王太子だぞ……開けろ、開けろ!」
彼の声は、闇夜に響いたが、城からは誰一人出てこなかった。
代わりに、睡眠を妨害されて怒った浮浪者たちが、一人、また一人と集まってくる。
「お前、うっせーんだよ」
背後から蹴飛ばされ、ロイドは地面を転がる。
「ぶ、無礼者!」
「無礼者だってよ。なんだこいつ、お貴族様のつもりか?」
「俺は、王子だぞ!王太子、ロイドだ!」
「ふ~ん」
ロイドを取り囲んだ浮浪者達は、興味なさそうに顎を上げた。
「もし仮に、お前がそのロイドって王子だったとして、俺達に何の関係がある?」
「は?」
「家もない、金もない、身分もない。俺らは、ある意味無敵なのさ。お前を殴っても、ただ逃げればいいだけなんだからな」
ロイドは愕然とした。
自分を今まで守ってきたのは、その身分と金だったのだと。
身一つで放り出されれば、何もできない唯の男。
「た、たすけて……たすけてくれ!」
声がかれるまで叫んだが、王城は死んだように静まり返っている。
その後、自称王子と名乗る浮浪者が、街の貧民街を彷徨っていると噂が流れたが、それも数日のことだった。
元王太子ロイドが深夜に逃亡を図ろうが、実物の顔とは違う手配書が回ろうが、関係ない。
そんなことより、自分の生活の方が大事なのだ。。
「母上……」
ロイドが最後に口にした言葉は、母を思う息子の気持ちだったのか、それとも恨みを吐露する怨嗟の声だったのか。
それを知る者は、誰もいなかった。
「……ロイド?」
突然息子に呼ばれたような気がして、トリニーは、うっすらと目を開けた。
ベッドで終日を過ごすようになってから久しい。
魅惑の甘味は、今も彼女の心を癒していた。
代わりに、四肢の動きを奪っていった。
既に、彼女の派閥は崩壊し、優秀な人材は、全てフランシスの手に渡っていた。
彼女の利用価値は、もう何一つない。
それでも、あえて生かしているのは、反逆罪で亡くなった元王と、逃亡を図った前王太子の話が、国民の脳裏から忘れ去られるのを待っているからだ。
矢継ぎ早に死が重なれば、疑う者も出てくるだろう。
彼女には、口を閉じ、静かに眠るように亡くなってもらわなければならない。
だが、このまま亡くなったのでは、彼女は幸せのまま消えていくことになる。
それは、さんざん痛めつけられたフランシスが良しとするところではない。
徐々に、甘味に含まれていた薬が抜かれていく。
夢うつつにする麻薬は、常習性が高く、摂取が途切れると激しい欲求が全身を駆け回る。
欲しい
欲しい
欲しい
身を焦がす思いに、トリニーは、ベッドを転げまわるようになる。
「これは、これは、元王妃様、ご機嫌麗しゅう」
頭もとに現れたフランシスとルーの目が、弓のような曲線を描いて細められている。
「貴女方が、彼女を粗略に扱わなければ、もう少し楽な死に方もできましたのに」
彼の声は、確かにトリニーに届いていた。
真っ赤に充血した目が、彼を見上げている。
「そのように睨まれましても、もう、何もできないでしょうに」
フランシスは、乱れた上掛けをフワリとトリニーの体に掛けなおし、
「では、ごきげんよう」
とほほ笑んだ。
その後、フランシスが国を掌握するまでの数年、アルジェへの魔の手は一旦中止となる。
しかし、諦めたわけではない。
「アルジェ……待っていてね」
フランシスの執念は、日々深まるばかりだった……。
幕間 完
※第二章以降は、現在執筆中の『当て馬令嬢リベルタ』が一段落してからお送りしたいと思います。
続きを読んでみたいと思われる方は、教えて頂けると嬉しいです。