軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

67:何故か全員で楽しんだ

珍しくリゼルは一人で服を買いに来ていた。

冒険者としての装備は最上級品ひとつあれば足りる。最上の素材と最上の技術を集約されて作られた装備は常に清潔を保ちそのまま寝ても皺ひとつつかない、まともに洗濯すらしたことが無いというのに常に新品の様相を保つからだ。

しかし普段着はと言われるとそうはいかない。装備は勿論着心地は良いものの形的に日常生活を送るに適しているかと言われると微妙だ。

アスタルニアに向かう事はほぼ決定したようなものだし、常夏の気候に合うような服をリゼルは持っていなかった。

「(涼しそうな格好っていうと)」

リゼルはひとつの服を手にとって良く分からないなと首を傾げる。

元の世界では周りに準備された服を着ていただけだし、此方の世界に来てからも常識からずれない範囲の服をジルに選んで貰った。今では知識としての一般的な服装というものは理解出来るものの、自分で選ぶとなると多種多様な服を前にしてどれが似合うかなど分からない。

着られれば良いか、なんて言えばイレヴンの怒涛の反論を受けるしジャッジには泣かれる。経験済みだ。

「(イレヴンとかジャッジ君がいれば全部決めてくれるんだけど)」

共に買い物に出掛けた際、圧倒的こだわりを持って服を選んでいたイレヴンを思いだす。

あの時は果たして何軒回っただろうか。自分の服は気に入れば気に入った分だけ金に糸目をつけずポンポンと買っていたのに、リゼルのものに関しては一切の妥協など無かった。

服選び素人のリゼルにも分かる程にセンスの良い服装を選んで貰えたが、まさか丸一日かかるとは思わなかった。

同じくジャッジも妥協はしないが、彼は自分のこだわりは持たずリゼルに相応しいかどうかで判断している。つまり今のように下町のなんて事無い服屋で買い物している所を見られたら泣かれる。

以前は中心街の店までオドオドしながらリゼルを連れていき、店員に貴族相手の対応をされながら服を選ばれるリゼルを何処か満足そうに見ていた。

「(あ、選んで貰えば良いのかな)」

リゼルは顔を上げて店員を探す。

しかしその視線は店員を捉えるより先に大きく開かれた店先の向こう側に見知った色を捉えた。

日の下で光を反射する翡翠色。艶やかなその下には少しだけ不機嫌そうな顔があって、しかし別に不機嫌と言う訳ではないということをリゼルは知っている。

向こうも此方に気付いたらしく、編んで肩に流していた髪を滑らせながら此方を向いた。

「ヒスイさん、こんにちは」

「リゼル君、丁度良かっ……」

微笑みながら挨拶すると、ヒスイは一度頷いて店へと入って来る。

不自然に止まった言葉にどうしたのかとリゼルはヒスイの視線を辿る。その視線はしっかりとリゼルが手に持っていた服へと注がれていた。

「……それ、君が着るの?」

「自分用ですけど、変でしょうか」

「変っていうか色々おかしいと思うけど?」

リゼルは手に持っていた服をぱっと広げて眺めてみた。普通の服だ、シンプルだし誰が着ても無難だろう。

しかしリゼルは知らない。誰が着ても無難な服が自分には圧倒的に似合わないという事を。

名づけるならば“布の服”と“布のズボン”としか言いようのない無地のそれらを前に不思議そうなリゼルを、ヒスイは心底何とも言えないような目で見ていた。これを着たリゼルは例え冗談でも見たくない。

「涼しそうだしシンプルで良いかと思ったんですけど」

「君、もう二度と自分で服買わない方が良いんじゃない?」

それ程なのかとリゼルは苦笑しながら持っていた服を棚に戻した。

「すみません、付き合わせてしまって」

結局ヒスイは見過ごせる訳も無くリゼルの服選びに付き合った。

元々リゼルへと用があった事もあり時間はある。そう言って中心街の中でも外側にある店へと連れて行って、何故か無難に走りたがるリゼルを牽制しながら何とか納得のいくものを買わせる事に成功した。

その戦利品は既にリゼルのポーチの中へと収まっている。

「イレヴンやジャッジ君もそうですけど、やけに皆中心街に行くんですよね。下町で買った方が貴族疑惑なんてかけられないと思うんですけど」

「下町で買おうと疑惑は晴れないから安心して良いよ。むしろ安っぽい服なんて着てたら君の場合は逆に浮くと思うけど?」

自分は精一杯冒険者をしているのに何故なのかとリゼルは常々割と真剣に思っている。

しかし浮くと言うのなら仕方が無い。自分では良く分からないが、何となくセンスの良さそうなヒスイが言うのなら間違っていないのだろう。

これが人の事ならセンスある選択をするが自分の事となると「まぁ良いか」で済ませてしまう事が多いリゼルにとって、周囲に抱かれているイメージが良すぎるなと感じる事が度々ある。そんなに大した人間ではないのだが、と苦笑した。

「そういえば俺に用事があったんですよね」

「そう、大した話じゃないけど何処か入って話そうか」

中心街とはいえ外側、平民にとって贅沢だが手の届く店が多いお陰で通りは賑わっている。

昼食には少々早いが、だからこそ空いているだろうとリゼル達は適当に目に付いた店へと入った。国の英雄レベルのSランク、知名度はやけに高い宿泊亭の貴族の二人組は入店と共に視線を集める。

しかし二人は慣れたようにその視線を流して案内されるままに席へとついた。

「何か食べる?」

「どうせだから昼食にしちゃいます」

「じゃあ僕も」

適当に何皿か頼み、ヒスイはリゼルと向きあった。

貴族出身とはいえもはや十年以上も冒険者を続けているヒスイにとって中心街のお綺麗な店は居心地が良いとは云えなかったが、しかしリゼルと共に座っていると何故かしっくりと来てしまうのだから不思議だ。

出された水を飲みながらそんな事を考え、小さく息を零す。果たして自分は目の前の穏やかな男と少しでも縁が結べたのだろうか。

「 この国(パルテダール) を離れるよ」

告げられた言葉に、その先を促すようにリゼルは微笑んで小さく首を傾けてみせる。

ヒスイの声に危機感はない。この国に何か不穏な雰囲気があって出て行くという訳では無いのだろう。

「拠点の移動ですか?」

「リーダーが辞める前に世話になった人に挨拶行きたいってだけ。どうなるかはまだ分からないかな」

「御挨拶ぐらい冒険者を辞めてからでも良さそうですけど」

「護衛依頼を受けた方が楽に馬車が捕まるしね」

成程、とリゼルは頷いた。

Sランクパーティなのだし相当稼いでいるのだから馬車ぐらい楽に借りられるのではと思うが、それはそれで馬の世話や馬車のメンテナンスが大変だろう。それならば彼らにとっては容易な依頼を受けた方が食事も出るし細々としたことは馬車の持ち主がやるしで楽なようだ。

「リーダーさんは 王都(パルテダ) に腰を落ち着けるんですよね?」

「そう、ギルドも煩くないし」

Sランクにもなれば引退して家を構えようとすると何処の国でも歓迎される。余程素行が荒れているのならば話は別だが。

それは持ちうる戦力が目当てである事がほとんどで、唐突な魔物の出現や不慮の事態に対応して欲しい為に生活資金を援助するから是非この国にという話も少なくは無い。悪い言い方をすればいざという時の保険でもある。

しかしこの国ならば優秀な騎士達がいるし、ギルドが引退を考え直せと事あるごとに訴えることも無い。高ランク冒険者が安穏と暮したいならばそれなりに理想的な環境だろう。

「また引退手続きに帰って来るけど、それまではサルス辺りでウロつくかな」

リーダーの冒険者としての活動は収縮しているだろうに、ヒスイは引退まで離れる気は無いようだ。

恐らくそれはパーティの冒険者残留組全員に当てはまるのだろう。良く慕われているリーダーだ、とリゼルは微笑む。

以前一度だけ顔を合わせた彼らのリーダーはいかにも頼りがいがありそうだったし、同じリーダーとして見習わなければ。やはり体格が良いと迫力も貫禄もあるし鍛えるべきだろうかと考えていると、料理が続々と運ばれて来る。

イレヴン程では無いが、流石に肉体労働系な冒険者だけあってヒスイも良く食べるようだ。

「じゃあ出発は俺達と同じくらいなんでしょうか」

「何、君達もどっか行くの? 拠点の移動?」

「アスタルニアに行こうかって話してるんです」

だから涼しい服を探していたのかとヒスイは頷き、フォークを手にとって食べ始めた。

やはりその手付きは通常の冒険者に比べると綺麗で、幼い頃から叩き込まれた仕草はなかなか抜けないようだと微笑む。ヒスイはそれを嫌がっているようなので口には出さないが。

「君ならサルスの方が気になると思ってたけど」

「サルスも勿論行きたいですけど、ちょっと今は目を付けられていそうなので」

「何で? ……あぁ、成程」

問い掛けた直後、少しだけ考えて納得したように頷いている姿に良い情報源があるようだと感心する。

ここで納得できる人間は大侵攻が半分人為的なもので、その元凶がサルスの要人だと知っている者だけだ。それは立派な国家機密として扱われているので噂にすらならないはずなのだが、流石にSランクともなると貴族の知り合いが増えるのだろう。

「目立ち過ぎたって? 君のことだからわざとでしょ?」

「否定はしませんけど」

疑わしげな視線を向けるヒスイにわざとらしく微笑んでみせる。

「この国では放っておいて貰えてるので楽で良いですね」

パクリとリゼルはトマトを食べながらちらりと外を見た。

此処からは見えない位置にある城、以前送られてきた騎士は国の上層部によるものだったのでリゼルが大侵攻が自然発生ではないと知り元凶の存在を知っているのは国に知られている。シャドウの報告でもリゼル達が護衛として撃退した旨は書かれていたようだ。

しかし元凶の正体を知っていると判断されているかは、まだ疑念の段階か。確信があればとっくに口止めされているだろう、口封じで無いのは実力行使の通じない一刀がいるからだ。

「君達があまりにいつも通りだからじゃない? 例え知ってても自分から言い触らす程馬鹿じゃないって上は分かってるんでしょ」

「冒険者相手にですか?」

「君達相手なら、だよ」

当然のように言うヒスイは、相手が自分たちより下位の冒険者である事を確実に忘れている。

それはつまり国がリゼル達に対して容易に手が出せないと判断しているという事だ。レイから何か進言があったのか、シャドウの報告に何かが書かれていたのか。それともパーティーに出席した際にリゼル達を見ていた誰かが何かを感じたのか。

随分と柔軟な上層部がいるようだ、とリゼルは元の世界で型に嵌ろうとしない国王を思い出して微笑んだ。

「……リゼル君の笑い方って意外と種類多いよね」

「え?」

「別に、気にしないで」

ボソリと呟いたヒスイにどうしたのだろうかと思うが、不機嫌でも無いのに不機嫌そうな顔のまま食事を続ける姿に何かあった訳では無さそうだと追及を止める。

「それで、やっぱりサルスには行かないの?」

「そうですね。流石にそこまでの情報は流れていないでしょうけど、やっぱり良い印象は持たれてなさそうなので」

「ふぅん」

小皿に料理を取りながらヒスイは頷いた。

パーティメンバー以外の冒険者に友人らしい友人がいないヒスイにとって、ようやく仲良くなれかけたリゼルとの別れは素直に惜しい。しかし一つの場所に留まらないのが冒険者なのだから仕方が無い。

同じ冒険者をしていれば今後もめぐり合う事は必ずあるし、次の再会を楽しみにするとしようと一人納得してリゼルの前へと小皿を置く。

「有難うございます」

「うん。それよりアスタルニアって遠くない?」

「それなんですよね、上手くいけば十日で行けるっていうし馬かなって思ってます」

乗れるのかと若干失礼な事をヒスイが考えている前で、十日も馬に乗りっぱなしとか腰が痛くなるなぁとリゼルはほのほの笑った。

しかし馬車に二週間揺られるのもつまらない。護衛依頼もアスタルニアまでともなると中々無いし、自分達で馬車を調達するにも御者の経験など誰もない。

マスターから魔鳥騎兵団の話も貰ったし恐らくレイに頼めば話を付けてくれるだろうが、今回に限ってはレイ経由だと少し都合が悪い。

「そういえばヒスイさんは魔鳥騎兵団って見た事がありますか?」

「アスタルニアにも行った事あるしね。何? 興味あるの?」

今回は見送るが情報があるならば聞いておきたいとリゼルは話を振ってみた。

これから向かう国だし情報が多いに越したことはないだろう。ヒスイは色々な国に行っているようなので視野の広い話が聞けそうだ。

「今度、王都に来るみたいですよ」

「騎兵団が? いつ?」

「近い内だと聞いているだけで、詳しい日程は何も。ただ今度騎士の公開訓練があるようなので、もしかしたらその時かもしれません」

「あの国の事だしサプライズみたいに考えてるのかもね。いきなり現れて驚かそうとでも……」

すると、ヒスイはふいに何かを考えこんだ。

食事の手を止め、少しだけ目を伏せ、しかし直ぐにリゼルへと視線を戻す。

「話、付けてあげようか」

「というと?」

「騎兵団がアスタルニアに帰る時、君達も連れて行ってくれるように頼んであげる。騎兵団に知り合いがいるんだけどこういうの好きだし絶対来ると思うよ」

流石はSランク、広いツテを持っている。

確かに魔鳥を用いれば格段に早くアスタルニアに辿り着けるだろう。諸々の障害を全てスルー出来るのだし、乗った事が無いので断言は出来ないがもしかしたら一週間かそこらで辿り着くかもしれない。

魅力的だ。しかも乗れるなら乗ってみたいと思っていた魔鳥に乗れるなんて滅多に無い経験まで出来る。

まず間違い無く話は通ると言うヒスイに、リゼルはにこりと微笑んだ。

「それで、何が条件ですか?」

「話が早くて良いね」

ヒスイも不機嫌そうな顔のまま目を細めて笑った。

「って言っても無理難題とかじゃないよ。一つ依頼を受けて欲しいだけ」

「Sランクが無理そうな依頼が俺に出来るとは思えませんけど……」

「何それ、本気で言ってる?」

心底本気だ。

ボスに挑む事自体適正ランクを越えた行いなのだが、ジルが平然と「問題ねぇだろ」と言うのでそうか問題は無いのかと思っている。戦闘だけならば二人はリゼルが足を引っ張ろうと何とかする。

しかし依頼自体のランクが高いとなればやはり戦闘面だけでは何とかならない事もあるだろう。

「僕達への指名依頼だったから受けたんだけど、ちょっと断れない所からも依頼が来ちゃって出来なくなったんだ。このタイミングであんまり評価落としたくないし、手伝ってくれると助かるんだけど。これだから貴族ってこっちの予定お構いなしで嫌なんだよね」

「ヒスイさん達への指名なら駄目なんじゃないですか?」

「向こうが必要なのはSランクの肩書きだし、君のところの一刀がいれば問題無いよ」

成程とリゼルは頷いた。それならば大丈夫かもしれない。

実際ヒスイは確実に問題無いと判断したからこそリゼルに話を通している。依頼に関しては基本的にパーティリーダーに決定権があるので少しでも問題があればヒスイは話を出さない。

「その依頼というのは?」

「君に向いているとは言えないかな。とある店の用心棒なんだけど」

「確かに迫力のある見た目はしてないですけど」

「いつも言ってるでしょ? 隙だらけ」

唇で弧を描きながら言うヒスイに失礼なと苦笑する。

用心棒に必要なのは強さ以上に迫力だ。何かあってから対処するのは勿論だが、その威圧感で何かやらかそうという輩を事前に追い払うのが一番の役目でもある。

そう考えれば確かにリゼルは向いているとは言い難いだろう、誰が見ようと穏やかな相貌をしている。

しかしそれを考慮した上で完璧に依頼をこなすだろうと確信を持っているヒスイにとって、不安要素などは全くない。

「もう一つの依頼は駄目なんですか?」

「ん?」

「用心棒は必ず顔出しが必要ですけど、違うなら俺達がこっそり依頼を終わらせれば君達の評価も下がらないですし」

「確かに魔物素材の調達だけどね」

ヒスイがくるりとパスタを巻きとりながら肩を竦める。

「場所が“水中庭園”の深層なんだよ」

それは無理だとリゼルは即行諦めた。

“水中庭園”は王都から少し離れた一日半ほどの場所にある迷宮で、国内国外問わず屈指の難度を誇る。

その理由は偏に迷宮内のほとんどが水に覆われている所為で、深層ともなると十分は潜水移動しなければ進めない場所も存在する上に当然のように水中で魔物に襲われる。

満足に動くことも出来ない状況でまともに戦闘が出来るはずはなく、低ランクの魔物によって全滅の危機に陥ることも珍しく無い。リゼルの魔銃は水中でも問題無く使えるとはいえ攻略出来るかは別だ。

「やっぱり用心棒の方が無難みたいです」

ジルやイレヴンなら“水中庭園”の攻略も容易だろう。しかし悠々と取引を決めておきながら自分は動かず、二人を動かして目標を達成するような真似をリゼルはしない。

元の世界ならば宰相として人を動かす事に躊躇いはしないが、今はただの冒険者なのだから。

微笑んだリゼルに、ヒスイは予想が付いていたのか何も言及せずに頷いた。

「ありがと。僕達も騎兵団が来るまでには帰れるから」

「お願いします。それで、依頼の場所はどこでしょう」

尋ねるリゼルに、ヒスイはぴたりと口へと運ぼうとしたフォークを止めた。

常に少しだけ寄せられている眉間の皺が微かに深くなり、何処か居心地悪そうに逸らされた視線にどうかしたのかとリゼルはヒスイを見つめる。手に持ったグラスの中で氷がカランと音を立てた。

「あんまり君に行かせたい場所では無いんだよね」

艶やかな笑みを浮かべた女性達のくすりくすりと笑う声が夜の帳が下りた路地裏で響く。

思わず視線を向けずにはいられない色香にそちらを見てしまえばもう逃れられないだろう。香り立つような笑みに囚われ、艶やかな唇に誘われ、誘う様に動く美しい指先に引き寄せられてしまう。

甘える様に首に回される白く細い腕を受け入れたが最後、乞われていると錯覚する男達はそれが獲物をとらえた蜘蛛の網の如く逃がさないという意思を持つなど知る由も無い。

日が落ちた後の路地裏は、静まり返る表通りとは違い静かな熱気を徐々に増していた。

「こんな良いところ、どうして教えてくれなかったんですか」

「そうなるからだろうが」

本を手に取りこちらを見もせず不満を漏らすリゼルに、ジルは呆れたように溜息をついた。

涸れた噴水を中心とした狭い広場から四方に伸びるやや幅のある路地へ、その地面を埋め尽くさんばかりに広がる露店の一つにリゼル達はいた。

露店のひとつひとつに吊るされた色とりどりのランプが幻想的な空間を作り出しているが、此処は決してそんな綺麗な場所では無い。

露店の店主は誰も彼もが品物に触れた途端脅し売るような者達ばかりだし、客も客でナイフを突き付け値引きを迫る者達ばかりだ。

「それ、見せて貰って良いですか?」

「……ドウゾ」

しかしそんな中、リゼルは至って平然と買い物をしていた。

露店の主により指し示された本を手に取りパラリとページを流し見る。表では決して出回らないような種類の本に、流石イレヴン曰く 裏商店(うらみせ) だと満足そうに本を閉じた。

「これを貰います、幾らでしょうか」

「金貨三枚ニナリマス」

「死にてぇの?」

リゼルが普通に買い物が出来る理由、それはその後ろに立つ二人に起因する。

表同様裏でもその武力で名を轟かせるジルと、むしろ裏でこそ恐れられるイレヴンがついて誰が暴挙に出られるというのか。そんな二人を従えるリゼルは一体何者なのかという視線を全力で向けられている。

今も遥かに相場を越えた金額を口にした露店の主へと、イレヴンは嘲るような笑みを浮かべて牽制していた。

「キ、金貨一枚デス……」

「つか聞いてんだろ答えろよ。死にてぇのかっつってんだよ」

「……銀貨、五十枚、デハ」

まるで脅しとるようなやり取りに苦笑する。

最初は目を瞬かせ思わず止めたが、何回目かに此処では正常なやりとりだとリゼルはしっかりと理解した。適正価格から値引きしていく表とは違い、此処では値引いて適正価格まで持って行かなければならない。

リゼルはまだまだ行けるとばかりに店主を追い詰めるイレヴンを止め、銀貨三十枚を支払って立ちあがった。

「こんなに奥に来たことは無かったですけど、良い物が揃っていますね」

「偽物も多いけどな」

手に入れたばかりの本をポーチへと入れながらそう言うリゼルに、つまり危険度の低い浅い場所ならばウロついていたのだろうかとジルは溜息をついた。

スリや恐喝など日常茶飯事な裏商店、それよりマシとはいえ変なところで行動的だ。そんなジルにイレヴンがつつつと近付き再び本に気を取られているリゼルに聞こえないよう呟く。

「ニィサンには言っとくけどリーダー一回そこで荷物取られてっから」

「だろうな」

見るからにカモだ。好奇心旺盛な貴族が身の程知らずにもウロついているとしか思われないだろう。

表ではそれなりの知名度を誇るが、しかし裏の住人の間では逆にそういった情報は出回らない。貴族みたいな冒険者がいるなどは気に留めるような情報では無いのだろう。

結果目を付けられて裏では有名な凄腕のスリ師に一回ポーチを丸ごとスられたが、リゼルは気付かなかった。スられた直後にスリ返して元に戻した某精鋭の一瞬の早技のおかげだ。

「そろそろ時間ですね」

ふいに並べられた書籍へと視線を落としていたリゼルが顔を上げる。

どうやら本題を忘れてはいなかったようだ。今日裏商店に来ているのは本を買いあさる為ではない、ヒスイとの取引により受けた依頼を達成する為なのだから。

「まだ買い足りませんけど、また今度にしましょう」

「まぁリーダーだし大丈夫だとは思うけど、一人は止めといた方が良いッスよ」

「大丈夫、イレヴンのやり方を真似ればちゃんと値切れますよ」

「何そのリーダー超見てぇ。じゃなくて。一々面倒なヤツに絡まれんのウゼェっしょ」

広場から溢れた露店が道を塞がんばかりに敷物を広げ、少し幅が広い路地とはいえ狭い道を通り抜けながらリゼルは成程と納得した。

自分が絡まれやすい自覚はある。何故かと問う程に鈍くは無いが、しかし自分では普通に行動しているだけに過ぎないので何か釈然としない。

「冒険者らしくしてるのに、中々上手くいきません」

「それまだ諦め……」

ベシンと後頭部を叩かれたイレヴンは黙った。

雑談を交わしながら更に路地の奥へと進んでいくと、周囲の雰囲気が変わってくる。薄暗い様相は一変し妖しく高貴な空間に、道沿いにある店は木の扉を金属の扉に代えられそれぞれの前には屈強そうな男が立っている。

この辺りに連なるのは高級娼館、一晩で莫大な金が飛び交う裏商店の中心地。

「俺らもあんなのすんスかね」

「どうでしょう、折角のSランクへの依頼なんだし違うとは思いますけど」

リゼル達が向かう先もまさに娼館だった。

しかし周りの店とは格が違う。言うならば選ばれた者のみが足を踏み入れられる最高級娼館で、実際に店の女性と事に及ぼうと思えば金貨が数百枚必要と言われる。

だからこそSランクに依頼が出せるのだろう。後ろめたい事は無くむしろ誇るべきだという自負と自信、それらが伝わってくるようだ。

「あ、あそこです」

リゼルが足を止めた。

店の壁は漆黒に塗られているが陰気さなど無く高級感に溢れ、その正面には大きく重そうな扉が鎮座している。

扉の前には一人の黒い礼服姿の男が立っていた。正面まで歩み寄ったリゼルに対してすっと腰を折ってみせる。

「いらっしゃいませ。どなたかの御紹介でしょうか」

「依頼の代理で来た冒険者です。話は通っていると聞いていますが」

基本的に依頼主などとの交渉は全てリゼルに丸投げしているジルは話し合うリゼルの後ろ姿を見ていたが、しかし何やら深刻そうな顔をしているイレヴンに気付き眉を寄せる。

やけに真剣な顔をして悩んでいる様子を珍しいと思いながらどうしたと問いかけると、イレヴンは真顔で此方を向いた。

「娼館の前にリーダーっつーのが俺の中で違和感ありすぎてマジ無理」

「アホか」

心底どうでも良い。

「ジル、イレヴン。店主に挨拶を、との事なので行きますよ」

「あぁ」

「はぁーい」

ゆっくりと開いていく向こう側の明かりが夜の闇を裂いていく。

姿を現す煌びやかな空間。現実を忘れさせる楽園のような店内を眺めて、リゼルはこういう店に来るのはいつぶりだろうかと微笑んだ。

店主の言う用心棒というのは然して難しいものでは無かった。

客人が入室する際には扉の前で立ち出迎え、そして部屋へと入ってしまえば隣室で待機。そして客人が帰る際に再び扉の前に立ってそれを見送る。

貴族ともなると人に聞かれたくない話もあるのでずっと扉の前に用心棒が立っているのを好まない者も多く、何かがあればすぐに駆けつけられるよう中で繋がっている特殊な隣室を誂えているらしい。

「なんつーか、勿体ねぇSランクの使い方ッスね」

「だからこそ贅沢なんでしょう。特別扱いされて悪い気分になる人はいません」

リゼル達は黒い礼服姿の男に案内されるがままに今日の仕事場である最上階へと歩きながら会話を交わす。

今日訪れるのは店の常連かつ上客な貴族、さらにその貴族がもう一人新しく知り合いを連れてくるというのだから新客も間違いなく貴族だろう。店にしてみれば気合いも入る。

本来ならば対お偉方講習を終えている事が望ましいらしいが、店主はリゼルを見て即行問題無いと判断した。知名度もSランクと同等の一刀がいれば文句などない。

「つーかリーダー黒似合わねぇー」

「そうですか?」

ふいにニヤニヤと笑うイレヴンに告げられた言葉に、リゼルは歩きながら自らの服を見下ろした。

前を進む男と同じような黒の礼服。この店で様々な仕事を行う男性達の為に作られたそれは、下級の貴族が着ても違和感の無いデザインをしており細身ではあるものの多少ゆとりがある。

普段身につけているものより体に張り付くような形は少し動きづらいような気がするものの、それを着て仕事をする事を前提に作られているので見た目よりも動きやすい。

「変でしょうか」

「似合ってはねぇんじゃねぇの」

しかし変でもない。そう付け加えられ、変じゃないなら良いかとリゼルは気にしない事にした。

そこらへんが適当だからヒスイに二度と服を自分で選ぶなと言われるのだろう。

「イレヴン、あまり着崩さないように」

「堅っ苦しいの苦手なんスよ」

そのままの格好だと店から浮くからと用意された衣装を着ているのは勿論リゼルだけでは無い。ジルとイレヴンもしっかりと着用している。

二人に至っては当然だが大剣と双剣という武器まで携帯しているある意味奇妙な格好なのに、違和感があるどころかやけに似合っているのは何故なのか。武器の携帯が必要無いリゼルが一番似合わないというのはどういう事なのか。

「ニィサンが黒似合うのはブレねぇなァ」

「ブレませんね」

「煩ぇ」

そんな会話を続ける三人に、先導する男は大丈夫なのかと若干の不安を抱いた。

それでも対お偉方講習を受けた上級冒険者なのだから依頼の最中に貴族と向き合えばきちんとするだろう。そう考えている男は、幸か不幸かリゼル達が中級であるBランクパーティだと知らない。

そうしてたどり着いた最上階の扉の前で男はリゼル達に客人が来るまで待っているよう言い残して去って行った。彼も出迎えの準備があるのだろう。

「やっぱ部屋にいるのって極上の美女なんスよね」

「女性の部屋をあまり覗かないように」

部屋の扉は少しだけ開いていた。

リゼルは覗きこもうとするイレヴンの襟元を指で引き、その動きを止めさせた。わざとらしく唇を尖らせる様子に笑いながら曲がっていた襟元を整えてやる。

時折首筋に触れる掌にイレヴンは首を傾げるようにして頬を押し付ける。手袋越しの感覚はあまり良いものではなく、動きを妨げられたリゼルに諌められて渋々と頬を離した。

「崩すならこのぐらいです、あんまり崩すとだらしないですよ」

「あんがとリーダー」

「崩すこと自体は良いのかよ」

「形式も大切ですけど似合うかどうかも大切です。護衛じゃなくて用心棒なんだし、少しぐらい崩れてた方が“らしい”でしょう?」

可笑しそうに笑うリゼルに、そういうものかとジルは呆れる。

何というか、古いしきたりでしか自分の価値を示せないようなつまらない貴族との付き合いなど元の世界ではあまり無かったのだろう。勿論形式の大切さを知った上での発言だろうし、むしろリゼルのイメージとしては形式に則った方が似合うのだからそういった貴族とも上手くやっていたのかもしれない。

「お前は本当に敵を作らねぇな」

「光栄です」

結論だけを口にしたというのに、全てを察したように微笑む姿は正しく本当に察しているのだろう。

その時、ふいに少しだけ開いていた扉が小さく音を立てて開いた。お、とイレヴンが小さく声を上げる。

「あら、本当に一刀よ」

「あら、本当に一刀ね」

開いた扉から顔を出したのは同じ顔をした二人の猫の獣人だった。

一人は折れ耳で一人は立ち耳、それだけが二人を区別している。引き上げられた蠱惑的な唇、しなやかな体に光を取り入れて細まる瞳孔。

その肢体から伸びる細く長い尾が手を繋ぐように絡まりあっていた。

「声が聞こえた時はまさかと思ったのだけれど」

「貴方が一人じゃない所なんて初めて見たわ」

くすくすと鈴の音のような笑い声が零れる。

面白そうに何かを囁き合いながら二人の世界を築く彼女たちを見て、リゼルは意外そうにジルへと視線を向けた。

「ジルってこんな良い所で遊んでるんですね」

「は? ニィサン常連なの?」

ジルは面倒そうに顔を顰めながらそれを否定した。

誤解をそのままにしておくとあらぬ疑いを掛けられそうだ。主にニヤニヤしている方がある事無い事言いふらしそうな気配が心底する。

成程煙草かと納得するリゼル、そしてえーとつまらなそうに声を上げるイレヴン。とりあえず後者の頭は一発叩いた。

「じゃあ貴方が一刀の飼い主なのね」

「じゃあ貴方が一刀のご主人様なのね」

くるりとリゼルを見た二人が、背を反らすように上体を倒し上目でリゼルを覗きこんだ。

大きな瞳がまっすぐに向けられる。内心を悟らせない事に秀でているのは商売柄か、その瞳には好奇すら浮かんでいない。

リゼルは瞬きすら止まったようにただじっと見つめられる中、ゆるりと微笑んだ。

「初めまして」

獣人に余計な言葉は必要ない。彼らはそれを好まない。

ただそれだけを告げたリゼルと二人は数秒視線を離さずいたが、ふいに二人の女性はぱちりと目を瞬かせた。その尻尾がゆらりと一度揺れ瞳孔がゆるゆると開いていくのは、嫌悪を抱かれたのかそれとも好ましく思って貰えたのか。

「今度貴女たちの店を訪ねたいのですが、許可を頂けますか?」

ただの予想に過ぎないが、リゼルは確信していた。

裏町の頂点とも言える程の店、そのトップに立とうと彼女達にとって恐らくそれは暇つぶしでしかない。二人にとって本業はジルの言う店の方なのだろう。

独特の世界観を持っていそうな彼女達の扱う品々はとても興味深い。もしかしたら裏商店とも一線を画する書物があるかもしれない。

「どうしようかしら」

「どうしようかしら」

体を起こし、頬を寄せあいくすくすと囁き合う姿は独特の雰囲気を纏っていた。

日常生活ではまず出会うことのない女性達を前に、二度と抜け出せなくなる程にはまってしまう男性が居てもおかしくはないだろうと納得させる程の空気。

しばらく囁き合っていた二人は、一本立てた指を弧を描く唇にあてると魅惑的に囁いた。

「一刀が許せば来ても良いわ」

「オネダリするなら一刀にね」

鈴の音のように囁くような笑い声を零しながら、二人はぴくりと耳を動かした。

くん、と尻尾をくねらせ階段を一瞥すると軽やかに踵を返す。

「時間切れね」

「時間切れだわ」

扉の向こう側に消えていく二人の姿をリゼルは流石だと感心しながら見送った。

誘いの言葉も願う言葉もかわす事など彼女たちにとっては容易なのだろう。リゼルとしては断られるとも思っていたが、ジルを巻き込んで許可を出したあたり全く嫌がっている訳ではないのか。

期待を持たせることに関しても一流だと苦笑し、リゼルはぴたりと閉まった扉の前に立った。

「流石は猫の獣人、耳が良いですね」

彼女達が去って行って数秒、リゼルの耳にも階段を上がってくる足音が聞こえてきた。

俺も聞こえたと謎の競争心を出しているイレヴンがブツブツ言いながら扉の隣へと立ち、人を巻き込むなと顔を顰めたジルが反対側へ立つ。

イレヴンへと壁にもたれないよう一声かけ、ようやく来客かとその姿を捉えようとしたリゼルはふと首を傾げた。同じように何かに気付いたジルが眉を寄せ、イレヴンはげっと思わず声に出す。

「全く、俺が今まで何度誘ったと思っているんだ。こういう場所もたまには良いじゃないか」

「酒を飲むのに色気は必要ないだろう? だがこの場所は気に入ったとも、まだ見ぬ迷宮品が眠っていそうだからね!」

「お前はそればかりだな」

聞き覚えのある声だ。

一つは度々聞いている低く快活な声。もう一つは一度だけとあるパーティーで聞いた声。

客人達は階段を登りきり、先導する男の向こう側を何とも無しに見て思わず足を止めた。どうかしたのかと振り返った礼服の男が見たのは片や驚愕、片や歓喜に彩られた表情で一体何がと内心を混乱に染める。

「……申し訳ございません、何か不都合が御座いましたでしょうか」

「いや、逆だとも。何て素晴らしいもてなしだと感動していたのだよ!」

自らを追い抜いて扉へと近付く貴族に男は声をかけようとして止まる。貴族が近付いたのは扉と云うよりその前に立つ一人だった。

「やぁリゼル殿、この間は息子が随分と世話になったようだ!」

「お世話になったのは此方ですよ、レイ子爵」

苦笑するリゼルと、快活に笑い声を上げるレイ。

礼服の男は何がどうなってるのか分からないままに、待たせる訳にはいかないともう一人の貴族を平常を装って部屋へと案内した。

依頼は結果として予想以上に客人に喜んで貰えた上に、この店は見る目があるとまで貴族直々に太鼓判を押され成功を収めた。ヒスイの顔に泥を塗らずに済んだようだ。