作品タイトル不明
58:どちらが拭くかで争った
それはいつも通りの朝だった。
リゼル達は三人揃ってギルドを訪れ、依頼ボードの前へと立つ。
相変わらず一通り目を通したリゼルがくるりとジルを振り返った。
「ジル、何か気になる依頼ありました?」
「お前の好きにしろ」
いつもの問いに、いつものように返す。
しかしいつもならば「そうですか、どれにしようかな」と選び始めるはずだったリゼルの動きが止まった。
どうしたのかと怪訝そうなジルと不思議そうなイレヴンの視線を受けながら、リゼルはじっとジルを見上げた。少し俯き、咎める様にジルを見る。
「ジルはいっつもそれです」
「は?」
「え、ちょ……リーダー?」
余りにも突然始まった静かな仲違いにイレヴンは常の余裕を忘れ一瞬うろたえた様にリゼルを窺った。
覗き込むイレヴンの肩から滑り落ちた髪に謝罪するように指を通しながら、しかしリゼルの視線はジルから外れない。どういうつもりだと眉を寄せるジルへ微笑んで見せる。
穏やかな笑みはしかし、何処か寂しそうな笑みにも見えた。
「おい」
「もうジルなんて知りません」
リゼルはふいと顔を背け、イレヴンの手首を掴んでギルドの扉へと歩き出した。
頭の中を混乱させつつも表に出さないイレヴンが、一体どうなっているのかと思いながらも腕を引かれるままにリゼルへと付いていく。
「この子達を連れて家出します。行きますよ、スタッド君」
「はい」
唐突に呼ばれたスタッドが受付から立ち上がった。
淡々とした無表情のまま、呼ばれるがままに速足でリゼルの元へと歩み寄って行く。
スタッドはリゼルの傍へと立つと、腕を掴んでいるリゼルの手をイレヴンの手首を攻撃する事で離させた。咄嗟に蹴りで反撃したイレヴンを同じく蹴りで相殺する。
視界に入らない足元で行われる攻防に気付かず、リゼルはジルを一瞥してギルドを出て行った。
一人残されたジルは顔を顰めたまま溜息をつく。
スタッドが同行したのだから何か知っているだろうとギルド受付の方を見ると、顔を盛大に引き攣らせたとあるギルド職員が歪に首を回しながらジルを向いた。
視線が合い、小さく悲鳴を上げたが恐る恐る事情を説明する。
「いえ、あの、リゼル氏普通に三日前に視察の為のギルド職員……スタッドの護衛を受けて、普通に今日行く予定だったんですけど……」
「三日前からこんなアホなこと考えてたのかアイツ」
「け、結構お茶目っすよね……あは、あはは……」
元々リゼルが本気で言っている訳ではない事ぐらい理解している。
どういうつもりだと思うが、別行動をとるという事は特に危険がある依頼でもないらしい。
ギルドの視察と云うと、そこら辺の村へ行って何かして帰ってくるだけ。数日で帰ってくるはずだ。
変な事に巻き込まれなければ良いと思うが、イレヴンもスタッドも一緒な上に巻き込まれそうだったら断っているだろう。問題が無いならそれで良いと、ジルは若干いつもよりガラの悪さを増した顔でギルドを出た。
あまりにも予想しえない展開に固まっていた周囲は、何故か盛大に安堵しながら行動を再開した。
普通ならば他のパーティが仲違いしていようと気にも留めないが、それがリゼル達のパーティとなると何故これ程に恐ろしいのか。そう、興味本位とかではなく訳も分からず恐ろしい。
「……前までそれが普通だったって分かってっけど、リゼル氏に手綱離されたジル氏とかなんか超怖ぇんだけど」
ぽつりと零したギルド職員に、誰もが声には出さないまま同意した。
「マジすっげぇビビったんスけど!」
「本当はジルへのドッキリのつもりだったんですけど、当のジルが全然で俺としてはちょっと不満です」
馬車の中、イレヴンはぎゃんぎゃんと文句を言いながら全力で不貞腐れていた。
そんな彼を無表情のまま心底鬱陶しそうに見て、スタッドは隣に座ったリゼルを見る。
「私も聞いていなかったので驚きました」
「すみません、どうせだから誰にも知られずにやった方が面白そうな気がして」
謝罪と共に優しく頭を撫でる手をスタッドは満足気に甘受する。
そんな彼を鼻で笑い、イレヴンはニヤニヤと嘲笑してみせた。
「能面の癖して驚いたとかねぇだろ氷人間」
「何も察せずうろたえていた人間に言われたくありませんエセ余裕面」
向かいに座ったイレヴンがガンッと床が抜ける勢いで足を振り下ろす。
踏まれそうになった足をすかさず避け、反撃へと転じたスタッドのそれも避けて互いに見下すように相手を見た。火花どころか落雷が散りそうな勢いで視線がぶつかっている。
仲が良いことだと微笑み、しかし本当に床が抜けては困ると止めに入る。
「馬車の中で暴れないように」
「はぁい」
「すみませんでした」
ギルドが保有する四人掛けの小さな馬車、それにリゼル達は乗っていた。
向かい合えば足同士が触れそうな程に狭いが、その分軽くて速い。御者もギルド職員で専属なので慣れた様に馬を操っている。
リゼル達はスタッドから指名依頼を受け、パルテダール内のとある村へと向かっていた。
「依頼を受けて下さって有難うございます」
「いえ、スタッド君にはお世話になってるし当然ですよ」
「俺聞いてねぇけど」
「本当にごめんなさい、今度からはきちんと話しますから」
リゼルはポーチから棒付きの飴を取り出して、イレヴンの唇へとそっと押し当てた。
依頼の事も聞いて無いし、少しでもうろたえた所をスタッドに見られるし、挙句の果てに何故か即行リゼルの隣を取られるしで拗ねきっているイレヴンの機嫌をとるには甘いものが有効だろう。
そういう意図があると分かってはいるものの、突き返すことなど当然出来ずイレヴンは口を開いて飴へと齧りついた。ガリガリと表面を削る音がまだ批難しているようで、リゼルは苦笑する。
「私も依頼を受けて貰っているので何とも言えませんがそんなに馬鹿を甘やかすとつけ上がりますよ」
「おい今何とも言えねぇとか言った癖に何言いたい放題言ってんだ能面野郎」
自分も、と手を差し出すスタッドへ飴を渡してやる。
罵倒し合う二人はある意味いつも通りで、手が出ない内はリゼルも止める事は無い。
「ところで、ギルドの視察って頻繁にあるんですか?」
「視察といっても色々ありますので度々外へ出る事があります」
言い合いを止め、スタッドがすぐさま此方を振り向く。
「冒険者ギルドを設立して欲しいという申請や、冒険者の素行による被害が出たという申し出があれば調査にも行きますし時には依頼人に関する問題が発生する為に本人の元へと赴きます」
「と云う事は、大抵が冒険者ギルドのない村ばかりですね」
「はい、今回向かっているのもそうです。ギルドが無い田舎ですが規模はそこそこだったと思います」
パルテダールには当然 王都(パルテダ) ・ 商業国(マルケイド) ・ 魔鉱国(カヴァーナ) 以外にも都市や集落が存在する。その三大都市がずば抜けて発展しているだけだ。
それらはパルテダール内に点在しており、それぞれを各領主が治めている。
比較的迷宮が密集する地域にある為に冒険者向けに発展した村や、国のほぼ真ん中にある為に郵便ギルドの拠点がある村、規模は小さくとも特色も活気もある村ばかりだ。
「ギルド職員が国の外へと出て職務をこなす場合最低一組道中の護衛に冒険者をつける必要があるので、どうせだったら貴方と行きたいと思いました」
「光栄です」
微笑まれ、淡々としたスタッドの背景にぽんっと花が飛んだ。
初めてリゼルと共に王都の外へと出掛けられて、実はスタッドは結構浮かれている。
「で、今回の用件は?」
一人邪魔なのがいるが。
「今から向かう村の領主が以前依頼を出しているんですが変な言いがかりをつけて依頼料を払ってくれません。その請求に向かいます」
「は? 領主なんざ金持ってんじゃねぇの?」
「持っていても払いたくない人種は何処にでもいるんです考えろ馬鹿。こういった請求は何故か私が行かされる事が多いのでとても面倒なんですが」
何故かと言われても、実力行使できる人員だからという理由しか考えられない。
大抵自衛手段を持っている受付担当のギルド職員だが、何かされようと防ぐ事が出来るレベルで冒険者をブチのめせる程の実力者は少ない。
どの冒険者ギルドも大抵一人はそういう荒事に対抗できる職員がいるようなので、冒険者に舐められる事は無いのだが。
ちなみにマルケイドの冒険者ギルドの荒事担当はレイラだ。タチの悪い冒険者の顔面を拳で潰した時から彼女に絡むような男は一人を残して消えた。
「領主様相手だし、ギルド長とかは出ないんですか?」
「マルケイドやカヴァーナの領主である伯爵と地位は同じとはいえ権力で言えば比べようも無く劣ります。その程度の相手にあの面倒臭がりがわざわざ顔を見せる事はありませんので私に回ってくるんです」
「ギルド長って仕事してんの?」
「上の仕事なんて周りの機嫌だけとってれば良いんです。雑用が出来る人間なんてそこら中にいるんですから精々私たちが働きやすい様に動いてくれていれば十分でしょう」
所属する国や街でギルドの立ち位置を決めるのがギルド長だ。
憲兵と上手くやればいざという時にスムーズに動けるし、国と良い距離感を保てばいらない反感は買わない。シャドウと同じく権力的にバランス感覚の良い人物なのだろう。
「勿論最低限の仕事は食事や睡眠を抜いてでもやって貰いますが」
ただ周囲に尊敬されているかどうかが決定的に違う。
「つか氷人間って実力行使以外出来そうなイメージねぇんスけど」
「多分、それで問題が無い相手って事なんでしょうね」
「あー成程」
イレヴンの言葉通り、スタッドに舌戦での取引が出来るイメージはない。
淡々とした無表情だからか冷静沈着な印象に反して、とにかく手も足も出るのが早い。論戦するより凍らせておけというタイプだ。
貴族とはいえピンキリで、今回用がある領主は国に影響を及ぼすレベルの勢力を誇るギルドが萎縮するような相手ではないようだ。例えスタッドでなくとも、最上位の貴族にしか見えないリゼルに慣れた者ならば余計に貴族を前にしようと無駄に緊張などしない。
「で、どんくらいで着くの」
「半日程なので向こうで一泊する予定です」
「うっわ、割と遠いじゃん」
「イレヴンも留守番が良かったですか?」
「それはねぇッスけど」
置いていかれるよりは、馬車の中で半日退屈な時間を過ごす方がマシだ。
いきなり訳の分からない展開に巻き込まれた上に置いて行かれたジルは今頃何をやっているのだろうかと考えるイレヴンを横目に、リゼルは時間があるのならと本を取り出した。
「酔うッスよ」
「本に関しては酔った事がないので大丈夫です。ジャッジ君の護衛の時に三日間馬車の中で本を読んでても平気でしたし」
本に関してはぶれない。
開いた本に視線を落とすリゼルの隣で、スタッドも肩を寄せるように本を覗きこんだ。
どうやら一緒に読むらしいと本を寄せてやるリゼルを見て、イレヴンは眉を寄せながらバンバンと自らの隣を叩く。
「リーダー俺寝るから枕んなって。その本そいつに貸せば良いじゃん、別のやつ読んでて良いから」
「馬鹿は黙ってて下さい寝るなら勝手に寝れば良いじゃないですか図々しい」
殺伐となりつつある馬車内に、リゼルは苦笑しながら本を閉じた。
ようは二人とも暇が潰せれば良いのだろう。
「三人でカードゲームでもしましょうか」
取り出したトランプに、二人は大人しく従って賭け金を取り出した。
頂点まで登った太陽が傾きしばらく経った頃、リゼル達はようやく目的の村へと到着した。
石を積んだ障壁、王都などの城壁と比べれば慎ましいが日常で魔物の侵入を防ぐには充分だろう。
門の前に立つ憲兵達にギルド員でもある御者が対応している中、リゼル達は窓から外を眺めていた。
「この規模なら憲兵の詰め所があるんですね。ここのトップは憲兵総長……まではいかないかな、憲兵長でしょうか」
「確か憲兵長だったはずです」
自給自足を行うような小さい村ならば自らで自警団を作り自衛をするが、ある程度の大きさの村には憲兵の詰め所が置かれる。
彼らも王都から派遣されたか、それとも王都で訓練を受けて自らの村へと戻って来た者なのだろう。
然程時間もかからず通された村は確かに三大都市と比べると閑散としているが、領主が治めているだけあって程々に賑わっていた。
「すぐに領主様のところへ行きますか? ごねられる事を考えると、明日に回すより一度話しておいた方が良いかもしれませんし」
「そうですね」
コクリと頷き、スタッドは御者に領主の館へ向かう様に指示した。
とはいえ然程遠くはない。馬車でのんびり走っていても十分ほどで到着する。
馬車が止まって降りたスタッドに、イレヴンはどうすれば良いのかとリゼルを見た。
「リーダー、俺達はどうすんの」
「そうですね、一応依頼内容は道中の護衛なんですけど……物騒な話し合いになるならついて行った方が良いでしょうか」
「物騒な話し合いになったとしてアイツに助けがいるんスか」
リゼルは微笑んだ。何だかんだで実力だけは互いに過小評価しない二人なのだ。
だからこその言葉だろう。
「折角の護衛なんだし働きましょう。スタッド君、良いですか?」
「貴方が良いのなら是非お願いします」
「はい、喜んで」
別に追加の依頼料だとかギルドに恩を売ろうだなんて考えはリゼルには無い。
それが分かっているからこそスタッドは素直に頷き、同行を願った。話し合いとはいえ後ろに二人冒険者が控えているのと居ないのとでは相手の出方も変わってくるだろう。
勿論危険があるのならリゼルに同行など頼まないのだから、彼は護衛の使い方を間違っている。
ちなみに御者はこっそり安堵した。スタッド一人を送り込むと実力行使になる確率が非常に高い。
「死ぬか頷くか選べ」みたいな展開になるよりは、平和的な話し合いで終わって貰った方がギルド側からしても面倒が少なくて良い。
その点リゼルが一緒ならばスタッドも無茶はしないだろう。
具体的に言えば、部屋中を凍らせた上に氷の刃で相手を囲って脅すような事は無くなるはずだ。相手に落ち度がなければ此方が加害者として訴えられたとしてもおかしくはない。
「宿の手配をお願いします」
「はい、手配が終わり次第迎えに来ますので」
スタッドの言葉に御者は頷いて去って行った。
通された応接間で、領主らしき人物はソファに座りスタッド達を出迎えた。
用件は分かっているだろうに悪びれない態度は、余程肝が据わっているのかただ事態の把握が出来ていないのか。
如何にも狸親父、というのは屋敷を出た後イレヴンが零した言葉だ。
「どうぞ、掛けてくれ」
まだ年若いスタッドを見て余裕の表情を浮かべた男は、しかし続いて入室したリゼルを見て顔を引き攣らせた。
淡々と礼を述べ向かい側のソファに座るスタッド、その後ろに立つ穏やかそうな男と何処か人を舐めたような獣人。その立ち位置に疑問を覚えながら男はリゼルへとしきりに視線を投げる。
スタッドは不快そうな様子を欠片も見せない無表情のまま男を見据えて口を開いた。
「御挨拶は省略させて頂きます早速本題に入りますが宜しいでしょうか」
「い、いや、少し待ってくれ。今回の件は果たして王都の監査役まで持ち出す程の事だろうか」
「事態を軽んじられるのは甚だ不快ですがそもそも監査役など連れていないでしょう」
だが、と男の視線が再びリゼルへと投げられる。
リゼルは自然体で立ったまま、向けられた視線にゆるりと微笑んで見せた。
監査役。主に貴族の不正や諍いがあった際に派遣される同じく貴族で、裁きにくい貴族や職種のものを裁く特殊な立場の者達のことだ。
イレヴンがあーと慣れ切ったようにリゼルを見て、スタッドは淡々とそれを否定した。
「彼は護衛と同行を頼んだ冒険者ですお気になさらず」
「ぼ……」
絶句する男に構わずスタッドが数枚の書類を取り出した。
冷静とマイペースって割と紙一重、なんて考えながらリゼルはその様子を見下ろしている。
「今回貴方がギルドへと依頼した件について依頼を達成したにも拘らず支払いを拒否した理由を聞かせて頂きたいのですが」
抑揚のない淡々とした声に、男の意識が引き戻される。
机に並べられた依頼用紙は確かに自らが依頼した内容が記されていた。
【一角ゴブリンの角が欲しい】というAランクの依頼で、角一本につき金貨一枚を払うと書かれている。
男はその書類を見下ろし、気を取り直すように大袈裟に肩をすくめて見せた。
「いや何、こちらとしても支払いを拒否したつもりはない」
「それならば結構ですでは早速ですが記載されている金額をお支払い下さいますようお願い致します。スムーズな取引のご協力有難うございました今後とも是非ギルドのご利用を」
「待て、ちょ、待……早いよ展開が!」
凄い勢いで全てを終わらせようとするスタッドに必死で待ったをかける。
男は自分に対して何て無礼なと憤る暇さえ与えられない。狙ってやっていたのなら凄いがスタッドは間違いなく素だ。
「それでは他に何か」
「そ、それがだね……納品された品に傷が入っていたのだよ。それに満額出すというのは公平さに欠けると思ってね」
イレヴンがちょん、とリゼルの袖を引っ張って男の後ろを指差した。
促されるままにそちらを見ると、後ろの壁に立派な額と共に此方へと伸びた角が飾られている。
三十センチ程だろうか。確かにその側面には数センチ程の傷が何個か入っているが形を損なう事は無く、むしろ生きた魔物の生々しさを伝えるようで独特な迫力を増していた。
満足気に飾られているところを見ると全く不満があるようには見えず、ただ値切りたいだけらしい。
「スタッド君」
内緒話をするように、背後からスタッドの耳に唇を寄せて伝える。
スタッドもそれで気付いた様に男の背後へと視線を向けた。間違いなくその角はギルドへ納品されたもののようで、小さく頷く。
「成程分かりました」
「分かってくれたか、ならば改めて金額の話し合いを」
納得の言葉を零したスタッドに男が喰いついた。
さて幾らに値切ろうかと機嫌の良さそうな男を前に、スタッドは淡々と書類を片付ける。
「不満がある依頼品は回収してまた改めて同じ依頼を出させて頂きますので再度依頼品を納品した際に記載された金額をお支払い下さい。そこの馬鹿ちょっと壁にある角を剥がして持ってきてくれませんか」
「パシらせんじゃねぇよ」
嫌がらせでも何でもないスタッドに言われ、悪意しかないイレヴンが面白そうにスタスタと誇らしげに飾られている角へと歩み寄る。
「それでは少々お時間を頂きますが再度依頼品が納品された際に再び届けさせて頂きますのでご安心ください、今日はお忙しい中お時間を頂き有難うございました」
「ちょっと待ってくれ!」
「まだ何か」
立ち上がったスタッドと今まさに角に手を掛けんとするイレヴンに、男は悲鳴を上げる様に慌てて声を張り上げた。
リゼルは苦笑する。何と云うか、間違ってはいないが相手の予想のナナメ上を行くのがスタッドだ。
余程正当な理由が無ければ意見を通せもしない。そんな彼から妥協を引き出すのは至難の業だろう。
指先でツンツンと角をつついて相手を煽っているイレヴンを呼び戻しながら、諦めの悪い人だと男を見ていた。
「良し、落ち着いてくれ。とりあえずもう一度座って話し合おう」
「話し合いは既に済んだかと思いますが」
「いや、全然まだだが」
スタッドは淡々と座り直す。
少し苛立ち始めているような気がする、とリゼルはその背中を見た。
「今のが最善の案だと思ったのですが」
「いや、そう手間を掛けて貰わずとも良い。この場で、傷が入ったなりの角の金額を渡せば済む事だ」
「依頼内容では成獣の一角ゴブリンの角ならば状態が著しく損なった状態でなければ良いとされていた筈ですので報酬の変更は難しいかと」
「とはいえ、まさか傷の入ったものを渡されるとは思わないだろう?」
とん、とふいにリゼルがスタッドの背を指先で叩いた。
男が話していようと関係ないとばかりに振り向くスタッドに微笑む。
「言葉を挟んでも?」
頷くスタッドを確認し、そして窺う様に領主である男を見る。
想像する冒険者とは仕草も言葉づかいも違うリゼルに押されるように頷いた男に礼を言い、机へと再度載せられた依頼用紙を見下ろした。
「成獣の一角ゴブリンの角を御所望との事ですが、傷があるという点で依頼達成報酬の公平さに欠けるという事は無いかと思います」
「ど、どういう……」
「一角ゴブリンの生態として、成獣へと育った個体はその角をぶつけ合い群れのリーダーを決める習性があるんです。成獣の角を求めるならばどうしても傷は入ってしまいますし、それにああして飾るのならば傷がある方が良いでしょう」
唖然とする男へにこりと笑う。
「なにせ、角の傷は歴戦の覇者の証なんですから」
戦いを挑まれる立場である強者ならば、その角に傷が多いのは当たり前だ。
それだけ勝ち残った証、またはそれだけ戦いを挑む闘争心ある勇敢な個体の証なのだから。
逆に言えば傷が無い角を持つゴブリンなど誰にも勝負を挑まれぬ弱者で、勝負を仕掛ける根性もない軟弱者だということ。そんなゴブリンの角を飾って何になるのか。
暗にそう言って見せたリゼルに、領主である男はポカンとしながらも成程と頷いた。
飾る為に欲しがっているなどという目的は報酬には関係無いとは思うが、成獣の傷無し角の入手はほぼ不可能だと言われてしまった。ならば確かに値切ろうと言うには無理がある。
そして何より傷の入った角の、戦い抜いた魔物だけが持つ迫力。飾るにあたって迫力程大切なものは無い。
示された知識に同感し、何より手に入れた角が価値あるものだと説かれ、領主は自尊心を満たされながら鷹揚に頷いた。
「成程、成程……確かに確かにその通りだ」
「無意識に価値あるものを選ばれるなんて、流石に価値ある物に囲まれる方は意図せずとも引き寄せる才をお持ちですね」
「いやいや、それ程でも無いが」
穏やかな微笑みに、男は機嫌が良さそうに笑った。
見るからに高貴な雰囲気を持つ人物に尊敬の言葉を贈られれば、誰しも悪い気はしないだろう。それはただゴマをするのが上手いだけの人物に比べて何倍もの効果を発揮する。
「雑ァ魚」と小さく呟いたイレヴンの声が笑い声にかき消されたのは幸運だった。
スタッドがいい加減早くしろとばかりに依頼料を請求すると、男は今度は渋らなかった。
使用人を呼び、依頼料を持ってこさせる。
「それでは用事は済みましたのでこれで失礼させて頂きます。今後とも冒険者ギルドのご利用を宜しくお願い致します」
スタッドは使用人越しに報酬を受け取るともう用は無いとばかりに立ち上がった。
去ろうとしたスタッド達はもう少し居たらどうだ自慢の魔物素材を見せてやるぞと言われたが、当然のように断る。コレクターの自慢話は長いのだ。
領主の男は去って行く後ろ姿を残念そうに見送りながら、手に入れたばかりの一角ゴブリンの角を鼻歌交じりに眺め始めた。
基本的にスタッドは宿に拘らない。
ボロ小屋だろうと何だろうと文句を言わずに泊まるが、リゼルが同行している今その選択肢は真っ先に排除されていた。
御者であるギルド職員が見つけた村一番の宿、その一室にリゼル達は居た。勿論宿代は経費で落とす。
ちなみに御者も一緒で良いんじゃないかと思ったが、彼本人の「勘弁してください…!」という切実な願いで彼だけは別の宿だ。
「貴方のお陰で助かりました」
「いいえ、余計な事をしただけです。俺が口を出さなくてもスタッド君なら何とか出来たでしょう?」
「あれ程スムーズには行かなかったと思います」
ソファに座ったリゼルと、その足元でオットマンを椅子にして座っているシャワー後のスタッド。
丁寧に髪を拭かれながら気持ち良さそうに微かに瞳を細めているスタッドを見下ろし、リゼルは微笑んだ。
あの領主なら強硬手段をとる一歩手前ぐらいで報酬は回収出来たはずだ。
スタッドが少し苛立っていたのとイレヴンが飽きてきていたのとで口を出したが、どちらかと言えば要らない真似だっただろう。
「あまり君の仕事に手を出すような真似はしないようにと思ったんですけど」
タオルの隙間から手の平を差し入れ、乱れた髪を整えて再びタオルで髪を乾かし始める。
懐かしいものだ、とリゼルは微笑んだ。
まだ幼さの残る頃の元教え子の髪を拭いた経験が無ければ、人の髪を拭くなど出来なかっただろう。
「あのまま話していてもスタッド君のプラスにはならない相手だったので、つい」
ふい、とスタッドが上を向いた。
つまりどれだけ苦戦しようとスタッドの成長に繋がるのならリゼルは放置したという事だ。
向けられた微笑みに無表情からぽんっと花が飛び出る。期待して貰っているのなら、期待に応えている限りその微笑みは向けられ続けるのだろう。
「リーダー次……てめぇコラ何当然な顔して頭拭いて貰ってんだガキか」
「ガキなので放っておいて下さい羨ましいでしょう」
「そういえばジャッジ君と同じくらいだから同い年なんですよね。ジャッジ君て背は高いけど童顔だし、実はちょっと年下かもしれません」
面白そうに言いながら、リゼルは濡れたタオルをスタッドへと手渡した。
乱れた髪を指で梳く。前髪からサイドへ、耳の裏を通って首筋へ、流れる様に優しく整えられる髪にスタッドは心なしか御満悦な空気を醸し出している。
「私としてはあの愚図より年が下というのは気に入らないのでこのままで良いです」
「本当に年下なんじゃねぇの今凄ぇガキくせぇし。ガーキガキガキー」
「馬鹿よりマシですくたばれ」
「テメェがくたばれ」
言い合う二人を放ってリゼルはシャワーを使いに立ち上がった。
口喧嘩の範疇で収めることと言ってあるし、出てきたら部屋が壊滅状態なんて事は無いだろう。あっても馬車内のじゃれあい程度で済むはずだ。
実際はリゼルが認識出来ない範囲で手も足も出されているのだが、どちらにせよ部屋は無事だろうから問題は無い。
パタンと部屋の扉が閉まりリゼルの姿が消えた直後、イレヴンとスタッドは得物を手に取り振りかぶった。
「失敗です、ポーチを忘れました」
「リーダーそれ何も持ってねぇじゃん」
「声をかけて頂ければ持っていくのでそのまま行かれても良かったのですが」
「大丈夫です、有難うございます」
ソファに座って書類の整理をするスタッドと、ベッドに座り長い髪を拭っているイレヴン。
至って平然とした二人にどうやら口喧嘩で済んでいるようだとリゼルは微笑んで頷き、そのまま部屋を出る。
直後、隠したナイフを構えて無音の攻防を繰り広げる二人の姿があった。
「(何となく手も出してる気がするけど、あの子達は俺に証拠を掴ませないし……まあ証拠を残さないって事は周囲に迷惑かけないって事だから良いんだけど)」
リゼルが服を脱ぎながらのんびりとそんな事を考えている事を、二人は知らない。