軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34:部屋まで二人かついだ

馬は速い。

どこぞの国では魔物を従えて魔鳥に騎乗する兵がいるらしく、流石にそれよりは遅くなるだろうが充分に速い。

馬車を引く馬も徒歩よりは余程速いしスタミナもあるが、何より急ぐのならば単騎で駆けるに越した事は無い。馬車で横転や荷を気遣って速足程度で進むより何倍も速く目的地へと到着するのだから。

だから、とゆっくり語っていたリゼルが宥めるように微笑みかける。

「 魔鉱国(カヴァーナ) へは馬で行こうと思ってるんです」

「雨が降ったらどうするんですか…!」

リゼルよりも余程必死に、半泣きにすらなって訴えるジャッジは中々手ごわい。

「別に濡れりゃ良いだろうが…」

「あれは過保護っつーの? 尽くしたがりっつーの?」

先日リゼルが感動の再会の最中にさり気なく確認していたおかげで、元の世界へと帰る為にこの 王都(パルテダ) にいる必要は無い事が判明した。

だから今まではあまり長く王都を空けるのはまずいかと判断して留まっていたリゼルは、常々行きたいと思っていた魔鉱国へ向かうことを即行で決めたらしい。

しかし片道馬車で五日というのは少し長い。五日というのも、普通ならば一週間程かかる距離を前回のように止まらず進んだ場合となる。

ならば馬車旅は前回経験したし、今度は馬で行ってみようかと割と気まぐれで決めたのだが。

「僕が馬車を出します……! 良く分からないけど、ゆっくりでも問題無くなったんなら……」

「問題なくなったから一度くらい騎乗の旅を経験してみようかな、ってなったんです。不測の事態があってもゆっくり行けば良いだけですし」

「てめぇには店があるだろ」

「な、何とかする、ので」

ならないだろうに。

本人も言っていて無理があると分かっているのか、うーうー言いながら必死に考えている。

いくらサービス業とはいえサービス精神に溢れすぎだとリゼルは苦笑しているが、その溢れんばかりのサービスならぬ尽くす心は今の所リゼルにしか発揮されていない事は知らない。

ジャッジだっていつも言われるままにホイホイと希少な迷宮品の武器を売り渡す訳でもなければ、商売絡み以外のことで誰かに奉仕する訳でもないのだ。

「う、馬とかは……」

「イレヴンが持ってるみたいなので、貸して貰います」

「足は一品ッスよー」

当然のように盗賊時代にどこぞから奪い取った馬だが、問題はないだろう。

盗賊業を共にしていただけあって度胸もある。走行している馬車に襲いかかり、並走し、騎乗しながら戦闘を開始しても恐れず、盗る物を盗ったらいち早く逃げることが出来る馬だ。

最も求められるのが問題なく逃げられる能力だけあって足が速くスタミナもあり、まさしく一級の馬だろう。そういう馬を買おうと思うとかなりの大金が必要になる。

イレヴンは何頭か保持していた馬も回収していたらしく、変わらず精鋭達が世話をしているらしい。

もはや準備が整っている事を察し、ジャッジはうぐっと喉を詰まらせた。

これで自分が反対していたらただの我儘だ。リゼルを困らせたい訳ではない。

ちなみにこの店を訪れる前に報告を済ませたスタッドだが、我儘だし困らせると知った上で盛大に淡々とダダをこねて見せた。彼は自分に正直だ。

今にも泣きそうな目で渋々頷いたジャッジに、リゼルは仕方なさそうに笑いながらその涙を拭う。

用事は報告だけらしく一通りジャッジを甘やかして帰ろうとしたリゼル達を、しかしグスッと鼻を鳴らしながら呼び止めた。

「……イレヴンだけ、残って」

「俺? 何で」

「何でも……!」

どこか鬼気迫る声にイレヴンは楽しそうに笑い、ひらりとリゼルに手を振った。

問題無いらしい、と判断したリゼルとジルが揃って店を出て行くのを見送る。

イレヴンは鑑定作業台の上に平然と腰かけて、さて何があるのかとニヤニヤ笑いながらジャッジを見上げた。

「……出発は?」

「明日っつってたけど。リーダーって割と思い付きで行動するよなァ」

「じゃあ、今日は泊まって……あと、馬にも会わせて」

「は?」

何で、と見上げた顔は決意新たな顔に見下ろされた。

半泣きな所が格好付かないが。

「イレヴンに、僕の全てを叩きこむ……!」

逃げても良いだろうか。

思わず真顔でそう考えながら、イレヴンは何かに燃えているジャッジを見ていた。悪い予感しかしない。

けどまぁ面白そうだしちょっと付き合うかと気楽に考えていたイレヴンは、夜中逃げ出そうとして何故か斬ろうと蹴ろうと開かない店の扉を前に絶望するなど今は考えもしなかった。

「出来るだけ早く帰って来て下さると嬉しいです」

「今のところそんなに長く滞在する予定は無いし、大丈夫ですよ」

翌朝早朝、リゼル達は王都の南門へと集まっていた。

就業時間であるはずのスタッドとジャッジが見送りに来ている。

自分の店であるジャッジはともかくスタッドは良いのだろうかと思うが誰も口には出さない。今更だからだ。

リゼルは馬と向き合い、綺麗な子だと思いながら手を伸ばした。

リゼル達が来た時にはすでに精鋭達によって馬が連れて来られていた。

心配すべきは全く初対面の馬が言う事を聞いてくれるか、という点だったが問題はなさそうだ。

良く躾けられた馬は飼い主たちとは裏腹に優等生で、リゼルが近付こうが撫でようが気持ち良さそうにしている。勿論飼い主に似て気性が荒いのもいるようだ。

特にイレヴンの愛馬は飼い主に似て癖が強そうだ。乗りこなそうとすれば大変だろうが、リゼルに与えられた馬は特別穏やかそうでノンビリとしている。これでもちゃんと足は速いらしい。

「俺が乗りやすいのを選んでくれたんですね、ありがとう」

「や、選んだのは 頭(かしら) なんで……」

精鋭の内の一人、見覚えのある前髪で瞳を隠した相手が手綱を引いていたので声をかける。

スタッドを見ながら一歩どころか三歩下がった相手に、何かしたのだろうかとスタッドを見た。

相変わらず淡々とした無表情がじっと此方を見ていたが、まぁ生きているのだから問題ないかと頷く。

そして選んだのがイレヴン、と思いながらリゼルは隣で馬と向き合っているジルを見た。

「乗りやすさが欠片もない上に真っ黒な所は確実に笑いをとりにいっています」

「まぁ似合いそうではありますけど」

“認めた相手以外乗せるつもりはねぇ”と言わんばかりの空気を醸し出す馬を前に、ジルは腕を組んでいつものしかめっ面をしている。

確実にイレヴンは面白がって選んだだろう。ジルの何処か不機嫌そうな様子は全身黒の黒馬だからか、それとも面倒そうな馬を宛がわれたからか。

何となく前者な気がする、と思いながらリゼルはノホホンとしている自らの馬を見た。

白馬じゃなくて良かった。そう思いながら。

しかし馬にしてはノホホンとしすぎじゃ無いかと内心首を傾げているリゼルは、「こいつすげぇリーダーに似てる! 白馬だったらピッタリだったのに!」と爆笑しながら選んだイレヴンを知らない。

「あ、決着ですね」

黒馬がすっと頭を差し出した。

ジルはもう諦めるしかないと思ったのか、一度溜息をついてその額に手を乗せている。

野生の本能って素晴らしい、そう思いながらリゼルはふっと馬上を見た。

先程から気になっていたが、いくら盗んだものとはいえ馬具が良すぎる気がする。

迷宮品なのかどうかは分からないが、鞍もどうやらリゼルのクッション同様幻狼の毛皮が使われているし快適さに特化した作りである事は間違いない。

盗賊がこんな装備を付けるはずは無いし、と思いながらリゼルは先程から旅をするリゼル達以上にせっせと準備に勤しむジャッジを見た。

「ジャッジ君ですか? 馬の鞍用意したの」

「え、はい、昨日イレヴンに場所を聞いて、せめてと思って……」

照れたように笑ったジャッジに、たまには良い仕事するじゃないかとスタッドは頷いている。

しかしジャッジ所有の馬ならともかく、他所有の馬を飾り立てて良いのだろうか。

照れながらもイレヴンの空間魔法に勝手に荷物を突っ込んでいるジャッジは、もはや彼に対する恐怖を完全に忘れている。

「じゃあお金払いますよ、俺たちの為でしょう?」

「いえ、そんなつもりじゃ……! あ、それに、貸しただけなので」

何だ借りただけか、と若干肩を落とす精鋭達は貰えると思っていたらしい。

そこらへんはイレヴンとジャッジの間で話し合われているようだ、とリゼルは今日顔を合わせてから一言も喋っていないイレヴンを見た。

愛馬にすがりついて力尽きている。誰もそれに触れないのは興味が無いのか、面倒なのか、触らぬ神に祟りなしなのか。

とりあえず復活したら話を聞こうと思っていたリゼルは、背中に主人を乗せているにも拘らず我関せずと言わんばかりの馬に近付いた。

「イレヴン大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないそうです置いて行きましょう」

「させるか。あー……」

四肢を投げ出していたイレヴンがダルそうに起き上がる。

首に体重をかけられていた馬が抗議するように首を振るのを慰めて、イレヴンはようやく馬上から降り立った。

リゼル達が此処についてからずっと馬の上でぐったりしていたのだ。

「つか聞いてリーダー! アイツずっと良く分かんねぇ魔道具とかの説明するしアンタにこんな馬具使わせるつもりかとかキレるし最終的には料理の腕にまで駄目だししてくんスよ!」

「あれ、説明良く分からなかった?」

「んなこと言ってんじゃねぇよ!」

「あ、俺も料理教えて貰えば良かったですね」

今回は完全な野営となる。

前回と殆ど変らないだろうが、ジャッジがいない以上至れり尽くせりとはいかないだろう。

むしろそうなる事がリゼルにしてみれば楽しみなのだが、許せなかったジャッジはその全てが快適になるようイレヴンへと叩きこもうとしたらしい。

アイツが相手じゃなけりゃ殺してた……と小さく呟いたイレヴンにとっては地獄だったようだが、一応付き合っただけ良い方だろう。嫌ならば全力で避ける性分なのだから。

完全な野営食も楽しみにしてたのだが、もしやイレヴンも王宮料理並みのフルコースを作れるようになったのだろうか。

「イレヴンって料理出来ましたっけ」

「あ、俺? 適当で良いなら作れるッスよ」

酒と言えば酒が出て、飯といえば飯が出る。イレヴンもまた盗賊の頭としてそんな生活を送っていた。

家から出て以来、街の外で野営を行う際には適当な獲物を狩って簡単に調理することもある。

空間魔法を手に入れてからはそんな機会は減ったが、しかし空間魔法を利用しても食品の保存は難しい為に盗賊になる直前までは度々作っていた。

リゼルのように完全な素人ではないが、しかし食べられれば良い程度の料理なので料理の腕と言われれば大したことは無い。

大した事は無かった、はずだった。

「まぁ普通に逃げまくったんスけどね」

「イレヴン、料理だけは本当に聞いてくれなくて……」

そして大した事が無いままらしい。

ジャッジの鬼気迫る懇願もイレヴンには届かなかったようだ。包丁を握ってくれないので仕方無く実践で料理を作って見せただけに終わった。

見かけにそぐわず大食らいなイレヴンに対してそれだけは有効で、聞いていたかどうか分からないがジャッジは口で説明しながらひたすら料理を作って行き、イレヴンはそれを聞き流しながら出てきた一級品の料理をひたすら消化していった。

それがつい先程のこと。二人ともほぼ徹夜だ。

「出発に問題は?」

「ねッス」

グッと体を伸ばしたイレヴンが身軽に馬に飛び乗ったのを見て、本当に問題無さそうだとリゼルは頷いた。そろそろ出発の時間だ。

リゼルは馬へと近付いて盗賊から手綱を受け取り、鐙に足をかけて一気に体を持ち上げた。高くなった視界に気持ち良さそうに微笑み、のんびりとしている馬のタテガミを撫でる。

一瞬手を差し伸ばしかけた盗賊は、そりゃ乗れるかと自らに無意識の行動を起こさせる相変わらずの貴族っぽさに一人納得していた。

今更だけど馬を操れるのか、というジルの失礼な視線を感じて笑ってみせる。伊達に貴族をやっていないのだ。

「お気をつけて」

「け、怪我だけはしないように……!」

見送ってくれる二人に手を振り、いつの間にか姿を消している精鋭達に流石だなんて感心する。

黒馬に騎乗したジルが思った通り真っ黒かつ似合いすぎて爆笑するイレヴンが、そのジルに殴られているのを見て苦笑しながら諫めた。

そうしてようやく、リゼル達は魔鉱国へと出発した。

馬で走る事丸二日と少し、今日は 魔鉱国(カヴァーナ) への到着予定日だ。

何事もなければ夜までには到着する、というジルの言葉をリゼルは毛布の中でボンヤリと思い出していた。

相変わらず寝起きが悪いので見張りは一番最初、済んでしまえば朝までぐっすり寝られるので今後もやはり一番がいい。

むしろ「すんの?」と微妙な顔をしたイレヴンにとってはリゼルが見張りを行うことが何やら複雑だったようだが、それこそパーティの一員なんだからと押し通した。楽はしたいが気を遣われたい訳ではない。

隣ではイレヴンが寝ている。

最後は嫌だと断言した為に見張りは二番目だったのだ。ジルはいつでも問題無いらしい。

迷宮品であるテントは雨風の影響を全く受けず、外の音もあまり聞こえない。

布地の割に日差しもしっかり遮断されているので、僅かに開けられている入口から入りこむ光だけの薄暗い空間だ。

朝が弱いと言いながら見張り交代の時はしっかりと起きてくれる彼は、やはり朝は難しいらしい。同じく朝に強くないリゼルがいつも先に起きている。

ふかふかの枕から頭を起こすと、毛布の中に朝のやや冷たい空気が入り込む。

「あ、」

珍しい、とリゼルは隣の毛布を見た。

普段は毛布の中にすっぽりと入りこみ、その長い髪の毛だけを外に出しているイレヴンの顔が毛布から出ている。

ちょうど此方を向いている為に見えた顔は熟睡しているように思えた。

気配だの何だのとリゼルには良く分からないものを感じることが出来るイレヴンなので、自分が起きた今本当に熟睡しているのかは分からないが。

リゼルはその露わになった頬にそっと手を伸ばした。

つん、と数枚連なる鱗を突く。

普段から見えているそれは、触られてどう感じるのか分からない為にリゼルにしては珍しく控えている。

実は不快だったりしてもイレヴンは自分に対しては遠慮なく触らせる確信があるからだ。

固すぎず、柔らかすぎず、すべすべした感触を味わう。

そういえばジルと特訓という名の殺し合いをした直後「鱗剥がれたかと思った! リーダー何か言ってやって!」と言われた事があるが、剥がれたら生えて来るのだろうか。

ふちをなぞり、皮膚との繋ぎ目を優しく押す。

「昨日の夜ほっぺた突っついた仕返しッスか」

「そんな事してたんですか」

パチリと開いた目に、やはり起きていたかと微笑んだ。

突いていた手を握られ、ぐりぐりと額を押し付けられる。吊り上った目がわずかに柔らかくなっているあたり、どうやら起きたばかりらしい。

「起こしちゃいました?」

「どうせアンタが起き上がったら起きてたし、良いッスよ」

くぁ、と欠伸をしながらイレヴンは毛布へと潜り込んだ。

どうせ起きたと言いながら活動を始める様子はない。まだ毛布の中に居たいようだ。

リゼルは環境が変わったことでいつもより早く起きたので、時間に多少余裕はある。多少だが。

ジルなら此処で起きたなら動けと無理やり起こすだろうが、と考えながらリゼルはもう少し寝かせておくことにした。

何気にパーティで遠出する事に一番はしゃいでいるイレヴンだ。疲れもするだろう。

掴まれた手を抜こうとすると僅かに抵抗があったが、毛布の上からぽんぽんと体を叩いてもう一度引っ張るとあっさり抜ける。

少し地面から高さを持って作られたテントに腰かけ、靴を履いて火の傍で座っているジルへと近寄った。

「夜、何かありました?」

「イレヴンがお前のこと 突(つつ) いてた」

「それはもう本人から聞きました」

そうじゃなくて、と何かしているジルの手元を覗き込む。

すっかりと解体された何かの肉が焼かれ、ジルはそれを朝からハイペースで食べていた。

生肉など空間魔法で持ち運ぶ訳が無いので、これは自ら狩ったのだろう。ジルが見張りを離れるとは思えない、どうやら襲われたらしい。

リゼルは当然のごとく全く気付かず寝ていた。

「イレヴン、起きました? あ、一口ください」

「さぁな。起きてもあいつは丸投げするだろ」

何の肉かは分からないし、朝から肉の塊などヘビーすぎるがリゼルはジルから焼けた肉を受け取った。

ジャッジによって仕込まれた、のかどうかは微妙だが助言は受けたイレヴンは元々器用なだけあって手際良く、毎食それなりの食事が出される。ちなみに手伝いは拒否された。

なのでいかにも、な焼きたての肉の塊はリゼルにとっては物語の世界の食べ物であり、実は一度食べてみたかったのだ。

熱いぞ、の言葉と共に差し出された串を受け取り、どこから食べようかと悩んでそのまま齧りつく。

「あ、美味しい」

「舌の肥えた人間の言葉だとは思えねぇな」

喉で笑われ、リゼルは微笑みで返した。

例え小さい頃から宮廷料理を食べていようと、だからこそ狩りたて焼きたての肉など滅多に食べられない。塩コショウだけのシンプルな味付けだが美味しいと感じたのに嘘偽りはなかった。

カリカリの表面を齧り、肉汁溢れる身を口に含む。頷いて舌鼓を打つリゼルをジルはニヤニヤと笑みを浮かべて見ていた。

一言でいうなら似合わない。しかしジルは決してそれを口には出さない。

「あー! 何かうまそうなの食ってる!」

「イレヴン、このお肉使って何か作って下さい。ひたすら肉ばかりだと流石に辛いです」

「何でだよ」

ひたすら肉で良い本当の意味で肉食系男子ジルが疑問を浮かべてる横で、イレヴンはパッパとケバブのようなものを作り上げていた。

習ってない割に凝ったものを、と思うがどうやらジャッジが説明しながら作って見せた品々らしい。

ほぼ毎食腕が振るわれているにも拘らず尽きないレパートリーに、イレヴンはどれほど食べ続けたのだろうと疑問に思ってしまう。

薄くスライスされた肉と野菜をジャッジ特製ドレッシングで味付けし、パンに挟み込まれて差し出された。

先程まで食べていた肉塊とは思えない少し洒落た出来あがりは、正しくジャッジの思い浮かべるリゼルの朝食といったメニューだろう。

「ニィサンは?」

「いらねぇ」

ひたすら肉だけを消化していくジルは、栄養バランスなぞ知らんと言わんばかりにきっぱりと断言した。

全速力ではないが、結構な速さで走り続けること数時間。

ようやく見えた 魔鉱国(カヴァーナ) は、山に張り付くように半円の外壁で覆われた街だった。

外見は一言でいえば武骨。王都の城壁は白く美しく、 商業国(マルケイド) でさえ色とりどりのポスターが所狭しと貼られた見栄えの良いものだったにも拘らず、此処はただ実用性だけを求めているのだと一目で分かる。実用性も突き詰めると美しいものだが、とリゼルは速度を落とした。

所々から立ち上る白い煙が夕焼け空に映えている。

「門は?」

「このまま真っ直ぐ」

ジルが指し示した方向を見ると、小さく数台の馬車が見えた。

商業国と比べると入国待ちは明らかに少ないが、比べる相手が悪いだろう。

リゼルはそのまま真っ直ぐ馬を進めた。門番は商業国よりは丁寧に来訪者を調べているようだ。

列の最後につきながら被っていたマントのフードを取り払う。

「普通に観光でって言って問題無いですか?」

「冒険者の普通っつうのは依頼だがな」

「つっても依頼受けてねぇしあんま長くいねぇし、観光っつーしかねぇっしょ」

それもそうかと頷き、回って来た順番に馬を下りる。

思わず門番が固まったのは先頭に立つリゼルのせいだろう。貴族の御忍びとでも思ったのか。

もはや慣れたようにギルドカードを見せると、その硬直はより延長した。

「お前は何でそう……」

「俺のせいじゃないですってば」

お決まりのやり取りに、イレヴンがニヤニヤと笑う。

基本的に人を困らせて面白がる彼にとって、門番の反応は楽しいものなのだろう。

趣味が悪い、と溜息をつくジルとは裏腹に、楽しいなら良いじゃないかとリゼルはイレヴンのそれに何かを言った事は無い。最低限の躾すらジルに丸投げして、リゼルは意外と放任主義だ。

イレヴンが自分を困らせることは絶対にしないと信頼しているとも言える。

復活した門番に冒険者用の質問をいくつか投げられ、リゼル達は澱みなく答えた。

ほぼ問題ないやり取りを終え、分厚い門を馬を引きながら潜る。

人のざわめきとは違う、何か機械的な音が混じっているのは魔鉱国ならではだろう。

昼間は何処にいても騒がしそうだ、と商業国とは違うざわめきにリゼルは苦笑した。

「馬はどこに預ければ良いんですか?」

「あ、大丈夫ッス」

イレヴンがひらりと手を振ると、門の近くで“いかにも誰かを待ってます”といった風体で立っていた数名が近寄って来た。

良く良く見ずとも、王都を出発する際に馬を連れてきた元盗賊の精鋭達だ。

あれ、と思いながらリゼルは差し出された手に手綱を引き渡す。

「俺達より後に出発したんですよね?」

「こっちにも拠点あるしあいつ等は心配しなくて良いッスよ!」

微妙に話題が逸れた。

にっこりと向けられた笑みといい、いかにも分かりやすく逸らされた話題といい、大体の予想がついてリゼルは苦笑する。

ようは寝る間も惜しんで彼らは馬を走らせ先回りしたらしい。

イレヴンの命令か何かだろう。滞在中リゼル達に不都合が無いように、ということか。

確かに余所に預けて馬に何かあっては大変だ。頻繁ではないがそこそこ聞く話なので正直有難い。

「折角優秀なんだから、使い潰さないように気を付けなさい」

「はーい」

へらりと笑うイレヴンに、リゼルもにこりと笑った。

馬を連れていく精鋭達が“その言い方じゃ使い潰すギリギリまで使われる”と内心少しだけ落ち込んだ。

つまり今までと変わりが無いということだ。

唯一イレヴンが言う事を聞く相手なのだからもっとこう、とは決して口に出さない。口に出した途端にリゼルに不満を持ったと判断したイレヴンによって粛清される。

去って行く精鋭に拠点て何処だろうと思いつつ、リゼル達は観光客向けの通りへと歩き出した。

「いかにも職人の街ですね」

「訳分かんねぇ魔道具動いてるし、馬鹿でかい歯車回ってるし、カンカン煩ぇッスね」

「拠点持ってんのに来た事ねぇのか」

「あるッスよ。ただあんま来ねぇし夜しか出歩かねぇしで、あーゆーの動いてる時間に出歩いたことねぇッス」

重なる巨大な歯車、何かを運ぶ為の魔道具が雑多に集まっている通りは、数少ないこの国の観光名所だ。

他では見られない光景は確かにもの珍しいが、流石に動力である魔力がもったいないのか、実際に働き使用される昼間しか動かない。

成程、夜は静かに寝られそうだとリゼルは納得しながら通りに並ぶ店を眺めた。

魔道具、武器防具、鉱石細工、露店もその系統が強い。さすがに本は少なそうだとリゼルは残念に思いながら布袋を担いで横を通りすぎる小さい背丈を見送る。

「流石に 小人族(ドワーフ) が多いですね」

「今のモグラの獣人ッスよ」

王都や商業国でもその存在は見るが、発掘現場だけあってドワーフの数がケタ違いに多い。

ガッシリした体格としっかりした髭を持った彼らは小柄ながら力強く、土木関係に遺憾なく才能を発揮する。本人らも体を動かしていることを好み、そして凝り性なところはまさに天職だろう。

土木関係のみならず、細工ものや細かい作業も難なくこなせる為にこの国は暮らしやすそうだ。

そして、同じような特性を持っているのがモグラの獣人。外見から彼らを区別するのは至難の業だろう。

唯一の外見特徴である頬の三本髭も普通の髭の中に埋もれてしまう。

「イレヴンはどうやって見分けたんですか?」

「あー……匂い?」

「流石蛇の獣人、ジルは見分けつきます?」

「勘」

ジルはおもむろに二人の小人族を指差して見せた。

正解、と肩を竦めたイレヴンを見る限り、見事小人族に紛れるモグラの獣人を見つけ出したらしい。

本当に感覚で生きているとリゼルがいっそ感心していると、リゼルにも分かるぐらいの嗅ぎ慣れない匂いがふわりと風に乗って漂って来た。

今回の目的のひとつであるそれに思わず微笑む。

「温泉、楽しみです」

「温泉付きの良い宿あるッスよ!」

そう、魔鉱国は実は温泉が有名な街でもあった。

この働く者の為の武骨な国に観光客がそこそこ多いのもそのおかげだ。

今向かっているのはイレヴン(の部下)が厳選に厳選を重ねた宿で、個人で温泉を所有するお値段高めの宿だ。宿に泊まっていなくても入れる大衆向け温泉の近くに集まる宿は多いが、所有しているとなると数が少ない分値段が高くなるのは仕方無い。

宿を選んだ基準はイレヴンの独断と偏見だが、どうせなら静かに入りたいし人が多いのも嫌だという理由でそこに決まった。大衆向け温泉はリゼルも入るという理由で最初から選択肢に入っていない。

とても観光客には見えない三人組は、そこそこ視線を集めながら通りを歩いて行く。

マルケイドのように人とすれ違うのも難しい程の人混みだと目立たないが、そこそこの人通りの中ではやはり目を引いてしまうらしい。

観光客に見えないのか、なんて話し合いながら歩いていると目的地へと到着した。

木造のしっかりした造りの宿は古くは見えないが、しかし長く此処にあるのだろうと思わせる情緒ある佇まいをしている。

惜しむらくはそこかしこから響く作業音だろうが、夜になるまでの我慢だろう。宿の主に迎えられながらリゼル達は宿の門を潜った。

「早速温泉入っちゃいましょうか、夕食には少し時間ありますし」

「出掛けるにも中途半端だしな」

「リーダーは初温泉ッスよね」

「はい、楽しみです」

微笑んだリゼルは、空間魔法がある為に数少ない荷物を置いて部屋を出た。

ちなみに旅行客用の宿なので一人部屋などなく、三人で一部屋だ。

三つ並んだベッドの場所とりで地味に揉めた。三人とも端っこが良い人種だったらしい。

リゼルは暗くなってから光魔法で読書に励むから、という尤もな理由によって一人ちゃっかりと端を確保していた。残りの二人は後でどうにかして決めるだろう。

「お湯に浸かるのは久しぶりですね」

「ん? 温泉は初めてなんスよね」

「実家にはあったので」

あー、とイレヴンは納得した。

普通の人間は温泉にでも向かわなければ湯につかる経験などない。

そして温泉はある所にはあるが無い所には全く無いのだ。 この国(パルテダール) にも魔鉱国にしか存在せず、一度も温泉を経験した事が無い人間も少なくないだろう。

しかし余程の上流階級にもなると、各家で風呂を所有しているのが当たり前だ。

リゼルの元の世界でもそれは同じで、当然公爵家には広い浴場が存在している。

「君達は?」

「何回かある」

「俺は初めてッス! 小遣い稼ぎに脱衣場までは入って財布貰ったりはしたことあっけど」

「ん? そういうのが無いように、大衆浴場では見張りみたいなのがいるって聞いた事ありますけど」

「そんなん雑魚っしょ。ヨユー」

流石盗賊と納得しながら一階の広い扉を開けると、籠っていた熱気がふわりと届いた。

むしむしするー、と楽しそうに言いながらイレヴンが速足で脱衣所の奥まで向かい温泉へと続く扉を覗いている。隙間から見えた光景は中々風情のある露天風呂だった。基本的に温泉に室内のものはない。

宿の中だからか貴重品は部屋に置いておくという暗黙の了解があるが、それでも念の為か棚には簡易の鍵が付けられている。

簡単な鍵とはいえ、わざわざ苦労して壊してまでただの衣服を盗もうなどというモノ好きはいないだろう。

「まぁ、俺達の服なら売れば一財産稼げますけど」

「素人にゃ分かんねぇよ。冒険者のもんに手ぇ出す馬鹿もいねぇだろ……アイツ以外」

「あ、なんか俺の悪口言ってねぇ?」

ニヤニヤ笑いながら棚の前に立ったイレヴンが豪快に服を脱ぎ捨てる。

確かにイレヴンはむしろ高位の冒険者の荷物を狙いそうだ。高位の癖に盗まれてやんのダッセーと腹を抱えて笑う姿がすぐに思い浮かぶ。

今はそんなことしないだろうが、と苦笑してリゼルはゆったりと服を脱いで行く。

ぱっぱと脱ぐジルやイレヴンと違いゆっくりなのは、元は脱ぐにしろ着るにしろ人に任せていた頃の名残だろう。単純に着重ねている枚数の違いもあるだろうが。

「じゃ、先行ってるッスね」

「洗ってから入るんですよ」

「了解ッス」

一番薄着だからかさっさと全裸になったイレヴンはぐっと腰にタオルを巻き、扉の向こうに消える。

それを見送り、リゼルは手を止めないまま小さく首を傾げた。

「……タオルって腰に巻くんですか? 頭に乗せるって聞いたことあるんですけど」

「巻いとけ」

危ねぇ、とジルは内心で呟いた。

放っておいたらフルオープンのリゼルが頭に畳んだタオルを乗せて温泉に突撃していただろう。基本的に入浴にも補佐がつくような身分なので、羞恥心というものが薄いのだ。

キャラが違う。イレヴンでさえ爆笑すれば良いのか引けば良いのか分からない顔をしそうだ。

何処で仕入れた知識かは知らないが、他人と共に入る温泉には入ったことは無いジルでも頭にタオルを乗せた人間など居ないと断言出来る。

素直に納得したリゼルに嘆息し、ジルはまだもたもたと服を脱いでいるリゼルを放って温泉へと向かった。

高い木の塀に囲まれた空間は、しかし上手く圧迫感を感じさせない造りとなっている。

温泉の手前で木の低い椅子に座り、ワシワシと頭を洗っていたイレヴンが流れ落ちる泡に目を顰めながらジルを見た。髪の毛が長い所為だろうか、なかなかに時間がかかっているらしい。

切ってしまえと言いながらジルはバシャリと湯を浴びた。

「リーダーまだスか。つーか着込みすぎっしょ」

「避けれも受けれもしねぇんだから着込むのは仕方無ぇだろ」

「まぁそうッスけど」

まるっきり戦闘理論丸出しの返答に、イレヴンは唇を尖らせた。

しかし文句を言われてもデザインも何もかも職人任せなのだからどうしようもないだろう。

見かけから後衛しか無いと断定された装備は、確かにジルの云う通り動きやすさよりも防御に特化した造りとなっている。

当然枚数も増えるのだから、脱ぐのも着るのも多少時間がかかるのは仕方が無い。俺だったらもっとリーダーに似合うハイセンスな、とイレヴンは呟いているが以前の露出の多い格好を見る限りリゼルがそれに承諾するとは思えなかった。

「あ、此処ってピアス禁止とか無いですっけ」

「ねぇけど、錆びんじゃねッスか」

「それは大丈夫です」

ようやく顔を出したリゼルがピアスを触りながら入って来る頃には、いつの間にか全てを済ませたジルは既に入浴を開始していた。

ジルはちらりとタオルが巻かれていることを確認し、溜息をついて温泉を満喫することにした。

ザバッと頭から豪快に泡を流したイレヴンが嬉しそうにリゼルに近寄っている。

その後ろ姿は、ほどかれた長い朱色の髪が背中どころか足に絡みついていて怖い。

「頭洗ってあげるッスよー」

「その前に君の髪の毛です。お湯には髪の毛を入れないのがマナーらしいですよ」

はい、と髪紐を手渡されてイレヴンはしぶしぶと器用に髪をまとめた。

準備万端な、とジルが呆れながらそれを見ている。イレヴンはどうせ持っていないだろうと態々持って来たらしい。

しかしその髪紐はいつかの“殺人人形”のリボンではないだろうか。フリルの無い割とシンプルなデザインだが見覚えがある気がする。

気付いていないイレヴンとは違いジルは気付いたが、あえて流した。気にしたら負けだろう。

「それより髪、髪の毛!」

「何でそんなにやりたいんですか。でも折角だからお願いしようかな」

「お願いされたッス」

「おい」

思わず声をかけそうになり、しかしジルはまあ良いかと続きを飲み込んだ。

なにせ髪を洗わせる姿はいかにも貴族と従者の姿にしか見えない。他の人間が来たら一発で御忍びだと勘違いされる。

しかしどうせ此処には自分達以外誰もいないのだ、気にすることはないだろう。

何かを言いかけたジルをリゼルはちらりと見たが、何も無いようだとその視線を真正面に戻した。

細い指が髪の間を行き来する感触が意外と心地良い。自分の髪は結構適当に洗っていたはずだが、随分と丁寧に洗って貰っているようだ。

「鱗、頬だけじゃ無いんですね。前の服の時にお臍の横にあるのは見えてましたけど」

「蛇の獣人の中じゃあんま多い方じゃ無いッスけど」

「背中えぐれてんぞ」

「え、どれですか?」

「あー、ガキの頃背中から喰われたんスよ。調子こいて挑んだ森のヌシみたいのに」

ギリギリ逃げた、と言っているがそんな大怪我で良く逃げられたものだ。

これ、と見せられた背中は結構な範囲が変色しており、良く良く見ると周囲から僅かに凹んでいる。

普通傷跡は盛り上がるはずなので、本当に抉り取られたらしい。生き延びたのは回復薬のおかげだろう。

最近は大怪我する事自体が稀で、怪我をしようと奪った高等回復薬のお陰で跡が残る事自体あまり無いようなので、体に残る数々の傷はほとんど幼少の頃ついたものらしい。

幼少からどんな過ごし方をしてたのか、リゼルは思わず苦笑してしまう。

「つか俺からしたらニィサンに傷があるのが意外なんスけど」

「ジルも人間だったんですねぇ」

「前から言ってんだろうが」

人間だっつの、と呆れたジルの体にも大小問わず傷がある。

彼にも攻撃を受けてしまう時期があったのだと思うと感慨深い、よりは実際傷を目の当たりにしていても信じがたい。それだけ今の彼が圧倒的強者だということだ。

「俺も一応あるはあるんですよ、大きい傷」

「何張り合ってんだよ」

「だって無傷だと冒険者っぽくないかと思って」

そんな心配せずとも冒険者らしくない、二人はその言葉を呑み込んでリゼルの体を見た。

大きい傷という割に小さな傷すら何処にも見当たらない。

二人が傷を探しているのに気付いたのか、リゼルがタオルを捲りあげた。露わになった太ももの付け根付近、ぐるりと足を一周するように確かに傷跡が残っている。

「うわ、足ちぎれたんスか」

「ぎりぎりセーフだったらしいです」

「らしい?」

「覚えてない頃の傷なので」

髪を洗う指に気持ち良さそうなリゼルはいつも通り微笑んでいる。

元貴族だと知った今、貴族なのに何故傷なんか、陰謀か謀略かなどと想像を膨らませるイレヴンが好奇心に逆らわず尋ねるが、秘密だと流された。

面白そうな笑みは聞かれたくない、という事情では無くただ単に焦らして楽しんでいるだけだろう。ジルはあまり興味が無さそうだ。

イレヴンは不満そうに唇を尖らせながら、後ろから手を回して指でリゼルの顎をゆっくりと持ち上げる。

「流すッスよ、上向いて」

「はい」

目に入らないように手を翳され、ざばりと額にかかるお湯に体を洗っていた泡も流れていった。

すっきりとした頭に礼を言い、さてとリゼル達も温泉へと向かう。

立ち上る湯気に温かそうだと思いながらゆっくりと体を沈めた。少し熱めのお湯が心地よい。

やはり実家と温泉は全然違う、と思いながらリゼルは満足げに溜息をついた。

「おっさん臭ぇ」

「良いじゃないですか、気持ち良いんだし」

「つーか熱ッ、あっつ!」

「確かにちょっと熱めですけどそんなに……ああ、蛇の獣人には熱いかもしれないですね」

ばちゃばちゃと湯を掻き混ぜているイレヴンに無理はしない方が、と思うが止めはしない。

今までこの国に来ながら一度も湯に入らなかったのは、もしや自分が入るには熱すぎると知っていたからではないかと思ったからだ。

それでも今回ついてきたのは一緒に入りたかったからなのだろう。

その心意気を汲もう、とリゼルは手を伸ばした。取り敢えず両足を入れるまでは成功したイレヴンへ湯を送り込むように掻き混ぜる。

「リーダーそれ酷ッ……くない。ぬるい」

「温泉で邪道な気もしますけど」

水魔法でただ冷水を送り込んだだけだが、イレヴンは嬉しそうに肩まで浸かった。

範囲指定の水魔法なのでイレヴンの周り以外に影響はない。こんな場面で高等技術を使わなくとも、ともし他の人間がいれば思うだろうが三人は何も気にしないので問題は無いだろう。

「肩まで浸かると 逆上(のぼ) せますよ」

「だーいじょうぶッスよー。あーきもち……」

こうして三人は存分に温泉を堪能した。

最終的にやはり逆上せたイレヴンをジルが呆れながら担ぐ事になり、リゼルもリゼルで温泉に浸かっている間は普通だったのに立ちあがった瞬間逆上せていたのかジルに任せっぱなしでボンヤリしているのを見て、ジルは今度は一人で入ろうと心に決めた。

温泉につかる時ぐらい静かにゆっくりしたいものだ。