軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21:結局夜までいた

彼は刺激に飢えていた。

生まれながらにそういう性分だったのだろう。小さい頃から単身魔物に突撃して生死を彷徨うような怪我を負いながらも楽しそうに笑う子供だった。

どこか抜けている両親はそんな彼を嫌悪する事なく「死ぬな」とだけ約束させ、好きにさせていた。

もし周囲が知れば子供を気味悪がりながらも、それを棚に上げてここぞとばかりに薄情だと正論を振りかざしただろう。

しかし森の中でひっそりと暮らす彼らを責める者はいないし、彼はそんな両親を真っ当に尊敬している。

彼がそんな両親の元を離れたのは一人で街を歩いても迷子だと思われない年齢になった時だった。

もう森に住む魔物に苦戦する事が無く刺激が足りない日々に退屈し切っていた彼は、森を出る決断をした。

両親はやはり「死ぬな」とだけ約束させ、笑う彼を少し心配そうに送りだした。

普段は半殺しにされていようと子供の魔物狩りを止めない彼らが餞別のように色々持たせたのは、やはり息子を愛するが故なのだ。

彼は両親の愛情の重さに感謝しながらも旅立った。

近くの国に到着して冒険者という存在を知り、彼にとって趣味と実益を兼ねた良い職業だと冒険者登録することは躊躇わなかった。

危険な迷宮にも単身乗り込んで傷だらけになりながら魔物を狩ってくる子供は一時噂になった程だ。

尤も人間は慣れる生き物で、何度か繰り返す内に心配される事も揶揄される事も無くなったが。

格上の相手と戦い生き残る彼の実力は伸び悩む事無く、身長が伸びきった頃にはそこらの魔物では相手にならなくなっていた。

そんな彼が何故冒険者としての栄光を目指さず盗賊となったのかと云えば、成り行きとしか言いようが無い。

見知らぬ強い魔物を探して迷い込んだ森で盗賊と出会い、襲われながらも頭領と思わしき人間を殺したら何故か新しい頭領だと生き残った盗賊達に持ち上げられていた。

当時からの付き合いがある盗賊に話を聞くと、とてもカタギとは思えなかったからだという。余所の盗賊が勢力を乗っ取りに来たのだと思ったのだとか。遺憾だ。

善悪の区別はつくものの刺激に飢えていた彼は何となく盗賊として活動を始めてしまい、才覚があったのか小さな盗賊団は組織といっても良い規模にまで成長してしまった。

狙い狙われる刺激のある日々は捨てがたく、冒険者と盗賊団の頭領という奇妙な両立生活も悪くはないと思っていた。

一度これ程大きくなったのだからと盗賊団の名前を決める機会があったが、適当に返しておいたら何故か聞き間違いによって奇妙な名前になってしまった。

元々適当に決めた名前だったので特に訂正はしなかったら、いつの間にか定着していた。

そんな彼に転機が訪れたのは、暇つぶしに馬車でも襲おうかと思った夜の事だった。

見つけた馬車は一台のみで稼ぎにはならないかと思ったが、造りの良い馬車は意外な値打ちモノがありそうだと彼の勘に囁きかけていた。

一台の馬車、火の近くで読書を行う一人の男。

見張り中だと思うが穏やかそうな男は全く冒険者には見えず、もしや冒険者を雇う金も無いのかとハズレを引いた気分になったが、折角来たのだからと彼は余裕の表情で矢を男の脳天に向けて放った。

弾かれた矢と飛び出して来た黒い影に、彼の背筋はぞくぞくと波打った。

此方を冷たく眺める鋭い目、間違い無く自分は彼に敵わないと確信し浮かんだのは喜びだった。

絶対敵わない相手には久しく出会えていない。それゆえの喜び。

絶対弾かれると弾む胸で再び矢をつがえ、部下と共に黒い影に目標を定める。

穏やかそうな男が冷静に彼の後ろに隠れるのが見え、こちらはハズレかと落胆しながら矢を放った。

そして想像通り全ての矢が一瞬で叩き折られ、高揚する胸に笑みを浮かべようと顔を上げた時。

四人目だった。四回何かが弾ける音がして自分が四人目に何かに狙われた。

咄嗟に逸らした上体は、避けなければその何かが心臓を打ち抜いていたのだろう。もし一人目だったら避けられなかったかもしれない。

「………は?」

思わず漏れた声は限りなく素に近く、低かった。

黒い影に狙いをつけて、矢を放って想像通り軽く払われ、その後に何が起こったのか分からない。

大剣を振るった黒い男の背中から顔を出し、まるで手招くように腕を差し出し、そして攻撃してみせたのは先程ハズレと切り捨てた穏やかな男だった。

微笑みを浮かべる顔に動揺は無く、こちらを見る視線に敵意は無く、実際自分の心臓を貫こうとする何かを確認するまで自分が攻撃されているなどと気付かなかった。

誰しも自分が攻撃されそうになったら何か感じるものだが、それを何も感じさせないまま向けられた攻撃など体験した事が無かった。

「ッは、はは…!」

歓喜に上がりかけた歓声を両手で押さえこみ、周囲の部下に指示を出す。

ドッドッと跳ねる心臓は死に直面した所為か、恐怖と歓喜どちらとも言えない感覚が込み上げてきた。

今立ち向かえば間違い無く殺されるだろう事を察して、常にそうしてきたように連れて来た部下を捨て駒に彼はその場から逃げ出した。

夜の森を駆ける彼の顔には心底楽しそうな笑みが浮かんでいた。

集めさせた余りにも少ない情報によって彼らが冒険者である事を知り、彼はギルドに注意を向けていた。

護衛任務についていただろう事から予想はついていた事実はやはり穏やかな男に似合わないとケラケラ笑いながらも、その情報の少なさに首を傾げた。

あれ程目立つ二人の情報は冒険者としての活動しか手に入らず、身元に関しては全くの不明。

リゼルは見るからにそうだし、とある貴族と関係があるらしいので上流階級なのだろうかと笑みを深める。

何はともあれ、興味をもったからには接触してみるに限る。

「パーティ入れてくんないッスか!」

常に格上と戦い勝つ事を好んでいる為に彼は策を弄することの大切さを知っていたが、そもそも格上に挑もうと思うような特攻野郎だ。

絶対怪しまれるし絶対拒否されるだろうが、少しでも会話が出来たのなら儲け物だった。

向かい合うと理解出来るジルの強さは不意を打って斬りかかったとしても、即座に切り捨てられるだろうもの。

一戦してくれないかと高揚する心を抑え込んで、パーティリーダーであるリゼルと向き合う。

向けられた穏やかな顔は襲撃をした夜に襲撃者である自分に向けられていたものと同じ微笑みで、あれっと思いながらもニコニコと愛想良く笑ってみせた。

「名前はイレヴンで冒険者ランクはソロCッス! 長所は毒に強いトコと正直なトコ! 短所は朝に弱いトコと寒さに弱いトコ! 地底竜倒せるとかマジカッケーと思ったんで志願したッス!」

「長所と志望動機が矛盾してます、またどうぞ」

即座に嘘をついた事を看破されたが、イレヴンは笑みを崩さなかった。

リゼルの後ろから微かに圧力の増したジルの視線と、何故か横から冷たさを感じさせる淡々とした視線を感じながらも明るく別れの挨拶を告げて踵を返す。

明らかに強者であるジルと比べ、恐らく面と向かって戦えば間違い無く勝てるだろうリゼルだが、成程共にパーティを組む価値があるだろうと納得して数度頷いてギルドを出た。

同時に気付く。彼は自分に対して何の関心も抱いていない。

盗賊に襲われた事も、イレヴンがパーティ入りを志願したのも、リゼルの中では同程度の事なのだ。

同じように取るに足らない出来事でしかない、だからこそ同じ微笑みを浮かべている。

嘘を吐いた直後には他の二人さえ不信感を抱いたにも拘らず、リゼルは何も変わらなかった。

「なーんかうぜぇ…」

唇を尖らせながらも、あの余裕を崩すのも面白そうだとすぐにニィッと笑みを浮かべる。

最近盗賊業にも飽きてきたし、と部下が聞けば泣きそうな事を考えながら 王都(パルテダ) の拠点へ寄って当の部下一人に弓を用意させて連れだした。

各地に複数の拠点を持つフォーキ団は当然この国にも小さいながら拠点を持ち、首領であるイレヴンがいる今何人かが待機しているのだ。

どうやら飲みに行くらしいので、どうせならその帰りを狙おうと絶好の射撃ポイントに部下を待機させる。イレヴンは更に後方でそれを見物していた。

挨拶代わりの襲撃は予想通りに失敗した。

意外なのは襲撃者を殺したのがジルでは無くギルド職員だった事と、ジルに自分の存在がバレていた事だろう。イレヴンだとはばれていないだろうが。

部下が殺されている間中ずっと牽制するような殺気がイレヴンに向けられていた。

さすが一刀、などと思いながら人様の屋根の上を軽い足取りで移動してその日は拠点へと帰った。

「イレヴンッス! パーティ入れて下さい!」

本番はその翌日だ。

自分の接触と盗賊からの襲撃のタイミングが重なれば、誰であろうと彼を怪しむだろう。

ニッコリと目を細めて笑うイレヴンに対するリゼルの反応は、しかし予想に反して昨日と変わらないものだった。

イレヴンの事を疑わないような馬鹿では無いはずなのに変化の無い穏やかな微笑みは、命を狙われた直後に現れた不審者に向ける表情では無い。

「ソロCランク! 長所は声が良いトコと顔が良いトコ! 短所はひょろく見えるトコと目立つトコ! 二人とも顔良いんでパーティ組んだら優越感ハンパネェって思ったんで志願したッス!」

「嘘が無くなったけど冒険者アピールは失敗です、またどうぞ」

前回は嘘を見破られて却下されたので、今回は嘘を吐かないならどうだとアピールを変えた。

全く当たり障りのない内容は、冒険者に関しても当たり障りのない所為か再び却下される。

しっかりアピールしても何だかんだで却下するくせに、と内心零しながらもやっぱり笑みを浮かべてギルドを出た。

その後ギルドから出てきた二人をしばらく観察して、昨日の挨拶は全くの無意味に終わったのだと悟る。

もしや今日の変わらない微笑みは不信感を隠すためではないかとも思ったのだが、それ以前に襲撃の事など何も気に掛けていないのだ。

普通ならば外を歩く度に周囲に警戒を巡らせるはずがそれも無く、歩みは襲撃前のものと何も変わりが無い。

手強い相手を打ち崩すことは何であれ心躍るものだ、とイレヴンは自称良い声で鼻歌を歌いながら軽い足取りで歩き去った。

ちなみにその日も弓で襲撃してみたが、ジルに掴まれて終わった。流石だ。

あの余裕はもしや一刀が傍にいるからか、とイレヴンはふと思い立った。

盗賊団の頭をしていようと仲間意識など無い彼には簡単に思いつけなかったが、確かにジルが隣にいればどんな襲撃だろうと容易く防ぐだろう。

試してみる価値はあるが、恐らく今この状況の中二人が別れて行動するなど考えにくい。

彼らが泊まっている宿は偶然にも弓で狙えないように出来ている。だからこそ其処に宿泊しているのだろうが。

そんな彼に絶好のチャンスが巡って来た。

何故そんな依頼を、と噴き出しそうになった依頼を行っていた二人が離れたのだ。

部下の報告によると前日貴族と接触していたようだが、その内容は探れなかったらしい。罰として今回連れて来たのはその部下だ。

今まで襲撃犯となった部下が軒並み命を落としている所為で恐怖しているが、逃げた方が恐ろしいと分かっているので問題ないだろう。

イレヴンはその才覚に胡坐をかいている訳では無く、きちんと盗賊団の首領らしく恐怖による統制も行っている。

ジルから離れたリゼルが舞台裏に連れて行かれ、そして黒衣に包まれ壇上に現れた。

ずっと監視していなければ分からなかっただろう程に、その黒衣はリゼルを覆い尽くしている。

奏でられる音楽に確実に冒険者じゃないと笑いながら、さてどのタイミングで矢を放とうかと音色に耳を傾ける。

この音色を切るのは少し勿体無いと思いつつ、唇を吊りあげて部下に合図を送った。

ちょうど戦闘シーンが終わる時、まさしく劇的なタイミングだと急所は外して狙わせる。殺したい訳ではないのだ。

痛みに顰められた表情が見れるだろうか、流石に傷を負っては今までの様に何事もなかったように過ごせないだろう。

「はぁ?」

そんな彼の期待を裏切るかのように舞台を闇が包んだ。

漆黒の闇は舞台と客席を完全に覆い隠しており、上がった観客の声はしかし演出だと判断したのか楽しげだ。

直後、屋根に伏せるように姿を隠したイレヴンとは違い、弓を構えた格好でわずかに上体を起こしていた部下の脳天にナイフが突き刺さった。

ぐらりと揺れた部下の体を邪魔そうに蹴りつけ、此方が見えるはずはないのに襲う殺気にぞくぞくと背筋が粟立つ。

それは強い殺気に反応したゆえの歓喜だったが、一瞬の殺気はやはり牽制だったようですぐに消えてしまった。

一瞬の攻防の間に闇が晴れたらしい。

戦闘用の険しい音楽は鳴りを潜め、今はひっそりと待機しているリゼルを見る。

その姿は矢を受けたものでは決してなく、良く良く見てみるとその手前に折れた矢っぽいものが落ちている気がするし、その奥には部下の脳天を貫いたナイフと同じものが柱に刺さっている気がする。

表情は窺えないものの動揺の気配は無く、イレヴンはこれも失敗かと肩を竦めてその場を離れた。

遺体は置きっぱなしだが放っておけば憲兵が掃除してくれるのだ、問題無い。

範囲指定の闇魔法、標的は随分と器用なようだ。

馬車を襲った晩に自らを攻撃した手段も恐らく魔法だろうし、体格からしても魔法使いなのだろう。

貴族と繋がりもある、優秀な魔法使い。貴重な存在だ、本当にパーティが組めるならそれも良い。

そんな思いを持ちながら、リゼルがギルドを訪れるところを待って今日も声をかけた。

ちなみにリゼルがギルドを訪れるまで数度襲撃したが、どれも失敗に終わった。

「パーティ、入れて欲しいッス!」

「それじゃあ、いつもの」

「はいッス! ソロCのイレヴン! 長所は超絶凄い双剣技と夜目が利くトコ! 短所は礼儀に疎いトコとすぐ油断するトコ! 昨日のリゼルさんの演奏聞いて感動したッス! こんな人とあんな楽しい依頼受けたいなーなんて思ったんで志願したッス!」

「んー…」

いつもと違い、即座に却下されない事にイレヴンはニッコリと笑った。

冒険者のアピールとしては上々だろう、あとは彼がどうやってこの不審人物を断るのか見物だ。

断った時点で、リゼルがイレヴンに対し何かしらの不信感を抱いている事実が明らかになる。表面上は穏やかさを失わないが、その感情はイレヴンによって何らかの変化が起こされたことが証明されるのだ。

余裕そうな化けの皮が剥がれるか、と期待で鼓動が跳ねる。

これですんなりと受け入れられたのなら、怪しい人物は近くに置いて監視する意図なのだろう。

不審人物を抱え込む程の余裕を見せたならば一体何をしかけてやろうか。

味方の振りして彼と親しくしている人物に何か仕掛けてみようか、なんて思いながらリゼルを窺う。

薄らと浮かんだ笑みに、あれ、と小さく首を傾げた。

いつもの微笑みと違う。待ち望んだそれに対して起きた感情は歓喜ではない。

ぶわりと鳥肌が立つ感覚は今まで感じた事の無い感情ゆえだったが、彼には分からなかった。

「油断、しちゃいましたね?」

悠然と微笑んだリゼルは、そんなイレヴンに気付きながらゆるりと目を細めて見せた。

時刻はその日の朝に遡る。

劇団の依頼をこなしてから数日、リゼルもジルも冒険者として動いてはいなかった。

元々連日ギルドに通い詰めるほど熱心ではないし、第一にリゼルの読書欲が久々に高まっていたこともある。

そんな彼らが今日はギルドへと行こうか、と朝食を食べながら話しあっていた。

「そういえば、今日も矢は飛んでくるのかな」

「脳天ブッ刺しにくる矢に飛んでくるっつう表現は可愛すぎるんじゃねぇの」

「当たらなければ同じでしょう」

笑ってぱくりとパスタを口に含むリゼルに、とっくに食べ終わっていたジルは肘をついて呆れた様に溜息をついた。

これが一日一回は必ず命を狙われている者の言動だろうか。

常人だったら普通外出が怖くなり人間不信になるか、最悪発狂してもおかしく無いだろうに。

リゼルが気にしないのならとジルも放置してはいるが、いい加減面倒になってきていた。

元々見かけにそぐわず喧嘩っ早い方ではないが、そもそも気が長い方では無いのだ。

襲撃者は必ず殺して鬱憤を晴らしているが、どちらかと言うと「誰に向かって手を出している」という思いの方が強いのでそこまで気が晴れる訳でもない。

「使い捨てだとしても、良く湧いてくるもんだな」

「使い捨てにする程度ならどれだけでも集まるでしょう」

「最近パーティ入りさせろっつぅガキ、盗賊団だろ。あいつ捕まえて頭吐かせれば解決すんじゃねぇの。まだ楽しみてぇなら止めねぇけど」

ぱちりとリゼルは目を瞬いた。

ジルから解決の提案を出されたのは初めてだ。今まで襲撃されれば防いでいたものの、どうでも良さそうにしていたのだが。

しかしそれもそうかと頷いた。

最近外に出る時はほとんど離れず行動しているし、リゼルを完全に一人にしない様さり気なく配慮してくれている。リゼルは好き勝手動いているから良いものの、ずっと顔を合わせているのも窮屈だしジルが自分の思う通りに動けないだろう。

一度それ程気を使わなくて良いと言ったものの、別にそれ程でもないと言われた為に失念していた。

常に傍に誰か居て人を使う事に慣れていると気付けないものだ、と一人しみじみと反省しているリゼルをジルは胡散臭げに見ている。

「……何考えてるか知らねぇが、俺は今充分勝手に行動してんだからお前は何も気にしなくて良い」

「矢を防いでくれるのも?」

「ああ」

好き勝手に行動して、リゼルから目を離さないようにしている。

もしリゼルが「気を使わなくて良い」という言い方ではなく、「一人で行動させろ」とでも言えばジルは舌打ちでもして言い争いになろうとも拒否しただろう。

相手がリゼルだと思えば、舌打ちをした段階で拒絶の意思を感じ取り「どうぞお好きに」と微笑んだだろうが。

だからこそリゼルは今ジルの言葉にゆるりと微笑み、ジル曰く勝手な行動に礼を述べた。

「でも、そうですね。今日あたりきちんとアピールしてくれそうですし、痺れを切らしてジャッジ君とかに手を出されても面倒です」

「見た目は清廉潔白だしな、他の人間に手を出されて放置する人間には見えねぇだろ」

「“見た目は”って何ですか、ジャッジ君やスタッド君に手を出されればちゃんと怒ります」

「へぇ、そりゃ見たいもんだ」

意地の悪い笑みに唇を歪めるジルに、不謹慎だとリゼルは苦笑した。

しかしジルは確信している。リゼルが名前を出した二者以外を手にかけられようと、リゼルの感情が揺れ動かされる事は無い。

内側(・・) に入れた人間以外が傷つこうと、助けを求められようと、そこに不利益があるのなら動かないだろう。 利益(メリット) があるなら動くかもしれないが。

リゼルが二者の名前以外口に出さなかった、ということはそういう事だ。リゼルはジルに対してあまり嘘を吐かない、その分言い方は多少回りくどくなる事もあるがジルには伝わるので問題ない。

ようやく朝食を食べきったリゼルがふっと息を吐いた。

冒険者なんだからという女将の好意によって用意される朝食は、リゼルにとって少し多い。

その時ふとリゼルが思い出したかのように口を開いた。

「そういえば彼、盗賊団の一員とかじゃないですよ」

「あ?」

「 首領(ボス) です」

用意された部屋を、イレヴンはきょろきょろと見回した。

先程感じたばかりの感覚は奇妙にも鳴りを潜め、今はいつも通りに振舞う事が出来ている。

一生入る機会が無かっただろうギルドの特別応接室は、冒険者が行き来するフロアとは一線を画していた。大理石の床には、立派なソファと膝の高さの大きな机が置かれている。

一言リゼルが「お話しましょうか」と口にしただけで用意されるには行きすぎた部屋に、もしやギルドの重要人物かと一瞬考えたが、違うだろう。

リゼルの穏やかな声に即座に反応してこの部屋を用意したのはスタッドで、当のリゼルも苦笑して本当に使って良いのか確認をとっていた。

「それで、話って何スか?」

「折角座るところがあるんだから、座って話しましょう」

微笑んだリゼルに、イレヴンは喜んでソファへと腰かけた。

ボスンッと勢いをつけて座ったにも拘らず、見た目通り高級だろうソファは柔らかく受け止めてくれる。リゼルがその正面にゆるりと腰かけ、ジルもその隣に座った。

スタッドは部屋から出る事無く、カツカツと床を踏みながらリゼルの後ろへと歩み寄り、止まる。

侍るように立つスタッドにリゼルは苦笑したが、追い返すような事はしなかった。

目を細めて笑うイレヴンは相変わらず愛想が良く、リゼルはどうしようかと思いながら小さく首を傾げた。

「前々から結構な数のヒントは貰ってたけど、今日は決定打を貰っちゃったので放っておくのもどうかと思いまして」

「へ、」

「どうです、向き合ってみた感想は」

微笑んだリゼルに、イレヴンはニィっと唇を引き上げた。

「完ッ全にバレてんの? マジで? カマかけとかツマンネェもんいらねぇよ?」

「かける必要も無いでしょう」

「ハハッ!」

イレヴンは大袈裟に両手を広げて笑って見せた。

愛想の良い顔はクセのある笑みに、空気をがらりと変えた彼はまさしく盗賊の頭に相応しい。

広げた足に肘を付き、顎を乗せながら上目で目の前のリゼルを見る。

向き合ってみた感想と言われても、想像していたような歓喜は欠片も湧いてこない。

それは自力で向き合わせた訳ではないからか、この期に及んでリゼルの中でイレヴンの存在が取るに足らないものだからか。

ぺろりと唇をなぞる仕草は彼に良く似合っていた。

「なんでバレてんの?」

「むしろ露骨すぎてわざとかと思ったんですが、本当に油断しちゃったんですね」

「は?」

「ほら、志望動機」

イレヴンは先程自らが口にした志望動機を思い出す。

『昨日のリゼルさんの演奏聞いて感動したッス! こんな人…』、其処まで思い出してイレヴンはあちゃーと笑った。

「あの奏者が俺だと知ってるのは、依頼を受けた冒険者と劇団員…あと、」

「襲撃者っつーの? でも俺ホントに客として聞いてたかもよ? ほら、パーティに入りたいファン心理でアンタだって分かったとか」

「短所になるほど目立つ君を、見通しの良い舞台の上から見つけられないはず無いですよ」

演奏を待機していた時もあるし、演奏中も反応を見るために周囲を見渡す必要がある。

その時に見知った顔一人見つけられないようなリゼルでは無いし、色々派手なイレヴンなら尚更だ。

イレヴンは成程などとわざとらしく頷き、チラリと視線をリゼルからジルに移す。

「でもさぁ、さっき盗賊団って分かったばっかの俺を招き入れるなんて、護衛がいるとはいえ余裕すぎんじゃねーの?」

「護衛じゃなくてパーティなんですけど……まぁ、君が盗賊団の首領だとは最初にギルドで顔を合わせた時に気付いてたので、分かったばかりではないです」

「ホンットに首領ってとこまでバレてんの……しかもそんな初めとか」

つまり分かっていながら泳がせていたという事だ。

確かにイレヴンも盗賊団だとバレてるだろうとは思ったが、まさか頭である事もバレているとは思わなかった。

弓矢で命を狙う様に命令した本人を前に、リゼルは悠々と微笑んでいたということ。

本気で興味が無かったらしい、とイレヴンは拗ねたように唇を尖らせた。そのわざとらしい仕草はスタッドを苛立たせたらしく、微かに背後から冷気を感じたのにリゼルは苦笑する。

「ちなみに、何で分かったーとか聞いて教えてくれんの?」

「あのタイミングなら盗賊ですって言ってるようなものじゃないですか、しかも嘘吐いてこっちの対応探ろうと思うような人ですし」

「フッツーは気付かねんスけどね、俺けっこー嘘上手いんで」

ケラケラ笑うイレヴンの言葉に偽りは無い。

実際あの場に居た冒険者は突然のパーティ加入志望に何か裏がありそうだ、とは誰もが思いつつも嘘には気付かなかった。

裏があるというのも初対面でパーティに入ろうとした事を考えれば当然のことだし、その言葉が嘘か本当かなんて誰も分からないだろう。

相手が悪い、とジルは内心で呟きながらソファに肘をついた。

「じゃ、盗賊の頭ってのは?」

「あれ程主張されれば気付きますよ、"Forked Tongue(二又の舌)"なんて名前をつけたの君でしょう? ギルドでも過去一人しか登録のない蛇の獣人なんて、この国に君しかいないでしょうし」

「ッハ、ハハ! すっげ! そこまで考えれるとか、アンタ世の中疑いすぎじゃねぇの!?」

常人に比べ血の気のない肌を微かに紅潮させ、イレヴンは歓喜の声をあげた。

笑いが収まらない内にパカリと口を開け、舌を露出させる。

リゼル達よりもやや細く薄い舌の先端は、わずかな切れ込みによって二又に分かれていた。蛇の獣人の特徴だ。

イレヴンは高価なソファに躊躇いも無く両足を上げ、胡坐を組んだ。

当然スタッドは良い顔をしないが、今は口を出さないと決めているらしく何も言わない。

「で、どうすんの? どっか突き出すの?」

「突き出すって言ったら逃げます?」

「逃げねぇっつか逃げられる気がしねぇよ、そいつら相手に」

イレヴンは常に刺激のある戦いを求めているが、その分自分の実力をしっかりと把握している。

戦って死にたい訳では無いのだ、無理だと思ったらあっさりと諦める。

そんな彼にとってジルはもちろんどうやっても敵わない相手だし、スタッドは襲撃の晩見せた動きを察するに間違い無く苦戦するだろう。

そんな二人を相手に逃げ出すなどと無謀な事をするつもりは無かった。

果たしてどうするのかと楽しげな視線を送るイレヴンに、リゼルはうーんと悩んでみせる。

「正直、そこらへんはどうでも良いんです」

「は、」

「君が盗賊なのも、首領なのも、嘘つきなのも、行儀が悪いのも、話を進めやすいかと思って話しただけで、さして重要ではありません」

慈愛すら感じる微笑みで突き放したリゼルに、イレヴンに常に浮かんでいた薄らとした笑みが消えた。

「ただ、そろそろ俺の周りに迷惑をかけ始めるでしょう? それは止めてって言いたかっただけなので」

終始浮かべられた余裕すら感じる穏やかな微笑みは、やはり変わらなかった。

向かい合って話しているはずなのにリゼルの興味は自分に向かず、その話し合いでさえイレヴンの為ではない。

最初は余裕の表情を崩したかった、徐々に崩そうとしても崩れないどころか意識もしない男に苛立った、そして今イレヴンの全てを明かしたにも拘らず男の意識は此方へ向かない。

もう打つ手が無いのだと、強敵を前にした高揚が欠片も湧かない敗北を認めるには、その経験が無いイレヴンには難しすぎた。

ひゅんっと鋭い風を斬る音とミシミシと何かが砕ける音はリゼルの耳元で聞こえた。同時に何か温かいものが片頬を覆う感覚もする。

温かい感覚に手を這わせるとそれは誰かの手の平で、そちらを振り向こうとする途中で目の前に刃物の切っ先が現れた。

それはブルブルと震えてあと数センチ先にあるリゼルを斬り裂こうとしているが、同時にその短剣を持つ手首は砕ける程の力で押さえつけられていた。目の前を遮るように横切るジルの手は欠片も震えてはいない。

徐々に離れて行く刃先をゆるりと見ながら振り返ると、リゼルを守るように頬に手を当てていたのはスタッドだったようだ。

礼を言いながらその手を撫でると、手の平は頬からゆっくりと離れた。

「グッ、うっぜ…ッ手首砕けてんだろうがイッテェんだよ離せ!」

「砕けても力抜かねぇ奴を離すとでも思ってんのか」

未だ震える刃先は、イレヴンが全力でジルに抗おうとしている証拠だ。

ジルが離さないからにはその力は真っ直ぐにリゼルへと向いているのだろう。

そういえば双剣使いだったはずだが、ともう片手を見ると、机に乗り上げた瞬間を狙われたのだろう。座ったままのジルの片足にしっかりと縫いとめられていた。

「ジルが後数センチまで接近を許したんだから相当ですよね、盗賊団頭領っていうのは名ばかりじゃないみたいです。スタッド君とどっちが速いんでしょう」

「私も大分鈍りましたが速さで負けるつもりはありません」

「凄いですね。見えないとみんな速いとしか分からないので、いまいち比べられません」

「見れるようになっとけ」

何度も襲撃した時に、何度も見た光景だ。

命を狙われながら何事も無かったかのように悠々と話し、微笑む。

何度も見ているにも拘らず、今ばかりはそれが殺したい程に憎かった。

ジルの足に踏みつぶされた手の平はとっくに砕け、短剣は机の下へと落ちてしまった。ならばもう片手に持った短剣だけは離すかと掴まれたままで激痛の走る手首に力を入れるが、押さえつけるジルの腕はピクリとも動かない。

イレヴンは諦めたようにふっと力を抜き、低く笑った。

「決めた、全員殺す。アンタが親しい奴全員殺して行ってやるよ…俺が此処で捕まろうとアンタ達を調べて回った部下が死に物狂いでアンタの周りをブチ壊すだろうなァあの道具屋とかなァ! ハッハハハハッ!」

腰かけたリゼルの目の前で、まるで両手を磔にされた歪な死刑囚のようにイレヴンは笑った。

赤い髪を振り乱し、赤い瞳を愉悦に染め、頬の鱗を歪ませて高らかに笑った。

「貴方は幼い」

その笑いが詰まるように突如停止した。

停止したのは笑い声だけじゃない。リゼルへ向かおうとする短剣も、見開いたまま瞬きを忘れた瞳も、戯れるように力を抜いていた体は真逆に全身の力を込めて動きを止めた。まるで一ミリでも動いたら死んでしまうとでも言う様に、ぴくりとも動かない。

それはイレヴンに限らず、嫌そうに彼を見ていたジルも、後ろからソファに手を置き何かあったら即座に魔法を発動させようとしていたスタッドも、この部屋にいるリゼル以外の者が全員動きを止めていた。

「多少の恐怖を歓喜に変えてしまう貴方は、きっと恐怖を感じることなく生きてきたんでしょう?」

「…、…ッ」

「ねぇ、さっきまでの元気な返事はどうしました」

リゼルの指先がすっとイレヴンの頬を伝った。

ひやりとした額から、顳顬を撫で、頬の鱗をなぞり、顎で止まる。

机の上で膝をつくイレヴンの表情は座ったままのリゼルからも見えたが、それでもゆるゆると顎を押し上げた。

はっきりと露わになった顔は笑みの欠片も無く、更に血の気が引いて真っ白になっている。

「恐怖は、自制です。人が悪事を行うとき、何が人を引きとめるかというと、それは恐怖。小さい頃は善悪の区別などつかないでしょう? でも怒られる事に対する恐怖が自制を学ばせる」

イレヴンは、唐突に理解した。

ジルがリゼルとパーティを組んでいるのは彼の知能や魔法が優れているからではなく、スタッドが彼に懐くのはただ甘やかされているからでは無く、ジャッジが彼を慕うのはただ優しくされたからではない。

それが何かは分からないが、しかし彼は理解していた。脳に叩きこまれた。思考より深い、感情より激しい、本能に理解させられた。

それと同時に思い出す。

この部屋へと案内される前、常とは違う笑みを浮かべたリゼルに対して感じた覚えのない感覚。

その感情の名前が恐怖というのだと、イレヴンはようやく思い知った。

奥底から込み上げる震えに体を震わせる。

「余計な事をしたら、私は貴方を怒ります」

しかし、何故だろう。

これ程リゼルに対する恐怖を感じていながら、乞うように縋る先もまたリゼルなのだ。

今のイレヴンを支えるのは机についた両膝でもなく、ジルに押さえつけられた両腕でもなく、大した力も加えず顎に添えられているリゼルの指先のみ。

震える喉で息を呑み、祈るように小さく頷くとその指先も離れて行く。

ガクリと崩れ落ちた体で持ち上がっているのはジルが掴んだ右腕だけだが、しかしいつの間にか短剣を取り落とした手をジルが離すとその右腕も力無く机へと落ちた。

同時に元に戻った空気を感じて、ジルとスタッドも知らず詰めていた息を吐く。

大きな机に縋りつくように体を震わせているイレヴンから、小さな嗚咽の声が聞こえた。

痙攣するように跳ねる肩は苦しげで、彼が泣き慣れていないのだろうとリゼルには一目で分かる。

捕えるかと視線で尋ねるスタッドに首を振り、リゼルは座っていたソファから滑るように床に膝をついた。

「……ッひ、ぐ……ッぅ」

「泣くほど怖がらせちゃいました?」

「ッぃ……!」

折れた手首を震わせ、その右手で肩を抱きながらイヤイヤと首を振ったイレヴンに流石のリゼルもやりすぎたかと心配になる。

無理もないとジルは思い、スタッドに至っては気持ちが分かってしまった。

あの空気のリゼルに晒されて、恐らく自分達には意図して向けなかっただろう恐怖を与える何かを真正面から受けたのだ。あれが生まれて初めて受けた恐怖だとは、同情するしかない。

もし今自分が向けられたらと考えれば、親しい分余計にダメージは大きいのではないかと思うと怒らせないようにしようと心に刻む。

机に散らばる赤い髪を整えるようにゆっくりと梳くリゼルの手に、震えるイレヴンの手が乗った。

ジルによって完全に砕かれた左手は腫れあがり熱を持っているが、好きなようにさせる。

縋るように微かに力を込められて、リゼルは唯一無事だろう指先をそっと撫でてやった。

嗚咽が僅かに大きくなったような気がしたが、気にせず自由な手で机に押し付けられた頭を撫でてやる。

「もうしばらく動けなさそうです」

「今日この部屋を使う予定はありません、私は仕事に戻りますので帰る時に一声お掛け下さい」

「お前、泣かれると弱ぇよな」

泣かせた癖に、と付け加えたジルに苦笑して、リゼルは震える肩に手を置いて優しく撫でた。