軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20:翌日ギルド越しに報酬が貰えた

「はーい、冒険者の皆さんこっちでーす!」

既に多くの人々が行きかう中心街前の東広場にリゼル達はいた。

今日が設営で明日から本番なので一日で作業を終わらせる必要がある。

丸一日の作業となるが日当にしては割が良く、“冒険者のくせに雑用を”などと意地を張らなければ危険も無く良い依頼だろう。

依頼受諾したパーティがリゼル達を含めて三組しかいない辺り、その意地を張る冒険者は多いらしい。

許可をとってあるのか広場の一角を仕切って木材などを並べている集団の一人が、大きく手を振ってリゼル達を呼んだ。

「今日はありがとうございます! 皆様には主に舞台設営を任せたいと……あの?」

「あ、冒険者です。魔力担当で」

「え!? あ、いや、失礼しました! まさか魔法使いの方に来て貰えるとは思ってもいなかったので……!」

「正確には魔法使いじゃないんですが、問題ないと思います」

劇団員らしくハキハキと喋る女性が一瞬浮かべた“何で此処にいるんだろう”という視線に、リゼルはにこりと微笑んで返す。

劇団“ Phantasm(ファンタズム) ”は街から街へ、国から国へ移動しながら演劇を公演している集団だ。

そこそこの知名度を持っているらしく、広場で宣伝用のチラシを配っている劇団員は忙しない。

拠点を持たない完全移動型の劇団は人数が多いと難しい。食費から生活費までもろもろの資金がかかるし、移動する際の警護も難しくなってしまうからだ。

いっそ単純な作業は行く先々で日雇いの冒険者を雇う方が安上がりなのだろう。冒険者への対応も手慣れている。

リゼル達の他には二組の冒険者が来ているが、どちらも若い冒険者達だった。

冒険者なら危険と向き合ってナンボという時流に逆らって割の良さで依頼を選ぶ辺り、慎重さを持っているか日銭に追われる冒険者なのだろう。

なぜリゼル達が此処にいるのかと複雑そうな視線で見ていたが、魔力補充と聞いて共に力仕事をする訳ではなさそうだとほっと安堵していた。

何故こんな仕事を受けているのかという疑問はまだ残っているだろうが。

「では其方の二組の方々は私について来て下さい! 魔力補充の方はあの馬車までお願いします、団長がお待ちですので!」

指差された先にある馬車はとても大きく、恐らくこの馬車に色々な舞台道具や設営材料を乗せているのだろう。今は分かりやすいように整理されて広場に置かれている資材も恐らくこの馬車に乗っていたものだ。

ぱんっと一つ手を叩き女性は小走りで設営へと向かって行ったので、リゼル達は指示通り当の馬車へと向かう。

準備中の団員達の間をすり抜け資材を跨ぎながら馬車へと向かうと、開かれた馬車の後部に腰かけている女性がいた。恐らく彼女が団長だろう。

一心不乱に何かを書き込んでいた彼女が、突如がばっと顔を上げて頭を掻きむしった。

「ッッ足りない! こんなんじゃ足りないぞコンニャロ!! 愛(ラブ) が! 冒険(ドキドキ) が! 友情(トキメキ) が!」

「少し宜しいですか? 魔力補充を依頼された者ですけど」

「お前良く話しかけられんな……」

悲痛ともいえる絶叫を上げた女性にリゼルは平然と話しかけ、ジルから呆れ混じりの感心を受ける。

女性はリゼルの言葉にぴたりと動きを止め、見開いた目でまじまじとリゼルを見た。

掻きまわされた髪はボサボサと浮き上がり、黒い眼鏡はサイズが合っていないのかズリ落ちている。それを直そうとはせずに動きを止める彼女に、何となく芸術肌っぽいなとリゼルは内心首を傾げた。

「団長さんですよね?」

「団長だ! 魔力補充、してくれんの!?」

「はい」

「公演二週間あんだけど、それ分の補充出来んの!?」

「見てみないと分からないですけど、多分」

「見ろ!」

持っていた用紙を撒き散らかしてドタバタと馬車の奥へと入って行く。

ばら撒かれた用紙を拾い上げてみると台本のようで、元の文章が分からなくなるほど何かが書き込まれている。明日から公演のはずなのに未だに変更を続けて大丈夫なのだろうか。

ジルが演劇など分かるはずもなく、リゼルも常に観覧側に居たので制作については詳しくない。

本人達がやれるならばやれるのだろうと納得して、内容を読みながらばら撒かれた台本を揃えておく。

「“幻想の旅人”、多分オリジナルですね」

「どんな」

「ぱっと見た限り個性的でした。世界観が独特なのに単純なので分かりやすいです」

「そう! そこ! そこが一番苦労したんだコンニャロ!」

両手で何かを抱えた団長がふらふらとしながら馬車の奥から姿を現した。

ドスリと配慮の欠片も無い動きで馬車の床に置き、被せられた布を取り除く。

ばさりと格好良く翻った布だが盛大な埃をまき散らした為に、外に立っていたリゼル達はともかく団長は直撃した埃に激しく咳き込んでいた。

姿を現した魔道具は一見ただの四角い箱だが、色々な個所にレンズが取り付けられている。

「これ一個で雨も雪も雹だって投影できる優れ物!」

「雹っているのか」

「出来るか!?」

「触りますね」

箱を裏返すと、丸い水晶のような物が埋め込まれている。魔力を貯める為の魔石だろう。

出力の大きい装置だけあって通常の魔道具のように一回魔力を入れれば数年持つなどとはいかないだろうが、一杯に入れれば二週間は確実に持つだろう。

少しだけ魔力を流し込んでみると結構魔力を持って行かれそうだが、何とかなりそうだ。

団長を見て微笑みながら頷くと、膝を床に打ちつけながら天に向かって両手でガッツポーズをしていた。

流石劇団員、感情表現の仕方が激しい。

「これ使えるならあのシーン入れてあれ止めて! 盛り上がりに欠けてたシーンも詰め込んで!」

「差しでがましいですが、それって団員の人大丈夫なんですか?」

「知らん! でもいつも私をフルボッコにした後は徹夜で練習してくれるから大丈夫だろコンニャロ!」

なかなか苦労しているようだ。団長ではない、団員が。

リゼルは馬車に腰かけさせてもらって、淡々と魔道具に魔力を流し入れていく。

汗水たらして設営に励む他の冒険者を見ているとこれで良いのかと思うが、彼らがやろうと思って出来る事ではない。

もし普通の冒険者がこの装置一杯まで魔力を入れようと思うと、十人や二十人では足りないのだから。

補充の利く魔石は一気に入れようと思っても入らないようになっているので、果たしてどれくらいかかるだろうと思っていた時だった。

「それをどかせ!」

甲高い馬の鳴き声と怒号が広場に響き渡った。

馬車からは何も見えないのでジルを見ると、暇そうに立っていたジルがすっと顔を傾ける。

ざわりざわりとした広場の空気は収まらず、騒動はまだ継続中なのだろう。

「あー……ここの奴らと憲兵が揉めてんな。後ろにでかい馬車がいるから大方道を塞ぐなとか言われてんだろ」

「うちはちゃんと許可とって此処に居んだぞコンニャロ! うちの団員にイチャモン付けやがったのは何処のどいつだ!」

騒動など耳に入っていないように台本に向かっていた団長が跳ねるように立ち上がった。

明らかに喧嘩を売る気まんまんの彼女の腕を掴み、リゼルも魔力補充を一旦止めて馬車の影から覗きこむ。

隠れている訳ではないが、荒ぶっている団長が現場を見ればすぐさま飛び出してしまうだろうとの判断ゆえだ。

リゼルは揉めている彼らをじっと見てうーんと悩んでいる。その間にも言い合いは収まらず、むしろ互いにムキになってヒートアップしているようだった。

「ちょうど挨拶しておきたかったし、行きましょうか」

「あ?」

「あの馬車の紋章、見覚えがあるでしょう?」

何人か見覚えもあるし、と付け加えたリゼルにジルは騒動へと視線を戻した。

ジルにとっては欠片も見覚えは無かったが、リゼルが言うのなら見ているのだろう。

そう思えば実際紋章など見ていなかったとしても馬車の持ち主が誰であるかは予想がつく。

荒ぶる団長の腕を掴みながら問題の現場へと近付いて行った。

「だから俺らは決められた範囲内で活動してんですけど?」

「だからと言って通行するならば道を空けるのが」

「お久しぶりです」

「常識で……な!?」

生真面目そうな憲兵がリゼルを見て驚きを露わにする。

その表情を見てジルは既視感を覚え、そしてようやくリゼルに貴族疑惑がかかった時に宿を訪れた憲兵であると思いだした。

リゼルが一度見た顔を忘れる事はまず無いとはいえ、一瞬の邂逅を良く覚えていたものだ。

リゼルは微笑んだまま小さく会釈して、そして数名の憲兵に囲まれた馬車を見る。

「乗っているのは子爵ですか? 少し御挨拶したいのですが」

「は、あ、いやでも貴殿は冒険者で……ん? いや、貴族……違う、冒険者なので」

本来ならば冒険者風情が無礼なと怒鳴っても仕方が無い所を、憲兵は心底混乱しているようだ。

その態度も下手に出るのか上手に出るのか定まらないが、無理もないとジルは溜息をついた。

何も知らない周囲は貴族同士が会話を交わすのかと思っているようだが、リゼルが冒険者だと知っている団員と冒険者は唖然としてその様子を見ている。

見てくれでは全く違和感は無いが、貴族ともなると仮にも冒険者が軽々しく声をかけられるような人物ではないのだ。

「避けて通れるならば避ければ良いだろうに! 全く、お前は憲兵長になろうと頭が固い……」

その時、ふと馬車の窓が開いた。

軽々しく顔を見せない為にひかれたカーテンが何の意味も果たさず開けられ、悪びれもせず輝く金髪が窓から覗く。快活な笑みは変わらず、しかしその言葉はリゼルを目に止めた事で途切れた。

まじまじと此方を見つめる表情が徐々に笑みに変わって行くのを見て、リゼルは小さく頭を下げた。

「リゼル殿、君か! 待っていたまえ、今馬車を降りて」

「どうぞそのままで。お久しぶりです、レイ子爵」

騒動によって注目を集めるこの場でいきなり子爵が登場すれば、さらに収拾がつかなくなるだろう。

押し留めるような言葉にレイは不本意だと隠さない表情のまま、しぶしぶ従った。

驚いたのは憲兵長だろう。一時は本当の貴族では無いのかと話題に上がった人物が、実はただの冒険者だと判明したにも拘らず自らが仕える主と面識を持っているのだから。

しかも自由奔放を絵に描いたようなレイがリゼルの言葉に従った。従ったというほど大仰な事柄ではなかったが彼に衝撃を与えるには充分すぎた。

そんな彼に追い打ちを与えるように、荒ぶった団長がダンダンと足を踏みならして近付いている。

「うちの可愛い団員に喧嘩売ったのはお前かコンニャロ!」

「け、喧嘩などと……!」

「許可内でやってんだからイチャモンつけてんじゃねぇコンニャロ! 確かに許可受けてるとはいえ資材を広げ過ぎたってのも……おい本当にいつもより広がってんじゃねぇか! 敷地内とはいえコンパクトに準備しろっつうのは基本だろうがおい設営担当コンニャロ!」

「ひぃごごごめんなさいぃ!」

自分へと向かっていたはずが自らの団員にとび蹴りを喰らわせた団長を、何故か必死に止めている憲兵長は確かに真面目すぎると言われるだけある。

憲兵長と団員数名がかりで取り押さえようとしている様子を朗らかに笑ったレイは、元々避けて通れと言っていただけあって劇団を咎める様子は無い。

馬車内にいる為に何時もより高い位置から見下ろし、その差に少しばかり不満を示しながらもリゼルとジルを見る。

「受け取った手紙は渡せたので、ご安心を」

「うむ、上手く会えたようで何よりだ」

「上手くも何もコイツ、手紙関係無く接触して夕飯奢らせたぞ」

「ジル」

何故言うのかという視線を送るリゼルを、ジルはニヤニヤしながら見下ろす。

レイはシャドウが夕食を奢らされたという言葉に大笑いしていた。

「あのケチに奢らせたか! いや、素晴らしい!」

「どうやら嫌われてしまったようですが……折角の御厚意、申し訳ございません」

「嫌う? 夕食を奢らされた程度で君の事を嫌うことなど無いとも。ただ慎重な男だからね、何か不愉快な事があったのなら許してやってくれたまえ」

「いえ、特に何があった訳ではないので」

監視を付けられようと何をされようとリゼルの行動が害された訳ではない。

常に監視されているような以前の生活と比べると、誰かの視線を受け続けるのは別に何の苦にもならないのだ。

マルケイドで唯一害されたと言えるのも若い憲兵から受けた暴言のみ。それも暴言という程の事も無く、リゼルが遊んで返せる程度のものだ。

最後の置き土産も場合によってはシャドウをより不愉快にさせるかもしれないが、それはそれだと思っている。

微笑んだリゼルを見下ろし、それは良かったとレイは目を細めた。

「君は私が、君の為に奴に会う機会を作ってやったと思っているのかね」

「違いました?」

「ああ、まったく逆だとも!」

貴族が他の貴族に自ら目を掛けている冒険者を紹介するのはどういった時か。

有能な手駒を自慢しつつも紹介する事で、冒険者に依頼口を増やしてやり貴族には手駒を分け与える。滅多にある事ではないが普通はそうだろうと、リゼルは例に漏れずに思っていた。

しかしそれを否定したレイを興味深そうに見上げる。レイは相変わらずの朗らかな笑みに企みの色を乗せ、しかし不快感を感じさせないそれはリゼルを利用しようなどというものではない。

周囲に聞こえないよう落とされた低い艶のある声は、リゼル達には遮られずに届いた。

「奴の為に、君に会う機会を作ってやったんだ。君に覚えておいて貰いたかったのでね、奴は偏屈だが私の友人だ」

「……過大評価も過ぎると、流石に畏れ多いですね」

何かあったのなら頼むなどという生易しいものではない。

目を掛けて貰えるだけで大きい、というまるで遙か上に存在する相手に対する言葉のように、レイは微かな願いを瞳に映していた。

対するリゼルはいつも通り苦笑するだけ、だがその姿に満足したようにレイは笑う。

愉快そうな笑みは先程のような含みを持ったものではなく、快活そうな周囲を明るくする普段通りの笑みだ。

「ああそうだ! 一昨日の夜のことだが、街中で盗賊らしき遺体が見つかった件について何か知らないかね?」

「さぁ、噂だけは聞いているんですけど」

欠片の動揺もない返答にレイはふむ、と頷いた。

「ジル、君もパーティの仲間をしっかりと守りたまえよ」

「散々言われたっつうの……」

「ならば良し! そろそろ出発しよう!」

何で自分は呼び捨てなのかと思いつつも忌々しそうに舌打ちしたジルに、レイは大きく頷いた。

何故か団員と共に資材を寄せている憲兵長に声をかけ、馬車を進めさせる。

最後に貴族らしくひらりと片手を振って、レイの馬車は姿を消した。

「分かってんなら仕事しろよ」

「分かってても動けないんですよ、国でさえ慎重になってるんだから」

レイは間違い無く盗賊がフォーキ団の一員であり、一昨日の晩狙われたのがリゼルだと知っている。

あの時周囲に人は居なかったが、情報など何処からでも手に入れられるものだ。

リゼルに確認し、恐らくリゼルが狙われているなどと云えば保護しようとでも思っていたのだろう。だがリゼルが否定した事でそれは無くなった。

保護はいらないというリゼルの判断に決断を委ねて憲兵を動かさないあたり、レイがリゼルをどう思っているのかが分かるだろう。

フォーキ団という大規模な盗賊と関わりがありそうな冒険者を放置などしては、貴族として信頼しているなどという問題ではない。だからこそリゼルはレイの問いを流したのだが。

「お前に任せても盗賊なんざ捕まらねぇと思うけど」

「そこまで期待してないですよ」

割と命に関わる襲撃を受けていようと、リゼルのフォーキ団への関心は薄い。

それを知っているジルの言葉にリゼルは苦笑し、さて魔力込めの続きをしなければと馬車へと向かう。

途中何故貴族と知り合いなのかという視線を受けたりしたが流し、力尽きた団長がど真ん中で倒れているのを横目に通り過ぎる。

うつ伏せになりピクリともしない様子は大丈夫なのかと思ったが、同じく気にしている冒険者達は別として団員は邪魔そうにその体を跨いでいるので問題はないのだろう。どうやら力尽きているだけらしい。

先程と同じように馬車に腰かけ、魔力を流し入れる事二十分。ようやく魔石が一杯になる兆しが見え始めた。

流石大がかりな舞台装置だ、それを二週間分ともなると結構な魔力を持って行かれる。

とはいえリゼルが魔力不足になるような事は全く無く、余裕すら残せるのだから何の問題も無い。

暇そうなジルと話をしながら魔力込めを終えようとしていると、ダッダッと力強い足音を立てながら団長が走って来た。復活したらしい。

「私とした事が公演は明日だってのに潰れちまったぜコンニャロ!」

「団長さんも役者として出るんですか?」

「イケメンでモテ男な弟役だ!」

再びざかざかと台本に書きなぐる団長を思わず二人揃って見下ろす。

ぼさぼさの髪にサイズの合わない眼鏡、しかし裏を返せば整えれば綺麗な髪と眼鏡のサイズよりも小さい顔。舞台の上ではどんな人間も別人になれるものだと知っているリゼルは納得したが、ジルは胡散臭そうな目で彼女を見下ろしていた。

流石に失礼なのでリゼルがべしりとその固い腹を叩いたが。

「……うん、もう一杯かな。魔力込め終わりましたけど、他に何かありますか?」

「凄ぇなコンニャロ! 前魔法使いが一人試したら一杯になる前に潰れたぞ!」

「魔力はそれなりにありますので」

魔法使いが潰れたというが、果たしてその時はどうしたのだろうか。

基本的に矜持の高い魔法使いだが、この依頼を選ぶ程度には遊び心があるらしいので問題にはならなかったと思うが。

「じゃあ依頼達成だろ。銀貨何枚欲しいんだコンニャロ!」

「既定の十枚で良いですよ」

「魔力担当は三十枚まで応相談って書いてあっただろうが! 持ってけ!」

聞いておきながらも有無を言わさず押し付けられた銀貨三十枚を、礼を言って受け取る。

中々に乱暴な口調と態度だが、しかし横暴な訳ではない彼女は団員の信頼も厚いのだろう。

恐らく今夜フルボッコにされるだろうが、それも交流だと思えば何処か微笑ましい。本人達にとっては笑い事では無いだろうが。

「ついでにやる。持ってけ!」

「チケット……良いんですか?」

「明日のだからな! 別に見に来なくても良いけど見に来るなら使え!」

「二枚ありますけど、ジルとか立ってただけですよ」

「私がそんなケチ臭く見えんのかコンニャロ!」

手渡された二枚のチケットには美しいイラストと演劇名、劇団名と日付が書かれている。

どうやら設営を手伝っている冒険者にも渡すらしく、何枚かのチケットが別にされているようだ。

有難く受け取り、必ず見に来る事を約束する。団長は怒鳴りながらも嬉しそうだった。

そして公演本番の朝が来た。

東広場へと向かう道は人々に溢れており、近付くにつれ人混みが酷くなる。

チケットは舞台前に設置された椅子のものらしいが、一応無料で観覧も出来るらしい。

しかし無料で見る場合は通路確保の為に離れた場所で立ち見をするしかなく、リゼルが昨日魔力を補充したばかりの魔道具の範囲から外れてしまう。

素晴らしい演技をすれば立ち見の人々もより近くで見たいとチケットを買う事になるだろう、前売りのチケットも大反響で一週間分は完売したらしいがまだ残り一週間の分は残っている。反響が良ければすぐにでもその一週間分も売り切れるだろうが。

相変わらずジルの後ろをつきながら客席へと向かう。

団員にチケットを見せて席を探すと、昨日準備へと来ていた冒険者も見に来ているようだ。

自分が制作に携わった作品だ。普段は演劇など見ない人間でも特別な思い入れが出来るだろう。

席指定はされていない為に適当に空いている席へと座ろうと思ったが、関係者席として空いていた前方へと通される。

「ジル、浮いてますね」

「煩ぇ」

真っ黒な歴戦の雰囲気を出す冒険者は、思わず劇の役者かと勘違いされそうだ。

そういうリゼルも貴族役かと思われているが、観劇として見ると馴染んで見えるので問題ない。

外に依頼で出る訳ではないのでジルもリゼルも上着は脱いでいるのだが、たとえ上を脱ごうとジルは真っ黒でリゼルは貴族然としているのだから仕方が無い。

長椅子の空いている場所へと腰かけるとさり気なく左右が距離を空けるのが物哀しい。

開演まで後20分程か。

まさか関係者席へと通されるとは思わなかったので少し早めに出てきた為、だいぶ時間がある。

少し早めに出てきたとはいえリゼルが到着した頃には観客席の前の方は既に埋まっていたので、ほとんど意味が無かっただろうが。

基本的に待つ事と縁が無いリゼルは、まさか開演一時間前には既に前方が埋まるなど思ってもいない。

本でも読んで時間を潰そうかと考えていたが、ふと昨日散々聞いた怒鳴り声が聞こえてきた気がして顔を上げる。

昨日設営を手伝った冒険者達も不思議そうにしているので、聞き間違いではないのだろう。

「今日も荒ぶってますね」

「気合を入れるにしちゃ切羽詰まってそうだけどな」

退屈そうにしているジルに確かにと同意し、舞台袖の方を見る。

辛うじて関係者席にしか届いていないのは流石プロだが、何かあったのだろうかと窺うと裏から先日冒険者を広場で集めた女性が顔を出した。

役には付いていないらしく代わり映えしない格好で此方を見て、ぱたぱたと走り寄ってくる。

「冒険者の皆さんの中で、ヴァイオリンが弾ける方っていますか!?」

いねぇよ、というのが全員の総意だろう。

ヴァイオリンを弾ける冒険者、組み合わせが異様過ぎる。

お願いします報酬は出します依頼もしますと切羽詰まる彼女には悪いが、誰も返事を返さない。

駄目元にも程がある、普通は聞こうともしない質問をするほど状況は悪いようだ。

「昨日演奏の練習してる方がいましたけど、その方は?」

「何やってんだコンニャロ! 転んで手ついて捻挫するとかガキかプロなら体管理ぐらいしろコンニャロ! てめぇ明日までに治さなけりゃ蹴るからなコンニャロ! 今日は寝とけ!」

「大体分かりました」

微かに聞こえた声にリゼルは頷いた。

冒険者も同情したようにヴァイオリン奏者に思いを馳せている。荒ぶる団長の威力は昨日拝見済みだ。

幸い演奏は無くとも演劇は出来るだろうが、あると無いのとでは演出に格段の差があるだろう。

それでも無いものは無いまま公演だ、と心底肩を落とした女性を慰めるようにリゼルは微笑んだ。

「今から曲は覚えられないので、弾ける曲で有り合わせるしか無いですけど良いですか?」

「え、」

「もし良ければ台本を見せて欲しいんですけど」

いい加減貴族スペック自重しろとでも言いたげな隣からの視線と、もはや完全に冒険者ではないという冒険者の視線と、唖然とした女性の視線がリゼルを縫いとめる。

「おい無駄だコンニャロ! 早く打ち合わせ始めんぞ!」

「み、見つけました団長ォー!」

「いんのかよコンニャロォ!」

女性を呼びに来た団長が遠くで天に向かってガッツポーズしている。

言葉ではもしや必要なかったかと思ったが、その態度にどうやら喜ばれているようだと安堵する。

連れてこい!と掛けられた言葉に促す女性に、リゼルはちらりとジルを見た。

「んー……いざという時はタイミングを合わせましょう」

「あ?」

怪訝な顔をするジルににこりと微笑み、リゼルは案内されるままに女性へとついて行った。

舞台裏に通されると全員すっかり準備を整えているらしく、どうやら一人床に土下座している人物が本来のヴァイオリン奏者のようだ。

人数の少ない劇団でたった一人演奏を任されていたようだが、手首に巻かれた包帯が痛々しい。

外傷ならばすぐに治るのだが、と思いつつリゼルはポーチから回復薬を取り出す。

「(小)なので捻挫はすぐ完治しませんが、明日までには確実に治ると思います」

「神が来たぞ全員拝め!」

団長の掛け声で一斉に膝を折る団員はとても息が合っている。

劇団員ならではの綺麗な祈り姿にリゼルは面白そうに笑い、いまだに土下座の姿勢を崩さない奏者へと回復薬を渡した。

外部の傷では無いとはいえ死ぬほど痛いだろうが、明日の公演の為に我慢して貰うしかない。

猿轡を噛まされ、全員に四肢を押さえられて回復薬をぶっかけられる奏者のくぐもった悲鳴を背景に、団長は台本を持ってダッダッと近付いて来た。

改めてみると役の格好をした団長は美少年だ、素晴らしい変身っぷりに女性って素晴らしいと思いながら台本を受け取る。

「覚えろとは言わねぇ! タイミングだけ説明する! いや何曲弾けるんだコンニャロ! その前に腕は!」

「此処らへんでは絶対に聞かない曲なので説明の仕様が無いですが、昨日見せてもらった台本に合うような曲は十ぐらい、でしょうか。耳の肥えた貴族様に聞かせても不評を買わない程度には弾けるはずです」

「てめぇは本当に冒険者か嘘だ! 救い主だコンニャロ!」

嘘だと言われても、と苦笑して何とかなりそうかと団長を窺う。

目を輝かせている様子はリゼルの事を使えると判断したのだろう、無駄足になる事はなさそうだ。

「っていうか台本覚えてんのかコンニャロ!」

「昨日ばら撒かれた分は失礼ですが流し読みしちゃって」

「盗み見か! だが許すコンニャロ! ……『盗賊だ、一人残らずその首落として見せしめにしようか』」

「『甘いなぁ、見せしめなら生きたまま首を引かなきゃ』、でしたっけ」

「完ッ璧だコンニャロ! そこで戦闘BGM!」

一瞬完璧に役に入った団長に感心しながら、リゼルも台本を思い出して返す。

ところどころ抜けているところを補完されつつも、大まかな流れは掴んでいる為か団長も説明がはかどっているようだ。

唖然として此方を窺う周囲を気にする暇も無く、細部の打ち合わせをする。

冒険者を使うぐらいならばいっそ演奏無しの方が良いのではないかと思っていた団員も、リゼルの余裕を見ているとぶっつけ本番への不安が無くなってくるようだ。

痛みについに失神した奏者をそっと隅に寄せて、各々通常通り本番直前の心の準備を終える。

「迷惑かけたらすみません」

「静かな中でやるよか良い! 私の団員はアドリブ強いから何でもフォローしてやるコンニャロ!」

「それは心強い」

「奏者は黒い布の衣装着て舞台横で常に観客の前に出てるので、この衣装を!」

もはや本番直前、差し出された布のような衣装をぐるぐると巻きつけられる。

きちんと服として巻かれたそれはほぼ全身を覆い隠しており、自力でもう一度着ようにも出来そうにない。

フードのように眼元を隠す布を直すように、より深く被った。

「ばれると、余計冒険者らしくないって噂たつしなぁ……」

「今更だろーがコンニャロ!」

「それちょっと傷つきます」

露わになった口元だけで苦笑し、リゼルは何の気構えもなく舞台袖から舞台へと歩み出た。

歩き方ひとつで素人かプロかが分かってしまう舞台だが、団員のような歩き方は出来なくともリゼルとて人に見られて困る歩き方をしている訳ではない。品のある歩きは舞台を欠片も崩す事は無かった。

奏者用のスペースで足を止め、静かに演奏を始める。

ひらひらした服だが演奏を邪魔するような作りにはなっておらず、リゼルより背の低い奏者に合わせて作られたそれは下手をすれば顔が見えてしまいそうになる。

最近ようやく冒険者らしくなってきた(とリゼルは思っている)のに、ここで顔なんて出してしまえば台無しになりそうだ、などと進行する劇を見ながら気楽に考えているなど呆れたように此方を見るジルしか分からないだろう。

「盗賊だ、一人残らずその首落として見せしめにしようか」

「甘いなぁ、見せしめなら生きたまま首を引かなきゃ」

問題無く劇が進み、演劇は戦闘シーンへ。

鍛えられた団員達の迫真の演技に観客が手に汗握る中、ジルは冷静に「普通はあんな動きしねぇよ」などと考えていた。彼なりの演劇の楽しみ方なのだろう。

激しい曲に合わせて迫力のある演奏をしているが優雅さを損なわないリゼルに、貴族も色々大変だなどと思いながら視線を向ける。

ふと、隠された瞳と目が合った気がして眉を寄せた。

演劇の中の剣撃はクライマックスになっている。盗賊と主人公達が剣を合わせ、弾き、そして最後の一挙動を振り抜こうとしている時だった。

後方から僅かに感じた感覚、一昨日の晩に感じたものと同じだろうそれを感じながらもジルはリゼルを見続けた。

リゼルの唇が動く。観客は立ち回りに夢中で奏者など見ていない。

5、4、始まった声に出さないカウントダウンにジルはその意図を察した。

3、主人公の剣が振りかぶられた。2、剣が最後の盗賊の得物を弾き飛ばす。1、弾かれた得物が回りながら宙を飛び、落下する直前。ゼロのカウントと共に舞台を刹那、暗闇が包んだ。

カンッと盗賊役の得物が落ちた音に紛れた金属同士がぶつかる音に気付く者は少なく、気付いた者も何も不自然に思う事は無い。

すぐさまゆっくりと明けた暗闇を演出だと思ったらしい観客の拍手に包まれる中、突然のアクシデントにも拘らず動揺を見せない団員の演技は続く。

舞台に落ちた折れた矢と、客席から投げられた小さいナイフが柱へと突き刺さっている事に観客は気付かない。

もちろん微笑んだリゼルにも、一瞬睨むように視線を送った団長以外は気付いていないだろう。

その後何事も無く、公演は大成功と言っても良い程の観客の熱気に包まれて終了した。

「説明しろコンニャロ! 突然真っ暗にしやがって何しやがった!」

「闇属性の魔法でちょっと。迷惑かけたらスミマセンって言って置きましたし」

「まさかあんなんされるとは思わないだろコンニャロ!」

荒ぶる団長を宥めて宥めて、依頼料はいらない事と渡した回復薬(小)でようやく許しを貰ったリゼルは、何も言われない内にそそくさと退散した。

矢にも気付いていた団長だ、事情を察して怒鳴りながらも遠まわしに心配らしいものを示したが深く追及はしなかった。一団の長として最善の判断だろう。

事情を知らない団員はしきりに感謝しており、怒鳴っていたのは団長だけで団員は不思議がっていたが。

最終的には成功した公演に団長も感謝をしていた為、恨まれはしていないようだった。

「お前、来るって分かってんなら演奏名乗り出てんじゃねぇよ」

「折角手伝った公演の評価が低いとか嫌じゃないですか」

ジルと共に人の解散しきった道を歩きながら、少し刺々しいジルの言葉に苦笑する。

心配してくれているのだろうとは思うが、かの団長同様このパーティメンバーの心配は分かりにくい。

演奏中ならば防がれる事はないと思っての襲撃か。公演が終わった後調べた矢はやはり盗賊が使っていたものと同じものだった。

演劇が台無しになったのならどうするんだと思うが、結果としては無事終わったので問題はない。

「いい加減何とかしろよ」

「ちょっと楽しみなんですよね、次どうやって動くのか」

微笑んだリゼルに、ジルは襲撃者を心底嘲って小さく笑みを浮かべた。

彼らにとっては弱い奴を甚振って遊んでいるつもりだろう、ジルという護衛に守られた余裕そうな男が危険な世界に足を踏み入れた事を自覚して焦燥していくのが御望みか。

実は自分達が転がされている事など何も知らない。檻で囲ったペットを観察するように、どんな仕草も微笑ましいと指先で可愛がられている事など知る訳が無い。

自分が従う男が弱者であるはずが無いだろうに、自分も彼らに見くびられているようで気分が悪い。

強者が分からなければ死ぬしかない世界に彼らは生きているはずだ。

そんな彼らがたった一人に対する判断ミスによってどうなるのか、ジルは想像して込み上げる笑いに唇を歪めた。

今は動かない、リゼルが次を楽しみに待つと言うならばその選択に従おう。ただ彼らを殺し尽くすだけならば何時でも出来るのだから。

「悪い顔、してますよ」

「元々だろ」

柔らかく微笑んだリゼルに、ジルは何も無いかのように鼻で笑って見せた。