作品タイトル不明
175:奇跡的につりあったパーティもいる
リゼル達の迷宮攻略における弱点は罠である。
いや、弱点というと微妙だが。苦手意識があるだけで突破できない訳ではないのだ。
ただジルは大抵、罠が発動してから何とかする。そんな彼を参考にしているリゼルも、少しずつ罠の基礎知識を身に着けてはいるものの正規の解除方法については勉強しようがない。イレヴンだけは罠を見抜くのも解除するのも比較的得意だが、それは罠を仕掛ける側の経験が多いだけなので、迷宮の特に意味もなく脈絡もない罠には弱かった。
今日はここに、更に罠が苦手な一人を加えての迷宮攻略だ。
「四人で迷宮は久しぶりですね」
「頑張る」
頷いたのはクァト。
彼は冒険者にハマりにハマり、最近はよく依頼を受けたり迷宮に潜ったりしているものの、罠にも相変わらず嵌りに嵌っている。何故なら食らっても問題ないので危機感が薄い。彼なりに警戒はしているのだが何の意味もないレベルで嵌る。
だからだろう、やる気十分な彼に微笑み、リゼルは迷宮の扉に手をかけた。
「苦手だっつってる割に嫌がんねぇよな」
「嫌ではないので」
「俺も凄ぇ罠見んのは好きだけど」
「君のお父様を越える罠、ありますか?」
「規模だけで言やあるけど、そうじゃねぇのはなァ」
四人は迷宮の扉の前に立っていた。
“侵入者を拒む祭殿”と呼ばれている迷宮であり、名前から察せるとおり罠だらけの迷宮である。何となく選んだ依頼がこの迷宮に関するもので、ギルド職員による「罠がたくさんある迷宮ですので気を付けてくださいねぇ」という一言に、折角だからとクァトを誘ってみたのだ。
そして今に至る。
「俺も少しずつは成長してるはずなんですけど」
「そうなんじゃねぇの」
「ニィサンは面倒臭がんなけりゃそこそこやれんのに」
「面倒……?」
特訓日和の青空の下、四人は気楽に話しながら不可侵の祭殿へと足を踏み入れた。
引き返せ、と声がする。
祭殿は朽ちかけていた。かつての繁栄を示すような厳かな装飾も、いまやひび割れて見捨てられた趣を見せる。見上げた天井は高く、光の中を土ぼこりが舞っていた。
再び、引き返せと声がする。空間に微かに反響するそれに、四人は特に身構えるでもなく声の主を探した。
「どっから声する?」
「あれでしょうか」
「手ぇ突っ込むなよ」
正面の扉の真ん中に、人の顔を象ったような彫刻があった。
覗き込めば目と口が空洞になっている。暫く待っていると、何度目かの「引き返せ」の言葉が空っぽの口から聞こえてきた。通り抜ける風の音のようなそれは、一度だけなら聞き間違いかと流してしまったかもしれない。
「先に進むには開けなきゃ駄目ですよね」
「開かない?」
「いえ、ドアノブは普通に回ります」
「言ってるだけなんじゃん?」
まだ一階だし、と平然と告げながらイレヴンはクァトの手首を掴んだ。
どうしたのかと不思議そうなクァトを気にもかけず、躊躇いなく彫刻の口へとその手を突っ込む。手首まで彫刻に呑み込まれたクァトから悲鳴があがった。手首を押さえるイレヴンの力が緩まず、引き抜こうとするも動かない。
「うるせ。痛くねぇんだろ」
「驚く!!」
「噛まれたりしてませんか?」
「噛まれるのは、ない……」
大丈夫大丈夫、と背中を撫でるリゼルの手に、不満も露だったクァトも落ち着いたのだろう。
何もないと分かれば余裕も出たらしく、彼は手を突っ込んだままもぞもぞと腕を動かし始めた。一度腹が据われば覚悟が決まるタイプなのだろう、空洞を物色している。
「何も言わなくなりましたね」
「口に手ぇ突っ込まれてりゃそうなんだろ」
「関係あんの?」
見守るリゼルとジルに、手を離したイレヴンも並ぶ。
そして数秒。ふいにクァトが手を止めた。
「あ」
「何かありました?」
「スイッチ? ある」
「罠っぽくねぇ?」
「つってもわざわざ隠してあんだろ」
「いえ、逆に、という可能性も」
こうして疑心暗鬼になるのも罠の醍醐味か。
とはいえ折角見つけたのだからとスイッチを押してみれば、ふいに部屋全体が音を立てて揺れ始めた。やはり罠だったかと落ち着くのを待つと、揺れが止まると同時に目の前の扉が開く。
「お、宝箱」
「看板あんぞ」
「“勇気を賞して”……クァトへのご褒美ですね」
「突っ込んだの俺じゃん」
「頑張ったの、俺」
上手く利用できればリターンを得られるかもしれないのも罠の醍醐味だろう。
クァトへのご褒美だからと彼が開けた宝箱には、フルフェイスの兜が入っていた。これで罠から頭を守れということだろうか。クァトは一回だけ被ってみるも、頭だけ重装備になったのをイレヴンに爆笑されたのですぐにリゼルへ預けることにした。
迷宮を奥へ奥へと進んでいけば、何度も魔物に襲われるというもので。
その何度目かの戦闘の後、リゼルはふと、腕から刃を引っ込めているクァトへ問いかけた。
「尻尾、生やさないんですか?」
「尻尾……狭いと、ジャマ」
そういうものかと頷く。
刃が折り重なるように背から伸びた尾は、確かにクァト自身の体長よりも長かった。広い場所で一掃するには役立つだろうが、今日のような屋内では場所を選ぶだろう。
綺麗だったのに、と少しばかり残念に思っていれば、イレヴンが怪訝そうにリゼルを見る。
「尻尾って?」
「クァトに生えるんです」
これにはジルも怪訝顔だ。
もう少し言い方を、と複雑そうなクァトを尻目に、リゼルは今まで度々聞いていた彼の話を思い出す。船旅のこと、故郷のこと、色々と話してくれた光景は興味深いものばかりだった。
「戦奴隷の方々は、好きな獣のスタイルを戦闘スタイルに取り入れるらしくて」
「動き、形、たくさん」
「まぁ真似事自体は珍しいもんでもねぇしな」
「あー、聞いたことあっかも。何とかの構えーっつって」
倒した魔物をそのままに四人は探索を再開した。
途中、いかにも落とし穴がありそうな場所があったので避けて通る。リゼル達とてこれ見よがしな罠には流石に嵌らない。露骨な罠はそれ自体が囮であることも多いので、調子こいて全力ダッシュして別の罠に嵌るようなことにならないように警戒はするが。
「俺、竜」
クァトは足元を注意深く観察しながら告げた。
「帰る時、見た。海の、竜」
大海原を悠々と泳ぎまわる竜の姿を、クァトは今でもはっきりと思い出せる。
空を映す海、光の反射する波、水面下を移動する影。護衛の魔鳥が騒ぎ、船員が騒めいて海原を眺めるなか、何が起こっているのか分からないクァトは甲板に立ち尽くしながらそれを見ていた。
船の手前で空へと舞い上がった巨体。太陽を遮り落ちる影。雨のように甲板に降り注ぐ大粒の水。滑らかな流線形の体、それを覆うのは朝から夜まで全ての海の色を表すような鱗。伸びた尾は力強く、水飛沫をあげて再び海に飛び込むまでの一瞬が永遠のように思えた。
「海にも竜いんの?」
「いた」
「こいつんとこは湖にいんだろ」
「泳ぎ回ってるところは見たことないので、全く別物だと思いますけど」
「個体差でけぇんだよな」
「海の、ちょっと、魚っぽい」
四人は階段にたどり着いた。長くて急、しかも直線のそれを見上げる。
いかにも罠がありそうだが他に道もない。もとい、他にも道はあるものの全て袋小路に入ってしまう。そこに隠し通路を期待するのは流石に希望的観測が過ぎるだろう。
「行きましょうか」
「へばんなよ」
「頑張ります」
ジルの揶揄に可笑しそうに笑い、リゼルは階段に足をかけた。
上から鉄球でも転がってきたらどうしよう。そんなことを話しながら段差を上っていく。
「クァトは海が好きですね」
ふと、リゼルはそう口にした。
クァトは船が好きだ。酔わなければ船旅も随分と楽しんだようだし、その時は暇があればのんびりと海を眺めていたという。サルスでも小舟は目で追うが、水路や湖にはあまり関心がないようだった。
「好き……」
そうかもしれない、とクァトは首を傾げる。
今までは無意識に目を奪われていたが、成程。自覚してみれば確かに海が好きなのだろう。
「好き」
「そうですね」
「つか階段終わんねぇんだけど。リーダーだいじょぶ?」
「まだ大丈夫です」
そのまま急な階段を上っていた時だ。
すぐ横の壁の中で、ふいに何かが軋む音がした。何かが作動したような音に、リゼルはさりげなく歩調を緩めてジルに並ぶ。ついでにイレヴンもさりげなくジルの後ろにつき、それを不思議そうに眺めながらもクァトも他に倣ってジルへと近付いた。
「おい」
「何か鳴ってますね」
「ゴウンゴウン、言ってる」
「やっぱ鉄球とかさ」
鬱陶しげなジルの声を聞こえないフリをしつつ、話していた途端のことだった。
脈絡もなく階段が消えた。いや、正確には段差が消えて滑り台のようになった。四人全員、階段の最後の一段があると思ったらなかったような心地を味わったし、何だったら床が異様にツルツルしていて全く踏ん張れなくなった。
その結果。
「わ」
「ぎゃっ」
「う゛っっ」
ジルは壁の僅かな凹凸に指を固定して無事だった。
リゼルは滑っていきかけたところをジルに捕まえられて無事だった。
イレヴンも踏ん張りきれなかったが、ジルの腰ベルトを引っ掴んで無事だった。
クァトだけは完全にすっころんで顔面を床で強打したが、目の前のイレヴンの両足首を引っ掴んだお陰で辛うじて無事だった。
「おい足掴むんじゃねぇよ!」
「落ちる、立てない、落ちる!」
「落ちろ!」
「ジル、このまま登れそうですか?」
「多分あそこまで行きゃ良いだろ」
ぎゃんぎゃんと言い合うイレヴンとクァトを引き摺り、リゼルを抱えてジルは先に見える壁のくぼみへと向かう。そこにたどり着けば恐らく、階段が元に戻る仕掛けであったり、あるいは横道への扉だったりがある筈だ。
「離せ痛ッてぇんだよ立て!」
「立てない! 言ってる!」
「本当なら、運よくあそこにいない冒険者は滑り落ちていくんでしょうね」
「親切な取手もねぇしな」
「ニィサンのズボン引き摺り落として良いのかよ刃物男!」
「良い!」
「良くねぇよ」
ジルの片手は壁の僅かな凹凸に、もう片手はリゼルを抱え上げている。
よってイレヴンの握るベルトが万が一の事故を起こせば防ぐ手立てはない。ジルは「もう二人まとめて落ちろ」などと考えつつ、イレヴンやクァトを以てして踏ん張りきれない床を筋力に物を言わせて上っていく。
その後ろでやはり、ぶら下がる二人は賑やかだった。
「おら落ちろ、それか一人で行けよ最強民族!」
「最強、違う! お前、勝ってる!」
「気の所為だろ!」
「えっ!?」
イレヴンがぎゃんぎゃん言っている時は大抵わざとだ。
嘘ではないが、敢えてテンションを上げて遊んでいる。そうしたほうが楽しいからとリゼルやジルに対してもそうだし、そのほうが受けが良いからと愛想良く振舞う時も同じく。つまり今も全力でクァトを振り回して遊んでいる。
リゼルは抱えられながら微笑ましげにそれを眺め、同時に壁や床にそれらしい仕掛けを見つける度にジルに教えていた。
そのまま四人は、もといジルは何とか坂を上り、目当ての壁のくぼみまであと数歩。だが、なんとしても落としたい迷宮の意地なのか何なのか。その時になって再び異様な音がする。
「何か聞こえますね」
「水の、音」
「ニィサン頑張って」
「もう頑張ってんだよ」
轟々と、頭上から水流の音がする。
ジルは非常にガラが悪い顔で眉間の皺を深め、リゼルはのんびりと坂の先を見上げ、イレヴンは意地でも離すかとジルのベルトを両手で握りつつクァトを落としにかかり、クァトは落とされてたまるかとばかりに床から顔を上げてイレヴンの両足首に力を込めた。
そして、滑り台を滑るように大量の水が流れ落ちてくる。深さは膝丈ほどだが流れが速い。
「靴んなか気持ち悪ィー!」
「うぶぶぶぶ」
「おい、自分で掴まってろ」
「うぶぶぶぶ」
「有難うございます。……クァト?」
「うぶぶぶぶ」
クァトが溺れている。
「クァト、息継ぎを……もしかして泳げないですか?」
「おぁぶ」
「酔うわ泳げねぇわでどの口で海が好きとか言ってんのお前」
「今度練習しましょうね。あ、刃物を生やせば体も持ち上がりませんか?」
「うぶ」
リゼルの言葉にクァトは成程、ととある姿を思い出した。
思い出したのは彼の祖母。蜘蛛の脚のように腰から伸びた刃で、自らの体すら持ち上げていた。イメージとしてはあれだ、と真似をしてみれば何とか腰から持ち上がり、顔を水面から出すことに成功した。
「微妙に軽くなったな」
「何それ。フナムシ?」
「クァトは本当に海が好きですね」
「違う!!」
同じ戦奴隷でも、個人が磨き上げた戦闘スタイルを真似するのはとても難しいのだ。
服を乾かすついでに、リゼル達は少し早い昼食を済ませる。
今日の昼食は老婦人お手製のホットサンド。もちろん冷めてしまってはいるのだが、十分に美味しかった。
老婦人自身が冒険者時代は優れた魔法使いだったというのもあり、現役時代も余裕をもって食事をとれていたのだろう。大半の冒険者がするような、立ったまま食べるような食事を持たされたことはない。リゼル達も堂々と、のんびりとした食事タイムがとれるというものだ。
「お、隠し扉見っけ」
「何処ですか?」
「そこ、ほら壁画んトコ」
探索を再開して暫く、ふいにイレヴンが足を止める。
リゼル達も彼が指さした方向を見れば、壁に彫り込まれているタイプの壁画があった。これまでも何度か目にした光景であり、特に疑問も抱かず流しかけていたが成程。よくよく見れば、壁画の中心に縦に薄っすらと切れ目が入っている。
「宝箱、ある?」
「宝箱か、近道でしょうか」
「開けよ開けよ」
「罠だったらどうすんだよ」
「そん時はそん時じゃん」
四人はわらわらと壁際に集まった。
壁画には大きな天秤と四人の祭司が彫られている。祭司は二手に分かれて天秤に乗ろうとしているが、天秤の受け皿の下には火の焚かれた大釜が描かれ、天秤が傾けば不幸が起こるだろう殺伐とした光景だった。
「四人なのは俺達に合わせてくれたんでしょうか」
「三人だと、三人?」
「それだと分かりにくそうなので、偶数のパーティ用の仕掛けかもしれませんね」
「まぁ迷宮だしな」
「迷宮だし」
冒険者はそれですべてを納得する。
クァトだけがそんなリゼル達を二度見しているも、すぐにそういうものなのかと納得していた。迷宮だから仕方ない。彼もいずれ、それで全てを解決させるようになるだろう。
「壁画を再現しなきゃいけないみたいですね」
「あー……これ天秤か」
床には大人が両手を広げたほどの丸い切れ目が二つ並ぶ。
よく見なければ分からないほどの細い切れ目だ。それらを繋ぐように天秤を上から見たような模様が床に描かれていた。二手に分かれてつり合いをとれ、ということだろう。
「ちょい乗って」
「ん」
イレヴンに促されてクァトが円の中央に立てば、石の擦れ合う音を立てて円が沈んだ。代わりに反対側の円が持ち上がったので、やはりこれを天秤代わりにしろということなのだろう。
人数が偶数になると普段は見られない仕掛けがあって楽しいなと、そんなことを考えながらリゼルも反対の円の上に乗ってみた。微かに沈むも、それでもクァトのほうがまだ沈んでいる。その特異な体質か、はたまた筋肉量の違いかとリゼルは一瞬真剣に悩んだ。
「意外と精密ですね」
「これは無理だろ」
「百パー運の仕掛けも珍しくねぇけどさァ」
四人が二手に分かれ、ピタリと重量がつり合うことなどまずあり得ない。
装備を脱ぎ着して調整するにも限度があるだろう。そもそもいつ魔物に襲われるか分からない迷宮内で装備の着脱など現実的ではない。この仕掛けが罠でない保証もないのだ。
「俺とジルが乗って」
「で、俺こいつと? あー……ムリムリ、傾いてる」
「何かで調整してみましょうか。荷物とか」
「それが許されんならな」
クァトがジャンプしたりして、一瞬でもつり合うと壁画が開きかける音がする。
だがすぐに鳴りやんでしまうので、やはりピタリと重量を合わせる必要があるのだろう。しかもジルの言葉どおり、壁画に合わせて身一つで挑まなければならないらしい。リゼルが空間魔法からツボ(迷宮品。海水を入れると真水になる)を取り出し、そこに魔法で水を注ぎながら調整してみたが合格判定はでなかった。
「駄目かァ」
「攻略必須じゃねぇとこういうことしてくんだよな」
「宝箱、見たかった」
もはや諦めムードが漂うなか、ふとリゼルは思いついた。
身一つというならいけるだろうか。恐らく。迷宮相手に断言はできないが。
「もう一つ試して良いですか?」
「あ?」
「ジルとイレヴンが俺と乗って、あ、クァトはそのままです」
「こっち?」
不思議そうな二人を手招いて同じ円の中に入る。
案の定、三人が乗ったほうが深く沈み込んだ。せり出した円の上で、クァトもきょとんとした顔でリゼルを見ている。
「これで君が尻尾を出したらいけないでしょうか」
「あ」
戦奴隷がどのように刃を生やしているのかは分からないが、質量があるのなら重量もあるだろう。しかも生やしたり引っ込めたりで調整もしやすい。
思い出した、といったように声を上げたクァトが、早速とばかりに長く尾を伸ばしていく。
「マジで尻尾じゃん」
「どうやって動かしてんだ、それ」
「なんか、動く」
「あ、そろそろつり合いますね」
幾本もの刃が重なり合った刃。今は重量を上げる為の工夫もしているのだろう。
普通ならば生えている腰がとんでもないことになる。だが何故か本人は負担を感じることもなく、戦奴隷は全員それを当たり前だと思っているので全く疑問を抱かない。
不思議な民族だなと、そんなことを考えながらリゼルは床と重なりつつある受け皿を見下ろした。
「ん、ストップです」
「ん」
「ちょい行きすぎ、引っ込めて」
「ん」
「そこから少しずつ出せますか?」
「ん」
ああでもない、こうでもないと言われながらクァトは頑張った。
そして四人揃って地面を眺め続け、時折襲いかかってくる魔物をリゼルが魔銃で倒しながらも数分後。リゼル達はその体勢のままぴたりと動きを止めた。横目で壁画を窺えば、少しずつ音を立てながら両側へと開いていく。
「開いた」
「動くなっつの!」
「ごめん……」
喜びに背筋を伸ばしたクァトに受け皿が動いたらしく、開きかけていた扉が止まる。
動きを止めれば再びつり合い、ついに扉が完全に開ききった。向こうに広がるのはいかにも祭殿の隠し通路。壁に焚かれた松明だけが光源の、まっすぐに奥へと伸びた薄暗い通路だった。
「もし宝箱なら、ここで出てきそうですけど」
「なら裏ボスか」
「お、ひっさびさ」
「俺、初めて」
四人はためらいもせず隠し扉を進み、通路の奥へと進んでいった。
祭壇の前で異形の祭司が傅くのは闇。
紙の面を顔に貼りつけ、邪悪な祭服に身を包むそれは、一心不乱に己の影に祈っていた。
面に埋もれた祝詞は言語とは思えぬ異音。呟きにも聞こえるが、実際は轟音となり響き渡る。
広い祭祀場の真ん中で、それは無作法な侵入者など気にもかけずに祈り続ける。
何故なら誰も近付けはしないからだ。それは、リゼル達とて例外ではない。
「お前が、俺を、庇うな」
「すみません……」
「おい左! つかニィサンまだ!? 早くリーダー欲しいんだけど!」
「左、左」
罠に埋め尽くされた祭祀場は大混乱だった。
ジルは穴の底でリゼルと向き合い静かにキレているし、リゼルは眉尻を下げて大人しくそれを聞いている。イレヴンは連動式の罠の対処に追われているし、その指示を受けてクァトが地道に異形の祭司へとにじり寄っている。
最初はリゼルが四人の連携をとりながら指示を出していたのだが、迷宮による“確定で嵌る落とし穴”にジルが嵌った。それをカバーしようとしたリゼルもついでとばかりに落とされた。迷宮による「何が何でも落とす」という強い意図はここでも健在だ。
何をどうしても避けられないのだからジルは悪くない。事前に気付けるものでもないのだからリゼルも悪くない。強いて言うならば迷宮の意地が悪い。
「ジルが落ちた時点で確定なのは分かったんですけど、フォローも駄目とは思わなくて」
「空気読め」
無茶なことを言う、とリゼルは苦笑しながらも反論はしなかった。
こういう時のジルには逆らわないに限る。読書を禁止でもされては敵わない。
「これでも、少しは読んだんですよ」
「あ?」
「早くっつってんじゃん!」
飛んでくるイレヴンの声に謝罪を返し、しかめっ面を隠さないジルの前でリゼルは周囲を調べ始める。何がどうなったのか同じ穴に落とされたのは僥倖だった。怒られたが。
「確定で落とすなら見返りがあっても良いな、と」
「……まぁ裏ボスの真ん前だしな」
溜息をついたジルに、許してもらえたようだとリゼルも微笑んだ。
穴は正方形でそれなりに深い。だが底には細かい砂が敷き詰められ、よほど運が悪くなければ落ちても怪我はしないだろう。無理矢理落としたことへの配慮を感じる。
「その上!」
「上……ッあ゛ー!」
「あ、違ぇわ。読み間違えた」
何やらクァトが潰されたような声を上げている。
大丈夫だろうか、と思いながらリゼルは灯した光を少し強めた。幸いにも裏ボスが動き出す気配はない。いざとなれば撤退すれば罠の危険もないだろう、と特に焦るでもなく壁を調べていた時だ。
「あ」
石壁に小さな焦げ目を見つけた。
「どうした」
「ここ、見てください」
「あー……」
リゼルの零した小さな声に気付いたのか、ジルも後ろから壁を覗き込む。
薄汚れているとはいえ白い石材の上だ。微かな焦げ目も見間違いようがなく、ジルが指でなぞっても落ちない。さらに、焦げ目は一辺が奇妙な途切れ方をしている。
「隠し扉でしょうか」
「そればっかだな」
「仕組みは罠と同じですしね」
「どいてろ」
ジルが焦げ目のすぐ隣に掌を押し当てた。
そのまま押す。どれほどの力が込められているのかはリゼルには分からない。
だが石壁は動かない。ジルに限って力不足ということはなく、これで動かないならば方法が違うのだろう。いっそ壁一面を炙ってみようか、などとリゼルが考えていた時だ。
「違ぇな、こっちか」
「確かにしっくり来る感じはありますね」
スライド式だった。
ジルにより動いた石壁の向こう側には、二人の腰の高さに細い抜け穴があった。抜け穴というより通風孔と言ったほうが良いほどに狭い。
煤の積もった蝋燭が一つ、抜け穴の入り口に置かれている。これが焦げ跡を残したのだろう。
抜け穴は、方向的には祈る祭司の真下に繋がっているだろうか。二人は上の喧噪を聞きながら視線を合わせる。折角見つけたのだ。入ることに否やはないが、問題は。
「ジル、入れますか?」
「微妙だな」
筋骨隆々とは言わないが、十分に体格に恵まれているジルだ。
彼は腰に下げている剣を外し、それを先に穴に投げ込んで上体を突っ込んだ。手伝ったほうが良いだろうか、とリゼルもジルのベルトを持ってぐいぐいと穴に押し込もうとする。
「行けそうですか?」
「無理だろ、中で肩詰まってんぞ」
「これ、出れるんでしょうか」
「おい引っ張んな」
抜けなくなっては大変だ、と今度はぐいぐいとベルトを引っ張れば、砂ぼこりを払うように頭を振りながらジルが出てきた。彼は「今日はよくベルトを引っ掴まれるな」と心なしか緩んだそれを直しながら、疲れたように溜息をつく。
「しっかりした装備の方は脱いでいくんでしょうか」
「じゃねぇの」
「それが前提なら危険がない可能性もありますね」
リゼルは一応の保険としてそれを口にして、そして意気揚々と穴に手をかけた。
「行ってきます」
「……ああ」
微妙に嫌そうな顔をしたジルに送り出される。
リゼル自身、ここは自分がベストだと確信していた。暗い穴の中で光を灯せる。万が一魔物に襲われようと攻撃手段には困らない。何かしらの仕掛けにも対応できる確率が高い。一冒険者として任されるというのは嬉しいなと、そんなことを考えながら四つん這いで抜け穴を進んでいく。
頭上からは罠が鳴動する音がしていた。イレヴンとクァトも今頃頑張っているのだろう。
「次、どこ?」
「あー……あれ、リーダーは?」
「あん中」
「はァ!? 一人で!?」
「次、どこ!!」
と思ったが、背後から響いてくる声に頑張っているのはクァトだけかもと思い直す。
罠に突っ込むだけ突っ込まされ放置されているようだ。体質的に大抵の罠を無効化できるとはいえ無茶なことを、と思いはするものの、イレヴンは精鋭を使う時も似たような扱いをしている。手っ取り早い、という意味では有効な手段なのかもしれない。
「(あ、抜けた)」
四角い出口が見えた。
どうやら地下室に繋がっていたらしい。いくつもの燭台の上で蝋燭が光を揺らしている。届いてくる明かりにリゼルは灯していた魔力の光を消して、狭い穴から部屋へと這い出した。
地下聖墓、と称するのが妥当だろうか。
きっと真上には祈り続ける祭司がいる。彼は己の影に祈るのではなく、ここに祀られた偶像へと祈っていたのだ。部屋の中央に置かれた石像を眺め、リゼルは何となくそう思った。
白い石材を彫って造られた異形の獣。蝋燭の灯りに照らされながら鎮座するそれを、壊せば良いのだろうか。罠はきっと偶像を守る為にある、ならば壊せば止まるのだろう。
ならば、己の全てを捧げたものを失った祭司は。力を失うか、それとも逆上するか。どちらにしても、罠を相手に七転八倒している現状よりはマシだ。
「(仕える相手を取り上げるのは申し訳ないけど)」
これも迷宮では不要な感傷なのだろうが。
リゼルは微笑み、構えた銃を偶像へと向けた。そして撃ち抜く。
突如、祈り続けていた祭司が天を仰いで叫ぶ。
とても言語とは思えぬ不可解な慟哭。鼓膜が痛むほどの轟音に祭祀場が震えていた。
しかしジル達はそちらではなく、微かに届いた銃声に動きを止める。リゼルの実力を疑っている訳ではない。聞こえた銃声は一発、ならば何かしらの仕掛けを動かしたのだろう。
けれど、それはそれとして。
「えー、やっぱ俺行こっかな」
「不貞腐れんぞ」
「やっぱ? ニィサン機嫌とれねぇ?」
そんなことを話す二人と抜け穴を、クァトはおろおろと見比べる。
そして彼はおもむろに抜け穴の前に立ち、背を向けた。穴を塞ぐな、というイレヴンの言葉に首を振り、背中から刃を生やして伸ばしていくこと暫く。
「釣られる魚になった気分です」
「お、リーダーおかえり」
「何か見つけたか」
「祭司の信仰の対象があったので壊してきました。あ、やっぱり怒ってますね」
クァトの尻尾に腰を持ち上げられ、運ばれてきたリゼルが穴から顔を出した。
リゼルは響き渡る慟哭に穴の上を見上げ、そして腰に巻き付いた鈍色の尻尾を撫でる。感覚があるのかないのか、満足そうなクァトが尻尾を解いた。
「有難うございます」
「ん」
「無力化できればと思ったんですけど流石は裏ボスですね。一筋縄ではいきません」
「俺としちゃ嬉しい限りだな」
「俺もー」
「俺、も」
強敵との戦いを楽しめる彼らにとっては、むしろ罠だけが脅威というほうが不本意なのだろう。
心強いパーティだ、とリゼルは可笑しそうに笑って足元の砂を見下ろした。会話中に組み立てた魔力を解放。砂が土塊となって四人を持ち上げる。
「ああいう系って戦いにくいの多くねぇ?」
「刃ァ通んねぇんだよな」
「魔法、くる?」
「使ってきそうですよね」
落とし穴から抜け出せば、異形の祭司が敵意を露わに四人を視界に入れている。
ようやくまともにご対面だとリゼル達は武器を構え、そのまま裏ボス戦へとなだれ込んだ。
裏ボスは、大物食いが趣味の三人を十分に楽しませてくれた。
満足げな三人も、楽しかったなら何よりだと目元を緩めるリゼルも、お陰で罠に右往左往した疲労感が達成感に代わったような心地だ。目的である依頼もしっかり達成し、足取りも軽くギルドへと戻ってきていた。
「あ、リゼル君」
「ヒスイさん」
四人が依頼の終了手続きを終え、ギルドを出ようとしていた時だ。
ちょうどギルドを訪れたヒスイに声をかけられ、リゼルは足を止めた。他の三人に各々「先に行く」といった旨の言葉を掛けられ、それに微笑んでみせる。今日は裏ボスの討伐記念に、例のステーキ屋で祝杯を挙げる予定だった。
「依頼帰り?」
「はい。ヒスイさんもですか?」
「そう、簡単な討伐」
簡単とさらりと言うが、Sランクが受ける依頼なのだから言葉どおりではないのだろう。
リゼルは苦笑し、そして行き交う冒険者の邪魔にならないよう扉の前からどいた。壁際に寄って立ち話に興じる二人に、一体どういう繋がりなのかと他の冒険者の視線が集まる。
「他のメンバーの方は?」
「来ないよ。あいつらはさっさと飲みに行ってる」
「リーダーも大変ですね」
「今日はたまたま僕の番ってだけ。何、なんか用でもあった?」
翡翠色の髪を肩に滑らせながら、ヒスイが不思議そうな目で告げた。
リゼルは、ヒスイのパーティとはギルドで会えば軽く話す程度の間柄だ。私的な用事があるとは思えないのだろう。その通り、私情というよりは冒険者的なやり取りがリゼルの目的だが。
「ヒスイさん達のパーティに受けてほしい指名依頼があって、その相談を」
「どんなの?」
「依頼人は魔法学院の教授、色々な地域の風習を知りたいみたいです」
「ああ、冒険者は歩き回ってるからってこと?」
「はい。ヒスイさん達は色々な国に行ってるみたいなので」
「ふぅん」
ヒスイは相槌を打つように一度、二度と頷いた。
難易度を思えばSランクに求めるような依頼ではない。けれどリゼルはヒスイ達がアスタルニアに行ったこともあると知っているし、サルスにも王都にも気軽に足を伸ばしているのを知っている。更に西方のものであるピアノにも造詣が深いのだって知っている。
つまり、Sランクだの何だのは関係なく、リゼルが知っている冒険者の中で最も行動範囲が広いのがヒスイだった。
「それ、何でリゼル君が探してるの?」
「学院にある本目当てです」
「正直」
常に少しだけ不貞腐れたような顔で、ヒスイは可笑しそうに口元を緩める。
皮肉げにも見えるが、全くそんな意図はないのだろう。彼は自身の得物を担ぎ直し、ふと思案するように天井へと視線を向けた。
「ああ、繋がり自体はもう持ってるんだ」
「学院とですか?」
「教授のほうかな。最近、助教授って呼ばれてる冒険者がいるらしいんだよね」
悪戯っぽく細められた瞳に、リゼルは自分のことだろうかと目を瞬かせる。
そんな彼は、「何で教授の助手っぽいことしてんの?」「助教授じゃん」みたいなノリで何となく呼ばれ始めた事実を知らない。王都での貴族騒動の時のように、学院に確認が入ったらどうしようとは思うが。
「その教授? 依頼人って」
「はい」
「別に話すだけなら良いよ」
ヒスイは前髪をかき混ぜ、邪魔そうに持ち上げながら告げる。
「依頼じゃなくても良い?」
「それは大丈夫だと思いますけど」
「明日から何日かいないんだよね、サルス」
「依頼ですか?」
「うん。東のほうにおつかい」
今日も依頼を受けただろうに、忙しいことだとリゼルは苦笑を零した。
こうでもなければSランクになどなれないのだろう。忙しくしなければ、という意味ではない。依頼をこなすことが日常であり、それを全く苦に思わないという意味だ。
Sランクになれば好き放題にさぼれる、そんなことを考える者は生涯最高ランクには届かないだろう。
「だから、これからなら良いよ。僕たちが飲んでても気にならなければだけど」
「酒の肴ってやつですね」
「うん、まぁ、そうだけど」
微妙そうな顔をするヒスイを気にせず、リゼルはそれで大丈夫だと頷いた。
件の教授は間違いなく来るだろう。何をしていようが投げ出し、大笑いしながら酒場に突撃するはずだ。物珍しい相手と喋るのもたまには良いだろう、と考えているらしいヒスイには、なかなかインパクトの強い相手かもしれないが。
「他のパーティの方は良いんですか?」
「良いよ。どうせ酒場なんて、知らない内に知らない相手と飲んでるもんでしょ」
「そうなんですか?」
「まぁ、君んとこの面子だとないかもしれないけど」
呆れたように肩を竦めるヒスイにリゼルは可笑しそうに笑う。
そして酒場の場所を聞き、礼を告げ、少しだけ雑談を楽しんで別れた。リゼルは冒険者ギルドの伝令を借りられるか相談窓口に。ヒスイは依頼終了手続きの為に受付カウンターへ。
結果として少しの手間賃と引き換えに借りられた伝令は、すぐさま向かった魔法学院でテンションマックスの高笑いを目の当たりにし、生徒に怒られながらも即座に走り出した教授を見て、「やっぱ研究者ってちょっとおかしい人が多いんだなぁ」と納得していたという。
偏見だ。
その後、アインパーティ紹介、ジルお気に入りの肉屋にて。
「お、リーダー来た」
「お待たせしました」
「いらっしゃいませ!!」
「あの、店員さんがテーブルの隣に待機してるのは」
「俺らが来たらこうなった」
「焼く、くれる。優しい」
ひたすら肉を焼き続ける店員の顔は使命感に満ちている。
ジルもイレヴンも何度か個人で訪れているようなので、彼らの食欲にある種の悟りを開いたのかもしれない。店に到着早々、店員たちが完璧なフォーメーションで動き始めたという。
今回は二人並みに食べるクァトが参戦するのだが大丈夫だろうかと、リゼルは他人事のように思いながら、すかさず運ばれてきた水を受け取った。