作品タイトル不明
169:捌いた魚は湖に返した
リゼルが一人、宿の食堂で朝食後のコーヒーを嗜んでいた時だ。
そこへ珍しく顔を出したのはとある老輩。宿を営む老婦人の夫であった。
実はリゼルと彼が顔を合わせる機会は少ない。彼は階下の自宅で過ごすし、朝早くから動き出しては夕方ごろに帰ってきているようで活動時間があまり合わなかった。
日中に暇がある時は宿の食堂でくつろいでいるようだが、今の所そういった時はリゼルのほうが冒険者活動に精を出していたりする。勿論、時々はすれ違ったりするが「おう」だの「よお」だの一言で終わっていた。
今回も、老婦人に用があって来たのだろう。そのまま一言挨拶を交わし、台所にいる彼女の元へと向かうだろうと思っていた。
「よう、最近よく見んな」
「? はい」
ふいにかけられた声に、リゼルは違和感を覚えながらも曖昧に頷いた。
長く泊まっているなという意味だろうか。それにしては不思議な言い方をされたが。
そんなリゼルに、老輩も通り過ぎようとした足を止める。老いてもなお体格の良い体は少しもふらつかず、彼は短く刈り込んだ髪をかき混ぜながら胡乱な目を向けた。
そして両者が疑問を持ちながらも口を開きかけた瞬間、奥の扉から老婦人が顔を覗かせる。
「リゼルさん、朝食、少し多かったでしょう?」
「そうですね、いつもより」
「よく食べられたのね。良かったわ」
「美味しいので」
「あら、お上手」
穏やかに微笑みあっていれば、老輩が何かに気付いたように大きく口を開いた。
「宿の客か!」
「お世話になってます」
「嫌ねぇ、何だと思っていたの?」
「お前の客だと思ってたんだよ。おら、国から来たろ、前」
流石は元Sランクの冒険者、頼りにされることもあるのだろう。
そうかそうか、と豪快に笑った老輩がどしどしと足音を立てて歩み寄ってくる。申し訳なさそうに苦笑を零した老婦人に大丈夫だと笑みを零し、正面の椅子に勢いをつけて座った老輩と向き合った。
彼はリゼルが身に付けている冒険者装備を上から下までなぞり、口元の皺を深めながらニヒルに笑う。
「よく見りゃ確かに装備だなぁ、何だ、らしくねぇ冒険者じゃねぇか」
「それ、少し気にしてるんです」
「ハッハッ、そりゃすまねぇな!」
老輩はリゼルが冒険者であることを疑わなかった。
らしくない、とは言われたが冒険者であると断言したのだ。それはリゼルにとっては珍しくも望んでいたものであり、思わず目元を緩めてしまう。きっと今まで、数多の多様な冒険者と出会ってきたからなのだろう。
不思議な魅力のある男だった。粗暴である筈の仕草口調も、彼の雰囲気と合わされば豪放磊落の趣となる。その生き様を訴えるかのような歴戦の風格を確かに持ちながら、駆け出しの冒険者が持つ誰かを見返してやろうというギラついた眼差し、その輝きすらも強く放っているようだった。
英雄(ヒーロー) というよりは 風雲児(カリスマ) か。リゼルが言うのもおこがましいが、非常に“冒険者らしい”男だった。
「ほぉん、つうことは、あれか」
老輩は誰かを揶揄うように目を細め、曲がった座り方をしている椅子の上で体を傾ける。
「あの坊主のパーティか」
腰で器用に椅子に凭れた相手に、リゼルは可笑しそうに笑った。
彼が“坊主”と呼ぶのはジルだろう。宿泊初日の朝に手合わせをして以来、剣を振ろうと裏のスペースに向かった時にかち合っては剣を交わしているようだ。
ジルが「爺の癖に」だの「手ぇ抜きやがって」だのぶつくさ言っているのを時々聞く。ただの宿の裏手だ、元Sランクと現役冒険者最強が本気を出したらタダでは済まないというのは分かっているようだが。
ちなみにイレヴンは悪ヘビと呼ばれている。「まだ何もしてねぇし!」と怒っていた。
「貴方に他意はないと分かってますが、一つだけ訂正を」
「あん?」
片眉を持ち上げた彼に、リゼルはゆるりと首を傾ける。
「俺のパーティ、です」
目の前の老輩も元はパーティのリーダーだったという。
ならばこの一言で十分だろう。リーダーである自身を特別だと思ったことも、メンバーより上だと思ったことも一度もない。ギルドという制度に求められただけの仮初の地位であり、有事の際に必要になれば纏め役になるというだけのこと。
けれど確かに、矜持を持つに相応しい役割だろう。
「そうか、ハハッ、そりゃあそうか!」
老輩は大きな口を開けて笑いながら、一度、二度と膝を叩いた。
リーダーならば分かる。リーダーにしか分からない。背中を預けられる相手から自分達の頭だと認められた時の誇らしさも、それに応えようと抱く自負も。
「らしくねぇっつったのは返上しなきゃなぁ。らしいじゃねぇか!」
「でしょう?」
「ほら、あなた。あんまり絡んでちゃ駄目よ」
呵々大笑の響く食堂に、タオルで手を拭きながら老婦人が戻ってきた。
彼女は優しく微笑みながら、リゼルにコーヒーのおかわりが必要かと声をかける。それに首を振れば、タオルをエプロンに仕舞いながら頷いて己の夫へと向き直った。
「リゼルさん、今日は依頼を受けにいくんですって」
「何だ、随分のんびりしてんなぁ。坊主共はどこ行ってんだ」
「ジル達は朝起きたらいなくて。なので、一人で低ランクでもと思ってます」
低ランクは競争率もあまり高くないし、ギルドが空いてからのんびり選ぼうかなと。
そう続けかけたリゼルは言葉を止めた。何故なら目の前の老輩が、意味が分からないとばかりに眉を顰めてこちらを見ている。
何か変な事を言っただろうかと老婦人のほうを見れば、彼女のほうは変わらない様子で頷いてくれた。
「低ランクなら一人用のものもあるものね」
「そうなんです、色々な依頼があるのが面白くて」
「楽しそうな依頼があると良いわね」
「はい」
リゼルは嬉しそうに口元を綻ばせ、さてそろそろ行こうと立ち上がった。
一言も発さない老輩を見れば怪訝そうな顔のまま、まじまじと見られ続けている。不思議に思いながらも別れの挨拶を告げ、さて準備しなければと食堂を出て宛がわれた部屋へ向かった。
そんなリゼルは、その後の食堂での老夫婦の会話を勿論知らない。
「パーティ組んでて何で一人で受けんだ」
「あの子達にとっては普通のことなのよ」
「つうかランク何だ? AかSか? 低ランク受けれんのか」
「規則的には禁止されていないもの。大丈夫よ」
老輩はコーヒーカップを回収していく妻の背中を眺めながら、過去に冒険者の頂点に立っていた事もある己の冒険者としての常識を疑った。現役時代だって疑った事などないというのに。
これが時代の流れというものだろうか。いや確実に違う。それだけは分かる。
「あんな奴、どこで見つけてきたんだか」
彼は刈り上げたうなじを掻きながら立ち上がり、過去に出会った頃の剣才に満ち満ちていたガラの悪い顔を思い出す。剣の腕を磨く事にしか興味のなさそうだった、そんな少年と青年の狭間であった相手の事は随分と印象深く覚えていた。
冒険者になるだろうという予感はあった。しかし釣り合う仲間など早々見つかりはしないだろうとも思っていたが、それがまぁ随分と楽しげなパーティに恵まれたものだ。
「ま、何よりだぁな」
パーティの頼もしさも楽しさも、そして時々の煩わしさも彼は知っている。一刀がソロであるという噂も久しいが、それにようやく気付いたのならそれに勝るものはない。いや、ソロ自体は決して否定しないが。
しかし、だとすれば余計に、各自ソロで依頼を受ける理由が分からないのだが。老輩は内心で盛大に疑念を抱きながら食堂を出た後、そうだ老婦人に聞きたい事があったのだったと台所に引き返すのだった。
リゼルはのんびりと依頼ボードを眺めていた。
朝から精力的に働く冒険者一同によって穴抜けになった依頼用紙。それらをFランクから順番に目を通していく。
いつもの事だが、サルスの冒険者ギルドにとっては全く見慣れない光景だ。この人一人で何してるんだろうという目が、出遅れた冒険者達、あるいは口と手を同時に動かしているギルド職員達から突き刺さっている。
それらを気にも留めず、Sランクまで全て目を通した。
ちなみに珍しくSランクの依頼が一枚張り出されていて、【迷宮“毒雨の降る沼”にてボスの毒採取】というものだった。条件は生きている状態のボスから採取する事、そしてコア周りの毒に限る事。つまり猛毒に覆われたボスの体に手を突っ込めという事だ。
ただでさえ数少ないS・Aランク、報酬は非常に良いがやりたがる冒険者は少ないだろう。リゼルもヒスイを思い浮かべてみたが、想像上の彼であっても「絶対やだ」の一言で終わった。
「(イレヴンならできるのかな)」
いや、嫌がりそうだなとすぐに考えを改める。
ゾンビなども汚くて臭くて嫌だと言っていた事もある。そもそも受けられないランクなのだが、時々ジルを引っ張ってボスに挑んでいるようなのでリゼルは気にせずそんな事を考えていた。
そして低ランクの依頼ボードの前に戻り、依頼用紙を眺める。
「(E、F……やっぱり荷運び系はないかな)」
冒険者ギルドに持ち寄られる依頼で、一・二を争うメジャーな依頼が荷運びだ。
大抵は何の知識も必要ない。とにかく力自慢の人手が欲しい。そんな理由で必ず幾つかの依頼は出ていたものだが、サルスに来てからは一度しか見た事がなかった。
船に積んで水路で運んでしまえば良いからだろう。一度だけ見たものも、水路の使えない入り組んだ路地をひたすら運ばなければならないようなものだった。
とはいえリゼルが荷運び系を受ける事はない。
他の冒険者に比べて筋力で劣っている自覚はある。依頼人をがっかりさせてしまう訳にもいかないだろう。
何よりジルやイレヴン、はたまたスタッドやジャッジが嫌がるというのもあって、そういった力仕事系はなるべく控えるようにしていた。鍛えなければ筋力もつかないのでは、と思うのでがっつり力仕事でなければこっそり受けてみる事もあるが。
ちなみに依頼の手続きをするスタッドにはバレるも、渋りながらもギリギリ容認してもらえるものを選んでいるので拒否された事はない。ギルド職員が明らかに達成不可能な依頼を持ってきた冒険者を追い払うのは珍しい事ではないが、リゼルはきちんと達成できるものしか選んでいないというのにこれ如何に。
「(サルスだけの、水路関係とかが)」
良いかも、と手を伸ばしたのは目線の高さに貼ってある依頼用紙。
最初から目をつけていたものだ。目に入りやすいところに貼ってあるのは偶然か、はたまた依頼人の気持ちを慮ったギルド職員によるちょっとした心遣いか。
至急、と目立つように書かれた文字に、これは確かにと剥がした依頼用紙に改めて目を通す。
【至急! 落とした指輪を探してください】
ランク:F~
依頼人:牡鹿噴水横の仕立屋
報酬 :銀貨10枚
依頼 :祖母の形見の指輪を失くしてしまいました。
ファセットカットの小さな魔石が嵌め込まれた指輪です。自分でも探しましたが見つかりません。完全に流されてしまう前に、どうか宜しくお願いします。
水路に留まっているならまだしも、湖に流されてしまっていたらまず見つからない。
Fランクにしては報酬も高いだろう。だが見つからないものを探して水路中を歩き回る羽目になるのではと、敬遠されてしまったそれをリゼルは手にしたまま受付へと向かう。
何となくその姿を眺め続けてしまった冒険者らが「それな、実はFランクなんだ……」と間違えを正すべきかと互いに目配せしているも、声をかけるにはどうにも気が引けて口を噤む。根性出せ、と今まさにリゼルに歩み寄られている女職員は、彼ら冒険者を内心で激しくせっついた。
「依頼の手続き、お願いします」
「承りましたぁ」
しかしリゼルに声をかけられて職員は覚悟を決める。
彼女は誰が見ても感じの良い笑みを浮かべ、その表情からややイメージの異なるオクターブの高い声で返答しながら依頼用紙を受け取った。内容に目を通し、それが先日に必死な顔で冒険者ギルドに駆け込んできた依頼人のものであると知って、何故これを選んだのかと思うと同時に受けてくれた事への喜びを胸に抱く。
ただ、それとこれとは別だ。
「あ、大変申し訳ございません。低ランクの依頼がBに紛れていたようでぇ……」
「いえ、大丈夫ですよ。きちんとFランクにありました」
気を遣ったら気を遣い返された。
優しく微笑んで頷いたリゼルに、女職員は笑みを固めたまま絶句する。本当にこれを受けたくて受けるのかと。そして絶対強者である一刀と癖の強い獣人にも受けさせるのかと。
だがしかし、思えば目の前の変わった冒険者は依頼も受けずに迷宮に潜る本物の変わり者だ。そう思えば不思議でもないのかもしれないと、彼女は疑問渦巻く脳内をシャットアウトして辛うじて正気を取り戻した。
震えそうになる手を耐えながら、気を取り直して業務に殉じようと唇を開く。
「失礼いたしましたぁ、ではギルドカードお預かり致しまぁす」
「はい」
「パーティメンバーの分も頂いてよろしいですかぁ?」
「あ、ソロで受けるので」
いやもう本当に何故なのか。
そう女職員は思ったし、その後ろでさりげなく聴き耳を立てていた姉たちも思った。何なら、まるで希少動物の生態鑑賞が如く無言で様子を窺っていた冒険者らも思った。
「……喧嘩でもされました?」
「いえ、仲良しです」
「…………でしたら何よりでしたぁ!」
女職員は思考の全てを放棄した。
低ランクの依頼を受ける者など山ほどいる。同じ低ランクの冒険者だが。
そしてソロの冒険者なぞ別に珍しくもない。リゼルにはパーティがいるが。
矛盾だらけの独自理論を脳内で展開しながら強制的に仕事モードを保つ彼女は、動揺の表れた手付きながら受付処理を進めていく。
そんな職員へと、リゼルはふと問いかけた。
「水路図を取り扱ってる場所、何処か分かりますか?」
「水路図、ですかぁ」
彼女は自身の顎にそっと指先を触れさせながら思案する。
「恐らく、水門の管理人ならお持ちでないかとぉ」
「水門というと」
「水路と湖の境目にある門でしてぇ、管理人が船の行き来などを管理しております。大抵は自警団の担当ですねぇ」
自警団、とリゼルは口の中で呟いた。
首都、北都、西都、南都、と特色ある地区に分かれているサルスでは各地区にそれぞれ独立した主導者がいる。そんな彼らが統括している治安維持目的の兵の事だ。
主導者というのも国が定めたものではないので、自警団は要は私兵になるのだろう。とはいえ不穏なものではなく昔からの名残だ。
そんな彼らが管理する水門は、各地区を隔てる水路に一つずつあるという。
「頼んだら見せてもらえるでしょうか」
「宜しければ紹介状をお作りしましょうかぁ? 強制力はないですが、依頼で必要なのは伝わると思いますのでぇ」
「あ、是非。お願いしても良いですか?」
「はぁい、少々お待ちくださぁい」
微笑めば、職員はにっこりと笑って受付を離れていった。
これだけ気遣いの行き届く冒険者ギルドはなかなかないだろう。忙しい時もこのクオリティで対応しなければならないなら大変だ、とリゼルは通り過ぎざまに机に腰を強打して低い声で呻いている華奢な背中を見送った。
手持ち無沙汰になり、何となくギルド内を見渡してみる。
ふと他の依頼を選んでいる冒険者パーティと目が合って、挨拶代わりに微笑んだ。恐る恐る手を上げて返してくれる姿が非常に足並み揃っているのが少しだけ可笑しい。
「お待たせいたしましたぁ」
暫く開け放たれた扉から水路を眺めていれば、職員が一枚の用紙を手に戻ってきた。
「有難うございます」
「とんでもございませぇん。指輪、見つかると良いですねぇ」
「そうなるよう頑張ってきます」
任せろとばかりに頷けば、何故か微妙に複雑そうな顔をされた。何故。
リゼルは用紙を受け取り、丸めかけてその手を止める。そして畳みなおした。紐などで縛らず丸めて空間魔法へ入れると、取り出す時にグシャッとなる事があるのだ。
「そうだ、もう一つ聞きたい事があって」
「承りまぁす」
そして何気なく口にした疑問に、女職員の顔面は瞬時に真顔となった。
牡鹿噴水とは、水が飛び出る様が鹿の角のように見える事から名付けられたらしい。
リゼルは特に鹿の像も見当たらない小さな広場で、左右対称に枝分かれした飛沫を眺めながら納得したように頷いた。こういった噴水はサルスのそこかしこで見る事ができ、一つ一つに名前がついているという。
郵便ギルドは助かるだろうなと、特に何てことない事を考えながら一軒の店へと歩み寄る。店先に天日干しされている木製のトルソーが目印になって、仕立屋はすぐに見つける事ができた。
扉を潜れば随分と落ち込んだ様子で椅子に腰かけ、針仕事をしている妙齢の女性が一人。
「こんにちは」
「あっ、いらっしゃ、い、ませ?」
依頼人かな、と声をかければ彼女は弾かれたように顔を上げた。
まじまじと見られながらも店内を歩けば、慌てたように手にした布を机へと置いて立ち上がっている。大丈夫だから座っていてと、落ち着けるように椅子へと掌を向けてみせたが遠慮しきった様子で首を振られた。
「あの、何かお探しで」
「いえ、指輪捜索の依頼を受けた冒険者です。お話を伺いたくて」
「ぼ……」
絶句された。
本日二回目だ、とリゼルは苦笑する。ここに来るまでに水門に寄って水路図を見せてもらったのだが、その時も管理人に似たような反応をされた。
ちなみに管理人は「冒険者を騙った貴族が水路図の何かを探りに…」とまで思考が飛躍したが、「いや別に騙る必要なんもねぇな」と一瞬で平静を取り戻していた。混乱しすぎて逆に落ち着いたとも言う。
やはり自衛の観点で持ち出しはできなかったが、無事に水路図は見せてもらえた。
「受けていただいて、有難うございます!」
そして依頼人も管理人と同じ結論に達して落ち着いた。
胸に残るは、受けてはもらえないだろうと諦めかけていた反動での歓喜。ぱっと花咲くような笑みを浮かべた彼女に、リゼルも安心してもらえたようで良かったと口を開く。
「指輪を落とした場所を教えていただけますか?」
「はい、あの、少し遠くて、上手く伝えられないかもしれませんが……」
「そうですか、なら」
リゼルはポーチから、ペンと紹介状を取り出した。
机を借りて、紹介状を裏返して白地にペンで小さな丸を書く。持ち出し禁止の水路図だ。メモ程度とはいえ形に残すような真似をするのだから、依頼が終わったらギルドに返したほうが良いだろう。
「ここがこの店で、牡鹿噴水、ここから水路が二つ伸びていて」
「あっ、こっちです!」
「有難うございます。枝分かれする所で、どちらか教えてくださいね」
ペン先は淀みなく動いて線を伸ばしていく。
真っ直ぐ、カーブ、枝分かれ、依頼人から「ここの食堂を曲がって」という言葉があれば小さな丸と食堂の文字を書きこみ、再び線を綴っていく。下に水路図を敷いてそれをなぞっているのではと思わせる程に縮尺も角度も完璧であったが、彼女がそれに気付くことはなかった。
綺麗な地図だなと、依頼人はただ感心したように目を瞬かせる。
「それで、ここの小さな橋を渡る時に紐が切れて……首に下げてた指輪が落ちてしまって、夜だったのでもう暗いからと友人に言われて、その日は探すのを諦めました。自分でも探してるんですが見つからなくて……」
「大丈夫ですよ」
悲しげに眉を下げて唇を噛む彼女にリゼルは微笑んだ。
その微笑みに、彼女は目を見開く。それだけで安心してしまえる優しげな目元、微睡んでしまいそうな穏やかな雰囲気、心にすとんと落ちてくる口調を惜しげもなく捧げられれば、確証もないのに無責任な事を言うなと憤る気持ちなど欠片も湧かず、思い付きもせず受け入れられた。
「俺がきっと見付けるので、安心して待っていてください。ね」
「お、お願いします……!!」
依頼人は決壊しそうになる涙腺を根性で堪える。
そんな彼女にリゼルも笑い、さてとペンや紹介状と入れ替わりに一つの魔石を取り出した。何の魔力も籠っていない真っ新な魔石だが、それをパッと見て分かる者などジャッジくらいだろう。
差し出せば、依頼人の彼女も不思議そうにそれを見下ろしている。
「少しで良いので、ここに魔力を頂いても良いですか?」
「魔力、ですか?」
「はい。あ、もし抵抗があるなら」
「いえ、大丈夫です!」
魔石を乗せた掌が差し出され、それに手を翳しかけた依頼人の動きが止まる。
つまりこのまま手を合わせろという事なのだろうかと恐る恐るリゼルを窺い、そして優しく首を傾けられて無理だと結論付けた。別に嫌だとかではない。一旦魔石を渡してくれれば良いのに、もしや触る口実に……などとは一切思わないし、思ったとしたらそんな自分を引っ叩いて目を覚まさせようとする程の罪悪感に襲われるだろう。
ただ、ひたすら触れがたい。
「あの、嫌なら」
「全然嫌じゃないです!!」
いや自分が変態だなこれは、と依頼人は一気に冷静になった。
そしてそっと手を差し伸べ、花のつぼみを逆さにしたように片手の全ての指先で魔石へと触れ、そのまま粉砕しようとしているのかと思われる程に力を込めて魔力を流し込む。彼女は魔力の操作をしようとすると筋力まで働いてしまうタイプだった。
意外とこういう人って多いよなぁとリゼルは気にしない。
「それくらいで大丈夫ですよ」
「あ、はいっ」
指を離した依頼人は、不思議そうに一度、二度と魔石を握るリゼルの姿を眺める。
魔力なんて何に使うのだろうと疑問に思っているのだろう。気付いたリゼルが唇を綻ばせ、反対の手でつんつんと掌に乗せた魔石をつついてみせた。
「貴女の魔力を辿ってみようと思いまして」
「そ」
そんな事ができるのかと、依頼人はぽかんと口を開けた。
先日、敬愛する王との謁見が叶った日。
迎えにきてくれるという彼が、どういったアプローチでそれを実現させようとしているのかを聞いた。その中の、リゼルのピアスに込められた彼自身の魔力を辿っているという話から同じような事ができないかと考えていたのだ。
とはいえ元教え子は、膨大に組み上げられた魔力構築による補助があってそれを実行している。自分一人にそれができるかと言われると全く無理なのだが、世界を跨がない、そして近距離に限れば簡略化して用いる事ができるのではないか。
そう思い至って試行錯誤を重ねること数日。ようやく、手元に捜索元の魔力があれば同じ魔力が大体どちらの方向にあるのかを判別できるようになった。
とはいえ生き物などは分からないので物に限るが。今回は依頼人が何年も身に付けていた指輪、そして装飾に魔石が使われているという事もあり、彼女の魔力がしっかりと染み込んでいる筈だ。
「(ここで落としたんだから)」
依頼人が指輪を落とした場所へと辿り着き、そこから水の流れに沿って歩き出す。
この辺りの水路は緩やかな流れがあって、脳内に描いた水路図では湖も離れてはいない。落とした時期を考えると、湖に流れ出てしまっていてもおかしくはないかもしれない。
できればそれまでに見付かれば良いけどと、魔石を握り締めながらゆっくりと水路沿いを歩いていく。
「(これ、魔力消費が大きいのがネックだなぁ……)」
魔力構築を散々簡略化して、限界まで魔力消費を下げていてもこれだ。
世界を跨ぎ、距離の概念さえ放棄しても探し物を見つけられる元教え子の魔力量に改めて感心してしまう。実際にどれくらいかは調べた事もないし、恐らく調べられるものでもないのだろうが。
そんな事を考えながら歩いていた時だ。
「おい」
「ジル」
ふいに後ろから声をかけられて振り返る。
そこには装備でもないのに黒に身を包み、路地からちょうど出てきたようなジルの姿。生地や色合いの違いは勿論あって、程よく纏まっているお陰で黒系統一色である違和感などはない。だが普段の姿を知っていればいる程、相変わらず黒いなと思ってしまう。
とはいえ既に見慣れたものだが。リゼルは歩み寄ってくるジルを立ち止まって迎えた。
「装備」
「依頼中なので」
「んなのんびり歩いて何の依頼だよ……」
「水路に落ちた指輪探し、です」
「良くやる」
呆れたように溜息をつかれた。
並んで歩き出したジルに、暇なのだろうかとリゼルは特に疑問でもなく思う。ラフな格好、しかし腰には見慣れた剣が一つ。ないと落ち着かないという理由で、ジルが外を出歩く際にそれを手放す事は少ない。
「流れていくならこの水路だと思うんですけど……」
「誰かに持ってかれてなきゃな」
「あ、そういうのもあるんですね」
水路を眺めながら、ゆったりとした歩調で進む。
探索魔法については宿の自室で、何度か自身の魔力を込めた魔石で試してみた事がある。それなりに信憑性を持てる程度には組み上げられているのだが、確実性でいえば目視には敵わない。
もし何処を探しても見つからないようなら探し方を変えなければいけないなと、そんな事を考えていた時だ。ふいに水路を流れていく小舟、その上に横たわっている男と目が合った。
生まれてこの方、整えられた事があるようには全く見えない髪。丸い眼鏡。頭の後ろで手を組みながら仰向けに横たわり、脚を組んでいる姿は風薫る草原で昼寝でもしているかのようだった。
小舟がサルスでは定番の昼寝場所なのだろうか、昼寝の時間には早いけど。空を見上げている筈の男の視線が真っ直ぐに自身へ向けられている事を不思議に思いながら、リゼルも目が合った事だしと微笑む。
「君!!!!」
直後、物凄い勢いで飛び掛かられた。
腕を引かれて一歩後退はしたが、そうさせたジルも面倒そうな顔をしているだけで特に警戒している様子はない。いつぞやのようにいきなり斬りかかられる事はなさそうだと、水路の縁にしがみついている男を見下ろした。
「こんにちは」
「やあ!! そう、君だ!! それ、そう、今使っているものだよ、何の魔法だい!!」
男は船から飛び上がろうとして盛大に失敗したのだろう。
その運動になど縁の無さそうな、ひょろりとした痩躯を思えば当然か。爪先を小舟に残したまま、今のリゼルにとっては地面であり、彼にとっては水路の壁に腕だけでへばりついている。
「影響範囲内で、うん、方向指定を敢えて泳がせているのか!! 成程!! それで何ができるんだい!!」
「あの、船が」
「方向指定ができない者はド素人!! 魔法の才などまるでない!! 基礎以前の問題だ!! だが、いや違うな、素晴らしい!! わははははは!!」
水路の中で綺麗に斜めになっている男が笑う。
だが男の爪先を乗せた小舟は勿論、水の流れのままにゆっくりと動き続けている。そしてついには横から見ても上から見ても男の体が斜めになった時だ。
「方向指定の起点はその魔石かい!! という事はだ!! もしかしたら君がやっているのは、対となる物質を、ッうおおおおおおお!?」
辛うじて小舟にひっかかっていた男のへたれた革靴が滑り、水面へと落下した。
彼は水路の縁にしがみ付きながら足をバタつかせ、膝下だけで溺れているかのように盛大な水飛沫をあげる。そしてリゼル達が流れていく無人の小舟を“あれは放っておいて良いのだろうか”と眺めている間に、這い這いの有様ながら自力で上がってきていた。
「ふぅ、いやすまない。見苦しい姿をみせたね」
「いえ、船は大丈夫ですか?」
「さて。けれどまぁ、きっと誰かが拾っておいてくれるさ」
立ち上がり、肩を竦めた男をリゼルは改めて見る。
四方八方に跳ねた髪。丸い眼鏡。長身痩躯に纏う服は細身であり、濡れたスラックスが色濃く染まって今も地面に水溜まりを作り続けている。彼が立ち姿を変える度、ごぼりと革靴からも水が溢れだした。
「それよりもだ!!」
男が跳ねた髪を生き生きとさせながら迫る。
距離を詰められた。落ち着いたかと思った空気が途端に覇気やら勢いやらを増す。
何だか既視感があるなと、そう思いながらリゼルは目を瞬かせて横目でジルを窺った。見るからに冒険者かつガラの悪いジルが隣にいて、こうも突っ込んでくる相手はなかなかいない。
まぁ、そもそも見えてなどいないのだろうが。
「先程の魔法をだね!! あ、今は止めてしまっているのかい!! いや、実に良い魔法だった!! 基本に忠実、それでいて自由自在、繊細な寄木細工でも見ているかのようだよ!! 素晴らしい!!」
「有難うございます。それで」
「もう一度だけ見せてもらう事はできないかな!! ああ、何を目的としているかは言わなくて良い!! それを解き明かすのも楽しみの一つというものだからね!!」
仕事モードでもないリゼルの穏やかな声は、声量と勢いの強さに普通に負ける。
もはや魔法しか見えておらず、実際跪く勢いでリゼルの手にする魔石を凝視している男に、リゼルは眉を落としてジルを見た。隣に立っている癖に他人のフリをされた。
危険はなさそうだが面倒そうな相手だとジルは大体こうなる。
「どうだい!! 少し話を聞かせてもらえないかな!! 昼食をおごろう!!」
「あ、こういうの知ってます。なんぱ」
「失礼。取り乱してしまったようだ」
一気に正気を取り戻した男は、一度だけ喉を鳴らすように咳き込んだ。
そしてジルも何処でそんな単語を仕入れてくるのかとリゼルを見る。ジルはイレヴンを疑っているが、実際は自由パーティの日にアイン達から教わったものだ。
休憩中、誰がナンパして成功しただの失敗しただの話していたアイン達は、「お誘いの事、なんぱって言うんですね」と楽しそうに口にしたリゼルに痛恨のミスを悟って絶望の表情を浮かべていた。誤魔化すだけの能力がなかったので死にそうな顔をしながら肯定した彼らは、いつかジルに殺されるんじゃないかと今も密かに恐怖している。
「折角のお誘いですが、今は急いでいるので」
「おや、ならば引き留めてしまってすまなかったね」
「いえ」
リゼルはふと、ジルの言葉を思い出した。
誰かが拾っているのかも、というなら水路を漂っていた彼にも可能性はあるだろう。
「水路に落ちた指輪を探してるんですけど、何処かで見ませんでしたか?」
「指輪、指輪か……心当たりはないね、銅貨ならいつも見ているけど」
「銅貨、ですか?」
「銀貨なら頭から濡れても拾うだろう?」
男は肩を竦め、そして意外に人好きのする笑みを浮かべた。
「何、もう少し水を流れながら頭を悩ませるつもりさ。見つけたら拾っておこう」
「有難うございます。あ、もし拾ったら冒険者ギルドに」
「冒険者ギルド!!」
跳ねた髪を更に跳ねさせ、男が声を上げた。
そうして彼はようやくまじまじと自らの目の前に立つ相手を眺める。冒険者装備に身を包んだ冒険者らしくない冒険者。その斜め後ろに立った、こちらは私服ではあるがいかにも冒険者らしい冒険者。
男はそんな二人を見比べ、そして薄い唇を震わせると徐々にその両端を吊り上げていく。
「素晴らしい!!!!」
そして、両腕を広げながら叫んだ。
「成程、そうか、冒険者か、そうだ、そうしよう!! 良い出会いに感謝だ!! わははは!! わははははははは!!」
笑いながら走り去っていく男を、リゼルとジルは思わず無言で見送った。
変わった人がいるものだ。そういった相手に出会うのは初めてではないが。
「やっぱそうなんじゃねぇの」
「ですよね」
どちらともなく視線を合わせ、そして再び不格好に走る後ろ姿を眺める。
翻るのは痩躯を覆うような白衣。羽交じりの白く短い髪は四方八方に跳ね、男の高揚を表すように更に無造作に広がっている。
「もしそうなら不思議な縁がありますね」
「責任とれ」
「俺の所為じゃないです」
「絡まれたのはお前だろ」
遠ざかっていく高らかな笑い声に、思い出すのは王都の魔物研究家。
二人は彼女を思い出して軽口を交わしながら水路沿いを歩いていくのだった。
結局は魔力の反応がないまま辿り着いた水門。
門と言っても枠が構えてある訳ではなく、区切りらしい区切りもない。元々緩やかな水路の流れも湖に近い位置ではあってないようなもので、リゼル達の目の前で湖を行き来する小舟では船頭が器用に櫂を操っている。
ここまでに枝分かれした水路も全て回ったのだから、これはもう指輪は流されてしまったという事なのだろう。魔法が不発だったのかとも思ったが、別のもので試せばやはり正常に働いているので可能性は低い。
「じゃあ行ってきます」
「じゃねぇよ」
さて、と何かを咥えて湖に潜ろうとしたリゼルを瞬時に反応したジルが止める。
リゼルが咥えたのは細くて短い棒。ギルドで購入した水中でも呼吸ができるようになる魔道具だ。
魔力を空気に変えるもので完全に使い切り。更には三十分ほどしか使えないうえに高価という事もあり、「そんなんだったら根性で潜るわ」派の冒険者に需要はほとんどないという。
「ジルも行きますか? 一応、二本買ったので」
「貴族が魔物引き摺り込むって?」
「またギルドに確認が入りますね」
可笑しそうに笑うリゼルに、ジルは呆れたように湖へと視線を流す。
小舟が数隻、遠くに近くに浮いている。のんびりと釣竿を握る者もいる。間違って釣られるんじゃないかと思うが、それはそれで面白そうなので別に止めようとする理由にはならない。
ただ、そんな彼らが水の中をうろうろしているリゼルを見つけた時にどうなるか。魔物に引き摺り込まれた貴族の亡霊が出たという噂が出回ってもおかしくはないだろう。
「湖にもなかったら濡れ損だろ」
「いえ、何となく反応はあるんです」
「あ?」
「あっちのほうだと思うんですけど」
リゼルは既に探索の範囲を限界まで広げている。
お陰で精度は落ちているが、薄っすらと引っ掛かるものはあった。指さした先は湖。ちょうど一隻の小舟を操る船頭が、見事に魚籠いっぱいの魚を釣り上げて機嫌が良さそうに帰ってきていた。
リゼルは湖を指さしたまま、任せろとばかりにジルへと頷く。
「近くにいけばもう少し詳しく場所が分かりますし、三十分もあれば行けます」
行けるのと行って良いのとは違う。
だがジルは言い聞かせる事を放棄した。面倒なのが半分、後はリゼルが行きたそうなのが半分。ならばせめて途中までは小舟を捕まえて乗せていってもらえと、そう続けようとしたジルの前でリゼルがふと首を傾げる。
「どうした」
「いえ、指輪が」
不思議そうなリゼルの湖へと向けられていた指先が、そのままゆっくりと動いていく。
距離としては近付いてきている。それに合わせて魔法の範囲を狭めれば徐々に位置が絞られ始め、宙をなぞるリゼルの指先が確信を持って湖、水門、水路、そしてリゼル達が今まさに歩いてきた方向へ動いた。
その先には常に一隻の舟。魚籠いっぱいの魚を積んだ、一人の翁が操る小舟がある。
「拾ってくれたんでしょうか」
「食われたんだろ」
「え?」
「ん」
リゼルがジルの示した方向を見れば一つの魚籠。
成程と感心したように目を瞬かせ、リゼルはゆったりと進む小舟を追った。
「すみません、少し良いですか?」
「ん、どしたぁ」
「その魚のどれか、指輪を食べてると思うんですけど」
「何が何だって?」
水路の中と、脇道。
並んで歩きながら声をかけたリゼルに、翁は呆気にとられながらも小舟を止めて道へと寄ってくれた。リゼルも道の端にしゃがんで事情を説明すれば、探し方以外は納得したらしく数度頷かれる。
「成程なぁ……そんならどれだ?」
「この中にある、としか分からなくて」
「へぇ、そんなもんか」
掴んで寄せられた魚籠を覗き込むも、口までいっぱいに詰まった魚は見分けがつかない。
大量だなぁと感心するリゼルに翁は自慢げに笑い、どれどれと魚籠を傾けた。船の座面と座面の間にぶちまけられた魚が、大きく鰓で呼吸をしながら時々跳ねる。
「どら、分かるか」
「有難うございます。えーと……あ、これかな」
広げられたお陰で分かりやすくなった。
探索の範囲を極小まで絞り、精度を最大に定める。一匹手にとっては端に寄せ、手にとっては端に寄せを三回繰り返せばついに念願の指輪を手に入れた。生きた魚でコーティングされてはいるが。
「ジル、吐き出させ方って分かりますか?」
「捌きゃ良いだろ」
「持ってけ持ってけ、今日は婆さんへの土産には困らん」
礼を告げれば、翁はカラカラと笑って小舟を操り去っていく。
リゼルは握りしめている魚を見下ろした。まだ生きているそれは空間魔法に入らず、しかしこのまま依頼人の元へ届ける訳にもいかない。魚の腹に包まれていた事など言わないほうが良いだろう。
「何処かで包丁を借りないと」
「借りないとじゃねぇよ」
助言通り、早速捌こうと生魚を手に歩き出そうとすると当のジルに止められる。
彼は一人で依頼を受けた時に口出しされるのを酷く嫌う癖に、リゼルには平気であれをするなこれをするなと言ってくるのだ。それを嫌だと思った事はないが、何とも不思議な事だとリゼルは首を傾けた。
その日の夕食。
「お、魚。リーダー骨とったげよっか」
「大丈夫ですよ。イレヴンも、指輪が入ってないか気を付けてくださいね」
「何それ。ホラー?」
勿論、指輪は綺麗にされて無事に持ち主の元へと返っているのだが。
そんな一連の出来事を知らないイレヴンはいきなりの異物混入発言に真顔になりながらも、呆れたジルの視線を受けながら普段より慎重に煮魚を解体していくのだった。