軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

132:台詞の一つは言わされた

王都への道、二日目の朝。

「一刀は何処だ?」

「あそこで座って肉食べてる黒い男ですけど」

「ほう、強そうだな。何で魔鳥を見上げているんだ、好きなのか?」

「さぁ。あ、騎兵が声かけてますね。あいつら慣れてんなぁ」

王子と呼ばれる男は焚火の前に座るジルへと話しかけようとし、止められた。

ちなみにその時リゼルは魔鳥に乗せて貰っていたし、イレヴンはまだ寝ていた。

王都への道、二日目の夜。

「ん、見ない顔だな」

「あー、王子サマ?」

「そうだ。お前は一刀のパーティか?」

「は? ……あーあー、そう。“一刀のパーティ”でぇす」

王子と呼ばれる男は騎兵達の飲みに混じるイレヴンに気付き、興味津々で話しかけた。

ちなみにその時リゼルはナハスのテントで魔鳥講座を受けていたし、ジルは自分達のテントの中で剣を磨いていた。ついでに話はほぼ躱された。

王都への道、三日目の朝。

「一刀のパーティは三人組らしいな」

「そうですけど」

「一刀と赤毛の獣人しか見ていないんだが、後一人は何処にいる?」

「え、見た事ないですか? 目ぇ引く人なんですが……あ、あそこ居ますよ」

「ん?」

王子と呼ばれる男が振り返った瞬間、ジルとイレヴンによる訓練という名の殺し合いを見ていた騎兵達により歓声が上がった。

咄嗟にそちらに気を取られた隙にリゼルは魔鳥車へと乗り込んでしまい、男はその姿を見失った。覗きに行こうかと思ったが止められた。

王都への道、三日目の夜。

「ん、あれは……一刀達のテントか」

「王子、どうしました?」

「お、副隊長か。巡回ご苦労」

「先程護衛の奴らが捜していましたが……そうだ、テントまでお送りしましょう」

王子と呼ばれる男は仕方がないかと肩を竦め、ナハスへと続いてその場を離れた。

その後ろでは徐にテントから顔をのぞかせたリゼルが何やら周囲を見渡し、そこら辺で酒の席に混じっていたイレヴンを手招いていたのだが男が気付くことは無かった。

王都への道、四日目の朝

「おはようございます」

「あぁ、おはよう御座います。おっとりさん」

「(おっとり?)」

「今日もよろしくお願いします。移動だけですが」

「…………ふぁーあ、こうも続けて早起きしてると起きるのが辛くてたまらん」

「あ、おはよう御座います。王子」

「あぁ。……今、聞き覚えのない声がしなかったか?」

「まだ会えてないんですか、あんた」

王子と呼ばれる男は、リゼルが通り過ぎた数秒後に顔を出して疑問符を浮かべていた。

護衛の男はどうしてこうも間が悪いのかと思いながら、何でもないと首を振るだけだった。

王都への道、四日目の夕方。

男は護衛を引き連れ、不敵な笑みを浮かべながらとある屋内を歩いていた。

効率を追い求めて洗練されたその建物は、夜だと言うのに酷く明るい。その理由は、未だ活動を止めることなく行き来する役人を見れば分かるだろう。

彼らは一様に、男を見れば足を止めて頭を下げる。男が誰かを分からない人間など、此処にはいない。

「久しいな」

幾つ目かの扉を潜った先で、ふいに男が足を止める。シャラ、と足首を飾る金の装飾が涼しい音を立てた。

向かい側からカツカツと靴音を鳴らして近付いて来る人物に、浮かべた笑みをそのままに声をかける。靴音は、数メートルの距離を空けて止まった。

「ご無沙汰しております、王子殿下」

そう言って腹部に手を当て、見本のような礼をとった相手は酷く美しい男だった。

艶のある闇色の髪が礼に合わせて流れ、伏せられた瞳は真紅の色を露わにしながら持ち上げられる。壮年でありながらその眼光は鋭く、しかし年相応の色香が滲んでいた。

エルフの王だと言っても疑う者はいないだろう美貌を、目元の濃い隈が唯一欠けさせる。それさえもあえて完成させない美であると言わせんばかりの相貌は、しかし少しの笑みも浮かべてはいなかった。

「 商業国(マルケイド) へのご来訪、心から歓迎致します」

「歓迎してくれるのなら、もう少し愛想よく迎えて欲しいものだな」

王子と呼ばれた男は言葉とは裏腹に一切の不満を持たず、カラカラと笑った。

「なぁ、伯爵殿」

「善処致します」

パルテダール全体の流通のほとんどを取り仕切る商業国の領主と、アスタルニアにおいて近隣国の外交を担当する男。当然初対面である筈がない。

大体は一年に一度、建国祭などの行き帰りに立ち寄り顔を合わせている。その度に愛想良くしろと言っているにも拘らず直らないのだから、もはや素なのだろうと男は笑って許していた。

「いつか空前絶後な満面の笑みを浮かべるお前を拝んでみたいものだ」

「……御冗談を」

やや吐き捨てるように返す領主に、男は目を細めて頤を上げるように笑みを深くする。

煽るようなその姿はまさしく王族らしく尊大で、しかし不思議と嫌味は無い。それはむしろ両者が比較的友好的な関係だと伝えるような、云わば戯れに近いのだろう。

「しかし、流石は商業国というべきだな。街を見て来たが、大侵攻にあったというのに復興が早い」

パッと雰囲気を変え、カラリと笑いながら男が言う。

前回の建国祭の際には、商業国が大侵攻直後というのもあって寄るのを控えたのだ。それもあり、丁度良い機会だからと今回は挨拶に立ち寄る事となった。

「お心遣い感謝致します。どうやら、貴国も慌ただしかったようですが」

男は唇を吊り上げ、肩を竦めて見せた。その目は向けられた視線を真っすぐ見返している。

「まぁな。お互い運が無いというものだ」

「左様ですな」

何てことない様子で交わされた会話だが、それは膨大な情報が行き来する駆け引きだった。

互いが何処まで情報を把握しているのか、そして何が知られていないのか。そこを見極めてからでなければまともな会話も交わせないのが、彼らの立場なのだから。

二人は数瞬、真意を探すように視線を合わせる。

「……案内の者を付けましょう。ごゆっくりとお過ごし下さい」

「あぁ、世話になる」

軽い挨拶に限られる会話の中、互いに有意義な話し合いが出来たのだろう。

両者は指し示したように話を切り上げ、それぞれの連れへと向き直った。それまでの間、空気は特に緊張を孕むでもなければ雑談と変わりもしないのだから慣れたものだ。

「お、今回もお前か」

「ご不満ですか」

「たまには、傾城傾国の女に接待されてみたいものだなぁ」

「それは申し訳ございません」

何度か訪れていれば顔見知りにもなるというもので、王族の男は鷹揚に笑いながら案内役の男に続き歩き出す。傾けられても困る、いやいや男の甲斐性だ、と護衛らと話す姿が見えなくなるまで見送った領主の男は、柳眉を顰めて小さく息を吐いた。

そして踵を返す。もはやこの場に用は無く、己の執務室へと向かおうと踏み出した足は、自らを呼ぶ声にカツリと靴音を立てて止まった。

「何だ」

「お耳に入れておきたい事が……」

深刻な様子は無いが、何処か戸惑ったような相手を領主の男は怪訝そうに見る。

そして直後に知らされた情報に、全く以って似合わない鋭い舌打ちを彼はその形の整った薄い唇から零した。

場所は領主官邸前、美しく石畳に舗装された玄関口。その両端にある整えられた庭に、魔鳥騎兵団の面々は自らの相棒と共に待機していた。

王族の男と護衛だけが官邸に入るのは常の事であり、その挨拶が終わるまで彼らは待っていなくてはならない。

「ここの領主っていうのは、どういう人間なんだ?」

「“ぼくのかんがえたさいきょうのびけい”です」

「ぶっは!!」

平然ととんでもない事を言うリゼルと噴き出したイレヴンに、ナハスは一体どういう事なのかと遠い目をして壮観な景色を見下ろした。

段数は多くないものの広い階段の上からは、商業国名物の“露店広場”が見えた。中心部に置かれた噴水の周りは開けているが、後は所狭しと様々な露店がひしめき合っている。

「相変わらず賑わってますねぇ」

「そうだな」

食べ物から武器防具、雑貨や出し物まであらゆる露店が並ぶ広場には、もうじき日が落ちるというのに数多くの観光客や商売人やらが溢れかえっていた。

懐かしそうに呟くリゼルと同意するジルを、イレヴンが意外そうに見る。

「リーダー来たことあんの?」

「ありますよ。その帰り道に、君に襲われたんです」

「あー、あん時」

物騒な事をほのぼのと話しながら、夕日に赤く染まる街並みを眺めた。

階段の下あたりでは、珍しい魔鳥の姿を見ようと子供達が集まっていた。元々階段は普段から人々の休憩場所として利用されている事もあり、威勢の良い子供達はもはや上って来てコソコソと魔鳥に目を輝かせている。

「凄い、おっきいね」

「さっき飛んできたの見た? 人のってた」

「かっこいー」

そしてそう言われれば悪い気がしないのが騎兵団であり、どれどれ触らせてやろうかと近くにいた騎兵らが魔鳥を座らせる。

そして来い来いと手招いてみせれば、ワァッと歓声をあげて子供達が近寄ってきた。恐る恐る触る小さな手に、魔鳥はくすぐったそうにしながらも嫌がりはしない。

「ああいうとこ、大らかですよね」

「王族待ちとは思えねぇな」

「まぁ、王子も戻って来ないしな。良いだろう」

遠い目をしていたナハスが現実に戻って来て、咎めるでもなく言った。

しかし早朝からずっと飛びっぱなしだというのに一切の疲労を見せない彼らは、流石騎兵団というべきか。数日ぶっ通しでも大丈夫というのだから、彼らの鍛え方は半端ではないのだろう。

「王子は領主と面会の後、そのまま用意された部屋でお休みになる」

「ナハスさん達は?」

「いつもと変わらないなら、中庭に面した客間を借りるな」

そこなら庭で魔鳥を休ませてやれるし、直ぐに様子も見る事が出来るそうだ。

成程、とリゼルは頷く。王族の挨拶が終われば案内が来て、騎兵達はそのまま自らのパートナーに乗って中庭に降り立つのだろう。

「リゼル殿はどうする。一室余分に頼もうと思ってたんだが」

「そうですね」

うーん、とリゼルは考えるように視線を流した。

ふと、魔鳥と戯れている子供らの一人と目が合う。パチリと瞬いた大きな目に微笑んでみせれば、何処か興奮したように近くの騎兵へと詰め寄っていた。

「ねぇっ、あの人でしょ! あたし知ってる、これ、護衛っていうんでしょ!?」

「えっ」

子供と此方を交互に見ている騎兵に苦笑を返し、頑張れと内心で応援する。

どうやら少し離れたその声が聞こえていたらしい。確かにそうだけど本来の護衛対象は違うと、どう説明したら良いのかと悩む同僚をナハスは呆れたような視線で見ていた。

「俺達は別で宿をとろうと思います」

「ん、そうか?」

「はい。お土産を渡したい人もいるので」

ならば外で宿をとった方が楽かと、ナハスも納得する。

明日の出発も朝が早い。今日を逃せば渡しに行く暇も無いし、今から行くのであれば帰って来るのも夜遅くになる可能性もある。

流石に官邸は夜中に容易に出入り出来る場所ではなく、ならば適当な宿を見つけた方が良いだろう。

「土産は良いが、余り遅くならないようにな」

「大丈夫ですよ」

微笑んだリゼルに、まぁ他の二人もついているしと納得しかけた時だ。

ふと、その後ろにいるジル達の姿が目に入る。露店広場を指さし何かを話している二人に、ナハスは何となく耳を澄ましてみた。

ちなみにリゼルは、芝生に嘴を突っ込んで何やら獲物をゲットしている魔鳥に気を取られている。

「あそこらへん?」

「あぁ。こいつが領主に間違えられていきなり斬りかかられた」

「馬鹿な奴がいんなァ」

果たして本当に大丈夫なのかと心配になった。

「……暗くならない内に土産を渡した方が良いんじゃないか? 俺達と待ってなくても良いぞ」

「ん、いえ」

リゼルはもぐもぐと嘴を動かしている魔鳥からナハスへと視線を戻し、悩むように伏せる。

考えるように小さく首を傾け、髪を耳にかける姿は夕日に照らされ何処か物憂げだった。絵画になれば芸術的価値も出るだろうそれを、しかしナハスにしてみれば“何かずれたこと考えてるんだろうなぁ”と思ってしまう程度には付き合いを重ねている。

「お土産を渡したい人が、此処にも居るので」

それが誰かを察してしまい、ナハスは口元を引き攣らせた。

「忙しい方なので、無理そうなら共通の知人に渡そうとも思ってるんですけど」

「……そうか」

ナハスには頷くことしか出来ない。

冒険者だと思われたいのなら何故冒険者らしくしないのかと小一時間ほど問い詰めたいが、同時にきょとんとされるだろうなという予想もついていた。リゼルは素の善意で土産を渡そうと思っているのだから。

「お、そろそろか」

その時、官邸の中から一人の女性が現れた。

いかにも出来る女といった風貌の彼女は、見知ったように騎兵団隊長の元へと歩いて行く。実際、何回か顔を合わせたことがあるのだろう。

「俺達はそろそろ部屋に案内されるだろうから行くぞ。どうする、リゼル殿の話も通しておくか?」

「大丈夫です」

「そうか。また明日な」

ナハスは少しの疑問を浮かべながらも、自身の隊長の元へと魔鳥と共に去って行った。

子供らと戯れていた騎兵達も、不満の声を貰いながら解散を告げている。子供らは階段下で会話に花を咲かせていた母親たちに呼ばれ、魔鳥に手を振りながら駆け下りて行った。

「ニナ!」

幼い声の笑い声が幾つも重なる中、聞こえた声にふとリゼルがそちらを見る。

「早く帰らないと、お母さんに怒られちゃうよ」

「はぁーい」

階段の半ばで呼びかける少年に、妹だろう少女は楽しそうに駆け寄っていた。

相変わらず兄妹仲良しで何よりだと微笑んだリゼルと、好奇心が抑えられなかったのか自身も魔鳥を一目見ようと顔を上げた少年の視線が交わる。茜色に照らされた少年の笑みが驚きに彩られるのを可笑しそうに見ながら優しく手を振り、リゼルはゆるりと官邸へと歩を進めた。

「誰?」

「ほら、大侵攻の時の」

「あぁ、門から出たガキ」

「あー、居た居た」

魔鳥と騎兵達が次々と飛び立っていく中、リゼル達は未だその場で凛と立っている女性へと近付く。彼らを見送る様に腰を折っていた女性は、羽音が離れて行くと姿勢を正した。

その視線は、やはり此方を真っすぐに見ている。

「領主様から伝言です」

何処か困惑を孕んだような、緊張したような声で彼女は言った。

「“会う気があるなら入って来い”、と」

シャドウの言葉は、つまりリゼルに全ての選択権を与えたということ。

仕事が第一で姿を表に出す事を嫌うシャドウが、自ら招くだけでも彼を知る人々には衝撃だった。そして自ら招く程に会う価値があると断じている相手に、会わないという選択肢を与える程に尊重している事も。

ましてや、相手は冒険者。それゆえの困惑で、それゆえの緊張なのだろう。

「お願いします」

緊張をほぐすように柔らかく微笑みながらも、あっさりと答えたリゼルに女性は少しだけ呆けたようだった。

しかし直ぐに礼をとり、官邸内へと案内を始める。その背はピンと真っすぐに伸びていた。

「流石は伯爵、良い人材を傍に置いてますね」

「やー、リーダーには敵わないッスよ」

「自画自賛じゃねぇか」

今から商業国を統べる領主に会うというのに気楽な会話を続ける三人に、女性は内心で絶対に冒険者じゃないと呟いた。

「厄介事は持ち帰るなと言った筈だが」

「冤罪です」

向かい合うソファに座って顔を顰めるシャドウに、リゼルはほのほのと答える。

場所は官邸内の奥に位置する応接間。シャドウが自ら顔を合わせて話し合う際に使用する部屋だ。

机の上には人数分の紅茶が置かれていた。アスタルニアでは渋めのお茶が好まれていたので、久々の本格的な格調高い紅茶だった。

「あ、お土産。先に渡しておきますね」

そういってリゼルが差し出したのは、中身が見えるようシックにラッピングされたペンだった。さり気なく施された彫刻が品の良い漆黒の持ち手と、珍しい象牙色のペン先が幾つか並んでいる。

「これ、魚の魔物の骨から作られてるそうです。色々試したんですけど、これが一番使いやすかったので」

「ほう、 商業国(うち) では出回らないものだな」

仕事中毒の片鱗を見せながら受け取ったシャドウは、拒否する事なく受け取りそれを見下ろした。

他にはない一点物を思わせるデザインは、しかしシンプルで威厳を損なわない。今使っているものと太さは変わらず、使いやすそうだ。

ペン先の象牙色も、インクを付けようと色が染みないようにだろう。艶めく保護材に覆われ、美しい曲線を描きながら先端へと細くなっている。

「重要な場で使えば効果的か。礼を言う」

「いえ」

珍しい品を持つ事は、商業国領主にとって重要だ。

それを手に入れる人脈があると相手に知らせる事が出来る。このペンならば、嫌味なくそれが実現できるだろう。

そして普段使いにはしないと意識してか無意識か言って見せたシャドウに、大切に使って貰えそうで何よりだとリゼルは微笑む。

「それにしても、流石は伯爵ですね」

「何だ」

「さっき厄介事って言ったでしょう?」

それが本題だろうと自ら話を振ったリゼルに、シャドウは相変わらず気が利く男だと一つ舌打ちをした。

手に持っている土産を上着へと仕舞い、足を組む。その姿はやはり品がありつつも何処か荒々しい。

「うーん、この辺りは団長さんのイメージとちょっとずれるでしょうか」

「元は魔物だろ、良いんじゃねぇの」

「顔さえありゃ小説家は喜びそうじゃねッスか」

訳の分からない会話をされたシャドウが、良い予感はしないと盛大に顔をしかめる。

「却下だ。さっさと本題に入れ」

「お土産話は聞いて貰えなそうですね」

可笑しそうに笑ったリゼルは、さてどうしようかと紅茶を手に取った。

アスタルニアへ向かう際、ナハスへと簡単に大侵攻の真相を漏らしたのだから渋りはしない。だがそれは調べれば分かることだからという事もあり、何でもかんでも漏らすのは冒険者として良くないだろう。

「なら、伯爵。質問して下さい」

「何だと?」

「何から話せば良いのか、俺は把握してないので」

にこりと微笑んだリゼルに、シャドウは訝し気な目を向ける。

把握してないなどという台詞が、これ程似合わない者もいまい。シャドウはそう思っているし、そして思っているからこそ慎重にもなる。

しかしそこに在るのは何処か戯れるような雰囲気で。

「たっのしそうな顔」

「リーダーこういうの好きだよなァ」

そう両隣の二人が言うのだから、多少は試す意図もあるだろうが正に戯れているだけなのだろう。シャドウは何処か満足げに鼻で笑い、姿勢を正す。

「私も詳細まで把握している訳ではない。アスタルニア王宮の上空に一瞬現れた魔法陣と、それを警戒してか一時王宮の警備が厳重になったぐらいか」

「そんだけ?」

「国民の不安を煽らないように、なるべく表沙汰にしてなかったですしね」

もはや条件反射なのだろう。煽る様に口を挟むイレヴンを諫めるようにリゼルも言う。

シャドウも深く探れないというのもあるだろう。友好国相手に深部まで探るような真似をすれば、その親交は崩れかねない。

「今回は余り深く関わらない方が良い、そう判断したのもある」

流石というべきか、煽られる事無くシャドウは事実のみを告げた。

ただの勘だ。だが数多の国と関わりを持つ商業国の領主としての、そして商人を統べる立場にいる者としての勘でもある。

それは確かな経験に基づいており、判断材料にするにも十分なものだった。

「今回、あの王子が来て確信した。あの騒動にはサルスが関係していて、今はその抗議に赴いている最中だな?」

「その通りです」

即座に強く鋭い舌打ちを零したシャドウに、リゼルは苦笑した。

それもそうだろう。そんな抗議に向かう途中に寄られれば、サルスからあらぬ疑いをかけられかねない。

何せ同じサルスにちょっかいをかけられた同士だ。接触すれば何らかの結託をされたと思われても仕方がない。

「あいつ何であんな不機嫌そうなの」

「サルス煽んのに利用されたからだろ」

「あー、納得」

実際、裏の意図は何もない。しかし今回の訪問が純粋な顔出しだとは決して言えないだろう。

「アスタルニアもぎりぎりまで攻めますね。立地でしょうか」

「あそこは攻めにくいからな。煽っても簡単には戦争起こされねぇし」

「国風って凄いですよねぇ」

今回は流石にどうやっても戦争にはならないが、本当になりかねない時も攻めの手を緩めなそうな所が恐ろしい。

とても真似できないなぁと、リゼルは少しだけ冷めた紅茶を一口飲む。

「……その一行にお前らが同行しているのは何故だ」

忌々しそうな空気を残しながらも、とりあえず話を進めようというのだろう。

質問を受けたリゼルはカップから唇を離し、なんてことないかのように口を開いた。

「アスタルニア王族の中に、滞在中親しくさせて貰った方がいるんです。此方に戻ると伝えたら“それならついでに”と言って下さったので」

「そうか」

もはや王族と親交があろうとも驚かないシャドウは、微妙に納得いかない感を眉を寄せる事で示しながらも頷いた。

そう申し出た王族がリゼル達を利用しようとしているのでは、などとは思わない。親しくしていた、という程に関わったのならばリゼル相手にそんな考えなど浮かばないと彼は確信している。

「ならば、お前らは騒動に関わったという事だな」

リゼルが親交を深める相手が、親しいからと情報を漏らすような者の筈がない。

なのに今回の使者の意図を知っているというなら、それはリゼル達自身が関わったからに他ならないだろう。そうでもなければ、特にリゼルが興味を持ちそうにない案件だ。

「はい」

「騒動の原因は“異形の支配者”が関係している、違うか?」

「おっしゃる通りです」

商業国を混乱に陥れた相手を思い出し、シャドウは赤い瞳の奥深くに憤りを滲ませる。

抑えようとも抑えきれないそれが、彼が領主として自らの領地をどれほど愛しているのかを物語っていた。

「扱いから言って、お前への復讐があったという訳でも無いだろう。何故関わっている」

「俺もそこは不思議なんですけど、物凄くこじつけられて巻き込まれたみたいで」

うーん、とリゼルが首を傾ける。

「邪魔が入らないように除けておこうって思われたみたいです」

「何だそれは」

「ですよね」

理解が出来ないと言わんばかりのシャドウに、リゼルは嬉しそうに目を細めた。

しかし、とシャドウは表情を変えないままに微かに息を吐く。先程面会した王子の言う“お互い”に支配者関係かと当たりをつけ、そして肯定されたが言い方からして支配者本人という訳では無さそうだ。

ならば、巻き込まれたとしても大した事は無かったのだろう。背をソファへと預ける。

「一応聞くが」

「はい」

「今度は支配される事も無かっただろうな」

まず無いと知りながらも問いかけたシャドウは、しかしピクリと目を眇めた。

肘掛けに頬杖をついたジルが、わざとらしく視線を何処かへと投げた。紅茶を飲み干したイレヴンが「あーあ」と言わんばかりに口元を笑みに歪めている。

そのどちらも、目はいっそ全てを抑え込んだと思わせる程に静かに凪いでいる。まるで深淵を思わせるような瞳。

「支配はされてないです」

「何をされた」

「何か、改めて口に出そうと思うと恥ずかしい気がします」

「言え」

そしてリゼルが苦笑をした。

「監禁、されまして」

「な」

赤い目が見開かれ、そして何かを告げようとした口は何も言えないまま閉じられた。

その目が咄嗟に両サイドに座るジル達を向いたのは、完全に無意識の事だったのだろう。平然としながらも決して合わない視線が何を表すのか。

「シャドウ伯爵」

その時、清廉な声がそれを咎めるように向けられた。

どこまでも透き通るような穏やかな声が、しかし聴く者の意識を強制的に自身へと向ける。三人から視線を受けたリゼルが、何事も無かったかのようにふわりと柔らかく微笑んだ。

「冒険者たるもの自分の身は自分で守らなきゃ、とは思うんですけど……。あれはちょっと無理でした」

ほのほのと告げたリゼルに、シャドウは無意識に力の入っていた肩を微かに下げて胡乱な眼差しを向ける。

「お前でもか」

「何て言えば良いんでしょう。ある意味、エルフ並みというか」

「どうしてそういう奴ばかりを引く」

そんなこと言われても、と心外そうにしてみせるリゼルを流しながらシャドウは思う。

監禁されたとはいえ、こうして使者が送られているなら酷い事にはならなかったのだろう。もしリゼルが傷つけられたのならば、アスタルニアが使者を送る隙も無い程にサルスは阿鼻叫喚の様相を見せていた筈だ。

「実害は受けなかったんだな」

「傷一つ無いですよ。風邪は引いちゃいましたけど」

一体どんな環境に置いてくれたのかとシャドウは表情には出さないまま、一瞬で脳内に可能な限りの経済制裁を展開した。

そして脳内でそれらを叩きつける事で鬱憤を晴らす。今でさえ大侵攻のツケを払わそうと、 王都(パルテダ) からストップがかかる程度にはふっかけているのだ。実行はしない。

実行してしまえば、領主ではいられない。

「あと、質問は?」

「そうだな……」

その思考の隙間を縫うように届いた穏やかな声に、シャドウは思考の一端すら感じさせない平常通りに言葉を返す。

正直聞きたいことは多いが、これ以上はリゼルも口を割らないだろう。その程度の分別もつかないような男に、シャドウは価値を見出さない。

「今日はこれからどうするつもりだ」

「インサイさんにお土産を渡して、何処かで宿をとろうと思ってます」

「そうか」

シャドウが一瞬考えるように腕を組み目を伏せ、そして忌々しそうに小さく舌打ちを零しながら視線を逸らす。そして不思議そうにするリゼルの前で、その整った唇は開かれた。

「……美味い夕食に興味は?」

リゼルは一度目を瞬かせ、そして言葉の意図を察して甘く微笑む。

初めて出会った時を皮肉ったような誘い文句は、酷く魅力的だ。この商業国を最も知る人間が選ぶ店はきっと、あの時と同じように素晴らしいものなのだろう。

「インサイさんも一緒なら、是非」

「却下だ。分かっている」

「有難うございます」

嬉しそうに微笑むリゼルに、シャドウはひとつ鼻を鳴らして立ち上がった。

「三十分後に出る。それまでここで休んでいろ」

そうして彼はカツカツと靴音を立てながら部屋を出て行った。

扉の向こうで、誰かと話をしている声がする。恐らくインサイへの伝言を頼んでいるのだろうと、リゼルはすっかり冷めてしまった紅茶へ手を伸ばした。

「随分嬉しそうだな」

その時、ふいにジルの声がかかる。

リゼルは口元の笑みをそのままにカップへと口付ける。随分と良い葉を出してくれたらしく、冷めてもまだ良い香りがした。

「嬉しいですよ」

「何で」

「だって、あの伯爵が誘ってくれたんですから」

ソーサーへと戻されようとしたカップを、イレヴンが横から持ち去っていく。

まだ半分ほど中身が残っていたそれは、既に自身の分を飲み干してしまっていた彼によって同じく空にされてしまった。

「そんなお気に入りだっけ?」

空になったカップを適当に机の上に置きながら、イレヴンが訝し気に問いかけた。

「そういうのじゃなくて、何て言うんでしょう。伯爵って、凄く分かりやすい基準を持ってるんです」

「基準?」

「そう。彼にとって、唯一無二はこの 商業国(マルケイド) 」

ふと見れば、ジルが肘掛けに肘をつきながら視線だけで話の続きを促してくる。

それに対し、対面に誰も居ないと三人横並びっていうのは奇妙な感覚がするなと思いながらリゼルは目元を緩めてみせた。

「 仕事中毒(ワーカーホリック) なんて言われる彼が、その手を止めてまで俺との時間をとってくれるんです。嬉しくない訳ないでしょう?」

ジルとイレヴンは表情を変えないまま、即座にその言葉の真意を探る。

ただの“仕事より俺を優先してくれるのが嬉しい”なんて意味では確実にないだろう。そうしないからこそリゼルはシャドウを気に入り、何より領地を優先してストイックに仕事をこなす彼をいっそ尊敬すらしている筈だ。

でなければ、大侵攻の際にあれほど気にかけないだろう。例え、欲しいものがあったとしても。

「(こいつの変な感性なら)」

「(リーダーの考え方ならァ)」

そして両者、正解へとたどり着く。

「それだけ評価して貰えると、ちょっと照れちゃいますね」

シャドウにとって自分と親交を深めることが、何より商業国の為だと判断したのだとリゼルは察した。だからこそ、裏表なくほのほのと嬉しそうにしている。

有益だから、それ相応の価値があるから、そう評価されてこれほど純粋に喜ぶ人間をジルもイレヴンも知らない。数多の人間に値踏みされる立場であったからか、あるいは他者を評価する立場であったからか。

「リーダーらしいっちゃらしいけど」

「そうですか?」

「まぁ、分かんねぇでも無ぇな」

悟ったように、はいはいとジルとイレヴンは生温く頷いた。

つまり、普段のリゼルは自分がされて嬉しいと思うからこそ他者の能力を評価しがちなのだろう。そしてそれを同様に喜ばしく思えるのが、ジル達近しい人間だ。

「つかあいつ、目のクマ消えねぇんスかね」

「消す気もねぇんだろ」

「あれで健康体なんだから凄いですよね」

それから三人はシャドウが再び部屋を訪れるまで、思い思いの会話を楽しんでいた。

その店は、大通りから少し外れた位置にある。

日が落ちて暗くなった通りは、しかし人通りが途切れない。軒先から道へとランプの明かりを伸ばす店らを覗く観光客、そして店主が売り残しをゼロにしようと最後の追い込みに客を呼び寄せる屋台。

上を見れば、通りを渡すようにひかれたロープから下がる色とりどりのポスターが夜空を背景に揺れている。

「こちらだ」

先導されるままに、一つの路地へと足を踏み入れた。普段は靴音を鳴らし速足に歩く男が、その速度を相手に合わせるように落としている。

路地の両側を見れば、やはり点々と宣伝用のポスターが貼られていた。

それらを眺めながら歩いていると、然程しない内に先頭を歩いていたシャドウが足を止める。その正面には“CLOSE”の札がかかった赤い扉があった。

「閉まってんじゃん」

「貸し切りだからな」

そう言いながら、シャドウは眼鏡を外した。

リゼルが贈った認識阻害の眼鏡ではない。それを付けるとリゼル達でさえシャドウが分からなくなるので、簡単な変装をしている。

目を引くメンバーとはいえ、意外と気付かれない。それは大侵攻の際に実際にシャドウを目にしたのは憲兵が大半であるからであり、今日に限っては一層目を引く同行者がいるからかもしれない。

「いらっしゃいませ」

小さなベルの音と共に扉を開ければ、歓迎の声をかけられた。

白いシャツに黒いパンツ、そして同じく黒いエプロンを付けた妙齢の女性は、慣れ切った歓迎の笑みを浮かべたままに一瞬フリーズする。

彼女はシャドウの事を見た事が無い。だからこそリゼルという明らかに貴族な人間が現れ、もしやと思ってしまった。貸し切りに使われた名前が、大物過ぎることもある。

「おう、遅かったの」

「もう来ていたか。お前の名前を使ったが」

「良い良い、気にせん」

話し声に気付いたのか、一人の男が店の奥から歩いて来た。

外見だけならばシャドウと同じくらい、いや彼より若くさえ見えるが違う。その年齢を考えれば曲がってもおかしくない腰はピンと伸び、片手をポケットに突っ込んで歩いて来る長身はリゼルを見つけて不敵に笑った。

「向こうでも会ったが、久しぶりじゃの」

「お久しぶりです、インサイさん」

破天荒爺の名を欲しいままにするインサイが、良し良しと満足げに頷いて直ぐ手前で足を止める。

「また大層なもん引き連れて帰って来おったな、リゼル」

「俺の方が“ついで”ですよ」

「似合わんこと言いおって。ジル、剣の手入れはしとるか」

「良い加減それ聞くの止めろ」

「何回でも言ってやるわ。どうじゃイレヴン、良い子にしとるか」

「ワルイコって言われたことは無ぇ」

ならば良し、とインサイが快活に笑う。

その後、リゼル達は復活を果たした女性に揃って席へと案内された。調理カウンターに程近い六人掛けの机には、既に五人分のカトラリーが用意されている。

その内の一つには、既に訪れていたインサイの分なのだろう。ウェルカムドリンクがワイングラスの中で細かい泡を立ち上らせていた。

「あんま良い店は好きじゃねぇんだけどなァ」

「そこまででは無い。一般的な評価としては“記念日に利用するちょっと良い店”だろうな」

「貸し切りだと、普段より気を遣ってくれる店も多いですからね。そう見えるかもしれません」

「ふぅん」

何故知っている、とリゼルに突っ込むメンバーはもはや居ない。

各々、店員に椅子を引かれながら席につく。その壮観な光景に店員らは一様に遠い目をした。

マルケイドで知らぬ者は無い貿易商のトップ、老若問わず女性ならば息を呑む美貌を湛える男、絶対的に強者の風格を持つ冒険者、相手を絡め取るような独特の雰囲気と癖のある冒険者、そして明らかに貴族らしい品のある穏やかな男。

異色すぎる組み合わせに、一体自分達はどんな相手を客にしているのかと恐ろしくなる。

「ほれ、食え食え。大侵攻の時もさんざん食ったんじゃろ」

「ほとんどコイツだろ」

「ゴチでーす」

「何、飲めないのか」

「そうなんです。すぐ酔うので」

しかしわいわいと話し合う五人に“当の本人らは何も気にせず楽しそうだから良いか”と最終的に店員らの内心は一致した。現実逃避とも言う。

「あ、そういえば」

メニューに視線を落としていたリゼルがふと顔を上げてインサイを見る。

「この前、インサイさんの名前をお借りしたんです」

「良い良い、好きに使え。何じゃ、どこぞの商人にでも絡まれたんか」

申し訳なさそうに眉を下げて微笑むリゼルに、インサイは好戦的に笑って見せた。

リゼルの隣ではイレヴンが思うままに料理を頼み、ジルが思うままに酒を頼んでいる。いっそこの為の貸し切りだと言っても良い、こういう凝った料理を出す店ではイレヴン相手じゃシェフが追い付かないだろう。

ちなみにシャドウのおごりだ。他人の金で食う飯は美味い。

「絡まれたって程じゃないんです。護衛依頼を頼まれそうだったので、断る為に」

「護衛は好きじゃないのか」

「いえ。まだアスタルニアを離れる予定も無かったですし、それに」

イレヴンがたくさん頼んだし、とリゼルは手にしていたメニューを閉じた。

店員の女性がそれぞれの持つメニューを回収していく。一つだけ残されたメニューがスタンドに立てかけられる中、リゼルがゆるりと首を傾けた。

「ジャッジ君、嫌がるので」

「そりゃしょうがねぇ」

インサイは全力で同意した。

「俺としては、幾つか受けてみたいんですけど」

「却下だ」

意外な所からストップがかかり、リゼルが不思議そうにシャドウを見た。

しかし不機嫌そうに一瞥されただけで、直ぐに視線を逸らされてしまう。そのままワイングラスを傾ける姿に、これ以上言うつもりは無いという事なのだろうと追及は止めておいた。

「俺も護衛依頼はあんま好きじゃねぇなァ。ニィサンは?」

「積極的に受けたくはねぇな」

「君達はそうですよね」

可笑しそうに笑い、リゼルはアルコール抜きに取り換えられたウェルカムドリンクに口を付けた。

護衛依頼は何が一番重要かと言われると、実力以上にコミュニケーション力が必須となる。ジルやイレヴン程の実力ともなるとやる事をやってれば依頼人も文句を言えないが、通常は第一に依頼人の協力と意思疎通が不可欠だからだ。

「うちも荷馬車の護衛に冒険者使っとるが、まぁトラブルもちょいちょいあるの」

「そうなんですか?」

「そういう意見は多いな。一概に冒険者被害とは言えんが」

ふん、と鼻を鳴らしながらシャドウがグラスを置く。

同時に、出来上がったものから料理が運ばれてきた。次々と机の上に並べられる皿に、最初からこれ程頼んでどうするという視線がシャドウから飛んだが問題は無いだろう。イレヴンなら余裕だ。

「商売人はすーぐこっちの所為にしたがるよなァ。あ、これ美味ぇ」

「有難うございます、イレヴン。ジルは?」

「いらねぇ。おい、酒は」

「頂こう。……一概には言えんと言っただろう」

護衛依頼は、数ある依頼の中でも最も冒険者と依頼人の確執が多い。

冒険者からしてみれば魔物に襲われて馬車にも荷物にも傷一つ無くというのは無茶ぶりであるし、依頼人からしてみれば相応の金は出しているのだから何とかして貰わなくては困る。

どちらも正論であるが故に、報酬の変動で諍いになる事が多い。

「あ、これ美味しいですね」

「そうじゃろ。ほれ、儂の分も食え」

そんな事情など知る由も無いリゼルは、交わされる会話に不思議そうにしながらほのほのと美味な料理に舌鼓を打っていた。

「そういえば、インサイさんにもお土産があるんです」

「そりゃ嬉しいの」

ジャッジに対しての溺愛ほどでは無いにせよ、十分に孫を可愛がる祖父のような瞳を緩めてインサイが笑う。

今渡しても良いかと確認し、リゼルはポーチから一つの包みを取り出した。シャドウとは違い、中は見えないようになっている。

「どれ、後の楽しみにとっておこうか」

「気に入って頂ければ良いんですけど」

茶目っ気のある仕草で包みを揺らし、インサイはそれをポケットへと入れた。

ちなみに中身は手帳だ。商人の必需品でもあるし、人によっては使い捨てにする程に使用するのでハズレの無い土産だろう。

「お前さんから貰ったもんを気にいらん道理など無いじゃろ。なぁ、シャドウ」

「振るな」

忌々しそうに言いながら、しかし否定も肯定もしない姿にインサイはカラカラと笑った。

そしてカウンターまで下がっていた店員を呼ぶ。何やら幾つか言葉を交わし、キッチンへと去って行った店員は手や腕に幾つかの皿を乗せて戻ってきた。

「ほれ、儂からのお返しじゃ」

にやりと笑みを浮かべたインサイの言葉と共に並べられたのは、一見すると魚を使ったソテーだった。赤ワインのソースが華やかで、ローズマリーやパセリが彩りを添えている。

ただ、何の魚なのかが分からない。とりあえず食べてみようか、とリゼルがナイフとフォークを握ろうとした時だった。

「鎧鮫? じゃ、ねぇか。でもそれっぽい?」

「おお、良く分かったの」

何となく匂いに覚えがあったらしいイレヴンの言葉に、インサイは褒めるように一度二度と手を叩く。

「あれほど良いモンじゃねぇが、魔物肉で料理させたからの。約束通りの店じゃねぇが十分美味いぞ」

以前、アスタルニアで顔を合わせた際の事だろう。

魔物肉が美味しい、と告げたリゼルにインサイはとっておきの店に連れて行ってやると約束してくれた。約束の店はまた今度、と次の約束を取り付けるインサイにリゼルは嬉しそうに微笑んで礼を言う。

「これはこれで美味ぇな」

「何つーか、未知の味?」

「凄く手の込んだ味ですよね。何だか久々です」

美味しそうに食べる三人にインサイはご満悦だ。

シャドウは自らも魚料理を飲み込みながら、そんなインサイを窺う。そして小さく口を開いた。

「そんな親切な男だったか?」

「お前さんに言われたくはねぇな。どうじゃ、初めて人を食事に誘った感想は」

「却下だ。お前に言う必要は無い」

鼻で笑い、食事を再開させるシャドウにインサイはカラカラと笑い声を上げてグラスの中身を飲み干す。

幼い頃から商業国を守る事のみに興味を傾けていた男が、まさか他者へと興味を持つ日が来るとは。その成長を喜ぶように杯を空け、新しいワインを注文する。

「……という事で、何か切なげに言ってくれませんか、伯爵。シチュエーションとしては夜の川辺で、とある少女との初邂逅を」

「待て。何がどうなって私がそんな要求をされたのかを一から説明しろ」

少し聞いていなかっただけで、会話がとんでもない方向に飛んでいた。

謎の要求をされたシャドウは思わず真顔で問い返す。何かとは一体何なのか。突然の無茶ぶりに流石の商業国領主もついていけない。

「前に迷宮でそんな仕掛けがあったんです。イレヴンは大失敗しました」

「あれは俺だけの所為じゃねぇ気がする」

「だからってアレは無ぇだろ」

「迷宮っていやシャドウが絵画買ったっつう噂があったの。珍しい」

「黙れ」

「あ、レイ子爵にプレゼントですか?」

「誰がやるか」

そうして、五人の夜は賑やかに過ぎていった。

付け加えるなら店側はひたすら食べ続けるイレヴンによって貸し切りとは思えない売り上げが出た。シェフはその衰えない食欲に途中ちょっと泣いた。

更にリゼル達は結局シャドウについて領主官邸へと戻り、そこでも一杯かわしながら夜が更けるまで話していた。リゼル達が寝る時になって仕事に戻っていたシャドウは流石だ。

そして翌朝、官邸前に騎兵団一行は集まっていた。

官邸ではシャドウととある王子が別れの挨拶を交わしている。簡単なそれは数分もすれば終わるだろう、しかし姿を見せないリゼル達にナハスはそわそわと魔鳥車の前で行ったり来たりしている。

「おっとりさん来ねぇの?」

「あぁ、昨日は外の宿に泊まるとしか聞いてないからな……そろそろ王子が来てしまうぞ」

そわそわと、その口調は怒っているというより心配している。

このまま来なければリゼル達を置いて出発しなければいけない。何人かの騎兵らは魔鳥に乗ってグルリとこの辺りを探してみようかと、自らのパートナーを呼び寄せている。

その時のことだ。

「お前が見送りに来るとは、商業国の品々が大暴落を起こしそうだな」

「有り得ませんな」

玄関口から王子が姿を現した。

そしてその後ろ、漆黒の髪の下に壮絶な美貌を湛えた男が続いて出て来る。恐らくナハスは、騎兵団の中で唯一心から納得が出来た人間だっただろう。

「(“ぼくのかんがえたさいきょうのびけい”……これか)」

ちゃんとリゼルは分かりやすく教えてくれていた。

「ではまたな。次の建国祭の時にでも会おう」

「お気を付けて」

王子と呼ばれる男が護衛二人をつれ、魔鳥車へと向かう。

騎兵らはハッとして出発準備を始めた。これからの行程を王子を含め確認し、そして準備が終わり飛び立つまで後五分もあれば足りる。

もはや探しに行く時間も無いかと、気持ちを入れ替える為かナハスがグッと手を握った時だった。

「ほら、急いで下さい」

「駄目、俺目ぇ開かない」

「夜遊びしてっからだろうが」

「したんですか?」

官邸からいそいそと出て来たのは準備を済ませたリゼルとジル、そして適当ながらも辛うじて衣服だけは身に着けているイレヴンだった。

そんなイレヴンの腕を支えながら足を動かしていたリゼルが、ふとシャドウの姿を見つけて足を止める。何の変装も無く立って此方を向く姿に、本来ならば嫌がるのにと微笑んだ。

「おはようございます、シャドウ伯爵」

そして微笑みながら、凄い勢いで近付いて来るナハスを見つけて即座に覚悟を決めた。

これはもう明らかに怒られる。今回ばかりは仕方ない。自分達が間に合わなければどうなるか分からないリゼルでは無く、随分と心配をかけてしまった事を思えば素直に怒られる所存だ。

「どうしてお前らはこういう時でも緊張感が……!?」

しかし始まりかけた説教は、困惑と共に止まった。

ナハスからリゼルを遮るように持ち上げられたのはシャドウの腕。しかしリゼルが一度だけ目を瞬かせる一瞬の内に、そのかばう様に差し出された片腕はゆっくりと下ろされてしまった。

そしてナハスはハッとして、一歩下がった。

「領主様の御前で失礼を致しました」

「いや」

「もう出発だからな、早く魔鳥車に乗るんだぞ」

そう告げ、ナハスは出発準備へと加わっていった。

リゼルはイレヴンをジルに任せ、シャドウを見上げる。決して視線は合わないものの、気にせずゆるりと目を細めた。

「久々に会えて嬉しかったです」

「そうか……言うまでも無いだろうが、巻き込まれる案件は良く選べ」

「はい。色々、有難うございました」

ジルにより魔鳥車に蹴り込まれたイレヴンの声がする。

どうやら自分を呼んでいるようだとリゼルもそちらを見た。見れば、一匹の魔鳥が飛び立っていた。早朝の澄んだ空気の中に、心を煽るような羽ばたきが響く。

そろそろ行かなければと、リゼルは再びシャドウへと視線を戻し悪戯っぽく言ってみせる。

「見送りも、有難うございます」

そして魔鳥車へと歩いて行く姿を、シャドウは無意識に唇を笑みに歪めて見送った。

この場にはアスタルニア王族がいる。しかし間違いなく自分を見送りに来たのだろうと暗に示してみせた声には、傲慢も優越も無くそれを当然とする色も含んでいて。

わざとらしいそれが、しかし酷く好ましい。

「当然だろう」

応える声は届かないが、それで良い。

見上げた空に飛び立っていく魔鳥車を眩しさに眉を寄せながら見送り、そして彼はさっさと仕事の遅れを取り戻さねばと一切の未練を残さず官邸へと姿を消した。