軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

131:のんびり堪能した

魔鳥車は、屋根の四隅から伸びた縄を同じく四匹の魔鳥が牽引している。

騎兵団らの騎乗技術により一糸乱れぬ飛行をみせる魔鳥ら、そしてアスタルニアの持つ技術を結集した魔鳥車の造りにより、その揺れは想像されるより遥かに少ない。例えば魔鳥がクシャミをしちゃっても影響は無い。

そんな快適な空の旅を優雅に満喫している一人が、王族である男だった。

「つまらん」

腕を組み、足を組み、不貞腐れるように告げた男に同乗している二人の憲兵は溜息をついた。

「それ、さっきも聞きましたが」

「じっとしてるのも飽きて来た」

「さっき昼休憩が終わったばっかでしょう、大人しくしてて下さいよ」

慣れたように流す憲兵に、男は凛々しい眉を不満を表すように寄せた。

魔鳥車の中で遊び回りたいとは思わないが、それでも何もする事なく座りっぱなしというのは地味に辛い。景色を見るのも何時間もたてば面白味もなく、そして同乗者は柔らかさの欠片もない厳つい男達だ。

「これでお前達が女ならな……一刻千金な旅だっただろうに」

「あんま女遊び激しいとまた国王に怒られますよ」

咎めるように告げた憲兵に、男はひらひらと手を振り自信満々に笑みを浮かべてみせる。

「女遊びは王族の義務だろう?」

「せめて嗜みって言ってくれませんか」

そもそも子孫を残すべきは国王で、とブツブツ言う憲兵に良いじゃないかと笑い、男は開いた窓に肘をついて外を見下ろした。眼下に広がる木々は小さく、それなりの高度を飛んでいるのが分かる。

確かに、馬で行くよりは随分と速いだろう。だが普段の、 巨大馬(エレファントホース) と呼ばれる二頭の愛馬との旅の方が男にとっては好みだった。

「これで急ぎじゃなければなぁ」

勿論、魔鳥が嫌という訳では無いのだが。

頬杖をついた所為で潰れた頬をそのままに呟いた男は、ふと窓の外で後ろに下がって行った魔鳥を視線だけで追う。そういえば今回の旅では、後ろにもう一台魔鳥車が付いていたのだった。

普段は書庫に引きこもり、滅多に会わない兄が同行を許可したという冒険者。

「確か、一刀だったな?」

男は笑みを浮かべ、腕をかけていた窓から頭を出して後ろを覗く。

当然のように魔鳥車しか見えず、中に居る人物は窺えない。窓から誰かしら覗かないかと思ったがそんな様子もなく、彼は残念そうに頭をひっこめた。

「あんまり頭出さないで下さいって言われてたでしょうが」

「少しだけだろう、少し。しかし冒険者最強か、一度見てみたい」

王族である男が、その存在を知ったのは何時の事だっただろうか。

外交の一角を担う彼は、それこそ国を空けて様々な国を訪れる事が多い。それは比較的近場が多いのだが、確かその内の一国を訪ねた時だったか。

必然的に長い距離を移動し護衛を引き連れる男に、同じく外交を担当する相手が言った。

『冒険者最強を護衛で雇えれば、護衛も半分で済んで動きやすくなるかもしれませんな』

冗談めかして笑った相手に、そんな冒険者がいるのかと男は初めて知って驚いた。

気になって詳しく聞いてみれば、噂に過ぎないと前置きされたそれはとんでも無いものばかり。尾びれ背びれがついているだろうとはいえ、信じがたいものばかりだった。

「そんなこと言って、一刀に突撃すんのは止めて下さいよ」

今夜にでもこっそり近付いてみるかと、そんな事を考えていた男を見透かすように憲兵が牽制を入れて来る。

男は再び窓に肘をかけ、頬杖をついた。潰れた頬に歪んだ唇が更に笑みに歪む。酷く気障ったらしい笑みだったが、彼には良く似合っていた。

「やっぱり駄目か?」

「駄目です。何かあっても俺達じゃ太刀打ち出来ないんで」

「護衛が職務放棄してどうする」

煽る様に告げられた言葉に、しかし憲兵らは肩を竦めるだけだった。

「うちの隊長がもう、一目見た時から“ありゃ駄目だ”って放っといてますよ」

憲兵が口にする隊長が示すのは憲兵のトップ、虎の色を持つ王宮守備兵隊長の事だ。

同乗する二人の憲兵もそこに所属し、普段から王族の周辺を固める面々でもある。そんな憲兵の中でも上位に位置する彼らだからこそ、今回も護衛として付いていた。

「あの猛将がか! 何だ、一刀っていうのは噂通りの男か?」

「まさか」

憲兵が諦めたように笑い、肩を竦める。

「どんな噂か知りませんが、奴にとっちゃ武勇伝にもならんでしょうよ」

男は目を見開き、そして強く興味を煽られたようにその瞳に光を宿した。

聞いた時にはまるで信じがたいと思った噂でも、まだ一刀の強さを言い表すには足りないという。やはり会ってみたいなと、諫めるどころか煽ってきた憲兵らを恨めし気に眺めながら考える。

「とはいえ、兄上に釘を刺されているからな」

しかし直ぐにその視線も天井に放り投げられ、脱力した体が深く椅子へと沈んだ。

「アリム様ですか?」

「あぁ。昨日書庫に呼び出されて、“くれぐれも馴れ馴れしい真似をするな”と忠告された」

先手を取られた、と酷く残念そうに男は言った。

とはいえ、その忠告を軽んじることはない。アスタルニア王族兄弟は次男であるアリムの頭脳が優秀であることを知っているし、それが国益をもたらすものであると知っている。

とはいえ、言葉のままに迷惑をかけるなというだけかもしれないが。

「見送りにも来ていたろう、あの兄上が」

「ですね」

「太陽の下、外を歩く姿なぞ俺はここ何年も見てなかったというのに」

拗ねるというよりは面白がるように言いながら、男は足を組む。

褐色の肌が覗く足首には、金の装飾が幾重にも重ねられていた。それが揺れ、触れ合うことでキンッと高く澄んだ音を立てる。

「あの兄上の信頼を勝ち取ってみせた冒険者か」

やはり一度見てみたいものだと男は勝気に唇を歪め、そしてトランプでも無いのかと再び暇を訴え始めた。

パサリ、パサリと札が重ねられる音が続いている。

「昼休憩とか、前は無かったッスよね」

「王族仕様なんでしょうね」

ジャッジにより取り付けられ、普段は折りたたまれているサイドテーブルの上に不規則なリズムでそれは重ねられていく。

「前は飛びながら昼飯だったからな」

「魔鳥は人を乗せてても三日ぐらい飛べるって言ってましたし、それでも大丈夫なんでしょうけど」

パサリ、という音が数秒止んだ。そして、何事も無かったかのように再開される。

話題は二時間ほど前に終わった昼休憩の事だ。アスタルニアへ向かう時には無かったそれはリゼルの言う通りに王族への配慮で、昼食ぐらい狭い車内から羽を伸ばして貰おうと言う配慮なのだろう。

「一時間はあった?」

「丁度そのくらいだと……あ、ジル、ダウト」

「……ッチ」

伏せられようとしていたトランプを、ピッとジルの指先が裏返した。

それは確かに順を追っていた数字とは違っていて、一体何処で見抜いているのかとジルは舌打ちをしながらサイドテーブルに乗る札を全て手札へと加える。

枚数にして十二枚、まだ十分に勝ちを狙える枚数だ。相手がリゼルで無ければ、というのは始める前からジルもイレヴンも見ないフリをしている。

「宿主さんのお弁当、美味しかったですね」

「凄ぇ豪華だったな」

「何かでけぇなって思ってたんスよね」

まさかの五段弁当箱を、三人(主にイレヴン)は綺麗に平らげた。

それ程長い休憩でもないのならと魔鳥車の中で弁当を食べたのだが、正解だっただろう。あの弁当箱を布を敷いた地面に並べて食べていたらウキウキのピクニックだ。もれなく三人とも浮く。

「王子サマは何食べてたんスかね。リーダー、ダウト」

「残念」

「ッあー……」

表を見せたカードは宣言通りの数字で、イレヴンは頭をゴツリと横の壁に預けた。

そのまま脱力したように手を伸ばし、札を回収して手札を増やす。まだ増えても微々たるものだった。

「豪華な飯は出ねぇだろうな。暇ねぇし」

「シェフの同行も無いですしね」

「それって同行するコトあんの?」

「滅多にないですけど、時々」

パラ、パラと再び札が置かれていく。不規則なテンポでさえ駆け引きで、悩む仕草さえブラフで、手札を増やす一見ペナルティなそれも札の把握という戦略だった。

「んー……」

リゼルは左から右へとゆったり手札に目を通し、さてどうしようかと微笑んだ。

ジルとイレヴンはこういった駆け引きに強いので勝負していて面白い。ジルはとにかく読ませない癖に時々何かチラつかせてくる、イレヴンは嘘でも何でも表に出して相手を煽る癖に肝心な部分は隠す。

「そういや今回の日程とか聞いてんのか」

「簡単に、ですけど」

すっと柔らかな手つきで伏せた偽の札に、ダウトの声はかからない。

ここは刺して欲しかった、とリゼルは顔に出さないままにジルの言葉に答えを返す。読まれているのなら、手札が少なかろうと押し切るのは難しそうだ。

「五日?」

「いえ、順調に行って六日みたいです」

「その一日なに?」

「気流とか、そういう関係みたいですけど」

リゼルも詳しく聞いていないので分からない。

ただ行きよりは時間がかかるようだと言うと、ジル達は納得したようだった。リゼル達にしてみれば一日早かろうと遅かろうと特に支障は無いのだから、大した問題では無い。

「イレヴン、ダウト」

「ここで来るかァ」

イレヴンが札を置いた直後、声をかければニヤニヤとしながら札が表に返される。

見えた数字は宣言通りのもの、ペナルティを負うのはダウトを宣言したリゼルだ。七枚の札を回収し、手札に加える。

今までジルとイレヴンが捨てた札から、彼らの手札を予想。とはいえまだ捨て札が多いのだが。

「俺らが降ろされんのは」

「それですけど、 王都(パルテダ) まで送って貰えるみたいです」

イレヴンの次、ジルが再び一枚目をテーブルへと放る様に伏せた。

「両国から半日くらいの場所に一度キャンプを張って、サルスに使者を送る予定だったみたいで」

「あー、その間に送ってくれんスか」

「有難いですね」

サルスに送った使者が入国の許可を得て、あるいはもぎ取って帰って来るまでに一日はかかるだろう。リゼル達を王都に送って帰って来る時間は充分にある。

アスタルニア側も待機中は暇を持て余す。何せ変に魔鳥を飛ばしていては警戒されてしまうだろうし、下手な疑いはかからない方が良い。

「疑われんじゃねぇの?」

イレヴンが慣れた手つきで手札を引き抜きながら、何てことないかのように言った。

「王都に魔鳥車送るとか、そっちとも接触? してんのかって。中身俺らだけど」

「まぁ今、組まれちゃ厄介だろうな」

商業国(マルケイド) に半人為的な大侵攻を起こされたパルテダール、そして魔鳥騎兵団への攻撃行為を受けたアスタルニア、この二国が今接触すればサルスは何を思うのか。

心中穏やかにはいられないだろう。その両パターンで原因がサルスにあるとは公開されていないのだから戦争までは行かないだろうが、敵国扱いされては堪らない。

「そこは、あえて疑わせたいんだと思います」

可笑しそうに笑いながら、リゼルは頬にかかる髪を耳へとかけた。

ジルとイレヴンの視線が説明を求めるように向けられる。リゼルが気付きながらも乗っているのなら害は無いのだろうが、知らずに巻き込まれるのは好きではない。

「俺達が使者達から離れて王都に向かう事はきっとサルスも気付くでしょう。けど、一日程度じゃその真意までは探れない」

「あー……仮にもアスタルニアの王族を外で待たせっぱなしにはできねぇか」

「じゃあ情報戦は圧勝ってワケね」

サルスはアスタルニアがどんな手札を持っているのか予想が出来ない。

そうなると出せる手も途端に弱腰となる。元々不利な立場に立っているのに、更に揺さぶりをかけられては上手く立ち回るにも限界があるだろう。

「乗ってるのは俺達っていうのもポイントです」

「大侵攻ん時もいたから?」

「そう。上手く行けば騎兵団に運ばれてるのが俺達って事までは分かるでしょうけど、そうなったらそうなったでサルスは大混乱でしょうね」

何せ大侵攻で支配者を挫いた冒険者、その本人らが騎兵団の護衛をつけ王都に戻ってくるのだから。

あまりにも思わせぶりなそれを、まさか善意での足代わりとは思わずサルスは探り続ける筈だ。有りもしない真意探しを、アスタルニア騎兵団の対応と平行して進めなければいけない。

「でも実際はタイミングが合ったから送って貰っただけだし、アスタルニア側は何も後ろめたい事がありません」

「それって布の塊が考えたんスか」

「多分、有利に事が運ぶだろうなぁっていうのは知ってたと思います」

実際、アリムはそういってリゼル達の同行をこじつけた。

そう、こじつけただけだ。結果的に有利になるのは知ってたしアスタルニアにとって良い事だとも思っていたが、先立つのはやはりリゼル達を送ってやろうという善意に他ならない。

それをきちんと分かっているリゼルは、嬉しそうに目を細め手札を伏せた。

「知ってた、ね」

「考えてたじゃねぇんだ? まぁ、何となーく分かるけど」

ジルが呆れたように呟き、イレヴンは愉快げに唇を歪めた。

国にとっての最善を求めると自身の望みを果たせるのだから、さぞアリムも心満たされた事だろう。その感情は、二人にも良く良く覚えがある。

「でもリーダーあれじゃん。行きん時は子爵サマの手ぇ借りねぇとか言ってたのに」

ふっとイレヴンが何かを思い出したように言う。

確かにアスタルニアを訪れる際はレイの手を借りないでおこうと、ヒスイのSランク冒険者が持つツテを辿った。

「あれは、俺を通してパルテダールが疑われるかと思って」

「あぁ、そういう事か」

相変わらず気遣いに長けた男だと、そう内心で呟きながらジルが手札を捨てる。

テーブルの上にはそれなりの枚数が溜まり始めていた。今この札の山を引き取れば、まず間違いなく敗北は避けられないだろう。

「何、今回は良いの?」

「だって今回は俺が関わった事、サルス側は分からないでしょう?」

「ん、んー、あー……そゆこと」

リゼルが関わった事を知るのは、アスタルニア側でもかなり人数が限られる。それがどれ程なのかは、今回同行する王子も知らないといえば分かりやすいか。

リゼルの関わりを知ろうと思うと、そこには必然的に地下通路がついてくる。アスタルニアの最高機密であるそれが他国に知られる事など有り得ず、結果リゼルも秘匿される。

「可能性としては上がるかもしれないけど、ちょっと信憑性が無いですね」

「でもアレ返すんじゃねぇの、捕虜」

「どうだろ、結構キツめにやったけどなァ」

イレヴンが考えるように頤を上げ、手札を見下ろし平然と告げる。

「ケーアイする師っつーの見て、発狂繰り返すぐらいには」

ピッと指先で弾かれた札がテーブルの上を滑り、積まれた札の隙間に挟まって動きを止めた。

ナハス達は信者らが大分落ち着いてきたという。そして今回の、あるいは今後の交渉によってサルスへと帰す予定だと言っていた。

帰った彼らは、果たして。自ら望んでか、それとも恐れ多くも支配者からか、一切顔を合わせないと言うことは無いのだろう。

「それ、支配者さんのトラウマも抉りそうですよね」

「えー?」

「だってイレヴン、ぐちゃぐちゃにしてたじゃないですか」

「てめぇは本当にえげつねぇな」

ニヤニヤしているイレヴンは敢えて狙った感がある。

相変わらず人の嫌がる箇所を的確に刺しに行くスタイルだ。いっそ凄い。

「で、何だっけ。そんで? 俺らの所為でアスタルニアが疑われるコトなさそうって事?」

「そんな感じです」

リゼルは頷き、一枚の手札に手をかける。

悩んでそれを止め、隣の札をテーブルへと伏せた。残り手札、二枚。

「乗ってるのが俺達って事で警戒はされるけど、その警戒が向くのはアスタルニアじゃなくてこっちでしょうし」

ジルとイレヴンの視線が一瞬交わる。

それはダウト宣言の押し付け合いだった。宣言して外したら積まれた札を全回収、ここまで札が溜まるともう気軽にダウトを口にする事は出来ない。

「その程度なら、今までと別に変わらないでしょう」

しかし当然のように穏やかに、そして清廉に微笑みながら告げられた言葉に二人の視線は自然とリゼルを向く。

サルスという魔法大国に目を付けられるのを“その程度”と言い切るそれは、まさしくリゼルが高位に立つ貴族であるという証明だった。

無謀でも、無知でも、それこそ勇猛でも賢明でも何でもない。国を導き国を相手取るのが彼にとっての日常であったのだから、今更というだけのこと。

「流石っつーか何つーか」

「結局のとこ“魔鳥車使えて楽”っつうのに落ち着くんだろ」

何処か機嫌が良さそうなジル達が札を伏せていくのに笑い、リゼルも手札から一枚引き抜く。残り、一枚。

「「ダウト」」

かけられた言葉に、リゼルは躊躇いなく置いたばかりの札を返した。

それはクローバーのクイーン、まさしく出すべき数字に違いが無い。やっぱりと、ジル達は脱力したように天井を仰ぐ。

「どっちが先に言いました?」

「ニィサン」

「てめぇだろうが」

先に宣言した方が札を引き取らなければいけないので、擦り付け合いだ。

リゼルには同時に聞こえたので良く分からない。恐らく先に宣言したくない両者がギリギリまで粘って口にしたからこそ、そのタイミングが一致したのだろう。

「まだ一枚残ってるんですけど」

「お前それ絶対刺せねぇ奴だろ」

「リーダーが最後の最後にそんなん残すはずねぇじゃん!」

決めつけながら言い返す二人に、リゼルは可笑しそうに笑った。

これは信頼されているのかどうなのか。それだったら嬉しいけどと、熾烈なジャンケンを繰り返しているジル達を眺める。手元が見えない。

誰か一人が上がった時点で、残りは手札の枚数で順位を決めるのがリゼル達のルールだ。ジャンケンの負けが最下位の座へと繋がる。

「ホイッ、ホイッ、ッッホイ! ッしゃぁ!!」

「くっそ……」

振り下ろした拳の勢いのままに力強く喜ぶイレヴンと、眉間に思い切り皺を寄せたジルの対比はなかなかに面白かった。

「そんなにハードル上げられると、抜けられなかった時すごい恥ずかしいですね」

「今更何言ってんだよ」

ジルはもう大量の手札を持つ気がないのだろう。

積まれたままの札を手でずるずると机の端に寄せている。どうせ次のリゼルの番で終わるゲームだと思っているのがひしひしと伝わってきた。

「しっかしアスタルニアも煽るよなァ」

「実際、攻め時だと思いますよ。俺でもここは煽るでしょうし」

どうせ何を出しても同じだろうと、イレヴンがぺいっと適当な札を放った。

「お前だったらどうする」

「俺だったら、そうですね」

リゼルはゆるりと微笑み、次にジルが札を出したのを見る。

もはやジルは手札もテーブルに積まれた山に混ぜ、数字を見もせず札を手にとっていた。イレヴンの札の上、雑に重なったそれを見下ろし唇を開く。

「煽った先で自滅してくれるのが、一番無難かなって思います」

アスタルニアは好きじゃなさそうだけどと付け加えながら、ふとその笑みが深まった。

「ダウト」

「あ?」

イレヴンがぽかんと口を開け、ジルが今更何をと怪訝そうに眉を顰めながら二枚しかない札を回収し、そして直後二人は気付いたかのようにそれぞれ顔を覆う。

痛恨のミスを嘆くその仕草に、リゼルは悠々と一枚も札が残っていないテーブルへと最後の一枚を伏せた。さてどうすると、揶揄うように目を細めて二人の様子を窺う。

「あーこっちかよ……! さっき黙っときゃ良かったぁー!」

「もう良い、てめぇ言え」

「そりゃ最後の一枚だけどさァ、意味ねぇじゃん!」

ぎゃんぎゃんと悔しがるイレヴンを煩ぇと切り捨てながら、ジルは全てを諦めたように膝に肘を突きながら片手を伸ばした。

一枚だけ伏せられている札を捲れば、そこにあるのは偽りの数字。しかし次のリゼルの順に一致するそれは、例えここでダウトを宣言されようとリゼルの勝ちが揺るがぬ事を示している。

「レベルの高ぇ無難があったもんだな」

「煽られてんの気付かせねぇトコが特に?」

「お褒めに預かり光栄です」

戯れるように言葉を交わし、三人はさて次は何をしようかとテーブルの上のトランプを集め始めた。

その数時間後、トランプにも飽きたリゼル達は思い思いの方法で暇を潰していた。

本を読み、外を眺め、そしてぽつりぽつりと夕食は何だろうとか此の先に温泉が湧いている場所があるとか会話を交わす。じき夕方になるだろう時間は、その声に少しの眠気を滲ませていた。

その時の事だった。

「―――ッ!!」

ふいにイレヴンは目を見開き、反射とも言える速度で隣に座るリゼルの口を塞ぐ。

そして一体何をと思う間も無く、グラリと魔鳥車が大きく揺れた。同時に外からけたたましい魔鳥の鳴き声と、それをなだめる騎兵らの声が聞こえる。

「おい」

転がり落ちるのを防ぐためだろう、向かい側からリゼルの脚を縫うように椅子へと足をかけたままジルがイレヴンへと声をかけた。その視線は何かを辿るように外へと向けられており、空気が耳鳴りを感じるほどの緊張を孕む。

いまだ名残に揺れる魔鳥車の床には、リゼルの読んでいた本が開いたままに落ちている。

「……イレヴン?」

押し付けられた手が緩み、リゼルは囁く様にその名を呼んだ。

そっと窺えば、静かなほどに集中した視線が虚空を睨み付けている。その頬に一筋流れた汗が、彼の心中を表しているようだった。

「無事か? 揺れたな、すまない」

その時、ふいに窓の外から声がかかった。

どうやら騎兵団全体が進行を止めているようだ。羽がある為に直ぐ傍には寄れないが、限界まで近付いた姿とぎりぎり聞こえるほどまで潜められた声がまだ事態が収束していない事を告げる。

「何がいる」

「なんか、すっげぇヤバイ」

「分かるか、流石だ」

低い声で問うたジルは、何かを察しているようだった。

そしてイレヴンも。こちらは魔鳥が気付いたのと同じ理由なのだろう。

「竜だ」

生物の本能に直接訴えるほどの、その強大な存在を察して思考を放棄し動いた。

「この先の渓谷を住処にしている奴がいる。何年かおきに塒を移動してるんだが、どうやら帰って来ているらしい」

ナハスの後ろでは、騎兵団隊長を中心に何騎か固まって話し合っていた。

その内の一騎が、一つ羽ばたき塊を離れる。滑るように前方へと移動したのは、王族である男へと事態を報告しに行ったからだろう。

「このまま奴の上空を通過する。声を立てず、刺激をするな」

真剣な目をして告げられたそれを、王族も今聞いている筈だ。

「迂回はしない。じき日が落ちれば飛行が困難になるだろう、この辺りで野営出来そうな場所もない」

「古代竜か」

「ああ、こちらから仕掛けなければ何もしないだろう。多少は進路もずらすし、高度も上げる」

古代竜、それは古くから存在する竜の事を言う。

一切弱る事のない強大すぎる程の力が、年老いたと言うのを許さない。ある所では彼の存在が支配する場所を聖域と呼び、ある所では彼の存在を災害と呼び、その余りの力に周囲は一切敵対しない。

迷宮で出る魔物とは全く別次元の存在、それが古代竜だった。

「二分後に出発、その後五分もすれば接触する。良いな」

そう言い残し、ナハスは他の騎兵らに合流していった。

そのまま数秒の沈黙の後、ふいにリゼルが身を屈めて落ちてしまった本を拾う。広がり落ちた本は、ページに折り目を残していた。

「……そういや居たなァ、ここらの渓谷縄張りにしてんの」

深く息を吐き、肩の力を抜きながらイレヴンが口を開く。

未だその存在に本能がガンガンと警告を鳴らしているが、気は楽になったのだろう。無意識に手を添えていた剣を離し、固まりかけた手首をヒラヒラと振っていた。

「リーダーだいじょぶ?」

「俺はまだ全然分からないので。それを言うとジルが気付けるのが凄いです」

「何となく分かんだろ」

リゼルは竜が居ると言われても、まだ距離があるからか何も感じない。

しかし本能の強い獣人であるイレヴンが気付いたのは分かるが、何故ジルが気付けているのか。その何となくが本能なのかどうかも分からない。

「でも古代竜で良かったですね」

「怒らせたら洒落になんねぇけどな」

若い竜は好戦的な個体が多い。

無差別という訳では無く、多くは縄張りに入られたり敵意を向けられたりといった時に限る。だが魔物を餌とする個体が各地を転々とする事もある為、無関係な人間が襲われる事もゼロでは無い。

しかし古代竜は、縄張りに侵入されようと敵意を向けられようと関与しない。そこを荒したり、実際に攻撃を仕掛けられない限りは。

「向こうで会った事があります」

決して色褪せないものを瞼の裏に映すように、リゼルは微笑み目を伏せた。

「一つの世界が、そこにあるようでした。彼らが唯一の、完成された存在なのかも」

古代竜にとって、ほとんどの事は感知せずとも良い事柄なのだ。

旗を突き立てられた大地が痛みを訴えないように、洞に小鳥が巣を作ろうとも大樹が変わらず在り続けるように。彼らは在ろうとするように在る。

「お、動いた」

ぐらりと揺れた感覚と共に、外の景色が動き出した。

どうやら二分たったらしい。竜に怯える魔鳥をそちらへ向かわせるなど、余程の訓練と信頼関係が無ければ出来ないだろう。

「リーダーんとこにも居たんだ?」

「はい。国内にも一匹いて、とある山の大きな湖が縄張りでした」

「水場とか意外と聞かねぇな」

「そうなんですか? 水の底で眠ってて、白い鱗がとても綺麗でしたよ」

リゼルが唯一会った竜というのが、その竜だ。

日々のほとんどを美しい水の中で過ごし、その身に纏う魔力は湖にも溶け出していた。山頂近くにある湖から山全体へと沁みわたる水は生命を育み、豊かな実りを齎す。

リゼル達の国ではその竜は豊穣の象徴として恐れられながらも尊ばれていた。竜からしてみれば覚えも無ければ知りもしないが、信仰の対象というのは得てしてそういうものなのだろう。

「そういうのって古代竜がいりゃ何処もそうなんスか」

「いえ、きっと魔力の質が関わってるんじゃないでしょうか」

「俺らみたいに風とか闇とか?」

「多分そうだと思うんですけど」

うーん、とリゼルは考えるように小さく首を傾ける。

迷宮産を除けば、竜というのは全体数からしてそもそも少ない。まだまだ謎が多い生物で、文献も伝説のような物語しか残っていなかった。

「ジルが戦ったのは若い竜なんですよね」

「ああ」

リゼルの言葉に古代竜の可能性が微かも含まれないのは、実力に関する事ではない。

なら何故若い竜だと決めつけたかというと、古代竜というのは一種の環境だからだ。失われた時の影響は計り知れず、そんなものにジルは手を出さないと知っている。

しかし、それはジルの勝利を妄信しているからではない。何処までも冷静に可能性として想定するリゼルに、ジルは呆れ半分に光栄な事だと内心で呟いた。

「依頼?」

「Bに来ねぇよ、そんなもん。別の魔物と戦り合ってた時に乱入された」

「乱入、というと」

「でかい岩蛇だったからな、獲物だと思ったんだろ」

とぐろを巻く姿が巨大岩に見えることから岩蛇と名付けられた魔物は、とにかく大きい。

竜にしてみれば食いでのある獲物だろう。そんな獲物が岩に擬態することなく何者かと暴れていれば、例え高速で飛行していようと目につく筈だ。

「上から蛇に喰い付いてきた時に、咄嗟に戦意向けちまったからな。そのまま戦闘になだれ込んだ」

まさか竜だとは思わなかったらしい。

あの頃はまだまだだった、と苦々しそうにしているが結果として勝利を収めているのだから凄い。

「何回か手足千切れたんだっけ?」

「完全に千切れてはねぇよ」

「それ、長期戦だったんじゃないですか?」

「丸一日はかかったかもな」

ジルの話に興味深そうにリゼルが頷いていた時だった。

キュオ、と魔鳥の澄んだ鳴き声が一つ響く。ナハスから聞かされた通り、ここからはもう声を出す事も禁じられる。

互いに視線を交わしながら、魔鳥車の中に沈黙が訪れた。リゼルは数度瞬き、そっと窓の外を覗き込む。

「(ここが、大渓谷)」

微かに緊張を孕みながら空を駆ける騎兵たちの下、まるで世界を裂くような巨大な渓谷が地の果てから続いていた。隙間なく生い茂る木々がそこだけ途切れ、荒々しい断面を晒している。

眼下に広がる壮大な光景に、感嘆する様に小さく息を吐く。アスタルニアを訪れる際には見逃した光景だ。

「(もうすぐ)」

徐々に速度を上げていく一団が、渓谷の上へと差し掛かる。

そこで、ようやく谷の底が見えた。幅は広く、無骨な岩々が転がる。だが良く良く見れば岸壁にもそれらの岩々にも、谷底に差し込む光を反射するものが突き出しているのが見えた。

この渓谷は大規模な鉱脈、それらの原石が野生のままにその身を晒している。

「…………、……」

そしてリゼルは、目にした存在に無意識に開きかけた唇を噤んだ。

高度を上げて飛んでいるにも拘らず、まるで目の前にいるかのような存在感。空気が圧力を持って押してくるような、圧倒的なまでの存在の強さ。

その表面を覆う鱗は一枚一枚にまるで夜空を押し込んだかのような漆黒で、星々のさざめくような煌きを宿していた。その鱗一枚を以ってしてまさしく夜空のように、全く手の届かない次元にあると思わせる。

「目、見ないで」

隣に座るイレヴンが、いつの間にか後ろからその身を寄せて耳元で囁く。

極限まで潜められた声は、先程までの緊張が無かったかのように自然体だった。それが彼の強者を最も刺激しないことを、本能で知っているのだろう。

「景色の一部として視界に入れて、意識を向けないように」

リゼルはその言葉に従う。見るのを止めようとは思わなかった。

竜は鉱石や宝石の原石を積んで作られただろう塒で、体を丸めて寝ているように見える。視界の中では距離もあって僅かな動きなど知りようが無いにも拘らず、その呼吸が空気を震わせ伝わって来るようだった。

「……」

一瞬、視線だけでジルを窺う。

彼は自然に腕を組み彼の存在を見下ろしていた。何処までも静かに凪いだ瞳は、まさに竜の瞳に似ているのかもしれない。

その時ふいに、ズ、と空気がずれるような重圧を感じた。腹の底に氷が落ちたような冷たさ、そして落下の寸前に感じるような、一瞬内臓が浮くような感覚。

竜がゆっくりと頭を持ち上げ、此方を見上げていた。

「(凄い)」

まるでその瞳が数センチ動くだけで地を震わせるような、その巨躯から伸びる前脚を数センチ浮かすだけで地深く根を張る巨木が引き抜かれるような。それ程までの力強さ。

恐怖を通り越し、畏敬の念を抱くまでの強者が其処には存在していた。

そして竜は、グゥと持ち上げていた首を再び下ろす。固まった筋を伸ばすよう伏せながら広げられた翼は、一度二度震えて元の通りに畳まれた。

その姿が、岸壁の向こうに消えていく。

「やっぱり、綺麗」

邂逅は、時間にして数秒だっただろう。

今まで息を止めていたのかと自分でも分からなくなるほど、ゆっくりと息を吐き出しながらリゼルは笑みに緩んだ口元から声を零した。あっという間に通り過ぎたとは思えないほど、濃密な時間だったように思う。

「あー……ああいうのはホント勘弁……」

「てめぇスリル好きだろ」

「んな次元じゃねぇよ」

ぐで、と力を抜いたイレヴンがもたれ掛かって来る。

リゼルはそれを受け入れ、助言に対し礼を言うようにその肩を叩いてやった。外からは勇敢な相棒を労い褒める騎兵の声が其処かしこから聞こえてくる。

「でも、思ったより凄い鉱脈ですね」

「あ?」

「鉱石も宝石も、魔石も多そうです」

いっそ幻想的なまでの光景を作り出していたそれらの原石を思い出し、リゼルは成程と頷いた。あれが古代竜による恩恵なのか、元からそうであったのかは分からないが。

「古代竜がいなければ、鉱脈を巡って戦争が起きても不思議じゃないくらい」

彼らは何も知らない。在りたいように在るだけで、人の世になど興味はない。

それでも、その存在は膨大な影響力を持つ。戦乱を齎すか戦乱を収めるか、国が亡ぶか栄えるか、荒野と化すか森を築くか。

そんな存在のお陰で平穏が築けているのだとしたら、何とも面白い事だ。

「職業病」

「ジルはすぐそうやって言います」

「そういや何かこっち見てた?」

「あれはこっちっていうか、“何となく空を見てみたら鳥が飛んでた”くらいだと」

「「あー」」

こうして一行は無事渓谷を越え、予定通りの場所で野営地を築くことに成功したのだった。

その晩、騎兵団の野営地の中をうろうろと彷徨う影があった。

王子と呼ばれるその男は、何かを探すように周囲を見渡している。その姿に気付いたのだろう、王族同行で少しばかり抑え気味とはいえ騎兵団の面々と酒を飲んでいたナハスが声をかけた。

ちなみに男の護衛である憲兵らも適当な所に混じって酒を交わしている。

「王子、探し物ですか?」

「いや、噂の一刀が見れんかと思ってな」

「ああ」

アリムの忠告は守るが見るだけなら良いだろうと言わんばかりの男に、ナハスは少しばかり複雑そうな顔をしながら頷いた。

「奴らなら近くに温泉があるとかで出かけております」

「何だそれは、羨ましいぞ」

「月見酒、と酒を数本とっていきましたので暫く帰って来ないかと」

「くっ、何とも無念千万だ……」