軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

107:出る事に意義がある

「“ギルド主催・パーティ対抗団結力試し大会”、ですか?」

「ああ」

いつも通り依頼を受けにギルドを訪れていたリゼル達は、依頼受付手続き中に告げられた言葉に首を傾げた。

魔道具で手続きを続けるスキンヘッドのギルド職員が、手元から視線を外さないままに頷く。何処となく諦めの空気を纏っているのは気のせいか。

「ギルド長の思い付きで明日やる事が決まってな、急なもんで参加者を急いで集めてんだ。お前らが出んなら話題性もあって客も集まりやすいだろ」

客寄せ扱いされている。

しかしアスタルニアの冒険者ギルドはギルド長の趣味なのか何なのか、面白いことをやるものだとリゼルは頷いた。以前、劇団“ Phantasm(ファンタズム) ”の団長から聞いた魔物の人気投票と言い、船上祭の迷宮品展示といい国民へのアピールを欠かすことが無い。

人気取りと言ってしまえば身も蓋も無いが、ようは血の気の多い冒険者だけど宜しくねという事なのだろう。親しみを持って貰うに越したことは無い。

「でもこういうの、ジルが嫌がるんですよね」

一番客引きになるだろう“一刀”なのに、とリゼルがちらりとジルを見上げる。

案の定嫌そうな顔を返され、やっぱり無理かとリゼルはほのほのと笑った。どうしても出たい理由が無ければ無理強いするつもりはない。

「いや、出るだけなら二人から出れんだ。元々幾つか種目があって、パーティ内からその種目が得意な奴ら二人を選んで出てもらう予定だからな」

パーティといってもそれぞれ人数は四人・五人・六人と様々だ。規定人数を定めるにも難しく、それならば最低二人はいるんだしと二人一組の競技だか種目だかで団結力を試されるらしい。

内容が気になったリゼルがそれとなく尋ねてみたがやはり教えては貰えなかった。公平を期すためだとか言っていたが、実はまだ決まっていないのではとリゼル達は思っている。

「どうだ、出る気になったか? 参加料は銀貨一枚かかるからな」

「リーダー出てぇなら俺と出る?」

手続きが終わったのだろう。職員から差し出されるギルドカードを受け取り、リゼルはにんまりと笑って此方を覗きこんで来たイレヴンにどうしようかと微笑んでみせる。

基本的にノリの良いイレヴンは、こういうのを嫌がらない。とはいえ特に目的もなければ積極的に参加したいと言い出すタイプでも無いので、リゼルが出ないならば興味は無いのだろうが。

「出てみましょうか、楽しそうだし」

「ん、りょーかい」

「ジルも見に来て下さいね」

「見るだけならな」

そう話し合うリゼル達に良かった良かったと職員は頷きながら腕を組み、顎鬚をざりざりと指でなぞる。これで急な開催とはいえ観客の数も増えるだろう、元々祭り好きな国民達は催し物があれば集まるが大会の目的を考えれば数は多ければ多い程良い。

「開始は朝十時の鐘だ、参加料はその時に集めるからな」

「分かりました」

開催場所などの簡単な説明を終え、去って行くリゼル達を職員は眺める。

三人が仲が良いのは知っている。仲が良いと言うと何か違和感があるような気はするが、パーティを組んでいて仲違いしないのならば冒険者的には相当仲が良いと言えるのだから間違いではないか。

しかし、と思う。仲が悪い訳ではない、互いに互いを認めているのも分かる、だがそれでも思ってしまうのだ。

「(あいつら団結力無さそうだよなぁ……)」

参加を促しておいて何だが、どうにも個人主義で連携を取るようには見えない三人に職員は顎鬚をなぞりながら何とも言えない顔をしていた。

海に面したアスタルニアには二つの砂浜がある。

王宮を中心に港が広がり、その更に外側にある北側と南側の砂浜だ。どちらも白く美しい砂浜と青い海が広がり、国民らに親しまれている遊び場でもある。

普段ならば子供達が駆け回り、大人たちも海に飛び込み、恋人達が練り歩く南の砂浜が今日は老若男女問わず人に溢れていた。砂浜のど真ん中を陣取る様に“ギルド主催・パーティ対抗団結力試し大会”と大きく書かれた布が大きく掲げられている。

「結構人が集まってますね」

「凄ぇ宣伝してたしな」

呆れたように言うジルに、リゼルは可笑しそうに笑う。

昨日依頼を受けてギルドの外に出てから馬車の停留所に行くまで、其処かしこでギルド職員が必死にこの大会を宣伝していた。宣伝内容に有名パーティの参加を告げる者もいて、何故か既にリゼル達の名前も上がっていたのだから不思議だ。

溢れる人込みと、ギルドが呼んだのか勝手に集まったのか屋台や歩き売りで物を売る商人らを眺めながらリゼル達も砂浜に足を踏み入れた。

「サンダルの隙間から砂が入って来てざりざりします」

「そんなモンっすよ」

ケラケラと笑うイレヴンに、そんなものなのかとリゼルは足元を見下ろした。

今までサンダルなど一度も履いたことは無い。皮で作られたそれは素足が見える作りをしていて、場所が砂浜だと聞いた為にイレヴンが用意してくれたのだが慣れないなと思わず苦笑する。

しかしイレヴンが用意したのはサンダルだけでは無い。今日という日の為に、砂浜で動き回っても違和感が無い服装を頭のてっぺんから足先まで全て用意した。お陰で今日のリゼルはわずかに足首も出ている。

「安っぽいカッコ似合わねぇもんなァ、リーダー。俺凄ぇ頑張った」

「場違い感は無くなったんじゃねぇの」

「でっしょ」

割と好き放題言われているような気もする、とリゼルは苦笑した。

しかし参加する冒険者達を見渡すと流石に今日は装備を脱ぎ捨て軽装で、アスタルニアの男達は普段から半裸のような格好でいる者も多い。確かにいつもの格好では場違いだったかもしれないと素直に感謝した。

それを示すように歩きながらもイレヴンへと手を伸ばすと、頬に触れる寸前の掌にぐりぐりと硬い鱗の感触が押し付けられる。微笑みながら掌を髪に滑らせ撫でれば、心地良さそうに細められた瞳が此方を向いた。

「気に入った?」

「勿論」

笑えば、返って来るのは満足げな笑みだった。

リゼル達はそのままぎゅむぎゅむと砂を踏みしめながら人込みへと向かう。参加冒険者の受付は何処か詳しくは聞いていなかったが、恐らく人が集まる方へと歩いて行けば見つかるだろう。

「ジルは本当に出ないんですか?」

「出ねぇ」

「あ、でも参加登録だけでもしておけば近くで見れますよ」

観客と冒険者の間に特に仕切りの様なものは無い為、距離は随分と近い。しかしジルが観客に紛れて見物するのは暑いし嫌だろうと、リゼルは参加する冒険者達に宛がわれるらしいスペースを指差した。

待機や休憩スペースなのだろう。観客席にかぶらない位置に布が引かれ、更に簡単な布の日除けも作られていて少しは涼しそうだ。

普段から温暖なアスタルニアだが、今日が快晴という事を差し置いても砂浜に立っているだけで普段より暑く感じてしまうのは何故なのか。

「どうですか?」

「……登録だけだ」

ジルは暑さに負けた。

「はーい大会に参加する冒険者の方はこっちでーす! まもなく参加募集を締め切りまーす!」

「リーダー俺飲み物買って来る」

「じゃあ先に登録だけしておきますね」

恐らく飲み物以外にも色々買って来るだろうと思いながらイレヴンを見送り、リゼルは名乗るだけの参加登録と参加料を三人分渡した。恐らくリゼルとイレヴンのみの参加だと聞いていたらしい職員が銀貨三枚とリゼルを何度か見比べていたが、直前に参加を決めても参加出来るぐらいなので問題は無い。

それなりの人数が参加しているようだなんて話しながら待機スペースへと向かっていた時だった。

「あっ」

「え?」

ふいに聞こえた声に、すぐ横で大分集まっている観客の方を見る。

見知った顔はなく、一瞬気の所為かと思ったがジルに下だと腕で促され視線を下げた。二列目、三列目が出来始めている観客らの一番前で、ストローを咥えてしゃがんでいる見覚えのある二人が此方を見上げている。

相変わらず仲が良いことだ、と思いながらリゼルは立ち上がる団長と小説家の二人組へ微笑んだ。

「こんにちは、船上祭以来ですね」

「え? あっ、う、うううううん、そうなのかな……ッ」

「今日は一緒で良かったなコンニャロッ……」

語尾を小さくしながら何かに悶えている二人を一体何がと思いながら見る。その後ろではジルが呆れつつも、さり気なく視線を逸らしていた。

一通りジタバタして何かを発散したらしい団長達が、手に持つドリンクを飲んで大きく息を吐く。落ち着いたらしいと頷き、リゼルは会話を再開させた。

「今日は二人で観覧ですか?」

「つーか場所を変えて打ち合わせだなコンニャロ。次の台本で冒険者もの書かせるから、冒険者見ながらなら何か浮かぶだろって見に来た」

「小説にも生かせるかなって。普段、あんまり堂々と冒険者見れる時って無いから」

劇団員と小説家の二人だからか、この二人が揃っている時は大抵仕事の話をしている。

船上祭の時も軽く話したが大抵はアレが台本に使えるだのコレはネタになるだのと話していた。気は合うのだし仲が良いのは確かだろうが、これで良いのだろうかと思わないでも無い。

しかし何事も一生懸命なのは良いことだ、とリゼルは一つ頷いた。

「今日出るんだね、応援してるかなって!」

「出るようには見えなかったけどな。頑張れよコンニャロ」

「知り合いに見られてると緊張しますね」

緊張など欠片も見せない顔で微笑み、そろそろ始まるらしいと去って行く後ろ姿を流石だと思いながら団長達は再び砂浜の上にしゃがみ込んだ。ちなみに小説家は足を揃えてしゃがんでいるが団長は遠慮なく広げている。

そんな二人は何か楽しそうに話している後ろ姿を何とも無しに眺め、カシカシとストローを齧りながらポツリと呟いた。

「……あいつら絶対団結力無ぇだろコンニャロ」

「しっ」

誰しも思うことらしい。

朝の十時の鐘が鳴り響く。

人々が楽しそうに見物する砂浜の真ん中に、ふいに一人のギルド職員が歩いて来た。丁度全員が見渡せる位置に立ち、手に持つ魔道具を口元に当ててもう片方の手は背中へと回した。

足を肩幅に開き、すぅっと大きく息を吸う。ざわりざわりと熱気が高まる空気を胸一杯に吸い込むと、真剣な顔をして真っ直ぐに正面を向いた。

『本日は快晴に恵まれ皆様には益々ご健勝の……なんて言うと思ったかオラァァァ! 盛り上がってるかアスタルニアァァァァ!!』

静かな滑り出しは天を仰ぐ咆哮になり、高まる期待を爆発させた。

砂浜を震わせる程の大歓声が冒険者や観客問わず上がる中、砂浜に敷かれた少しは涼しい魔力布に腰を下ろしたリゼル達三人はのんびりとその光景を眺めている。イレヴンによって買い与えられたアイスコーヒーを飲みながら、リゼルはひたすら周囲を煽っているギルド職員が持つ魔道具を眺めていた。

「拡声器も色々な形がありますね。 魔鉱国(カヴァーナ) で見た物とは全然違います」

「あそこは職人のオリジナルが多いからだろ。そう出回るモンでも無ぇけど、あれが一般的なんじゃねぇの」

成程、と頷いて手に持つカップをくるりと回す。小さく氷同士がぶつかる音がした。

『今日の解説兼実況はギルドの広報担当の私が担当いたします。それではまず今回の大会の説明から行きましょう』

説明は大体先日聞いたままで、恐らく見物客向けの説明なのだろう。

一つの競技に最低二人一組を選出すること。競技は幾つか行われること。ルールはその都度説明すること。余程の事でなければ反則行為とはしないが揉め事は起こさないこと。

そして優勝者は今日集めた冒険者らの参加費が総取り出来るということ。

「そういえば賞品について聞いてなかったですね」

「勝った奴が総取りとか賭け場みてぇッスね」

「そりゃ昨日今日でまともなモン用意出来る筈無ぇだろ」

ギルドにしては参加費が高いと思っていたが、もしや銀貨にしたのは賞金として見栄えが良いからだろうか。

何となくギルド長の発案な気がする、と思いながらリゼルは飲みかけのアイスコーヒーをジルに渡す。そろそろ最初の競技が始まるだろう。

『それじゃあ一つ目の競技を発表します。その薄っぺらい脳みそに叩き込め冒険者共!』

冒険者達からドスの利いた物凄いブーイングを喰らっている。流石ギルド職員と言うべきか、美しいまでの聞こえない振りだ。

『第一競技、その名も“互いをよく知る借り物競走”! まず一人目が合図と共にスタートし砂浜に並べられた五つのカードを奪い合って貰います。カードにはそれぞれもう一人のパートナーに関する問題が書かれていて、左から右にかけて難易度が高くなります』

一人は走者ということなのだろう。スタートは後ろ向きに伏せた姿で、合図と共に駆け出し離れた場所にあるカードを手に入れる。

カードは砂浜に敷かれた布の上に五枚並べられているので五人一組で行うようだ。純粋な走力は当然だが瞬発力が大きく影響するだろう、早く辿りついた者から簡単な問いのカードを手に入れることが出来る。

『尚、カードは迷宮品です。不正解を叫ぶと燃えるので分からなければパスして下さい。結構貴重な紙なのにギルド長が使うって聞かないから! あんま燃やさないで!』

訴えが切実だ。もしかしたら昨日の今日でギルド職員らはあまり寝ていないのではないだろうか。テンションがおかしい。

『一人が答えたらもう一人の出番です! 並べられたカードの向こう側に三つ箱が乗せられてる台がありますね? その箱の中から一枚紙を引いて貰い、書いてある御題を見事借りて台の横に居る判定員の所まで持ってくれば勝ちです!』

判定員と分かりやすいたすきをかけた職員がひらひらと両手を振る。

借りて来たものが御題に沿うものかどうかを判定するようだ。つまり判定が必要な程にアバウトなものが書かれているのかと冒険者達は微妙に複雑そうだ。

『ただ箱の中身もカード同様難易度で分けられてます! 一人目がカードの問いに正解出来れば低難度、まぐれ当たり確証無し当たりなら中難度、パスか外れなら高難度の箱から引いて頂きます。ちなみに正解なら紙は凄く光って、まぐれや確証が無い場合は紙から凄く煙が出ます』

迷宮クオリティが惜しみなく発揮されている。

自分以外にも変なもの出す人がいるんだなと思うとリゼルは少し心が楽になった。

『なのでパートナーの事を何処まで知っているかがカギになりますね。仲良きことは美しきかな! じゃあ今から読み上げたパーティの代表二人は前に出て来て下さーい!』

一つのパーティは全部で三回この競技を行う。その総合的な順位は借りものをクリア出来たものから順に、上位二パーティが勝ち残るようだ。

正直一人目が速かろうが遅かろうが数秒の違いしかないだろう。一番遅いものが一番難しいカードを引いたとしても、正解さえ出来てしまえば借り物で充分に巻き返せる。

パートナーの関連問題に正解することが必須、と参加する冒険者は誰もがその結論へと達した。冒険者達は今更ながらに好きな食べ物などを再確認しているが、果たしてギルドの用意する問いや借りものがそれ程に単純なものなのか。

「イレヴンは走者と借り物、どっちがやりたいですか?」

「なんで選択肢があんスか」

「一応、と思って」

聞くまでも無いだろうに、という視線がジルとイレヴンから注がれる。リゼルは苦笑し、なら良いかと立ち上がった。

既に解説の職員が参加する五組のパーティの名前を読み上げている。参加パーティが結構いるので何度かやる必要があるため、その組み合わせはギルドが適当にアミダくじか何かで決めていたようだ。

ちなみにリゼル達のパーティは“例の三人組”と呼ばれた。分かりにくいようで分かりやすい。

「問題って何が出んのかなァ、リーダーに関する問題っつーこと?」

「いえ、誰が引いても良いようにはなってるでしょうし“パートナーの好きな色は?”とかじゃないでしょうか」

「俺それ知らないんスけど」

「もし引いたら、是非当ててみて下さい」

リゼルは微笑み、立ち上がる。イレヴンもやっぱりなと呟きながらそれに続いた。

勝負は本気だからこそ楽しいと思っているが、最初から答えが分かっていても面白くない。勝ちたくないのかと言われれば勿論勝ちたいし勝ちに行くが、それより何より二人にとっても楽しむことこそが一番重要だ。

「じゃあジル、行って来ます」

「ああ」

楽しそうで何よりだと、そんな二人を見送りながらジルは少しぬるくなり始めたアイスコーヒーを一口飲んだ。あいつら団結力無さそうだよなと、自分を棚に上げてそんな事を思いながら。

『それでは第一組、準備が整ったようです』

フラッグを手に持つ職員が胸と両肘をつけて砂浜に伏せるよう指示を出し、冒険者達はそれに倣う。

カードが並べられた布に足を向け、いつでも立ち上がれるように体勢を整えながら両肘をついて合図に備えた。そんな中、イレヴンは肘がついていれば良いのだろうと砂浜に頬杖をついている。

しかし砂が熱い、そう思いながら冒険者らの目の前で赤いフラッグをゆっくりと持ち上げる職員を眺めていた。これが下ろされた瞬間がスタートの合図だ。

『大会の第一戦を飾る戦いが今幕を上げる! 注目はやはりあの三人組パーティか! パーティ名無いと凄く不便!』

そんなこと言われても、とリゼルはのんびりと箱が並べられた台の前に立つ。

ちょうど走者たちのゴール地点だけあって、やや離れた場所に伏せているイレヴンの姿が良く見えた。パタン、と時々足が持ち上げられ砂に落とされているのが見える。

余裕な時に余裕ぶるのが“らしい”なとほのほのと微笑んだ。

『じゃあ熱い戦いを始めるぞ冒険者共! よーい…………スタート!!』

始まりを告げる声と共に、職員が持つフラッグが勢いよく真下へ落とされた。

伏せていた冒険者達が同時に立ち上がり振り返る。その時点で既にイレヴンは走り始めていた。

起き上がってから第一歩目を踏み出すまでの余りにも滑らかな動き、静止から行動までのタイムラグがほとんど無いその洗練された動きがどれ程高度なものなのか分かるものはこの場に少ないだろう。目に出来たかどうかも定かではない。

実際リゼルも速いなぁとしか思わない中で、しかしふと見つけた違和感に首を傾ける。その第一歩目が何処かずれたような気がしたのは……。

『落ちたーーー!!!』

直後、イレヴン以外の冒険者が落下して行った。

『これぞギルドが誇る一歩目の落とし穴! その油断が迷宮では命取りになるというギルド長の有難いお心遣いなので冒険者達は感謝するように!』

「引っ込め!」

「明日ギルドで覚えてろよテメェ!」

先程よりも険悪な野次が飛ぶ中、リゼルはふと横を見た。

先程から細々とした雑用に追われていたギルド職員達が今や落とし穴に落ちた冒険者を指差して狂ったように爆笑しているのは、一睡もせず落とし穴を仕込んだ本人達だからだろうか。見ていた冒険者らも思わずドン引きだ。

そうこうしている内に、余裕でカードまで辿りついたイレヴンが遠慮なく一番難易度の低いカードを拾う。そして手の中でクルリとひっくり返した。

“パートナーの名前は?(偽名・略称不可)”

『おっと此処である意味予想通りの人物がカードまで辿りついた! 二番目から四番目は大して代わり映えしませんが、一番目、五番目は特に簡単か難しくなっているので間違いなく余裕で』

「パス!」

『パスしたーー!! これは余裕の表れなのか!』

何も分からん。イレヴンは一瞬も迷わず堂々とパスした。

普通ならば急いで高難度の箱から御題を引き少しでも早く借り物を探しに出なければいけないが、リゼルはちょいちょいとイレヴンを招いた。近付いて来たその手にあるカードを覗きこみ、思わず納得したように頷いている。

「これは仕方無いです」

「ん、だからリーダー頑張って」

「頑張ります」

他の選手たちが穴から這い上がって来たのを見て、リゼルはイレヴンに背を押され促されるままに箱の前へと立った。そして躊躇い無く中が見えないようになっている箱に手を突っ込む。

見えないのだから悩んでも意味がないだろうと、最初に手に触れた紙をそのまま引き抜いた。ごそごそと折りたたまれた紙を広げ、探すべき借り物は一体何だろうかと楽しみにしながら中を見る。

「あ、これなら行けそうです」

安堵したように微笑み、リゼルは迷い無く観客らの方へと早足で進む。

数多の視線を一身に受けながらも気にせず辿りついたのは、先程まで言葉を交わしていた団長らの所だった。二人は張り切ったように色々なものを差し出してくれる。

「何が欲しいんだコンニャロ! 眼鏡か! 台本か!」

「ペンかなっ、それともネタ帳かなっ」

「いえ、小説家さんに一緒に来て欲しくて」

にこりと笑い、手を差し伸べる。

ここで照れるべき乙女は出るからには勝つと気合いを入れ差し出された手を力強く掴み、判定員の元へと駆け出した。相変わらずだなと思いながら、リゼルは引っ張られるままに足を速めた。

微笑ましげに見られているのは兄を引っ張る幼い妹にしか見えないからか。それで良いんだけど、とリゼルは満足げだ。

『さぁ一番乗りはリゼル選手だ! 果たして高難度を誇る御題は何だったのか!』

「では御題を見せて下さい」

リゼルが御題を書かれた紙を渡す。判定員はそれを受け取って見下ろした。

“詐欺師”

判定員はリゼルを見た。ほのほのと穏やかで清廉な笑みが返される。

判定員は小説家を見た。御題は小説家か、はたまたクリエイターかと意気込んでいる。

『おっと判定が出ない! もしや御題に沿わないのか!』

「俺と同い年の小説家さんです」

『判定が出た! リゼル選手借り物を無事成功だー!!』

手に持つ白と赤の旗の内、バッと白い旗が上げられた。判定成功だ。

やっぱり小説家の職業が必要だったのかと嬉しそうな彼女は真実を知らされないまま、リゼルに礼を告げられ意気揚々と観客の中へと戻って行った。知らないで済むなら知らない方が良いだろう。

近付いて来たイレヴンだけが、その御題を覗きこんで酷く納得したように頷いていた。

二回目の“互いをよく知る借り物競走”は、先程とは違ったパーティの組み合わせになる。公平さを出す為なのだろう、三回もやれば組み合わせが被る事もあるだろうが。

流石に二度目ともなると落とし穴に引っ掛かるような者は出ない。イレヴンは余裕でカードまで辿りつき、やはり一番難易度の低いカードを拾い上げた。

“パートナーの一番好きな色は?”

来た、と口元を引き攣らせる。

しかしこれは先程の名前のようにノーヒントでは無い。何故ならばイレヴンはリゼルが敬愛する異世界の国王の存在を目にした事があるからだ。

問題は、果たしてどっちなのかということ。圧倒的な存在感を叩きつけるような一点の曇りも無い銀色か、人の視線を強制的に縫いとめる強い意思を宿した月を嵌めこんだような琥珀色か。

前に酒を飲ませた時は琥珀色に目を奪われていた。ならば琥珀色か。しかし以前、一度だけ銀の髪を目で追っていたのも見た事がある。ならば銀色か。いやリゼルは目が好みだと言っていた。しかし彼がそんな単純だろうか。裏をかいてとかある気がする。

「……銀!」

『イレヴン選手の紙が燃えたーーーー! 勿体ない!』

「ッだよもー!!」

おしい、と苦笑しているリゼルに駆け寄りその肩へとぐりぐり額を押し付ける。

ふてくされたなぁ、とリゼルは慰めるように鮮やかな赤い髪をなぞるように背に掌を滑らせた。ぽんぽんと促すように叩くと、拗ねきった顔が不満そうな雰囲気を隠しもせず上げられる。

「何でそんな不満そうなんですか」

「だってさァ! これじゃ俺がリーダーに全然興味無ぇみてぇじゃん!」

「そんなこと誰も思いませんよ」

ブツブツ言っているイレヴンに微笑み、その前髪をくしゃくしゃと掻き混ぜてやりながらリゼルは先程と同じ箱へと手を突っ込む。

他の冒険者もカードへと辿りつき、正解していたり外れていたりしていた。割と外す人間も多いようなので、さっさと引いて場所を空けなければとやはり大して悩みもせず一枚の紙を引き抜く。

「ん、今日は運が良い気がします」

そう言って、先程と全く同じルートを早足で進む。

相変わらず眼鏡か台本かペンかメモ帳かと協力的な団長達の元へと進み、今度は団長へ一緒に来てくれないかと手を差し伸べた。団長は戯れるように淑女の如き手付きで掌を重ねたが、直後手首を鷲掴みやはり判定員までダッシュしたのだから彼女も相変わらずだろう。

勝ちにこだわるのは良いことだ、とリゼルは何も気にしない。感心すらしている。

『さぁ二番手のリゼル選手、一番手が判定を認められなかった今、一位で抜けるチャンスだ!』

「では御題を見せて下さい」

何処となく判定員が警戒しているように見えるのは気のせいだろうか。

リゼルはそう思いながら紙を手渡した。判定員が注意深くそれを見下ろす。

“魔王”

判定員はリゼルを見た。自信ありげに一度頷かれる。

判定員は団長を見た。御題なぞ知らんが拒否は許さんという目で見られる。

『やはり判定が出ない! 一体何が書かれているのか!』

「劇団ファンタズムの有名な魔王役の女性です」

『判定成功だーー!! 高難度の御題を二問連続クリア!』

やはり勢い良く上がる白い旗に会場から歓声が上がる。

一体なんだったんだと此方を見上げる団長に、今度はリゼルは御題の紙を見せた。納得したように頷かれたので、本人に特に不満は無いのだろう。何よりだ。

やり遂げたと満足そうに観客の方に帰って行く団長を見送っていると、未だ少しふてくされているイレヴンが御題の紙を覗きこむ。

『正直深夜テンションで高難度は決めたので成功する人間はいないと思ってましたが、まさかの二問連続クリアにギルド職員一同びっくりです!』

だよなぁ、とイレヴンは頷いた。

そして運命の三回目、イレヴンはぶれる事なく一番に並べられたカードの元へと辿りついた。

しかし先の二回とは違う。そもそも簡単だろうと難問だろうと分からないものは分からないのだから、先程から見ている限り応用の利く難問の方が可能性はある。

難問をクリア出来れば先程までの二回がチャラになりそうな気がする、という考えもあるのだが。仲が悪いとか思われたら絶対嫌だ。

『おっと一番乗りなのにあえての最高難度! 最高難度は難易度だけでなく心底心が削られることもあるので注意が必要です!』

イレヴンは拾ったカードをひっくり返した。そしてこれならイケルとにんまり笑う。

“パートナーの好きな所を十個言う”

「笑った時の目が甘いトコ! 肌すべっすべなトコ! 指先と爪の形が綺麗なトコ! 意外と決断力あって潔いトコ! 頭の回転速いトコ! 髪の毛フワフワとサラサラの真ん中なトコ! 声が聞いてて落ち着くトコ! 過小評価も過大評価もしないトコ! 俺のやる事に口出さないトコ! やっぱり何だかんだで好き勝手やるトコ!」

『まさかのドヤ顔!! 恐らく今まで誰一人としてクリア出来なかっただろう“相手の好きな所を十個”の問題を即答! 「出来るか!」と床にたたきつける者続出の問題を淀みなく!』

機嫌良さそうに鮮やかな赤の髪をしならせ駆け寄って来るイレヴンに、満足そうだから良いかと微笑みリゼルは本日三回目にして初めての正解の箱へと手を入れる。

そして引いた御題は流石に簡単だった。リゼルはサクサクとジルの元へ向かい、盛大に嫌そうにしているジルを引っ張って判定員の元へと向かう。

「はい、どうぞ」

御題の書かれた紙を差し出す。そこに書かれていたのは“黒いもの”という御題のみ。

即行で白い旗が上げられたのは言うまでも無い。

借り物競走で人数が絞られた冒険者達は、布が敷かれた待機スペースに戻って次の準備が進められるのを待っていた。競技内容は発表されていないが、見れば分かる。

砂浜に間隔を空けながら並べられているのは太い綱、そしてちょうど綱を真ん中で区切るように用意された赤いラインはルールが多少変則的かもしれないがまごうこと無く綱引きの準備だった。

お陰で時折そわそわしたような視線がリゼルに向けられるのだが、リゼルは気にした様子も無くすっかり温くなったコーヒーを飲んでいた。

「綱引きですか……ジル、登録はしてあるし出ませんか?」

「出ねぇ」

「ですよね」

うーん、とリゼルは考える。

団結力というのならイレヴンと一緒に綱を引っ張れば良いのだが、果たして自分がどれ程役に立つのか。どのパーティも恐らく力自慢を出してくるだろうし、屈強な冒険者の中から選ばれた力自慢ともなれば正直リゼルは全く太刀打ち出来る気がしない。

とはいえイレヴン一人に任せるのも何だし、そもそもイレヴンもジルもリゼルが綱引きに参加するのを微妙に嫌がっている。あまりにも似合わない為にやらせたくない。

「二人相手に俺一人でとか流石に無理ッスよ」

「ですよね。むしろ団結力って言うんだから一人じゃ駄目だと思います」

イレヴンも細身だが純粋な力だけ見ても他の冒険者に一切引けを取らない。ここにいる半数ぐらいには勝てるというのだから、蛇とはいえ流石は獣人だろう。

とはいえ、それは他の参加者にも当てはまる。準備をするように動いている冒険者の中には獣人の姿もちらほらとあった。

「ジル、出ませんか?」

「出ねぇ」

「ニィサンなら参加者全員とやっても勝てんじゃねぇの」

「やらねぇよ」

すっかり作られた日陰に腰を落ち着けているジルは、呆れたようにそう告げながらリゼルの手から温くなったコーヒーを取り上げた。代わりに先程の試合中に歩き売りの商人が売っていた冷えたレモン水を乗せてやる。

「有難うございます」

「ああ」

リゼルはそれを一口飲み、さっぱりするなと思いながらふと思い付いた。

ようは団結してれば良いのだ。誰が何を言おうと二人が協力していれば良い。

ルールでは魔法禁止と言っていなかったし、それならば問題は無い筈だ。うん、と一つ頷いてレモン水をイレヴンへと渡してやる。全部飲まれた。

「これ、足場悪いから結構キッツいんスけど……!」

「質量差がありますしね。頑張ってください、イレヴン」

『どう見ても団結力があるようには見えない光景だが良いんでしょうか! 団結力試し大会だというのにこの光景!!』

そして今、イレヴンは一人せっせと綱を引っ張っている。勝負は互角、いかにも体格の良い男二人相手に均衡している不思議な光景に思わず解説も見入っている。

それはイレヴンが一人で二人に対抗しているのもあるがもう一つ、本来ならば共に綱を引っ張るべきパートナーが隣に立ってほのほのと応援しているからだ。

『確かに事前に強化魔法の使用について質問され、二人組内のことならば当然有りだと返したので確かにリゼル選手も参加している! 皆さん、彼は現在強化魔法使用中ですよ!』

傍から見れば全てを任せて応援しているだけのリゼルをフォローしてくれているのか、団結力大会の名目を保とうとしているのか。解説を入れてくれた実況に微笑み、リゼルは詠唱も無くイレヴンへと強化魔法を使い続ける。

ジルにもイレヴンにも必要が無さ過ぎて今まで使った事は無かったが、リゼルはちゃんと強化魔法を使える。魔法の効果は本来の身体能力に比例するのでリゼルが自分に使っても大した上昇は望めないが、ジルやイレヴンに使えば結構な効果が現れる。

現れたところで過剰戦力なので、それなりに魔力を食う強化魔法の出番はやはり余り無いのだが。

「妨害もあり、っていうのは聞いてますし」

実際、余所では足元の砂を蹴り上げ相手を怯ませたりもしている。その後高確率で乱闘になるので某職員の“オヤジのラリアット”による粛清が行われるのだが。

リゼルはにこりと笑い、強化魔法を継続させたままもう一つ魔法を発動させる。無詠唱の同時発動、魔法に明るくないアスタルニアの人々は何をしているのか良く分からないだろう。

「Enterrar(埋めます)」

「うおっ?!」

ずぶり、と対戦相手の足もとが砂浜へと嵌る。流動する砂の上では踏ん張りが利かない。

魔法だ魔法だと此方を指差しながらハシャぐ観客の子供達の声を聞きながら、リゼルは少しだけイレヴンへの強化魔法を強めた。そうすれば一気に勝負は決まる。

冒険者達の身体が前のめりになると同時に魔法を解除すると、彼らの前に立っていた方の冒険者が中央のラインからはみ出る。これで勝利だ。

「お疲れ様です、イレヴン。手、痛くないですか?」

「あー、グローブ付けてたし。やっぱ強化魔法あると楽ッスね」

『あちこちで勝負がつき始めています! あの三人組パーティも何と魔法で綱引きに勝利しました! いっそ盲点です!!』

だがしかしやはり団結しているのかどうかは微妙か。

リゼル達はこの後も団結しているのか良く分からないままに大会を楽しんでいた。

迷宮をなぞった暗号問題ではパートナーと協力して解くような問題を、一人かつタイムロス全くの無しで解いては『やっぱこの人凄ぇ頭良いわ』と思わず解説に素で呟かれた。

目隠しをしたまま砂浜に置かれたスイカをいかに早く割れるかという競技では、リゼルが何も言わないままにイレヴンは匂いで簡単にスイカを割った。最初リゼルはスイカの気配を察したのかと思ったが流石にイレヴンでもスイカの気配は分からない。

ギルドが用意した武器を使った模擬戦形式の競技では、二人の脚が繋がれた為にイレヴンがリゼルを脇に抱えて立ち回った。リゼルは抱えられながら魔法で援護していた。

そもそもリゼル達の場合、個々で動いた方が良い場合が多いのだ。適材適所と言うことだろう、ならば問題は無いのではないかと思うあたりリゼル達は誰もそれほど気にしてはいない。

「俺たちに優勝は相応しく無いみたいです」

結果として優勝したリゼルがほのほの微笑んでそう言ったのを、誰もが納得してしまう程度にはリゼル達に団結力がないというか必要ない事が判明した大会だった。