作品タイトル不明
28 婚約
泣きたくても涙が出なかったのに、泣くつもりは全くなかったのに、大泣きしたあの日から2ヶ月が過ぎた。
あの日は泣き疲れて寝てしまったようで、目が覚めた時はベッドの上だった。
アシュトンの言葉に傷付いたのもショックを受けたのも確かだけど、思う存分泣いたせいか、心も体もスッキリしていた。
リシューさんが傍に居てくれたから──という事もあるのかもしれない。泣きついて迷惑をかけてしまったから、謝罪とお礼を言う為にリシューさんの部屋に行くと──
「迷惑じゃなかったよ。寧ろ、寝顔が見られて役得だったかな?」
「リシューさん!?」
と、天然返しを食らってしまった。それから、3日間の休暇を言い渡されて、その3日間はコペリオン邸でゆっくりと過ごした。
ーもうすぐ6ヶ月ー
伯父に提案された期日が近付いてきた。
正直に言うと、今のこの生活が嫌いじゃないどころか楽しいし、リシューさんの事も嫌いじゃないどころか───
「離婚してから1年しか経ってないのに……」
「1年しか経ってないのに?」
「リシューさん!?だっ……から、気配を消して近付かないで下さい!」
「いやいや、ちゃんとノックしたから。まぁ、返事がなかったから入って来たんだけど」
それもどうかと思うけど、ここでは敢えて反応するのは止めておく。
「1年しか経ってないのに、色んな事が変わったなぁ……と思って」
これは本当の事だ。家名が変わって国籍も変わって、自分の力で働いている。
そして何より、一緒に居て欲しいと思う人も変わった。たったの1年で。
ー私も尻の軽い女なのかなぁー
ズンッと気持ちが重くなる。
優しくされて、助けてくれて、色んな私を認めてくれてコロッと流されて……
「1年しか経ってなくても変化は起こるし、1年経っても変わらないものもある。それに、変化は必ずしも悪いものだという事はない。私からすると、マリレーヌさんのこの1年での変化は良いように見える」
知り合ってからたった1年しか経っていないのに、リシューさんはいつも私が欲しい言葉をくれる。傍に居て欲しい時に居てくれる。安心を私に与えてくれる。
ー好きにならないなんて事は無理だよね?ー
「私、本当にアシュトンの事が好きだったんです。だから、義母に嫌われていようとも、アシュトンの為に頑張れたんです。私が我慢して頑張れば──って」
勿論、記憶を失う前のアシュトンは優しかった。今のアシュトンがアレでも、以前のアシュトンを否定する事はない。ただの過去、思い出に変わるだけ。
「でも、リシューさんとは、一緒に頑張って支え合っていきたいなと……これからも傍に居たいなと……思ってま───」
私が言葉を言い切る前に、リシューさんに抱きしめられた。
「それは、私の事を好きになってくれたって事であってる?」
「間違いではないですね。たった1年で─って、逆に呆れたり……してませんか?」
「呆れるわけがない。寧ろ、1年もかかってようやく手に入った!というところなのに。こっちは、ナルターレルに行かせないように必死だったんだ」
「必死そうには見えなかったけど……」
「表情を隠すのは得意だからね。それに、必死で慌てる姿を好きな人に見せるわけがない。好きな人には、良いところを見せたいしね」
ーストレートな天然発言は無自覚よね!?ー
「離婚歴があって、たったの1年でまた──となったら、リシューさんだけじゃなくて、コペリオン伯爵家に迷惑がかかりませんか?」
「それは無いと断言できる。離婚歴があると言っても、旦那の浮気が原因だから、同情されても非難される事は無い。1年も経たずに再婚するのも珍しくはない。マリレーヌさんは実力で宰相室に入って、ビアンカ皇太子殿下とコペリオン宰相に認められた補佐官だから、そんな人が嫁に来るのに反対する者や批判するような者が居るなら……是非その顔を拝んでみたいな」
目をスッと細めて笑っている。いつものような温かさはなく、背筋が震えてしまうような笑顔だ。
ー私の事を守ろうとしてくれているのが分かるから、リシューさんの傍が安心できるのねー
「よし、マリレーヌさんの気が変わらないうちに、ナルターレル侯爵に手紙を飛ばそう」
「そんなに急がなくても、流石の私もそう簡単にコロコロ気持ちが変わったりしませんよ」
「それは分かっているけど、私が棄てられたりする可能性があるから、棄てられないようにする為だから。父からは、『OKが出ればいつでも婚約を申し込んで良い』と言われているから大丈夫だ」
と、リシューさんの言う通り、リシューさんはその日の内にナルターレル家に手紙を飛ばし、その3日後にはリシューさんと私の婚約が調った。
そうして、私はリシューさんの婚約者となり、このままコペリオン伯爵家に住み、皇城の宰相室で働く事となった。