軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「貴女の戦いに、助力……?」

スタグネイトの提案に、僕は思わず考え込みかけた。

だってそれはつまり――

「ああ、誤解はしないで欲しい。なにも善なる神々の使徒や、善良無辜の民草を相手にその力を振り回せという話ではないのだよ」

「…………」

「疑わしげだなぁ」

「そりゃあ、まぁ」

僕に助太刀を承知させて、その上で善良な人々を斬らざるをえないような事態に巻き込み、灯火の神さまに対する誓いを破らせる。

破らせた上で、なし崩しに引きずり込む――なんて策の類は僕でも思いつくのだ。

「貴女が思いつかないはずがないでしょう、そういうの」

「思いつきはするがね、少なくとも今回はそういう話ではないさ。……グレイスフィールとの和解の筋の見えない全面戦争は、流石に私も勘弁してもらいたい」

アレは真面目で一途だからね、やるとなったらとことんなのさ、と不死神は大仰に肩を竦めた。

たったそれだけの仕草だけれど、やけに芝居がかっていて、この妖艶な女神にひどく似合う。

「そうではなく、他の悪神の勢力相手だと言ったらどうだね?」

「……敵の敵は味方、というわけですか」

「そうだ、巧いことを言うね。敵の敵は味方、その通りさ。いつかのヴァラキアカとの戦いの時のようなものだ」

「…………」

「キミの誓いには反しない。かつ借りも返せる。悪い話ではないだろう?」

確かにそれだけ聞くと悪い話ではない。

けれど、スタグネイトは多くの不死化した英雄を抱えているはずだ。

多少の敵対勢力であれば、それを動かせば事足りるだろう。

「なぜ、ご自分の手勢を用いられないのですか?」

「今は夏至だよ。――忌まわしき太陽の光が最も長くなる時間、一年のうちで、我が永遠の眷属たちがもっとも力を失う時だ」

不死神は間髪をいれずにそう答えた。

「こんな時期に手勢を動かして無駄な犠牲を出すのは馬鹿馬鹿しいとは思わないかね? 可能な限り、外部の腕利きに発注して話を済ませたい」

多分、嘘ではないのだろう。

嘘ではないけれど、本当のことを全て言っている、という感じもしない。

……なんとなくだけれど、返答が早すぎる気がした。

まるであらかじめ、そう質問をされることを想定していたような気がする。

とすると恐らくスタグネイトの目論見は――などと、思考を巡らせた瞬間だ。

「ま、そんな風にごまかしても、どうせキミは見抜いてくるのだろう?」

「…………っ」

スタグネイトはそう言って、ニヤリと笑ってみせた。

薄明かりの中で、朱色の唇の端が、つい、とつり上がる。

僕は思わず、ぐっと言葉に詰まる。

「だからぶちまけてしまうとだね。私は適度に貸しを返してもらった上で、キミに対して借りを作りたいのだよ」

最悪の言葉だった。

「おや、どうしたね、嫌そうな顔をして黙って」

「いくつか想定していた中でもいちばん面倒で、いちばん対処に悩む手だったからです」

「ああ、私もそれがキミにとっていちばん面倒で、いちばん対処に悩むだろうと思って、こう提案しているからね」

窓枠にしなだれかかるようにしながら、スタグネイトはひどく楽しそうにそうのたまってくれた。

つまり、彼女は僕に作った貸しを使って何をさせるつもりなのかというと―― 大したことのない(・・・・・・・・) 用事をさせる(・・・・・・) つもりなのだ。

それは想定しうる限りで、もっとも面倒な方向性だった。

「貴女に任された仕事をこなせば、貴女は僕に感謝をする、してみせる」

「そうだね。なにせ私の配下が弱体化する夏至の日に助力をもらったのだ。感謝しない理由がないだろう?」

罠ならいい。

鍛え抜かれた筋力で踏み破り、ねじ伏せるまでだ。

困難な冒険でもいい。

同様に鍛え抜かれた筋力で踏み破り、ねじ伏せてみせる。

けれど、不死神の狙いは僕になんでもないことをさせて、感謝をしてみせて――

「 感謝を理由に(・・・・・・) 、 また僕に(・・・・) 助力するつもり(・・・・・・・) ですね」

――いつかの恩をキミに返そうか。

――いつぞやは世話になったからね、お礼だよ。

――そういえばこの間は世話をしたんだ、また少し手伝ってくれ。

――少し困ったことになってしまってね、キミの力を借りられると嬉しい。

そんな調子で貸し借りの帳簿を複雑化し、それを口実に接触を増やす。

そうしてズルズルと、何か難事に当たるときには不死神が関わってくるのが半ば当然の状態に持ち込む。

僕にとって、「側に居て当然」の存在になってゆく。

……こうなってしまえば敵対も何もない。

ポーズばかり敵対していると言いつつ、実際にはなんだかんだ戦友、みたいなぐだぐだでズブズブの関係になってしまう。

そうなればしめたもの、あとは僕の信仰が揺らぐ時を狙って揺さぶればいい。

「――そういう話、ですよね」

「ご明察、ご明察」

スタグネイトはどこまでも愉快そうだった。

ネズミをもてあそぶ猫のような、どこか嗜虐の色の混じった瞳で、僕を舐めるように眺める。

「それで、そんな私の目論見に対して、何か有効な対処は?」

「……気をつける以外にありません」

「だろうね」

深く深くため息をつく。

現在のスタグネイトには、企みはあっても、悪意がないのが始末におけない。

悪意の罠であれば、察知しきれるにしろしきれないにしろ、鍛え抜かれた筋力でもって破り、ねじ伏せてしまえばいい。

できなくても最悪で無念の死だ。

精一杯あがいた上でなら、それもまぁ、納得できなくはない。

けれど……悪意なく「まっとうな取引を通じて親密になろうとしてくる相手」を破り、ねじ伏せることはできない。

少なくとも、そんな行為に及んだ時点で神さまに顔向けができない。

だから結局――

「いくさの助太刀、引き受けましょう」

僕にはもう、神さまに「申し訳ありません」と心で詫びつつ、首を縦に振る選択肢しか残されていなかった。

それから僕は、夜のうちに装備を整え、ひそやかに屋敷を出立した。

流石に不死神からの依頼があって、などと公言することはできないからだ。

……不死神はあの妖艶な姿から再び大鴉の姿に戻り、その赤い目を輝かせながら、門先で僕を待っていた。

「単独で来るようにとは言ったが、仲間への連絡は良いのかね?」

「書き置きを残しました」

何の連絡もなく消えては周囲を騒がせてしまう。

――神さまからお告げがあったので、しばらく町をあけます。

そんな曖昧な文章を残して、失踪ではなく神の導きに基づく冒険であることを明示した。

神官戦士はこういう時、突飛な行動をしても「お告げ」の一言で周囲に納得してもらえるのがありがたい。

そうでなければ、もう少し文案に悩む羽目になっただろう。

「よかろう、では、ゆこうか。――少々腕を貸してくれたまえ」

そう言って、大鴉が鷹匠の鷹めいた動作で、僕の腕に留まった。

常であれば拒むところだけれど、今は助力すると決めたのだから受け入れる。

「とりあえず郊外に向かってくれるかな?」

……その言葉にうなずき、屋敷のある小高い丘の上から、夜の街を見下ろして歩く。

煌々と輝く月の下、未だ発展途上の町並みがぼんやりと見える。

綺麗ではない。

粗雑なつくりの小屋も多いし、建設中の建物にかかる足場や支柱なんかも多く見える。

雑多で、チグハグな印象で――そして生活感と昼間の活気が感じられる、僕にとっては好もしい町並みだ。

「《灯火の川港》と言ったか。……良い街だね。神である私から見ても、住人や町並みから伝わる負の感情が少ない」

スタグネイトが、上機嫌にそう言った。

その言葉は――不死神の言葉であっても嬉しくて、僕は少しだけ口元を緩めて、頷いた。

「事が終われば、きちんとキミをこの街に帰すよ。約束しよう」

澄んだ声でそう語りかけてくるスタグネイト。

その言葉に、嘘偽りの気配はまったくなかった。

「……僕は、何をすればいいんですか?」

そろそろ聞いても良い頃だろう。

どんな仕事が振られるかも不明だったので、装備はガッチリと固めてあるけれど――

「そうだね。このまま歩きながら聞いてもらいたい」

頷いて、鴉を腕に乗せたまま道を歩く。

鳥一羽の重量を腕で保持して歩くというのは意外と難しいのだけれど、文句は言わなかった。

流石に僕にも、女神――たとえそれが鴉の姿でも――の体重をどうこう言うことが極めて不味い行為であることは、誰に言われずとも理解できる。

「敵は 悪魔(デーモン) 。――戦場は私の支配地である、幽明の神秘郷、《たそがれの国》だ」

「……あなたの支配地に、 悪魔(デーモン) ?」

「ああ。どういった手段で侵入してきたかは知らないが、領地の辺縁を荒らしているのだよ」

「それを討伐する?」

「そういうことだよ。むろん単独でとは言うまい、いくらかの手勢は貸与する」

「…………」

「本当に、何も企んではいないさ」

不死神が腕の中で、愉快げに嘴を鳴らす。

「ただキミと親睦を深められればと、私の意図はそれだけのことだよ?」

「それが一番厄介なんです」

「くく、それは最高の褒め言葉だよ、私の敵たる聖騎士殿よ」

神さまもさっきから、不機嫌を通り越して何かもう、ひどく無反応な感じになっているのが怖い。

つねるとか怒るとかならともかく、本当に何の感触もないのだ。

「ま、ともあれ私の国には徒歩では辿り着けない。現世とはまた別の位相に存在する、幽世のひとつだからね。――命あるものが入るには、それなりの手間がいる」

そう言って、不死神は歌うように《ことば》を唱えた。

「歩調はそのままにしてくれたまえよ……

《 どこにでもいる(ヌスクァム・エスト) 人は(・クィー) 》、《 どこにもいない(ウビークェ・エスト) 》》 」」

鴉の喉から発されたとは思えない、人には真似のできない極めて流麗な発音。

マナの流れは驚くほど滑らかで、《創造のことば》は滞りなくその力を発揮した。

「………………」

僕は不死神の指示通り、歩調を保ったままで目を見開いた。

不死神の《ことば》に応じるように、気づけば辺りの闇が深くなっていた。

さっきまでは空に浮かんでいたはずの月が、いつの間にか消えている。

遠方にあったはずの町並みも、薄れ、見えなくなった。

洞窟かトンネルめいた、風通しの悪い閉所の圧迫感。

まるでメネルとともに《妖精の小道》に入り込んだ時のような、「ここは自分がいるべき場所ではない」と訴えるような、心の奥底をじりじりと焼く不思議な不安感と焦燥感。

「私の国に出入りするのは、少し面倒でね。――絶対に振り返らないように」

ふと、不死神の口調が変わった。

ひどく低い、脅迫めいた口調。

「……振り返ると、何が起こるんですか?」

「知っても得にはならないことさ」

そんな風に言い合いながら、闇の洞窟を歩く。

斜め下へ、斜め下へ――道は、下り坂になっているようだった。

「………………」

さっきから、背後でケタケタとかすかな笑い声がする。

突き刺さるような殺気。

無遠慮に舐め回すような、敵意の篭った視線。

「神々の領域の辺縁には、よからぬもの、定かならざるものが棲み着くものでね」

首筋に、生暖かい、獣じみた吐息が吹きかけられる。

僕の背後。

ひたひたと、僕に歩調を合わせた足音がする。

「スタグネイト。あなたの領域でしょう、祓ってくださいよ」

「お断りだよ、力の無駄使いだ。殺してもキリがない」

背中に何かを突きつけられるような感覚。

首筋を、後ろから細く鋭い、金属製の何かで執拗に撫でられるような感触。

――遠方に、微かに光が見える。

「あそこが入り口だ。――1、2の3で、一気に走ってもらえるかな?」

「分かりました」

スタグネイトの言葉に、頷いて。

「1、2の――3っ!」

背後にまとわりつく、定かならざる無数の気配を振り切るように。

思い切り地を蹴って、僕は闇の洞窟を一気に走り抜けた。

――――そうして僕の、《たそがれの国》での冒険が始まった。