作品タイトル不明
宴のつづき
皆、クリスタル・エルフの始祖から目を逸らしているようだ。
私もそうしよう、と思っていたのに、うっかり視線が合ってしまう。
「あ!!」
クリスタル・エルフの始祖は何かに気付いた挙動を取ったのちに、こちらに向かって駆けてくる。
すると、エルツ様は私を横抱きにし、走り始めた。
「ねえ、エルツ君でしょう? どうして私から逃げるの? 酷くない!?」
クリスタル・エルフの始祖は叫びながら、猛烈な速さで駆けてくる。
エルツ様はこれまで私に見せたことがないほど、焦った表情でいた。
「待ってってば~~~~」
そう言ってクリスタル・エルフの始祖は大きく跳躍し、私達の目の前に着地した。
「本物の蝶のように飛ぶな!!」
「お誕生日なのに、最初の言葉がそれって酷くな~い?」
「その恰好で、追いかけるほうが酷いだろうが!」
「え、蝶の恰好、かわいくない?」
「かわいくない!!!!」
エルツ様はこれ以上の逃走は成功しないと思ったようで、私を下ろしてくれた。
「君が、エルツ君の愛しい君だね」
「始祖!!」
「ああ、ごめんごめん。名前を聞いてもいいかな?」
今日はベアトリス・フォン・イーゼンブルクとしてやってきたのだ。
スカートを摘まんで膝を落とし、頭を垂れる。
「お初にお目にかかります。私はベアトリス・フォン・イーゼンブルクと申します」
「ああ、グレイの自慢していた孫娘ちゃんか! もうこんなに大きくなったんだ。グレイもつい最近まで、生まれたてだと思っていたのにな」
これまでにこにこと明るい表情を見せていたクリスタル・エルフの始祖は、悲しげな様子で目を伏せる。
「でも、君はグレイの若いときに驚くほどそっくりだ。あの子はぜんぜん似ていないけれど」
クリスタル・エルフの始祖の視線の先には、信じがたい人物がいた。
鳥マスクを床に投げ捨て、私のもとへやってくるオイゲンの姿を発見してしまう。
「ベアトリス、見つけたぞ!!」
「オイゲン、なぜここに?」
私の疑問にエルツ様が答えてくれた。
「どこからか忍び込んだのだろう」
誰もオイゲンなど招待していないと言う。
「お前は、やはり、その男と不貞を働いていたようだな!!」
まるで罪人を糾弾するように、オイゲンは私を指差す。
クリスタル・エルフの始祖の生誕パーティーというめでたい日に、いったい何をしてくれたのか。
申し訳なくなり、クリスタル・エルフの始祖のほうを見たら――わくわくするような表情を見せていた。
「え、何? 痴情のもつれ? 人間のそういう話を聞くの、私はとっても好きだよ」
「始祖、少し黙っていてもらえるか?」
「あ、ごめんね。続けて!」
国王陛下をお守りしていた騎士がオイゲンを捕らえようとしていたのだが、クリスタル・エルフの始祖が阻止する。
「皆、余興を楽しもうよ、ね?」
オイゲンの登場は、パーティーのお楽しみとして処理されてしまった。
「ベアトリス、お前は僕と夫婦関係にあるときから、この男と浮気をしていたんだ! 証拠はここにある!」
そう言って、紙の束を床に叩きつける。それは以前、エルツ様と交わした手紙の数々だった。
「お前はこの手紙を、金庫に大事にしまっていたようだな」
「ええ、まあ」
何か財産があると金庫を漁ったが、手紙しか出てこなかったので、腹が立ったのだろう。
だとしても、このような場で騒ぎを起こさなくてもいいのに。
「僕を裏切って、イーゼンブルク公爵家を乗っ取るつもりだったんだろう!」
「あれ、これ――ねえ、君! この手紙は魔法薬の請求について書かれているだけだよ」
あろうことか、クリスタル・エルフの始祖はオイゲンが投げ捨てた手紙を拾い上げ、内容の確認をしていた。
いつの間にか蝶の衣装は脱いでいたようで、カラスのような中のシャツまで真っ黒なテールコートをまとっていた。
クリスタル・エルフの始祖は手紙を読みながら、小首を傾げる。
「あー、全部、魔法薬をくれってひたすら書かれているだけじゃん。差出人に名前はないし、こんなの、浮気の証拠にもならないよ」
エルツ様からの手紙はすべて古代文字で書かれていたので、オイゲンは読めなかったのだろう。
たしかに、私とエルツ様は三年もの間、個人的なやりとりを続けていた。
けれどもそれはエルツ様の使い魔であるブランの伝言を通して行われていたのだ。
この世に証拠は残っていないわけである。
「君、ぜんぜんなっていないよ。こんな大舞台で騒ぎを起こすんだったら、もっと確かな浮気の証拠を持ってこなきゃ」
クリスタル・エルフの始祖にたしなめられたオイゲンは、額にびっしょりと汗を掻いていた。
「ち、違う……僕は、なんにも悪くない……何もかも、ベアトリスが悪いんだ。イーゼンブルク公爵家がめちゃくちゃになったのも、すべてベアトリスが悪いんだ! イーゼンブルク公爵家の乗っ取りを、今もその男と虎視眈々と計画しているんだろう!?」
オイゲンの主張に、思いがけない方向から声がかかる。
「イーゼンブルク公爵家を乗っ取っていたのは、あんたのほうだろうが!」
魔女の装いをした女性が、一歩前に出てくる。
深く被っていた頭巾を外すと、その正体に気付いてしまった。
「あ、あのお方は――」
「エラ・ノルデンだな」
伯母の元侍女で、オイゲンの乳母だった女性だ。
「いったいなぜ、あの者がここにいる?」
「あー、あの女の人は私が招待したんだー」
まさかの、クリスタル・エルフの始祖の招待客だったわけだ。
「数日前にケルンブルンの街に素材収集にいったときに彼女に会ってねえ。突然、私に向かって、言うつもりがない情報を言ってしまった、責任を取ってくれーなんて怒るものだから」
どうやらエラは、エルツ様とクリスタル・エルフの始祖を人違いしたらしい。
クリスタル・エルフの始祖は訂正せず、事情を聞いた上で、お詫びにとこのパーティーへ招待したようだ。
彼女はいったい何を言いだすのか。ハラハラしながら見つめる。
「お、お前は誰だ!?」
「あんたの元乳母だよ」
「嘘だ!」
「嘘じゃないよ。あんた、お尻に大きなホクロがあるだろう?」
「――っ!」
間違いなかったようで、オイゲンは悔しそうな表情を浮かべる。
「あんたはよくもこのお嬢さんに、家を乗っ取っていただなんて言えるね。実際に乗っ取っていたのは、あんたのほうなんだよ!」
「だから、何を言っているんだ!」
「騒ぐな、この浮気者が!」
「だ、誰が浮気者なん――」
「オイゲン、久しぶりね」
お腹がほんの少しだけ大きくなったヒーディが登場する。
クリスタル・エルフの始祖がにんまりと微笑みながら紹介した。
「彼女はイーゼンブルク公爵家について調べているときに出会った女性でね、当主の子どもがお腹の中にいるのに、連絡が取れなくなったって、困っているようだったんだ」
人の多いところにやってきたら出会えるかもしれない、そう言って誘ったのだと言う。
「それにしても、お腹の中の子ども、離婚後に作ったにしては、大きいなあ~?」
「ぐ……!!」
ぐうの音も出ないような状況、というのを目の当たりにしてしまった。
そんなオイゲンに、エラはすかさず追い打ちをかけた。
「オイゲン、あんたはね、父親であるロイ・フォン・イーゼンブルクの血を引いていないんだ! 母親の不貞の末に生まれた子なんだよ!!」
「なっ――!? あ、ありえない!! この女は、嘘を吐いている!!」
ここでクリスタル・エルフの始祖が提案する。
「君がイーゼンブルク公爵家の血を引き継いでいるか、確認できるよ」
まず、見本を見せてくれた。
クリスタル・エルフの始祖は水晶に血を垂らす。すると、眩い白銀の光を放った。
同じように、エルツ様にも血を提供するように命じる。
「エルツ君、いいよね?」
「ああ、協力しよう」
エルツ様はナイフの切っ先で指先を傷付け、水晶に血を落とす。
すると、同じように白銀に光った。
「このように、一族同士の者の血を垂らすと、同じように光るんだ」
今日、クリスタル・エルフの始祖は亡くなったお祖父様の血を持ってきていた。
「このペンダントの中に大切にしまっていたけれど、今日、使わせてもらうよ」
お祖父様の血を水晶に垂らすと、緑色の光を放った。
「これがイーゼンブルク公爵家の色か。美しいな」
今度はオイゲンが血を提供する番である。
「このように見せしめにされるのは気分が悪い!」
「いいから、つべこべ言わずに血を提供しなよ」
オイゲンは騎士に拘束された状態で、クリスタル・エルフの始祖が魔法を使い、痛みがないような方法で血を採取する。
オイゲンの血が触れた水晶は、紫色に光った。
「これはこれは、イーゼンブルク公爵家の色じゃないみたいだ。君は正真正銘、イーゼンブルク公爵家の血を引き継がず、乗っ取っていただけになるな」
「う、嘘だ……僕が父の子どもではなかったなんて……」
オイゲンはハッとした様子を見せると、私を睨みつける。
ありえない主張を始めたのだ。
「だったらあの女――ベアトリスだって、どこの馬の骨かもわからない者の血を引いているかもしれない! 調べてくれ!」
私の両親を侮辱するような、酷い言葉である。
クリスタル・エルフの始祖はくるりと私を振り返り、手招きする。
「君もやってくれるかい?」
「はい、もちろんです」
クリスタル・エルフの始祖は私の血を魔法で抜き取り、水晶へ落とす。
すると、水晶は緑色に輝いた。
「おめでとう! どうやら君が、イーゼンブルク公爵家の正統な後継者だったわけだ!」
クリスタル・エルフの始祖がそう宣言すると、参加者達が拍手をして祝福してくれた。
「嘘だ! ベアトリスだけがイーゼンブルク公爵家の血を引いていたなんて! さっき調べた血は、僕の血だ!」
「はいはい、わかりましたー。十分楽しませてもらったから、あとは外でお話ししてねえ」
クリスタル・エルフの始祖が合図をすると、オイゲンは騎士に連行されていく。
なんというか、びっくりした。