軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

常連さんについて

いったいなぜ、クリスタル・エルフの始祖たる人物に手を引かれて歩いているのだろうか。

状況が飲み込めず、ただただ戸惑ってしまう。

常連さんであった彼とやりとりを始めたのは、結婚してわりとすぐだったか。

突然、白いカラスがやってきたのだ。

私に割り当てられた製薬室は、日当たりがよすぎて眩しいくらいの部屋だった。

そこに、白いカラスが魔法薬を要求する手紙を持って現れたのである。

差出人は無記名で、宛名にのみ私の名前がはっきりと書かれていた。

封筒の中には〝ここ最近よく眠れないので、睡眠薬を寄越すように〟という白いカラスを通じたメッセージと、金貨一枚と同等の価値がある小切手が収められていた。

睡眠効果のある魔法薬は、魔法医の処方箋がないと患者へ渡すことができない。

いくらお金を積まれても、無理な話である。

お断りのメッセージを伝えたものの、白いカラスは首を横に振るばかりである。

ご主人様のもとへ帰るように言っても、びくとも動かなかったのだ。

困り果てた私は、趣味で作っている薬草茶を睡眠薬の代わりにすればいいのでは、と思いつく。

ホップとレモングラス、薔薇の花びらをブレンドした、不眠に効果のある茶葉である。

薬草茶の淹れ方を白いカラスに伝え、小切手と共に持って帰るよう促す。

すると、これまで置物のように動かなかった白いカラスが、茶葉を入れた包みを 嘴(くちばし) に咥え、飛んで帰っていったのだ。

ホッとしたのも束の間のこと。

翌日に再度白いカラスが現れる。睡眠薬を販売しなかったことに対する抗議か、と思っていたのだが、私の予想は外れた。

なんでも私が作った薬草茶が抜群に効果があったので、同じ茶葉が欲しいと書かれてあったのだ。

封筒の中には昨日返した小切手と、もう一枚、金貨二枚分の価値がある小切手が追加で入っていた。

趣味で作った薬草茶に、値段を付けるほどの価値などないのに……。

小切手は銀行省に持っていって換金しなければ、ただの紙である。

受け取らなかったらいいのだ、と思って小切手をその場で破き、薬草茶を白いカラスへと託した。

それから一週間後、再度、白いカラスが現れる。

メッセージは〝きちんと報酬を受け取れ!〟という訴えのみ。

新しい小切手が入っていて、受け取らない場合は白いカラスに金貨を持たせて運ばせる、とまで書かれていた。

報酬に関するものだけでなく、ここ最近、片頭痛が酷いので、緩和するような薬草茶があれば欲しい、と書いてあった。

頭痛の原因となる生理活性脂質の働きを抑制させる効果がある薬草――フィーバーフュー、ペパーミント、レモンバームをブレンドした薬草茶を白いカラスへと託した。

報酬についてはひとまず受け取って、そのまま養育院へ寄付した。

白いカラスの主にも、その旨を伝えておく。

それから三年もの間、白いカラスを通じたやりとりが続いた。

名前すら明かさないので、しだいに常連さんと呼ぶようになる。

常連さんは毎日忙しく過ごしているようで、自分自身についておろそかになっているらしい。

常連さんが訴える不調にあわせて、薬草茶だけでなく、スープのレシピや薬草湿布、薬草湯など、さまざまな療養方法を伝授していった。

報酬は必要ないと言っているのに、毎回金貨一枚の小切手を贈ってくれるものだから、私は毎月のように養育院へ大金を寄付することとなった。

翌年には、慈善活動を熱心にした者へ贈られる勲章が与えられた。

想定外の叙勲に、戸惑いを覚える。

常連さんも把握していたようで、全部寄付するな、と怒られてしまった。

それから十回のうち一回くらいは、金貨を受け取るようになった。

この先の人生、何が起こるかわからないので、貯蓄も必要だと思い始めたのである。

常連さんと出会って、早くも三年。

相変わらず、彼はさまざまな不調を訴えていた。

離婚と共に縁が切れてしまった、と思っていたのだが、まさかこうして再会できるなんて……。

ただ、相手がクリスタル・エルフの始祖である、エルツ・フォン・ヴィンダールストであることはまったくの想定外であった。

エルツ・フォン・ヴィンダールストと言えば、千年もの間、王室典医貴族を名乗り、魔法医の頂点に立つ者でもある。

また、この国に医術と薬術を伝えた、魔法医と魔法薬師の父とも呼ばれている存在であった。

そんな人物がなぜ、私とのやりとりを長年続けていたのか。

彼自身が処方箋を書いたら、魔法薬なんていくらでも用意してくれるだろうに。

物思いに耽っているうちに、貴族街のほうへやってきていたようだ。

路地のほうへ手を引かれていたものの、突然ピタリと立ち止まる。何をするのかと思えば、彼は壁に向かって何やらぶつぶつと呪文を唱え始めた。

すると、魔法陣が浮かび、扉が現れる。

ドアノブのない扉は、何もせずとも自動で開いた。

内部はカウンター席とテーブルが置かれたお店だった。

カウンターの奥では、マスターらしき猫耳の白髪男性が、優雅な様子でお皿を拭いている。

「いらっしゃいませ!」

猫耳の 男性給仕係(ウエイター) が笑顔で出迎えてくれた。

ふんわりと、香ばしい 珈琲(コーヒー) の香りが漂う。

そこは看板のない、魔法で出入りできる喫茶店のようだ。