軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(おまけ話)悪役令嬢は愛されてる!!!

アンジェリカは激怒した。必ず、かの厚顔無恥の女を彼の側から排除しなければならぬと決めた。

考えるより先に、結論が出ていた。

立ち止まるという選択肢が、 最初(はな) から存在しない。

アンジェリカはウィルフォード・グリーンウォルドの妻である。

(……あれ、デジャヴ? 省略!!)

とにかく、泥棒猫が許せない。

◇◇◇

エルマの花の咲く頃、穏やかな屋敷に、アンジェリカ付きのメイドで、ケビンの恋人でもあるハリエットの声が響いた。気が利くし、可愛いが、とても声が大きい。

「奥様~~~っ!」

帳面から顔を上げたアンジェリカは、腹に手を当てたまま目を細めた。

「まあ、どうしたの? そんな大声を上げて──」

「泥棒猫襲来ですぅぅぅ!」

第一子を宿してから、アンジェリカは穏やかに過ごすことに注力してきた。

だが、今の一声で、そんな配慮は頭から飛んだ。

「誰ですの」

「ミシェル様ですぅ! 謝罪したいと申して入り込み、なぜか旦那様のいるほうへ向かいましたぁ!」

あのとき奪われたのは婚約者。

今、狙われているのは夫。

妊娠中に狙ってくるなんて……!

アンジェリカは立ち上がった。

妊娠中の妻がいる屋敷へ来て、夫へ手を伸ばすなぞ傲岸不遜にも程がある。

なぜ懲りないのだ。コテンパンにされたくせに、立ち向かってくるとは、あまりにも学習能力がない。

アンジェリカとの格の違いをこれでもかと見せつけたのに。

まさか、また『可哀想なわたし作戦』で男を落とそうとしているのだろうか? あれは、ミシェルの十八番である。瞳を潤ませ、胸にしなだれ、「えーん、あたち、かわいそうなの」とやらと泣くのだ。

騙される男が馬鹿だと侮るなかれ、泥棒猫は手練れだ。慣れていない男などイチコロ。

もちろん、エリックを庇う気は針の穴ほどもないが、泥棒猫の『手』は姑息であることは強く強く言いたい。

アンジェリカは、愛するウィルフォードが、泥棒猫にイチコロされる男などと思っているわけではない。断じてない。ないったら、ない。

だが、彼は純粋で優しいのだ。

万が一、あの女に靡くなんてことがあったら……ああ、だめだ、想像だけで、視界が霞む。

「ハリエット、案内してくれる?」

アンジェリカの表情は笑っているのに、目だけが笑っていなかった。

「泥棒猫が来たのなら、追い払うまでよ」

──などと言いながらも、アンジェリカは不安だった。

ウィルフォードが、泥棒猫を選んでしまったら……死んでしまう。

訓練場に着いた途端、「ウィルフォード様、どうか、わたしをこの屋敷に置いてください!」と叫ぶミシェルの声が聞こえ、アンジェリカは眩暈がした。

ハリエットに支えられているが、立っているのがやっとである。

なんせ、ミシェルは、アンジェリカと同じ手を使っているのだ。

ここに居座り、既成事実を作って、妻の座を得る──これが、アンジェリカの作戦であり、しかも成功している。

でも、彼女のほうが男受けがいい。

自分があの女に負けているとは思ってはいないが、『男の好きな女』と『女が憧れる女』はイコールじゃない。

それにアンジェリカは可愛くない。

泣かないし、助けも求めないし、父にだって言いたいことはズバッと言うし、嫌なことは絶対に折れない。

そんな 可愛くない女(アンジェリカ) より、 泥棒猫(ミシェル) のほうが男は……いや、ウィルフォードは好きなのでは……?

──アンジェリカは、妊娠中でメンタルがブレブレだった。

そのとき、ウィルフォードの声が訓練場に響いた。

「すまないが、ここに置くことはできない」

迷いなく断る夫の声に、アンジェリカの足元は少しだけ安定した。

だが、次のミシェルの言葉で、全身にまた力が入る。

「そんな、わたし何でもしますから……! どうか、どうか……」

いかにも庇いたくなる、哀れで可憐な仕草だった。

学園では、あれに絆される男が後を絶たなかった。だが、ウィルフォードは表情を変えずに口を開く。

「『何でも』?」

「……! はい! 何でも!!」

「では、エルマのための肥料集めを手伝ってくれるのならば考えよう」

「……え?」

肥料集め。それ即ち、牛の糞集めである。

エルマ畑には欠かせない仕事で、この領では誰も馬鹿にしない。「何でもします」と言うなら、まずそこへ回されるのは自然な流れだった。

それが分かっているからこそ、ミシェルも「そんなことはしたくない」とは言えず、たじろぐ。

「牛は好きか? 城下に農場がある。そこの息子が腰を痛めてな。二週間ほど人手が足りない。その穴を埋めてくれるなら助かる」

ミシェルの顔が引きつった。

きらびやかな屋敷に置いてもらう話から、牛舎で働く話へ飛んだのだ。無理もない。

「ええっと……そういうのではなく……その、侍女とか……」

「うちにはメイドしかいない」

「で、では、メイドでもいいのですが」

「足りてる」

「……奥様が妊娠中でお寂しいでしょう? わたしがお慰めしますよ」

ぴしり、と空気に一線が入ったように、その場が張りつめた。整列していた騎士たちが一歩下がる。

「 去(い) ね」

「……ひっ」

「お客様がお帰りです。ご案内なさい、ハリエット」

アンジェリカは、そこで初めて声を出した。

もう眩暈はない。

ウィルフォードが迷わず拒んだ。この事実だけで、足元はしっかりした。

「今の振る舞いは、リツェンハイン伯爵家へきちんとご報告いたしますわね、ミシェル様」

ぎゃあぎゃあ喚くミシェルがドナドナと外に連れ出される様子を見ながら、アンジェリカはほっと息を吐く。

「ウィルフォード様が、ミシェル様を選ぶかと思うと怖かったです」

つい漏れ出た本音は言うつもりがなかったのに、出てしまった。

こんなことを言うなんて、まるで余裕がなくて嫉妬深い嫌な女では……? と落ち込みながら腹を撫でる。

「人が多いところであまり可愛いことを言うな」

「え?」

聞き間違いかと思って顔を上げれば、耳の赤いウィルフォード。

アンジェリカは、ふふっと笑い、ウィルフォードの腕に自分の腕を絡めた。

「私、とっても幸せですわ」

「ああ、俺もだ」

ぴゅーぴゅーと口笛を吹かれ、からかわれながら幸せを噛みしめたのであった。