軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話(ミア視点)

このジルトニア王国には最近まで聖女が二人いた。

一人は私……、そしてもう一人は一つ年上の私の姉……フィリア・アデナウアー。

フィリア姉さんは天才だった。聖女として必要な知識も力も私などは及びもつかず、出来ないことは何も無いって思わせるくらいの完璧さが彼女にはある。

結界を張るくらいなら私でも出来る。もちろん、フィリア姉さんには劣っているが……今は引退している先代聖女である伯母や先々代聖女の祖母よりも威力が強いと褒められたことがあるので、それなりの力は発揮出来ているはずだ。

彼女が凄いのは従来の聖女の仕事だけでなく、新薬の開発や魔物の生態系調査、農業の発展などそういう別分野の研究も行って、国民たちの生活全体を支えていたことである。

私はそんなフィリア姉さんを心から尊敬していたし、そんな姉がこの国の第二王子であるユリウス殿下との婚約を発表したときは跳び上がるほど嬉しかった。

自慢の姉がゆくゆくは王妃になると考えると国は安泰だと心から思えたからだ。

それなのに――。

ある日、姉はこの国からいなくなった。私に何も伝えずに、突然彼女は隣国のパルナコルタ王国の聖女となったのだ。

両親にその件について聞いても彼女が自ら進んで隣国に行くことを決めたとしか言わなかった。

どうやら、パルナコルタは聖女がいなくなったらしく、物凄い大金と資源と引き換えにしてこのジルトニア王国からフィリア姉さんを買ったらしいのである。

両親は黙っているが信じられないことに結構な大金を受け取っているらしい。

父はさっそく大きな屋敷を買おうと王都で最も有名な建築家と話をしており、母は宝石や高級な衣類を買い漁っていた。

「何か欲しいものはあるか?」と聞かれたが、私は吐き気を抑えるので精一杯だった。

姉さん、なんで一人で行ってしまったの……? 父も母もどうして、姉さんがいなくなってもそんなに平気でいられるの……?

確かにフィリア姉さんは向上心が強く、私が物心ついたときから家を出て修行をしていたので、あまり家に執着はしてないのかもしれないとは思ったことはあるけれど……。

だからといって、聖女として誰よりも国の為に頑張ってきた彼女をあっさり引き渡してお金を受け取るなんて、私は到底その感覚を受け入れられない。口では寂しいとか、悲しいとか言ってるけど、今まで見ていた両親とはまったくの別人に見えてきて怖かった……。

どうも違和感がある。フィリア姉さんは本当に 自(・) 分(・) の(・) 意(・) 志(・) で隣国に行ったのだろうか……? そもそも、殿下と婚約していたのだからそういう話が来るならフリーの私の方じゃない……?

そうだ。殿下は自分の愛する婚約者を隣国に売るみたいな真似をしたのは不本意だったと言ってたらしい。国の将来を考えて自分の幸せよりもそちらを優先した、と涙ながらに語っていたみたいなのだ……。

彼ならフィリア姉さんが隣国の聖女になった経緯を知っているかもしれない。

今日、父が侯爵になった記念のパーティーに殿下が来る。私はスキを見て彼に真相を聞いてみるつもりだ。

フィリア姉さんが100パーセント、自分の意志でパルナコルタに行ってしまったのなら私は何も言わない。自分も姉のように国のために尽くせる聖女になると誓って、寂しいのも我慢するし、仕事も頑張る。

私は両親のことを信じたい。でも、このモヤモヤした気持ちを放っておくことは出来ないんだ。

だから、殿下に近付いて質問をするはずだった――。

でも、その前に……ユリウス殿下は私に――。

「ミア・アデナウアー……。僕の妻になってくれないか? 可憐で美しい君こそ僕の妻にふさわしい……」

数日前にフィリア姉さんとの婚約を解消したユリウス殿下はこともあろうに元婚約者の妹である私に求婚した――。

これはどういうこと……? まさか、姉さんは――。

心の中のモヤモヤは解消するどころか、頭の中がどうかしてしまうほど大きくなってしまった。殿下、あなたは何を考えているの――? 唐突な出来事に私は……頭の中が真っ白になってしまっていた……。

◆ ◆ ◆

パーティーで私に求婚をしてきた姉の元婚約者であるユリウス殿下。

普通、愛する婚約者を失って数日で別の女性に求婚って非常識なんじゃ……? それも、婚約者の妹である私に……。

フィリア姉さんが居なくなって自暴自棄になったのか……。いや、そんな感じには見えない。自信満々といった表情だし……。

殿下がもし、姉の元婚約者でないなら求婚を前向きに受け止める可能性はあったと思うけど……。このタイミングでこんなことを言ってくるような人とは正直言って絶対に夫婦にはなりたくない。

でも――。

ユリウス殿下はフィリア姉さんが隣国に行ってしまった話の真相の鍵を握ってるかもしれない――。

それに、両親は王家と懇意にすることを悲願だとしている。それはフィリア姉さんが婚約をするという報告をしたときに言ってたから間違いない。

両親がフィリア姉さんを送り出しても平気そうな顔をしているのが、変だと思ったのはこの辺も絡んでいる。王家と親族になれるチャンスを失ったのに、そこには一言も触れなかったからだ。

まさか、両親は私が殿下から求婚されることを知ってた……?

とにかく本当のことを突き止める為には、何とか殿下の口を割らせなくてはダメだ。彼に近付いて探らないと……。

「――少しだけ考えさせてください。敬愛している姉が隣国に行ってしまってまだ間もないので、結婚なんてとても考えられないのです。お声をかけてくれたこと自体は嬉しかったのですが……」

私は嘘をついた。ユリウス殿下の求婚などこれっぽっちも嬉しくなかったし、おぞましいとすら思っている。

ただ、今の時点で彼の不興を買うことは真実を知る上で明らかに悪手。だから、自分を殺して接しなきゃいけない。

だからといって、ホイホイ求婚を受けるのも良くない。焦らして、冷静さを失わせて、欲しい情報を引き出すの……。

駆け引きは得意じゃないけど……フィリア姉さんのことをはっきりさせられるのなら、私は鬼にだってなってみせる。

いつもニコニコ笑ってると思ったら大間違いなんだから……。

「ふむ。そうだな。君が姉君を尊敬しているのは知っている。これは、僕が軽率だったようだな。君の姉は素晴らしい聖女だった。まさに完璧という言葉が相応しく、僕には勿体ない人だったよ」

「殿下にそう仰ってもらえて姉も嬉しく思うでしょう」

あっさりと殿下は引き下がった。隠していたつもりだが、私の不快感を察したのかもしれない。

だけど、彼のアプローチはこれで終わらなかった。

「ならば……、一度婚約の話は忘れてもらって、僕と遊びに出かけないか? 君に僕のことをもっとよく知ってもらいたいんだ」

殿下は私をデートに誘ってきた。下から上に舐め回すように視線を送りながら……。

私は無言で頷いた。彼の懐に入り込むことが出来れば……真実を知ることが出来るだろうから……。

そんな私の気持ちを知らない彼はニンマリと笑いながら、手を振って私から離れていった。フィリア姉さんは、本当に彼に愛されていたのか……私の疑心暗鬼は相当深くなっている……。

「はっはっは、ミア。聞いたぞ、ユリウス殿下がお前に求婚したって。もちろん、オッケーしたんだろ?」

パーティーが終わると、上機嫌そうに笑いながら父が私に話しかける。

やっぱりおかしい。こんな非常識な求婚を笑っていられるなんて……。

「いいえ。お父様……、フィリア姉さんのこともありますし。今すぐに結婚など私には――」

私は殿下の求婚を保留にしたことを父に話した。

すると、父の目つきが鋭くなる。私が姉の名前を出したその瞬間に。

しかし、それはほんの一瞬だった。彼はすぐに笑顔を作り――。

「そうか、そうか。確かにあの子が居なくなったばかりなのに時期尚早だったな。しかし、フィリアも隣国の聖女として新たな人生を歩みだしているのだ。彼女は愛する妹の幸せを願ってると思うよ」

フィリア姉さんが新たな人生を……、か。聖女として歴代の誰よりも功績を立てて、王子と婚約して……、これから幸せの絶頂に向かうってときに……それが崩れたっていうのに――。

それにしても父もちょっと違和感があるけどほとんど普段どおりだ。

殿下にも探りを入れるつもりだし、父からも出来るだけ情報を仕入れたい。

良い子のままじゃダメだよね……。狡くならなきゃ、上手く騙して油断させて、それからええーっと――。

この日から、私は……なぜフィリア姉さんが婚約破棄をして隣国に売られるみたいな真似がまかり通ったのか、本気で調べてみることにした。

殿下と何度も会って、したくもないデートをしたり……、両親が居ないときを見計らって家探しをしたりして――。

それにしても、聖女としての仕事も当然ながら多くこなすことになったけど、最近魔物の数が異常に多い。

フィリア姉さんが居れば何か原因がわかったんだろうけど――。

姉さん、せめて手紙くらい送ってくれないかなぁ――。