軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その7

猶予は、雪が降るまでの僅かな間まで。

このレニア領は、冬になるとかなり雪が積もる。さすがにサルジュでも、そんな積雪の中で穀物を成長させるのは困難だろう。

だから、すぐにでも復旧に取りかかろうと、ふたりで農地に向かった。

この計画について、アレクシスには事前に説明し、承諾を得ているようだ。

いつの間に、と思ったが、サルジュが少女の魔力を抑えようと森に結界を張り、アレクシスが駆けつけたときのようだ。あのときから、穀物畑の復興させようと考えていたのだろう。

無理だけはするな、と言われたようだが、サルジュはすでにその言葉も頭にないようである。だから自分がしっかりとしなければ、とアメリアは決意する。

改めて農地を見渡すと、見事なくらい、何もなくなっていた。

「……」

収穫間際の穀物畑だけではなく、毎年春に咲いていたアーモンドの花も、サルジュと歩いた道も、すべてなくなってしまっている。

変わり果てた故郷の姿に、さすがに胸が痛くなる。

「アメリア。大丈夫だ」

そんな気持ちが伝わったのか、先を歩いていたサルジュが立ち止まり、そっとアメリアの手を握ってくれた。

「できる限り、元に戻すから」

「サルジュ様」

そんなことまで可能なのか、と思ったが、サルジュなら可能なのだろう。

穀物畑さえ再現できれば、これから一年は何とかなる。それだってかなりの労力だろうに、アメリアのために思い出の場所まで再現してくれると言ってくれた。

その気持ちが嬉しくて、アメリアは笑みを浮かべる。

「……ありがとうございます。でも、ご無理だけは、なさらないでください。過去の思い出よりも、今のサルジュ様の方が、ずっと大切ですから」

「うん。わかっている」

そう伝えると、サルジュは少し照れたように、静かに頷いた。

研究熱心なあまり、ときには家族の言葉さえ聞き流しがちなサルジュが、アメリアの忠告だけはしっかりと聞き入れてくれる。

思えば、最初からそうだった。

あの頃のアメリアは元婚約者の策略で、周囲からの評判もかなり悪かった。それなのに、サルジュはそんな噂に一切惑わされず、アメリアを信じてくれた。

だからこそあの頃のことも、大きな傷にならずに、こうして静かに思い返すことができるのだろう。

アメリアはふと、サルジュの部屋に飾られていたレニア領の絵を思い出した。

サルジュは植物学の研究のために、持ち帰れない貴重な植物をスケッチしていた。その延長で絵を描くようになったようだが、レニア領の景色がとても気に入ったらしく、それを描いてくれたのだ。

もし故郷の景色が元に戻らなくても、サルジュの部屋にはいつも、あの頃の景色が残されている。

そう思うと、少し救われたような気持ちになった。

農地に広がる巨大な魔法陣は、撤去するのも大変そうだ。

サルジュが熱心にこの魔法陣を調べていたのも、効率よく撤去するためだったようだ。

けれど、いざ撤去しようとしたそのときに、王城に帰ってきたはずのユリウスがひとりで戻ってきた。

「サルジュ」

「兄上?」

かなり急いだらしいユリウスの姿に、サルジュも不思議そうに首を傾げる。

「アレク兄上が、魔法陣の撤去を待つように、と」

思いがけない言葉に、アメリアはサルジュと顔を見合わせた。

魔法陣を撤去して穀物畑を再生させる計画は、事前にアレクシスにも伝え、その許可を得ていたはずだ。

この短い時間に、何があったのか。

ユリウスは、王城に戻ってからのことを説明してくれた。

「王城に戻ってすぐに、例の少女が目を覚ました。魔力の暴走が収まったからか、少し落ち着いた様子だった」

この大陸までの転移は、彼女ひとりの力ではなく、この巨大な魔法陣があってこそだったようだ。だからこそ、魔法陣を撤去してしまえば、元の場所に戻れなくなってしまうらしい。

アレクシスはあの場から、光魔法の存在を感じ取っていた。

本来ならば光魔法には呪文も魔法陣もいらないはずだが、魔法を補助するために魔法陣を描くことはあるようだ。今回も、そういう理由だったのだろう。

「はっきりと話してくれたのはそれだけで、この国に来た目的や、自分の名前などは、まだ思い出せないと言っている」

「それは……」

帰れなくなってしまうから、魔法陣はそのままにして欲しい。

けれど自分の目的や出自は、まだ思い出せない。

そう言うことらしい。

まだ幼さを残す少女とはいえ、さすがにアメリアも少し不信感を持ってしまうが、それはユリウスも同じだったようだ。

「俺はこれだけの魔法陣が、あの少女ひとりを転移させるために展開されたものとは、どうしても思えない。一刻も早く撤去するべきだと思う」

ユリウスは、他国からの侵略を警戒しているようだ。

そう言われて初めて、アメリアもその可能性に気が付いた。

これだけ大きな魔法陣だ。ある程度の人数なら、転移できても不思議ではない。

だがアレクシスとエストは、今は様子見をすると決めたようだ。

もしあの少女が他国の王女という可能性がある以上、慎重に動いた方が良いと判断したのだろうか。

それに、あの魔法陣に光魔法の痕跡を感じ取り、身内かもしれないという感覚を持っているのかもしれない。

「アレク兄上には、サルジュとアメリアを連れて王城に戻ってこいと言われているが、俺はここに残るつもりだ」

ユリウスはその言葉に従わずにレニア領に留まり、この魔法陣を見張るつもりのようだ。

いつも仲の良い四兄弟の意見が、ここまで分かれたのは初めてかもしれない。

王太子で長兄のアレクシスがそう言うのなら、アメリアもサルジュも今は穀物畑の復興を諦めて、王城に戻るべきなのだろう。

けれどユリウスの懸念も正しいのではないかと思ってしまう。

ここはアメリアの故郷で、両親や領民たちがいる。得体の知れない魔法陣を残したまま立ち去るのは、不安だった。

「……サルジュ様」

どうしたらいいのかわからず、アメリアはサルジュを見る。

彼はずっと、静かに考え込んでいた。

「私も王城には戻らない。ここに留まって、農地の回復に専念する」

アメリアの視線を受けて、サルジュはそう告げた。