軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その4

地方領主であるレニア伯爵家は、その屋敷も自然の中にある。

敷地だけは広いが、周囲も整備された街道ではなく、土を踏み固めただけの簡素な道ばかり。

この素朴な故郷の地を、アメリアは愛していた。

鳥の鳴き声。風の音。

澄んだ空気。

そして、どこまでも広がる穀物畑。

すべてこの身に馴染み、当たり前のように存在していた。

けれど、その穀物畑が消えている。

エストと一緒にその様子を見に来たアメリアは、その惨状に言葉をなくした。

周囲にあったアーモンドの木や、作業のための小屋などもなくなり、最初から何もなかったかのように、更地になっている。

その地面で、淡く光る巨大な魔法陣。

今年は豊作で、収穫間近だった。

領民も、両親も、そしてサルジュとアメリアも、その収穫を心待ちにしていたというのに。

「そんな……」

「大丈夫ですか?」

立ち止まり、ようやく震える声でそう言ったアメリアを、背後にいたエストが支えてくれる。

彼もまた、驚いた様子だった。

「これは、予想以上の惨事ですね。これではサルジュが、ユリウスが何を言っても帰ろうとしなかったのがわかります。まず、サルジュを探しましょうか。カイドが一緒にいるはずです」

「はい」

アメリアは頷き、周囲を見渡した。

これだけ何もなくなってしまったのだから、すぐに見つかるだろう。

そう思ってしばらく周囲を歩き回ったけれど、サルジュの姿はなかった。

父が戻る前には、たしかにここにいて、熱心に魔法陣を調べていたはずだ。

さすがに不安になって、エストを見上げる。

目を閉じて、何かを探っていた様子のエストは、小高い丘の向こう側を示した。

「ここから移動したようですね。……向こうです」

エストは王族だけが使える光魔法で、過去を再現し、サルジュの行方を突き止めたようだ。

「魔法陣が妨害して、方向しかわかりませんでしたが、あの森のようですね」

彼の指示した先は穀物畑ではなく、近くにある森だった。大きく伸ばした枝が空高くまで伸びて、昼でも薄暗いような場所だ。

薬草や果実採取のために、時々地元の人間が立ち入るだけの、静かな森である。

なぜ穀物畑を離れたのかわからないが、サルジュはそこにいるようだ。

アメリアはエストと一緒にその先に向かい、森の前で立ち止まった。

「これは……」

エストが顔を顰める。

結界のようなものがあり、先に進むことができない。

アメリアは何度も先に進もうとしたが、どうしても阻まれる。まるで見えない壁があるようだ。

「サルジュ様!」

焦ったアメリアが必死に名前を呼ぶが、返答はなかった。

エストは難しい顔をして周辺を探っている。アメリアが縋るように見上げると、静かにこう言った。

「これは、サルジュの魔法です。この森に入れないようにしたのは、サルジュでしょう」

「サルジュ様が?」

森を結界で覆ったのがサルジュ本人と知り、アメリアは少し落ち着きを取り戻した。

彼は閉じ込められているのではなく、自ら森を封印したのだ。

サルジュがそうしたからには、きっと何か理由がある。

(この森に、いったい何が?)

更地のようになってしまった穀物畑のように、この森も何か変化があったのではないか。

そう考えて注意深く探ってみるも、森は静かで、人の気配も感じられないくらいだ。

あの魔法陣も、森の中までは届いていない。

(……でも)

微かな違和感。

すっかりと身に馴染んだサルジュの魔力とは違う、異質な魔力を感じる。それは護衛騎士のカイドのものとも違っていた。

「エスト様」

それを伝えると、彼は険しい顔をして森を見つめる。

「残念ですが、私ひとりでは、サルジュの魔法を破ることができません。ユリウスに連絡して、すぐに来てもらいます。一度、屋敷の方に戻りましょう」

「……はい」

すぐにでもサルジュに会いたい気持ちを抑えて、アメリアは頷いた。

光魔法が使える王族たちは、離れていても会話することができる。エストはすぐに、まだ王城にいるユリウスと王太子のアレクシスに事情を説明したようだ。

きっと、ユリウスはすぐに駆け付けてくれるだろう。

サルジュのことは心配だったが、もともと体が丈夫ではないエストに、あまり無理をさせるわけにはいかない。

それに、きっとカイドがサルジュを守ってくれている。彼が一緒にいるのだから、大丈夫だ。

アメリアはサルジュのことを心配しながらも、一度屋敷に戻ることにした。

すると、そこにはすでにユリウスとマリーエの姿があった。

「マリーエ!」

サルジュのことが心配で、落ち着かない気持ちだったアメリアは、その胸に飛び込む。

マリーエは驚きながらも、アメリアをしっかりと抱きとめてくれた。

ゆっくりと背を撫でて、慰めてくれる。

「大丈夫。すぐに会えるからね」

「うん。ありがとう」

優しいマリーエの言葉と温もりに、少しずつ冷静さを取り戻した。

「ユリウス様、エスト様」

難しい顔で話し込んでいる、ふたりの名前を呼ぶ。

「サルジュ様がここまでしたのには、きっと理由があると思います。それを知らないまま、結界を解除してしまうのは、危険かもしれません」

「そうか」

ユリウスは静かに頷き、エストを見る。

「兄上、サルジュはどうして森に移動したのでしょうか?」

「再現してみましたが、魔法陣に邪魔されてしまって、サルジュが移動した方向しかわかりませんでした」

首を横に振り、そう言ったエストに、ユリウスも考え込む。

「たしかに、この魔法陣にはまだ強い魔力が残っている。ここで問題なく魔法を使えるのは、サルジュかアレク兄上しかいないだろう」

「そうですね」

この魔法陣があっては、サルジュの結界を破ることも難しいようだ。

「王城にいて欲しかったが、アレク兄上に頼るしかないか……」

「そうですね」

ふたりとも、アレクシスを呼ぶしかないと判断したようだ。

遠く離れた王城にいるアレクシスと会話しているらしいふたりを、アメリアはマリーエに寄り添われながら、見守っていた。

きっとアレクシスなら、この状況を何とかしてくれるだろう。

しばらくして、アレクシスがひとりで現れた。

魔法で移動してきた彼は、穀物畑だった場所を見て、険しい顔になる。

「兄上?」

「これは……。この魔法陣は、光魔法だ。俺たち以外に、光魔法の遣い手がいるのか?」

衝撃の言葉に、この場にいた者の視線がすべて、アレクシスに集まる。

アメリアも、呆然として彼を見つめていた。