作品タイトル不明
78 私の帰る場所(本編 最終話)
「無礼な人でしたが、どうやら私達の助けは必要無かったみたいですね。
上手く利用出来た様で安心しました」
背後から掛けられた声に私達が振り向くと、メルレ伯爵夫妻と義両親がそこに居た。
義実家はあれ以来メルレ家との親交を続けているらしい。
「お久し振りですメルレ夫人。
ご子息もお元気でいらっしゃいますか?」
「ええ、お陰様ですっかり良くなって、毎日走り回っておりますわ。
その節は本当にありがとうございました」
「いえ、お元気になさっているなら良かったです。
……ところで、利用とは?」
先程のメルレ夫人の言葉の意図が掴めずに首を傾げる。
夫人はそんな私に耳打ちした。
「ほら、周囲をご覧になって。
貴女達夫婦に向けられる視線が、この会場に入ったばかりの時とは違っているでしょう?」
「………あら、本当ですね」
それは嬉しい誤算だった。
心なしか周囲の目が好意的な物に変わっている様に感じる。
クリス様の潔癖で生真面目な対応と、私達の仲睦まじい様子を見た人達は、噂に疑念を持った様だ。
この分ならば、お喋りな雀達はあちこちで勝手に囀ってくれるだろう。
「ふふっ。これで少しは面倒な噂が落ち着くかもしれないわね」
お義母様は私に向けてパチッとウインクをした。
「皆様方、ドリンクは如何でしょう?」
私達が談笑していると、通りかかった給仕係が色とりどりのドリンクを勧めてくる。
「あら、美味しそうね。頂くわ」
お喋りをしていて丁度喉が渇いていた私達は、思い思いのグラスを手に取った。
「こら、ミシェル。勝手に飲んじゃダメじゃないか」
「えっ?」
夫同士で会話をしていたはずのクリス様がいつの間にやら斜め後ろに忍び寄っており、私の手からロゼ色のドリンクが入ったグラスをスッと取り上げる。
「私が毒見をした物しか飲まない約束だろう?」
クリス様はそう言いながら、当たり前の様に私のグラスに口を付けた。
「過保護だな」
「過保護ですわね」
「ちょっとやり過ぎでは?」
「それも愛ゆえでしょうね」
二組の夫婦が生温かい目で私達を見ながらコソコソと囁き合う。
恥ずかしいので毒見とか本当にやめて欲しいのだけど、以前私が失態を犯したせいなので、強く抗議が出来ない。
熱くなった顔を隠す様に俯くと、お義母様とメルレ夫人が「あらあら」「ウフフ」と揶揄う様に笑った。
お義父様も一緒に笑っていたのだが、遠くの方に何かを見付けて少し顔を強ばらせる。
「それにしても、あのご令嬢、大丈夫だろうか?」
お義父様の呟きにその視線の先を辿ると、人混みの向こうにさっきのベルモン子爵父娘が見えた。
二人は白髪の男性に挨拶をしている様で、男性はベタベタと無遠慮にテレーズ嬢の肩や腕に触れ、テレーズ嬢は頬を引き攣らせながらやんわり距離を取ろうとしている。
先程のテレーズ嬢は父親に無理矢理私達の元へ連れて来られただけで、全くクリス様に興味がなさそうだった。
寧ろ、自分の娘を『愛妾でも良いから高位貴族に売ろう』と考えている節のある父親に、侮蔑の眼差しを向けていた。
シッカリしていそうに見えたし、あの父親の子だとは思えない位だ。
だが、あの父親では、また性懲りも無く、地位や財産を持った男に娘を無理矢理嫁がせようとするだろう。
おそらく、あの白髪の男性も、その候補者の一人なのだと思う。
状況は全く違うが、望まぬ結婚を強要されるかもしれない彼女と、不仲な婚約者がいた頃の自分を重ねてしまい、何とも言えない苦い気持ちになった。
彼女に明るい未来は無いのだろうか?
「ちょっと心配ですね」
溜息交じりに思わず零れた私の言葉に、反応してくれたのはメルレ夫人だった。
「彼女の行く末が気になるのでしたら、こちらで侍女として雇う事も可能ですよ」
「えっ? 本当ですか?」
「ええ、お安い御用ですよ。丁度侍女が一人退職した所でしたので」
ご厚意に甘えて、もしもテレーズ嬢が希望したら雇ってもらえる様にとお願いした。
侯爵家の紹介ならば、あの父親も反対し難いだろう。
昔よりはかなりマシになったらしいが、この国の女性の地位はまだまだ低い。
貴族の女性が職に就く事はとても難しいし、職種も限られる。
そして、成人していても令嬢の婚姻には家長の許可が必要となるのだ。
そんな負の文化も、少しずつ変わってくれると良いのだけれど。
「さあ、心配事が解決したなら、そろそろ私と踊ってくれないか?」
「ええ、喜んで」
差し出されたクリス様の手を取り、ホールの中央へ進む。
小規模な夜会には何度か参加しているので、クリス様とダンスを踊るのもだいぶ慣れて来た。
「愛する妻と王宮の夜会に参加するなんて、以前の私には考えられない事だな」
「ふふっ。
私もこんなに穏やかな気持ちでこの場所に来られるなんて思いもしませんでした。
私を陥れたアルフォンス様とステファニー様に感謝しないと」
「不本意だが、そうかもな」
クリス様は複雑な表情で頷く。
「でも、夜会も楽しいですが、そろそろジェレミーとヴァレールが恋しくなって来ましたね」
「……陛下が君に聖女に戻らないかと言った時、実は少しだけ心配だった。
君が侯爵領に帰ることを選んでくれて良かった」
「あの時、そんな事を考えていたのですか?」
「だって君、陛下にちょっと見惚れてただろ?」
あ、バレてた。
私は少し気まずくなって視線を逸らす。
「素敵なオジ様だなって思って、ちょっと見ていただけですよ」
「……やっぱり」
「だけど、どんな素敵な人も、私の旦那様とは比べ物になりませんよ」
そう言って満面の笑みを向けると、クリス様の頬が微かに赤みを帯びた。
(あ、照れてる。可愛い)
正直に言えば、光の魔力を持ちながらも、聖女の義務を充分には果たせていない今の状況に対する罪悪感は、どうしても拭えない。
だけど、たまたま光属性の魔力を持って生まれてしまった者だけに、我慢を強いるこれまでの国の在り方は間違っていたのだと思う。
新しい国王陛下なら、きっとそれを改善してくださるはずだ。
こんな事を言うと無責任だと思われるのかも知れないけれど……、
今の私には、顔も知らない大勢の国民達よりも、大切にしたい物が出来てしまった。
血の繋がりは無くても、私はジェレミーを愛しているし、私が産んだヴァレールもジェレミーと同じくらいに愛している。
そして、勿論、今私の目の前にいるこの人の事も───。
私の帰るべき場所は、家族の元なのだ。
だから、難しい事は全部、最も高貴な方に解決して頂いて、私は自分の手が届く範囲の平和だけを守って行こうと思う。
「この夜会が終わったら、早くお家へ帰りましょうね」
「ああ、そうだな」
大切な人達が待っている、あの温かな場所へ。
【本編・終】