軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

77 噂と現実と

「あの……どこか変でしょうか?」

王家主催の夜会に参加する為、いつもよりも豪華に着飾った私を目にしたクリス様は、時が止まってしまったかの様に固まった。

いつもならばジェレミーと競う様にして、大袈裟なまでに褒めちぎってくれるクリス様が一言も発さないので、なんだか不安になってしまう。

「ご心配なく。ミシェル様の余りの美しさに言葉を失っているだけです」

「まさか、そんな」

フォローしてくれたジャックさんの言葉を否定すると、固まっていたクリス様が漸く口を開いた。

「いや、そのまさかだ。

今、私は自分の語彙力の無さに絶望している。

どんなに言葉を尽くしても、君の美しさは表現しきれないだろう」

「やめて下さい!

そこまで褒められると、お世辞にしか聞こえません」

甘過ぎる台詞を贈られる事には、まだ慣れていない。

「全て真実なのに」

「もう行きましょう。遅れてしまいます」

小さく溜息をつくクリス様の手を強引に引いて、そそくさと馬車の方へ向かった。

ジャックさんとチェルシーも苦笑しながらついて来る。

私達が到着した時には、既にホールは招待客で埋め尽くされていた。

入場した私達夫婦を遠巻きにチラチラと伺い、ヒソヒソと何かを囁く人々。

怪文書やそれに纏わる新聞報道などで、私の不名誉な噂はほぼ払拭されたが、クリス様の方の噂はまだ消えていない。

親交のある貴族家が主催する小規模な夜会には、徐々に夫婦で参加している。

そういった場で私達と交流し、夫婦仲の良さを目の当たりにした人達は、クリス様の噂がデマだと分かってくれたみたいだが、まだ王都まではその事実は広まっていない。

そして今日もまた、噂を鵜呑みにして、自分の娘をクリス様に売ろうと企む馬鹿な貴族が、私達に擦り寄って来た。

「お初にお目に掛かります、デュドヴァン侯爵、侯爵夫人。

お会い出来て光栄です」

ベルモン子爵と名乗ったその男性は、恭しく頭を下げた。

二十歳にも満たない位の年若い令嬢を一人連れている。

「顔を上げろ。何用だ?」

クリス様の冷たい対応にもめげず、ベルモン子爵は媚びを多分に含んだ笑みを浮かべる。

「侯爵様にお目に掛かれる機会など滅多にございませんので、せめてご挨拶だけでもさせて頂ければと……。

あ、因みにコレは私の娘でテレーズと申します。

どうです? なかなか美しい娘でしょう?

もしも侯爵様がこの子を気に入って下さったなら───」

クリス様の妻である私を前にして、堂々とそんな話をするなんて、ちょっとどうかしてる。

妻公認で浮気三昧だとでも思っているのか?

実際は、浮気のうの字も心配する必要が無いのに。

「美しい? そうだろうか?

申し訳ないのだが、私は自分の妻以外の女性を美しいと思った事が無いから、よく分からんな」

強張った表情で丁寧なカテーシーを披露した愛らしいご令嬢を、一瞬だけチラリと視界に映したクリス様は面倒臭そうに答え、私の腰を引き寄せて頭頂部にキスを降らせた。

その対応を見ていた周囲の貴族達が微かに騒めく。

「ジャック、お前はどう思う?」

「俺は……、そちらのご令嬢もお美しいとは思いますが、ミシェル様はそれを凌ぐ程の魅力をお持ちだと思いますよ」

心にも無い事をサラリと口にして、私に甘い微笑みを投げたジャックさん。

過剰な褒め言葉が恥ずかしくて、私の頬に熱が集まる。

「……お前は二度とミシェルを見るな」

ご自分でジャックさんに話を振った癖に、クリス様は不機嫌そうに顔を歪めて、私を背中に隠した。

「は? 今回俺は護衛として来ているんですよ?」

「お前もデュドヴァン家の騎士ならば、目を瞑っても護衛任務くらいは簡単に遂行出来るだろう」

「無茶言わないで下さい」

クリス様とジャックさんの奇妙な遣り取りを、子爵はポカンとした顔で見ている。

「ごめんなさいね、子爵。

私の夫は、噂と違って、ご令嬢に賛美の言葉一つ贈る事も出来ないくらい不器用な人なの」

私がフォローすると、クリス様はピクッと片眉を上げた。

「不器用とは心外だな。

君以外の女性に贈る賛美の言葉など持ち合わせていないだけだよ」

「もうやめて。恥ずかしいです」

「そういう訳だから、子爵」

クリス様は私に向けていた甘やかな表情を消して、再び冷たい視線をベルモン子爵に向けた。

ボンヤリしていた子爵は急に呼び掛けられてハッと我に返る。

「はっ、はいっ。何でしょう?」

「せっかくの機会だからこそ、ご令嬢にはもっとお若い方達と交流を持たせる事をお勧めする。

無闇に既婚男性に近付かせると、余計な憶測を生むかもしれないからな。

妙な噂が立ってしまったら、ご令嬢の将来に影響するだろう?」

「あ……、はい、全くもって仰せの通りですな。

いや、今後は気を付けます」

子爵は慌てた様子でペコペコしながら、額の冷や汗をハンカチで拭う。

そんな父親の姿を冷めた目で見ていたテレーズ嬢は、あからさまにホッとした表情で私達に深々と頭を下げた。

娘に引き摺られる様にしてその場を離れて行く子爵の背中を眺めながら、私はそっと溜息を吐き出した。