軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46 契約の変更?

─────……ル。

───ミシェル。

優しく私の名を呼ぶ低い声に導かれて、夢の淵から戻って来る。

瞼を開くと、至近距離に透き通った青の瞳があった。

「着いたぞ、ミシェル」

どうやら私は、いつの間にか旦那様の肩に思いっ切り凭れ掛かって眠ってしまっていたらしい。

身支度の為に早起きし過ぎた事が敗因か!?

「ーーっ! うっ…わ……、スミマセン!」

慌てて飛び退いて、必死に頭を下げると、旦那様は苦笑気味に「構わない」と答えた。

私はさり気無く自分の口元に触れる。

(あ、良かった。ヨダレは垂れてないみたい)

穴があったら入りたいどころでは無く、穴があったら入って埋まってそのまま滅びたい!!

……全く、何が『私は何処まで許されるか』だ。

そんな事を考えていた側から、盛大にボーダーラインを踏み越えてしまったかもしれないと思い、心の中で自分を罵った。

私がアワアワしている間に、チェルシーと旦那様はサッサと馬車を降りていた。

後に続こうと扉をくぐると、いつもと違う手が差し出される。

「ミシェル、手を」

私にエスコートの手を差し伸べる旦那様の耳は、微かに赤く染まっていた。

「あ、はいっっ!」

予想外の出来事に慌てた私は、何故かとても元気良く返事をしてしまい、その羞恥で一気に顔が熱くなる。

それを見た旦那様は、フワリと柔らかく笑うと、私の手を握ったままでスタスタと歩き出した。

「え、あの、旦那様?」

「何だ?」

「手、が……」

「ああ、ミシェルの手は思ったより小さい」

オロオロする私を振り返らずに、謎の感想を返す旦那様。

(いや、そーゆー事じゃ無くてっ!!)

私達の後ろをついて来るチェルシーとレオに、助けを求める視線を投げたけど、二人とも素知らぬ顔で目を逸らした。

何人かの薬師の元を回ったが、旦那様が(何故か手を繋いで)同行してくれたせいか、何処に行っても好意的に受け入れられた。

やはり、彼は領民からも慕われているらしい。

旦那様は、平民の女性とも一定の距離を保つ必要があるが、貴族令嬢達と違って身分差が大きい為か、彼女達の方から気軽に近付いて来る事は無かった。

こんな美丈夫が街をウロウロしたら、あっという間に女性に囲まれてしまうのではないかと危惧していたのだが、デュドヴァン侯爵領の女性は礼儀正しい人が多いらしい。

いや、もしかしたら、領地内では旦那様の女嫌いは周知の事実なのかもしれない。

「あ、貴女が噂の聖女様ですね?」

二件目の薬師さんからそう言われ、一瞬『悪虐聖女』の噂の事かと身を強ばらせたのだが、彼はニコニコとフレンドリーな様子。

「王都では大変な思いをなさったとか。

ですが私共としては、聖女様が領主様の奥様になってくださって、嬉しい限りです」

「歓迎して下さって、ありがとうございます。

私もこちらに嫁いで来る事が出来て嬉しいですわ」

どうやら、王都で出回っているという怪文書の内容が噂になっているらしい。

そういう事件があった事は、新聞を読んでいるので知っていたが、既に国境近くの平民街にまで広く噂が流れているとは思わなかった。

交渉はとても順調に進み、作って貰う薬の種類、量、ラベルの付け方、報酬などが、とんとん拍子に決まって行く。

取り敢えず、一般的によく使われている薬の方が結果が分かり易いだろうと言う話になって、風邪薬、胃腸薬、鎮痛剤、傷薬、湿布薬を作って貰う事になった。

殆どの交渉を旦那様がしてくれて、スムーズに終わったはずなのだが……。

慣れない席に立ち会ったせいか、予定していた全ての薬師との面会を終えた頃には、私は少しだけ疲れてしまっていた。

「大丈夫か? ミシェル。

慣れない話し合いで緊張しただろう?」

「大丈夫ですよ」

「いや、あまり顔色が良くないから、この後の予定はキャンセルしよう。

治療院の方に協力して貰うのは、薬を作り終わってからだから、まだ時間的には余裕がある。

すぐに帰るかい? それともお茶を飲んで少し休んでから帰る?」

「済みません、では、お茶を頂きたいです」

「分かった」

緊張していたせいもあって、喉が渇いていた。

最後の訪問先では、コーヒーを出してくださったのだが、残念ながら私はちょっとコーヒーが苦手なのだ。

旦那様は近くのカフェに私を連れて行った。私達が休んでいる間に、レオが、この後会う予定だった治療院の方々の元へ行き、予定の変更とお詫びを伝えて来てくれるらしい。

なんだか大事になってしまったみたいで申し訳ない。

少し疲労を感じただけなのに、旦那様は結構心配性だ。

カフェでは何も言わずとも、当たり前のように個室に案内された。

流石は領主様である。

疲れに効くらしいハーブティーを淹れて貰い、その香りを楽しんでいると、旦那様がいつに無く緊張した様子で話し始めた。

「君と二人で話す機会があったら、言おうと思っていた事があるんだ……」

「なんですか? 改まって」

「勝手な事を言って、申し訳無いが……君と出会った時の、私の発言を撤回したい」

初対面の時に話したのは、確か結婚の契約についてだった。

契約内容の一部を変更したいと言う事だろうか?

「………どの発言ですか?」

旦那様の私を見る眼差しは、思った以上に真剣で、微かな予感に鼓動が早くなり始める。

私は、ゆっくりと言葉を紡ぐ旦那様の唇から、目が離せなくなった。

「君を、愛さないと……言った事」

※その頃、デュドヴァン侯爵邸で留守番をしていたグレースは……

「あぁっ、もう!!

不器用な旦那様の恋の行方が気になり過ぎて、食欲が出ない!

クッキー十枚しか食べられないわっ!」

そう嘆きながら十三枚目のクッキーに手を伸ばし、料理長を呆れさせていた。