作品タイトル不明
34 絶対に許せない事件
商会に注文してあった品物がやっと届き、私はそれを抱えて鼻歌を歌いながら自室に戻った。
「奥様ご機嫌ですね。何ですか? それ」
「ふふっ。額縁よ! ジェレミーが描いてくれた絵を、この部屋に飾るの」
グレースの質問に満面の笑みで答えた私は、ジェレミーの絵をしまってあった机の引き出しを開けて……、固まった。
「……無い」
しかも、その引き出しの隅に、小さな紙片が落ちているのに気付いて、サッと血の気が失せた。
その紙片には、私の髪と同じ色の、亜麻色の絵の具が付着していたから。
(これは、もしかして………、考えたく無いけど、ジェレミーの絵の、一部?)
カタカタと震える私の異変に気付いたグレースとペネロープが、困惑気味に近付いて来る。
「あの、奥様? どうかなさったのですか?」
「無いのっっ、ジェレミーの絵が! それに……、これ……」
「ーーーっっ!? これは……っ!」
残っていた紙片を見せると、二人もその意味に気付き、大きく動揺した。
その時、部屋の扉がノックされた。
ショック状態の私に代わって、ペネロープが対応してくれる。
来訪者はフィルマンだった。
「あの、奥様、大変申し上げ難いのですが……、邸内のゴミ箱にこちらが……」
フィルマンが差し出したのは、破られた絵の一部だった。
ジェレミーに貰った絵が嬉しかった私は、邸内の使用人達にそれを自慢して歩いた。
だから、欠片を見ただけでもそれが何か気付いた使用人が居たらしく、フィルマンに報告が上がったのだ。
引き出しの中の紙片にフィルマンが持ってきてくれた物を足しても、到底元のサイズにはならない。
私は部屋を飛び出し、各所を回ってゴミ箱をひっくり返した。
泣きそうな顔でゴミを漁る私を、グレース達が必死で止める。
「奥様っっ! もうやめて下さい!
私どもが探しますからっ!」
その言葉に漸く手を止めた私の背を、ペネロープが優しく摩ってくれる。
「お部屋に、戻りましょう? 皆んなが集めてくれますから。ね?」
私は力無く頷き、大人しく部屋へと戻った。
ペネロープが私を気遣って、好物のロイヤルミルクティーを淹れてくれたが、どうしても口を付ける気にはならなかった。
冷めて行くミルクティーをボンヤリと眺めながら、グレース達を待つ時間は恐ろしく長く感じた。
「これで全部かどうかは分かりませんが、邸内の全てのゴミ箱の中を探しました」
「……ありがとう」
紙片を抱えて戻って来てくれたグレース達に、なんとかお礼を伝えたが、笑顔を作れていたかどうかは分からない。
紙片をひとつひとつ広げて、パズルの様に並べ、丁寧に張り合わせて行く。
「どうして、こんな酷い事を……」
この絵をプレゼントしてくれた時のジェレミーを思い出す。
喜ぶ私を見て、少し頬を染めて恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑ってくれた。
万年筆を失くして落ち込んでいた私を慰める為に、きっと一所懸命考えて、この絵を描いてくれたんだろう。
───それなのに、誰かがその思いを踏み躙った!
ただの絵だと言われればその通りなのだが、私にとってこの絵は、ジェレミーの思いやりを象徴する物だったのだ。
(許せない、絶対に)
涙が目尻に滲んできたから、絵に雫が垂れない様に、袖口で乱暴に拭った。
居合わせた使用人達も手伝ってくれて、三分の一ほどの修復が終わった頃、家庭教師の授業を受け終わったジェレミーが、騒ぎを聞き付けて、私の部屋を訪れた。
「……母様、大丈夫ですか?」
遠慮がちに掛けられた声に顔を上げると、心配そうな青の瞳と目が合った。
その瞬間、ずっと堪えていた涙がツーっと頬を伝った。
「っ……ごめっ……、ごめんなさい、ジェレミー。
貴方が、折角……描いてくれたのに、こんな……」
途切れ途切れに謝罪しながらボロボロ涙を流す私を、ジェレミーは強く抱き締めた。
「良いんですよ、母様のせいじゃ無い。
母様が喜んでくれるなら、また何枚でも描いてあげますから」
ポンポンと背中を叩いて慰めの言葉をくれるジェレミーに縋って、子供みたいにワンワン泣いた。
きっとジェレミーだって、こんな風に悪意を向けられて、ショックを受けているに違いないのに。
大人の私がしっかりしなくちゃいけないのに……。
そう分かっていても、どうしても感情を抑える事が出来なかったのだ。
「……母様を泣かせるなんて、許せないな」
ジェレミーは私を抱き締めながら、聞いた事もない低い声でポツリと呟いた。