作品タイトル不明
8.あなたと一緒に(2)
リディア達が降りた場所は、王都の外れから広がる森の中だ。周囲に道らしき道もない。
(ここからどうしよう)
さっきの襲撃でよくわかった。王都に絶対安全な場所など、きっとない。
これからの生活を考えると、不安で押し潰されそうだ。
「……リディア。このままじゃ、きりがない。俺、やっぱり一旦王宮に行くよ」
「え?」
リディアは驚いて、レイを見返す。レイは、静かな目でリディアを見つめていた。
「レイ? だって、王宮に行ったらレイは最悪、反逆罪で罰せられちゃうかもしれないんだよ?」
「でも、このまま俺といると、リディアまで犯罪者扱いされる」
レイの言葉に、リディアはひゅっと息を呑む。
レイの言う通りだった。このままレイと逃亡すれば、遅かれ早かれリディアは犯人隠避の罪で追われる身となるだろう。シリルが事実関係を説明して誤解を解くにしても、相応の時間が必要なはずだ。
「そう……だよ……ね」
頭ではわかっている。わかっているのだけれど、すぐにそうしようとは言えなかった。
(今レイが出頭したら……私だけ普段の生活に戻ってのうのうと暮らすの? レイを犠牲にして?)
リディアはぎゅっとこぶしを握り、小さく頭を振る。
「ダメよ。そんなことできない」
「リディア。すぐに戻ってくるから」
「ダメ。絶対にダメ。だって、レイは何も悪いことをしていないもの。こんなの、おかしいわ」
リディアは決意を込めた目で、レイを見上げる。
「レイのことは、私が守ってあげる」
「……リディアが俺を?」
「ええ」
「無茶だよ、こんな細い腕で」
「それでも、守るの。言ったでしょう? レイのことを見捨てたりしないって」
リディアの言葉を聞いたレイは、どこか泣きそうな顔をする。
そして、ぎゅっとリディアを抱きしめた。
「リディア、好きだよ。世界で一番」
「……知ってるわ」
もう、何回も、何十回も、ひょっとすると何百回も言われた。
レイはいつだって、純粋にリディアに愛の言葉を告げていた。
リディアは少し体を話し、レイの頬を両手で包み込む。
「私もレイが好きよ」
その瞬間、レイが大きく目を見開く。
本当は、薄々自分でも気づいていた。
レイがいてくれて生活が潤いを増し、レイが笑ってくれると自分も嬉しくなる。
初めはただの同情だった。傷だらけだったレイを放っておけなかったのだ。
それで、彼を買って、名前を与え、成り行きで一緒に暮らし始めた。
気づけばレイはリディアの日常の中心にいて、彼がいることが当たり前になっていた。
とっくのとうに彼に惹かれていたのに、保護者である年上の自分がレイに惹かれるのなんてよくないと言い聞かせて、気持ちに蓋をしていた。
けれど、いざレイと離れるかもしれないという事態に直面して、気持ちに蓋をし続けるのが難しくなった。
レイは息を止めたように彼女を見ている。
「リディア。……今、なんて言った?」
「…………」
「リディア」
もう一度と言われると、急激に恥ずかしくなる。
リディアは赤くなった頬を隠すように俯いた。
「だから、あなたを見捨てられないってこと」
「違う。ちゃんと言って」
「あー、もう! 恥ずかしいから言わせないで!」
「だーめ。聞きたい。ねえ、リディア。俺のこと、どう思ってる?」
絶対に逃さないと言いたげに、レイがリディアを木陰に追い込み、両側に腕をつく。囲い込まれるような体勢になり、リディアは観念した。
「……レイのこと、好きよ」
次の瞬間、荒々しく唇を奪われる。
まるで食べられてしまうのではないかと思う長く深いキスののちに、ようやく離れたレイは心底嬉しそうに笑う。蕩けてしまいそうな甘く、優しい瞳でリディアを見つめながら。
「リディア。俺とずっと一緒にいてくれる?」
「うん」
「ああ、リディア。リディアがいてくれれば、俺は無敵だ」
「ふふっ、大袈裟ね」
リディアはくすくすと笑う。
「本当だよ。ふたりで違う町に行って、一緒に暮らそう」
「それもいいかもね」
国から追われる立場での、逃亡生活。きっと、大変なことも多いだろう。
けれど、不思議とレイと一緒ならなんとかやっていける気がした。
「……町を出るその前に、お世話になったイマンさんにご挨拶をしてもいいかな? 師匠にはこっそり会いに来れると思うんだけど、イマンさんにはもう会えなくなると思うから」
イマンの薬屋が薬を買い取ってくれるからこそ、リディアは自分で生活をすることができた。彼女に何も言わずに町を去るのは、不義理なようで気が引けた。
それに、イマン自身もリディアの納品する薬を少なからず頼りにしているはずなので、ある日突然納品がストップしたら困るはずだ。
「わかった。じゃあ、イマン薬店に行こう」
「うん。レイはちゃんとフード被ってね」
リディアはレイの着ている上着のフードを被せてやる。完全に銀色の髪を隠すことはできないが、目立たなくはなるはずだ。
「うん」
素直に頷いていうことを聞く姿が、たまらなく可愛く見えた。