作品タイトル不明
6.レイの秘密(4)
「だって、あなたは本当は王子なのかもしれないのよ?」
「だから?」
「だからって……」
リディアは言葉を探す。
「あなたには、本来の居場所があるでしょう」
「ここでいいだろ」
「駄目だよ」
リディアは首を左右に振る。
リディアは元々貴族令嬢だったけれど、家から勘当されて今は平民と同じ暮らしをしている。それに、陰で『行き遅れの無能魔女』と言われていることも知っている。
レイの表情が暗くなる。その変化に、リディアの胸はざわついた。
「私は、あなたの未来を潰したくないの」
「未来?」
「王族なら、できることがたくさんあるはずよ。私なんかのそばにいるより幸せに――」
「リディア」
遮るようにレイに名前を呼ばれ、リディアはびくっと体を震わせる。
「リディアは俺を追い出したいの?」
「違っ! そうじゃなくって──」
「じゃあ、どうしてそんなこと言うの」
聞いたことがないような低い声で問いかけられ、それ以上言葉が続かない。
鋭い眼差しには、明確に怒りの色が見えた。
(どうしよう。すごく怒っているわ)
こんなレイを見るのは、初めてだった。
「私はただ、あなたのためを思って」
「俺のため?」
レイはハッと笑った。
「なんで俺のためを思うとそんな言葉が出るの? 俺がいたいなら、ずっとここにいていいって言っただろ」
どこか泣きそうなレイの表情を見て、胸がぎゅっと押しつぶされそうな痛みを感じる。
リディアはレイの視線から逃げるように、彼から目を逸らした。
「たまに帰って来たくなったら、いつでも来ていいわよ。だって私、レイのことを本当の家族みたいに思っているもの」
作り笑いを浮かべて、リディアは努めて明るく言い放つ。
「本当の家族?」
「ええ。レイのことは弟みたいに大切に思ってる」
次の瞬間、ぐいっと腕を引かれた。
「きゃっ……!」
あっと言う間に視界が反転する。
気づけば、リディアはソファーに押し倒されていた。上から覆いかぶさるように、レイがリディアの顔を覗き込んでいる。
「レイ、何するの……!?」
驚いたリディアはレイに抗議する。
「俺のこと、弟みたいに大切だって?」
「ええ、そうよ」
リディアはこくこくと頷く。
「残念だけど、俺はリディアのことを姉だと思ったことは、一度もない」
「……そっか」
答えながらも、内心ではショックだった。
少なからず懐かれていると思っていただけに、全部自分の勘違いだったのだろうかと悲しくなる。
「じゃあ、なおさらなんの未練もなく王宮に──」
「リディアはさあ、俺が欲しいもの、ちゃんとわかってる?」
「え?」
リディアは言葉に詰まった。ギシッとソファーのスプリングが軋む音がして、レイの顔が近づく。
「俺はリディアのそばがいい。リディアがいれば、それでいい」
熱がこもった囁きが聞こえると共に、唇に温かいものが重なる。
「――っ!」
一瞬、何が起きたかわからなかった。
抵抗しようとレイの胸を強く押すが、びくともしない。
レイはリディアの後頭部に手を回し、逃げられないように頭を固定した。
(なんで、なんで、なんで!)
柔らかくて、温かくて、力強い。
逃げようとしても逃げられない、強引なキスだった。
けれど、十分すぎるほど甘くて、リディアの息は乱れる。
「レイ、なん……で……」
ようやく唇が解放されたとき、リディアは息も絶え絶えだった。
レイはそんなリディアを見下ろし、唇に弧を描く。
「目がとろんとしてる。気持ちよかった? 可愛い」
「そんなことっ!」
羞恥で顔が熱くなるのを感じる。
「ほっぺが真っ赤だね。リディアはなにしていても可愛い」
「レイ……」
「何? 弟とこんなことするなんて、悪いお姉ちゃんだね」
わざと耳もとで息を吹きかけるように、からかうような声音で囁かれる。
そうしてまだ唇が重なる。今度は一回目よりももっと深く、長く。
「……リディア。俺から離れるなんて、許さない。俺はリディアのものでしょ? だから、ずっと一緒にいようね」
リディアはどこか現実感なく、レイの囁きを聞く。どこか狂気じみているのに、本気で拒むことができない。
(レイ……)
もし本当にレイが王子なら、本来なら言葉を交わすこともなかっただろう。
弟のように大事なら、心を鬼にして突き放すべきだ。
それなのに──。
危ういほど近づいた距離を拒むことができなかった。