作品タイトル不明
6.レイの秘密(3)
「あまり知られていませんが……王族は母親の腹の中にいる時点で王宮魔術師に加護を受けます。洗脳や精神干渉から身を護るためです」
「ああ、知っている。だが、それが今何の関係がある?」
「レイさんには、私の加護の痕跡があります」
「なんだと⁉」
シリルは素っ頓狂な声を上げる。
リディアはそれがなにを意味するのか分からなかった。
「レイは、カーティスさんが加護を与えた王族だってことですか?」
「はい。ですが、元平民である私が加護を与えた王族はふたりしかいないのです」
「そのふたりって?」
「側妃殿下の子……第二王子と第三王子殿下です。なので、レイさんは第二王子のアシュレイ・ルクレイン殿下です」
リディアは息を呑んだ。
「……第二王子?」
掠れた声が漏れる。
信じられなかった。
奴隷として売られていたレイが、傷だらけで名前すらなかった彼が、王族だなんて。
しかも第二王子は──。
「……第二王子って、生まれてすぐに亡くなったんじゃ?」
「はい。そのはずです。ですが、第三王子はご健在ですから」
「……どういうこと?」
リディアは混乱した。
第二王子と第三王子に加護を与えたカーティス。
その加護を持っているレイ。
死んだはずの第二王子。
そこから導き出される答えは──。
「第二王子は死んでいなくて、フォシニとして生きていたってこと?」
「そういうことになるな。確かに年の頃も一致しているし、この異常な魔力量もソルヴィアであることも、王族って言われたほうが納得できるな」
シリルは険しい表情のまま言った。
リディアはそれを、呆然としながら聞く。
(レイが、王子様?)
なら、死んだはずの王子は誰なのか。
どうしてレイはフォシニとして売られていたのか。
どうして今まで誰も気づかなかったのか。
そして、一体誰がそんな大それたことをしでかしたのか。
次々に疑問が湧き上がる。
「……レイさん。ひとまず、私と一緒に王宮に行きませんか? 行くべきです」
カーティスが真剣な顔でレイに告げる。レイは少し小首を傾げた。
「断る。俺は行かない」
迷いのない眼差しで、レイは答える。
「おい、レイ!」
「王族だがなんだか知らないけど、興味ない。そもそも会ったこともない人なんて今更親だとも思わないし会いたくないし」
レイはシリルとカーティスを睨む。
「レイ、落ち着け。お前がもし本当に王子なら、本来あるべき場所がある。確認するだけでも──」
「そんな場所、知らない。自分が王族とか、どうでもいい」
「お前、自分が何を言っているかわかってるのか?」
「わかってる!」
レイは語気を強める。
「戻らない。身分も金も親もどうでもいい。俺はリディアのそばにいる」
リディアの胸が大きく鳴る。
「レイ……」
カーティスは困惑したような表情を浮かべ、シリルは呆れたように額を押さえた。
「……相変わらず、重症だな」
「うるさい」
「まあ、お前らしいがな。で、どうする?」
シリルはカーティスに目を向ける。カーティスはじっと目を閉じてから、おもむろにレイを見つめる。
「わかりました。今はあなたの気持ちを尊重します。ただ、私は王宮魔術師という立場で国に仕える身。今明らかになったことを報告しないわけにはいきません。それはいいですね?」
「だめって言ってもどうせ報告するんだろ」
レイはカーティスを睨む。
「申し訳ありません。ですが、あなたを不幸にしたいわけではないんです」
「どうだか。リディアと引き離そうとするやつが俺の幸せを願っているとは思えないけど」
カーティスは苦笑する。しかし、リディアは全く笑えなかった。
(……嘘でしょう?)
レイは王子かもしれなくて、それなのにリディアと一緒にいたいという理由でここに留まろうとしている。
王宮魔術師を辞退するのとはわけが違う。
もし本当にそうなら――レイには、本来歩むべき人生があるはずだ。
(だめ。このままだと、レイの人生を私が潰しちゃうかもしれない)
リディアはぎゅっとこぶしを握った。
その夜。
カーティスとシリルが帰ったあとも、リディアは落ち着かなかった。
台所で食器を洗いながらも、何度も昼間のことを思い出してしまう。
「リディア。お風呂沸けたよ。先に入る?」
お風呂場から、レイがひょこっと顔を出す。
いつもと変わりない態度なのに、なんだかレイが遠くに感じた。
「……ねえ、レイ」
「うん。何?」
「その……」
どう切り出せばいいかわからず、リディアは口ごもる。
フォシニとして生きてきたレイが、自分を助けてくれたリディアのことを慕っているのは重々承知している。
だからこそ、これはリディアからレイに言わなければならないと思った。
リディアはすうっと息を吐いて深呼吸すると、レイを真っすぐに見つめる。
「王宮に、行ってみてもいいんじゃないかしら」
その瞬間、空気がスッと冷たくなった気がした。
レイの表情から、笑顔が抜け落ちる。
「……どうして? なんでリディアが、そんなこと言うの?」
声が冷たい。リディアは居心地の悪さを感じて身じろいだ。