作品タイトル不明
6.レイの秘密(1)
その男が訪ねてきたのは、昼過ぎのことだった。
薬草を刻んでいたリディアは、扉を叩く音に顔を上げる。
「はい」
返事をしながら、扉横の窓から外を覗く。以前なら何の疑いもなくドアを開けていたが、レイを買い取りたいという男が現れて以来警戒しているのだ。
外を確認すると、見知らぬ男の薄茶色の目と目が合った。
長身で、黄色みの強い金髪を肩まで垂らしている。ややたれ目で、年齢は四十代中盤だろうか。華美ではない黒の外套を纏っており、立ち姿からは品のよさを感じた。
(えっと……誰?)
記憶を探るが、全く見覚えがない。
「どちら様でしょうか?」
「突然のご訪問失礼いたします。私は魔法庁のカーティス・ロウと申します。こちらにレイさんという方がいらっしゃると思うのですが」
ドア越しに、男が答える。
「レイは今、不在です」
「それでは、暫くお待ちさせていただいても?」
「魔法庁の方が、一体なんの用ですか?」
リディアは警戒しつつ、尋ねる。
「レイさんと、少しお話させていただきたく」
「王宮魔導士になら、ならないと思いますよ。私も説得しましたけど本人の意思は変わらなかったので」
「えっと……その話もそうなのですが、是非ともご本人とお会いしたく──」
会っても無駄だと伝えているのに、男は同じ言葉を繰り返す。
(なんでこんなにレイに会いたがってるの? ますます怪しい……)
相手が熱心であればあるほど、逆に怪しく感じる。
リディアは絶対にこのドアを開けるものかと決意する。
「とにかく、お引き取りください。レイと会わせることはできません!」
「そこをなんとか──」
男がそう言いかけたそのとき、「あれ? お前、カーティスか?」と第三者の声がした。
リディアは窓から声のほうを見る。そこには、驚いた表情のシリルが立っていた。
「シリルさん⁉ お久しぶりです」
男の横顔に、喜色が浮かぶ。
「おお! やっぱりカーティスか! 本当に久しぶりだな」
一方のシリルも表情を明るくする。ふたりはお互い歩み寄ると、軽い抱擁を交わして笑顔で話し始めた。
(え? 師匠の知り合い?)
驚いたリディアは、恐る恐るドアを開ける。
ひょこっと顔を出すと、シリルと目が合った。
「リディア。こいつはカーティス・ロウ。俺の元同僚だ」
「そ、そうなんですね。リディアと申します。先ほどは失礼しました」
散々不審者扱いしたあとだけに若干の気まずさを感じつつ、リディアはカーティスにお辞儀をした。
「いえ、構いません。こちらこそ突然訪ねてしまい申し訳ありませんでした」
カーティスは指先で頬を掻きながら、苦笑いする。その態度を、リディアは意外に思った。
(王宮魔術師にこういう人って珍しいわ)
リディアが家庭教師の代理で来ただけのシリルを気に入ったのには、わけがある。
魔法使いが珍重されているこの国──アルファールでは、多くの魔法使いが特権意識を持っている。特別扱いされることに慣れきってしまい、どこか傲慢で鼻につくのだ。
その点、シリルはそういった傲慢さが一切なく純粋に市民のために魔法を役立てたいという思いが伝わってきたので、リディアは彼を気に入った。カーティスからは、同じような雰囲気を感じた。
リディアがそれを伝えると、シリルが「それは……」と口を開く。
「カーティスは今は準貴族の爵位を持っているが、元は平民だったんだ。王宮魔術師としての功績が認められて、今の地位を得た。優秀な魔法使いだ。俺が保証する」
「へえ。そうなんですね」
リディアは驚いて聞き返す。
「私は、平民であるシリルさんが王宮魔術師になられたのを知って、彼に憧れて採用試験を受けました。だから、シリルさんに褒められるのは照れますね」
カーティスは少し照れくさそうにはにかむ。その様子には裏がないように見えて、リディアは彼に好感を持った。
「ところで、カーティスがなんでここを訪ねてきたんだ?」
シリルがカーティスに尋ねる。
「全科目満点の歴代最高得点を取った志願者があっさりと合格を辞退したと聞き、どうしても会ってみたくなりました」
「全科目満点の歴代最高得点?」
「はい」
「レイの奴、本当は受かってたのか!?」
シリルが目を丸くする。
(あ、やば)
リディアはまずいと思う。レイが『リディアが落ちたから』というわけのわからない理由で合格辞退したことはシリルには黙っていたのだ。
なので、シリルは今の今までレイが普通に採用試験で落ちたのだと思っていたはずだ。