作品タイトル不明
5.正体不明の追っ手(5)
「おそらく、リディアが触れたことでレイと俺、それに印紋の術者の魔力がうまく混じり合ったんだ。それで、消しきれなかった印紋まで解呪の効果が行き届いて消えた」
「ふえー! そんなことって起きるんですか⁉」
「実際に起きたんだ。無意識でやってるんだろう。リディアは昔から、そういうところがあったしな」
リディアは言葉を失った。
(私がそんな力を持っているなんて)
能無し魔女と言われ続けてきたけれど、ちゃんと人の役に立てているのだと自信がわいたような気がした。
「とにかく、消えたならよかったな」
「はい」
リディアは頷く。
「あ、師匠。もうひとつご報告が」
「今度はなんだ?」
「実は、昨日の帰り道に殺されかけました」
「はあ?」
まるで世間話をするかの調子で「殺されかけた」と報告するリディアに、シリルは呆気にとられる。
「一体どういうことだ⁉」
「それが実は──」
リディアは昨日あった出来事をシリルに順を追って話す。話を聞き終えたシリルは頭を抱えた。
「つまり、誰が何の理由でそんなことをしたのかさっぱりわからないってことだな?」
シリルの確認に、リディアは頷く。一方のレイは少し考えるような様子を見せる。
「レイ、心当たりがあるのか?」
「知っている奴がいたわけじゃないんだけど、前のご主人様の部下にああいうやつらがいたなと思って。魔法を使えて剣も使う人」
「え? それって、レイの前のご主人様がレイを殺そうとしているってこと⁉」
「うーん、そうかもね。逃げたから怒ってるのかも」
レイはあっけらかんと答える。
リディアは衝撃を受けた。
(さんざんレイを利用して、逃げられたら今度は追いかけて殺そうだなんて……)
沸々と怒りがわいてくる。
レイの前のご主人様に対しては最初から印象最悪だったが、これ以上ないところまで落ちたのをさらに突き破ってきた。どこの誰だか知らないが、そいつだけは絶対に許さないと誓う。
「レイ! レイの前の主人ってどんな人なの!? ちょっとしたヒントでいいから思い出せない?」
「うーん……黒髪のおっさん。歳は先生と同じかもうちょい上かな」
「黒髪?」
反応したのはシリルだ。
「師匠! もしかして、心当たりがあるんですか⁉」
リディアはシリルに訴える。
一方のシリルは、眉間にしわを寄せて難しい顔をしていた。
「俺と同年代で黒髪で、かなりの魔法の使い手。さらに、自由に動かせる魔法使いの配下が複数いる……」
「そうです! 心当たりあるんでしょ?」
リディアは詰め寄るが、シリルは難しい顔をしたまま黙り込んだままだ。
「師匠、聞いてます?」
「聞いている。リディア……もし俺の予想通りなら、これは一波乱あるぞ」
「一波乱?」
リディアは意味が分からず、シリルに聞き返す。彼の表情は、いつになく真剣だった。
◇ ◇ ◇
ゆったりとした椅子に座って魔力の補充をしていたダリウスは、トントンというノックの音で閉じていた目を開く。足元に転がるフォシニは魔力を取られ過ぎて浅い息を吐いていた。
「なんでしょう?」
「失礼します。昨晩派遣した部隊ですが──」
そう言った部下の男は、青い顔をしている。
「全滅しました」
ダリウスはぴくっとこめかみを動かす。冷ややかな目で部下を見た。
「昨晩、あなたは何人の部隊を派遣したと言っていましたか?」
「十二名です」
「…………」
十二名。それも、いずれも魔法を使えて剣の腕も立つ者だけを選抜して現地に向かわせた。グレーの髪の青年を殺せと命じて。
(誇張していると思っていたが、町に突然現れた魔獣を一撃で退治したというのも事実なのか?)
王宮魔術師試験に颯爽と現れて史上最高得点を叩き出したにもかかわらずあっさりとその座を辞退した。
十二人の優秀な魔法使いをひとりで相手にし、全滅させた。
どちらも信じられないような話だが、事実だ。それも、同じひとりの青年に関する。
「それと気になる情報が──」
「今度はなんですか」
ダリウスは苛立ちを含む口調で聞き返す。
「レイという男ですが、グレーだった髪が銀色になりました」
「……銀色?」
「染めていたのかと」
部下は頷く。
(銀色の髪……)
脳裏に蘇ったのはかつて見た光景だ。
豪奢なベッドの上で、小さな体は冷たくなっていた。
泣き叫んで錯乱状態の側妃を、侍女達が必死に宥めていた。
(間違いない。あいつだ)
ダリウスはレイという男こそ自分のフォシニだと確信する。
「はっ、ははは……っ」
思わず大きな声で笑いを漏らす。
部下の男はその様子を見てぎょっとしたような顔をした。
「もう私の魔法を打ち消したのか。大したものです」
銀髪は珍しい。だからこそ、誰かに見られても素性がばれないように黒にしていたのに、こんなに早く効果が切れるとは。
ダリウスはガリッと親指の爪を噛む。
(まずいな。このままでは、私の立場が危うくなる。それに、あのお方も──)
魔力が多いのに目が眩んでフォシニにしようと生かしておいたのが間違いだった。
(あの子は死んだのだ。死んだはずの人間がよみがえるなど、許されない)
ならば、次こそ確実に息の根を止めるのみだ。