軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第9話 試練の洞窟(後編)

16

バルドは武神を見つめた。

武神がまたがる黒い巨馬を見つめた。

あれこそは 神馬(しんめ) オルドスタンにちがいない。

戦神マダ=ヴェリは、森の神ウバヌ=ドドとその妻イーサ=ルーサの息子である。

少年の日の名をキドという。

少年キドは雷神ポール=ボーに打ち勝つ力を身につけるため〈大地の剣〉を携えて旅に出た。

その旅の途中で出会った格別に強い敵の一人が、沼神エンモである。

死闘の末打ち勝った少年キドの不屈の精神をたたえ、沼神は自らの愛馬を贈った。

それが神馬オルドスタンである。

一説にはオルドスタンは沼神エンモ自身が変じた姿であるともいう。

以来、少年キドはオルドスタンを愛馬として冒険を続けた。

オルドスタンは何度も少年キドの窮地を救う。

そしてついにキドは五柱の大神に打ち勝ち、武神の列に加えられる。

さらに神々を率いて魔神たちとの大戦に勝利し、戦神マダ=ヴェリとなるのだ。

その戦いを支え抜いたものこそ、神馬オルドスタンである。

愛馬にまたがる武神の姿を見て、バルドは急に寂しさを感じた。

武神は愛馬とともにある。

わしはたった一人じゃ。

その次の瞬間、いやそうではない、と自分に言い聞かせた。

ポルポが魂を込めた革鎧があるではないか。

アイドラが与えてくれた古代剣があるではないか。

この古代剣にはスタボロスの魂もこもっておる。

剣匠ゼンダッタの技も込められておる。

わしは孤独ではない。

バルドは古代剣を抜き放ち、心の中で叫んだ。

スタボロスよ、われとともに在れ!

すると不思議なことが起きた。

古代剣から明るい青緑色の光の粒があふれ出たのだ。

光の粒は地に流れ落ちてかたまり、みるみる大きくなっていった。

やがて光の粒は一つの形にまとまった。

光が静まったとき、そこにはスタボロスがいた。

若き日の力強きスタボロスが。

おお!

おお!

バルドは歓喜した。

死んだはずのスタボロスが、しかも若々しい姿で目の前に現れたことを、バルドは不思議だとは思わなかった。

ここは、どこか。

神々のおわす大フューザの深奥の秘められた場所ではないか。

ここほど神々の恩寵の濃い場所はない、といってよい。

不思議なことが起きないほうが不思議である。

古代剣からあふれ出た青緑色の光は、まだ止まらなかった。

今度はバルドの体を包み込んでいったのである。

光はバルドの体に、そして革鎧に吸い込まれていった。

ばりばりと音を立てながら、筋肉が力を取り戻していく。

まるで若き日の無敵の肉体がよみがえったかのように。

身の内は闘志にあふれている。

血が沸き立ち、息は熱く、眼光は岩をも刺し貫く。

左手に着けた魔獣の骨五本にはひときわ強い光が宿っている。

バルドはスタボロスにまたがった。

闘技場の反対の端には、黒馬にまたがった武神が静かに待っている。

バルドはにやりと笑った。

神馬オルドスタン、何するものぞ。

われに名馬スタボロスあり!

バルドは古代剣を高く高く振り上げ、戦いの雄叫びを上げた。

ここ数年のあいだに古代剣の恩寵を受けてよみがえった身体が、きりきりと引き締まる。

磨き上げた武がよみがえる。

今まさにバルドは生涯で最高の状態にある。

古代剣が、まばゆい光を放った。

今や、古代剣に宿る神竜も、恐るべき神威を隠そうともせず解き放っている。

闘技場の反対側では武神がその全身から闘気を吹き上げた。

武神と老騎士は同時に駆けだした。

この二騎にとって百歩ほどの距離などひとまたぎである。

たちまち眼前に武神が迫った。

大きい。

武神もバルドより大きく、神馬もスタボロスより大きいのだから、武神の顔の位置はバルドのそれより頭二つ分高い位置にある。

武神は左手の盾を左上前方に構え、右手の剣を右斜め上から振り下ろしてきた。

その瞬間、スタボロスが奇跡の伸び足をみせた。

おかげでバルドは自分の間合いに飛び込むことができた。

バルドの左腕が武神の剣を受ける。

そこには魔獣の骨が仕込まれていて、これまで何度もバルドの命を救ってきた。

盾を持つ騎士の強打は必ず右上から放たれる。

左側は盾があるため剣を振れないのである。

武神の攻撃はその正道通りのものだった。

だがバルドは左手に盾を持っていない。

今や武神の左半身は盾に隠れている。

だが右半身は隠れていない。

しかも戦神は右上から剣を振り下ろしているのだから、顔の右半分はがら空きといってよい。

バルドは頭部を左手でかばいながら、戦神のがら空きの顔に古代剣を打ち込んだ。

一瞬の交差を経て二騎はすれ違い、馬足をゆるめてともに振り返った。

バルドの左手に仕込んだ魔獣の骨は、すべて断ち切られていた。

その下の生身の骨も、たぶん無事では済んでいない。

折れているか、少なくともひびが入っている。

かたや戦神の右側頭部は無残だ。

兜はへこみ亀裂が入り、その下の頭蓋骨にも穴が開いて、赤い血が流れ落ちている。

「見事」

戦神は笑みを浮かべてひと言つぶやいた。

たちまち氷の砕け散るような音がして戦神は光の粉となり、飛散して消えた。

鐘が三度鳴った。

17

バルドはスタボロスを降りた。

昔と同じように首をさすってやる。

スタボロスがバルドの顔のあちこちを舌でなめる、その感触も懐かしい。

スタボロスよ。

ようやった。

ありがとうなあ。

バルドは心からの謝辞をスタボロスにささげた。

スタボロスの姿は透き通ってゆく。

次第にその姿は空気に溶け込んでいく。

最後にスタボロスは小さないななきを残し、虚空に消えた。

スタボロスよ。

ありがとうなあ。

バルドはもう一度声に出して言った。

仲間たちがバルドのもとに寄り集まって来た。

ザリアはエングダルの腕に抱きかかえられている。

そのザリアが手のひらを持ち上げ、バルドの左腕にかざそうとした。

バルドは右手で、ザリアの震える両手を優しく包んだ。

よいのじゃ。

もう戦いは終わった。

あとは休め。

「そうかい」

と言ってザリアは目を閉じた。

ひどく汗をかいており、唇はかさかさで、顔色も悪い。

これ以上無理をさせてはならない。

バルドは振り返って闘技場の奥を見た。

そこには六つの入り口が開いていた。

「俺がまず入ってみよう」

とイエミテが言い、一番右の入り口に入った。

そのとたん、入り口は消えた。

「ややっ。

入り口が消えましたな。

むむむ。

つまりこれは、一人ずつ別の入り口に入らなくてはならんのですな」

ゴドンの言う通りだ。

「わっはっは。

なかなかおもしろい趣向ではござらんか。

ではわしが次にまいります」

ゴドンが右から二番目の入り口に入り、入り口は消えた。

バルドに目配せをしてから、カーズが三番目の入り口に入った。

残る入り口は三つである。

バルドはエングダルに、ザリアを下に降ろすよう言った。

エングダルはザリアをそっと床に横たえ、四番目の入り口に消えた。

残る入り口は二つである。

ザリアが弱々しく目を開いた。

「行きなよ、バルド・ローエン。

あの穴の向こうに、あんたの求めてたものがある。

あたしはしばらく休んだらあとから行くさ。

何があるのか、ぜひ見てみたいからね」

バルドはうなずいた。

そして、

おぬしには世話になったのう。

ありがとうなあ。

と礼を言い、五番目の入り口をくぐった。

突然明るい場所に出た。

部屋だ。

真四角な小さな部屋だ。

床は灰色で、奇妙にふわふわしている。

天井と壁は柔らかな白色だ。

燭台はないのだが明るい。

どうも天井全体が発光しているようだ。

振り返っても、壁しかない。

ここからはあの闘技場には戻れないのだ。

先に入り口に入った者たちも、それぞれ同じような場所にいるのだろうか。

だがザリアがあの入り口を通ることはないだろう。

ザリアは本当ならとうの昔に死んでいたはずの年齢である。

これまで生きられたのは、身に取り込んだ精霊の力によるものだ。

その精霊の力をザリアは使い果たしてしまった。

ザリアの中の精霊は弱り果て、いまにも消えようとしているだろう。

精霊が消えればザリアの命もない。

気が付いたのは最後の闘技場に踏み込んだころだ。

もはや後戻りはできなかった。

それにザリアはすべてを覚悟してこの冒険に参加し、力を振るったのだ。

その気持ちは無駄にはできない。

もうあの老婆に会うことはない。

二度とあの奇怪な笑い声を聞くこともない。

バルドはしばし目を閉じて、薬師ザリアの冥福を祈った。

さて、部屋の反対側の壁には扉がある。

扉には取っ手が付いている。

バルドは扉に歩み寄り、取っ手に手を掛けた。

だが、押しても引いても横に引いても、取っ手は動かず、扉は開かない。

バルドは扉をたたいた。

強く強くたたき続けた。

バルドは自分の体が光に包まれるのを感じた。

次の瞬間、バルドはまったく別の場所にいた。