軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話 シンカイ軍再侵攻(後編)

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お前は絶望して死ぬのだ。

それは、グリスモ伯爵がジュールラントに投げつけた呪いの言葉だ。

グリスモ伯爵は、パルザム王国に帰順したふりをしながら、祖国カリザウを滅ぼされた 復讐(ふくしゆう) の機会を狙っていた。

ウェンデルラント王とナパラ・フジモ将軍は、長年信頼してきた侍医に、あるいは家宰に毒を盛られて死んだ。

ジュールラントは譜代の家臣と近衛の騎士に暗殺されかけた。だが、こちらが本命だったのだ。

第一側妃はアーゴライド公爵家の姫である。

現公爵の長男バウクルス侯爵の実の娘であり、ゴリオラ皇国からシェルネリア姫を迎えるという出来事がなければ、おそらくジュールラントの正妃となっていたはずの姫なのである。

おのれの妻に毒の短剣で刺されて死ぬ。

なるほど、それは絶望して死ぬという言葉にふさわしい。

おそらく本来ならこの暗殺はもっと早く起きるはずだった。

だが、正妃を他国から迎えるという、誰も予想していなかったなりゆきのため、それが何かは分からないが暗殺命令が発動する条件が調わなかった。

そう考えればつじつまが合う。

大貴族家の奥深くで暮らしていただろう姫を、どうやって黒い大きな馬車に誘い込んだのかは分からないが、この暗殺は王の侍医や将軍の家宰らと同じころに仕込まれたものと思ってよい。

なぜかといえば、魔獣大来襲のあと王都に召喚されたとき、黒い大きな馬車についてはジュールラントに報告してあり、以来王都の特に宮殿周りと 特区(イザネル) には巡視隊が目を光らせていたからだ。

この計画の悪らつなところは、可能性に気付いたからといって確たる証拠もなしに第一側妃を拘束したり、ましてや結婚を中止したりできない、というところにある。

それは王家と公爵家にとって大きすぎる傷となるからである。

ジュールよ。

ジュールよ。

生きておるか。

わしの不明を許せ。

バルドの手元には、精神の呪縛をはねつける秘宝がある。

ヤナの腕輪が。

もしやこの秘宝を用いれば、第一側妃にかけられた呪いを解くことができたのではないか。

だがバルドはおのれの心に湧き上がる絶望と後悔を押し殺した。

今は悩み迷うときではない。

アーフラバーンとデュッセルバーンは、この手紙に不審を感じた。

戦争について何も書かれていないのである。

なぜか。

大使には何も知らされていないのだ。

そこから導かれるのはこういうことである。

シンカイとゴリオラは、宣戦布告もせずにパルザムに攻め入るつもりなのである。

目下ゴリオラとパルザムとガイネリアとのあいだには軍事同盟が結ばれ通商協定も締結されて、こうしているあいだにもパルザム商人の荷駄隊が城で休息や商談をしている。

それだけの関係を持つ国をいわばだまし討ちも同然に侵略するのだ。

ゴリオラは国としての信義を失い、それは二度と取り戻せないだろう。

二人の決断は早かった。

大使にただちに手紙を書いて本国の状況を知らせた。

また、商人たちにシンカイが再び中原に侵攻を始めたことを説明し、自国の安全な地域にまで引き上げることを勧めた。

商人たちからは大きな不満の声が上がった。

商売をせずに引き返せば大損害なのだから、無理もない。

また彼らの多くは領主、つまり各地の騎士から委託されて商売を行っているのだから、損得以上に引くに引けない面もある。

多くの商人はそれぞれの国に引き返したが、城から動かない者もいた。

さらに独断でガイネリアにも親書を発し、経緯を説明した。

ガイネリアには大使が置かれておらず、必要な連絡調整はある程度ロードヴァン伯爵の裁量に委ねられてはいたが、これは非常にきわどい行いである。

二日後、またも大使から伝令が来た。

当然こちらの手紙はまだ届いていないから、それを読まないうちに出した伝令である。

それはシンカイ軍のパルザム侵攻についての情報である。

なんとシンカイ軍は、ゴリオラ皇国に襲い掛かる前に、パルザム西部の町を侵していたのだ。

三月二十一日、シンカイの大軍が突如ファーゴの街を襲い、制圧した。

二日後には、エジテを制圧した。

その知らせはカッセに届いた。

カッセ執政官は、王都に急使を発し、防衛戦の準備をした。

三月二十八日、シンカイ軍はカッセに現れ、猛攻撃を行った。

カッセは三日で落ちた。

物欲将軍はカッセ執政官とその家族親族を捕らえると、ヒルプリマルチェに引き出し、八つ裂きにした。

そしてその血と内臓をヒルプリマルチェにばらまいた。

ファーゴ、エジテ、カッセに対するシンカイの処置は、以前の寛大なそれとはまったく違った。

逃げそこねた騎士はすべて殺され、シンカイ本国から兵士と行政官が派遣されて、恐怖と暴力で人々を支配した。

そして物欲将軍は、三月の末にオーバス城を陥落させるとそこに守備兵を込め、軍旅を北に向けたという。

大使は、これほど重大極まる情報を今日まで秘匿したパルザム側の行動は許し難いと非難していた。

この情報により、ゴリオラ侵攻以前のシンカイ軍の行動が分かった。

だがその行動が不可解だと、アーフラバーンとデュッセルバーンは思った。

拠点を先に確保したといえば聞こえはよいが、さっさとゴリオラの皇都を攻め落とすほうがよかった。

二つの国を一度に相手にして身動きが取れなくなったかもしれないのだ。

順路からしても不自然で無駄と危険が多い。

どう考えても効率的なやり方には思えない。

アーフラバーンとデュッセルバーンは、そう言い合って首をかしげた。

バルドは二人に説明した。

そうではない、これはまじないなのだと。

物欲将軍にとってはどうしても必要なことだったのだと。

三年前の戦争で、シンカイ軍はパルザムの王都の喉元まで迫った。

そのときパルザムは、〈四謝の舞い〉を行い、それによって引き寄せられた神々の霊力がパルザムを守った。

以来シンカイ軍は敗退に敗退を続け、ついにヒルプリマルチェでは総大将である物欲将軍が敗れて血を流し、すべての占領地を放棄して引き上げざるを得なかった。

その霊力は今もパルザムの国土を覆っている。

これを無力化しなければ、シンカイのどんな軍事行動も危うい。

だから物欲将軍は、敗北の地となったヒルプリマルチェを、自らの血を吸った呪われた地を、あらゆるパルザムの領土と霊的に結合し同一であるその土地を、勝利の象徴として置かれたともいえるカッセ執政官一族の血をもってけがしたのだ。

バルドは徹底した現実主義者であり、迷信浮説を憎むたちである。

であるからこそ、長年の戦歴の中で、神霊に祈願し神霊の力を借りた戦が強い、ということを事実として知っている。

戦というものは生き物のように刻一刻とその姿を変える。

圧倒的に有利だった側が瞬く間に敗北に追い込まれることもある。

そうした戦の勢いや流れというものは人間の力を超えたものである。

また日照風雨などの気象も人の力の及ばないところである。

それらは神霊のつかさどるところのものなのである。

物欲将軍は、自らの 頽勢(たいせい) を、血のまじないによりひっくり返してみせたのである。

もはや神霊はパルザムの守りをしない。

なぜなら物欲将軍のささげた供物を受け取ったからである。

シンカイ兵は勝利を疑わぬ兵となった。

これほど恐ろしい軍はない。

アーフラバーンとデュッセルバーンは、バルドの説明を聞き、深くうなずいた。

そのあとデュッセルバーンが新たな疑問を呈した。

「いや、待てよ。

そこまでは分かりました。

しかしではなぜ、物欲将軍は、そのままパルザムを攻めなかったのでしょう。

ゴリオラの皇都を攻め取ったような恐るべき速度の侵攻を行えば、パルザムの王都を落とすこともできたのではありませんか。

そうすれば、パルザムの国力を背景にゴリオラに攻め入ることもできたでしょう。

いったんファーゴ、エジテ、カッセを落としておいて、そのままゴリオラに攻め込んだ理由が分かりません。

そんなことをすれば、パルザムは警戒を強め、防御態勢を調えてしまうではありませんか。

ファーゴ、エジテ、カッセは、それぞれ重要な拠点であるとはいえ、パルザムの心臓部である王都からみれば、しょせん地方都市にすぎません。

これらの都市を陥落させたからといって、パルザム国の力を大きく削いだとはいえず、むしろ怒りを買うばかりなのではありますまいか」

このデュッセルバーンの疑問を受けて、バルドはアーフラバーンと顔を見合わせた。

アーフラバーンが軽く目で合図をしたのは、このことについては私が説明します、という意味だろう。

「デュッセルバーン。

それでは、駄目だ。

そのやり方をすれば、ゴリオラが落とせなくなる」

「なぜです?

現にゴリオラは手もなく皇都を取られてしまったではありませんか」

「その陥落の仕方には不自然さがあったであろう。

城門を護ろうとした騎士がいた一方で、城門を閉めるのを止めようとした騎士もいたというではないか。

皇宮に向かうシンカイ軍を先導するような動きをみせた騎士もいたという。

また、近衛の指揮官の一人が防御地点を放棄し、敵を迎え入れるような動きをみせたという。

傀儡(かいらい) だ。

物欲将軍は、ゴリオラを攻めるときのために、重要な騎士何人かをおのれの傀儡にしていたのだ。

それが心を操る不思議なわざのせいなのか、それとも買収や脅迫によるものかは分からん。

だが憎らしいほどに急所を突いていた」

「傀儡、ですか。

しかしその傀儡どもは、パルザムの王都を陥落させたあとにゴリオラを攻めるときにも有効だったのではないですか」

「そうではない。

それではだめなのだ。

いいか。

わが国はパルザムと軍事同盟を結んだ。

パルザム王都が落とされるようなことがあれば、援軍を出すことになる。

しかも相手はシンカイ軍となれば、大きな編成替えがある。

傀儡とした者たちがどこに移動になるか分からないではないか。

また、皇宮の防衛態勢も当然見直されることになる。

そうでなくても、物欲将軍が傀儡を仕込んでから少なくとも三年はたっている。

黒い大きな馬車については、皇都にも一部には情報が伝えられ、衛視隊は警戒していたのだから、最近は入っていない。

ただちにゴリオラを攻めなければ、せっかく仕込んだ傀儡が役立たずになってしまうところだったのだ。

だからどうしても、物欲将軍はカッセを落としたあと、ゴリオラを攻める必要があったのだ」

そうだ。

その通りだ。

それに加えて国家体制の違いというものもある。

ゴリオラでは皇王を押さえれば、国全体を牛耳ることができる。

皇王に命令を出させれば、国中の貴族が従う。

どれほど疑問や不満があったとしても、いったんは従う。

その代わり治世に落ち度のあった皇王はたちまち暗殺の憂き目にあうが。

ところがパルザムでは王の支配権というのは、そこまで強くない。

理に合わない命令を出せば、従わない諸侯が出てくる。

だがバルドは心の中で思っていた。

それにしても今回のシンカイ軍の行動は異常だと。

それからまたバルドは思っていた。

黒い大きな馬車とやらの中身についてである。

その中には何があるのか。

なぜその中に入った者は心を操られてしまうのか。

しかも周りの者が一見しただけでは普段通りであるのに、時が来れば傀儡として動き出すというのだから、非常に精密で複雑な呪いが掛けられていると思われる。

竜人、ではないのだろうか。

マヌーノの女王の心さえ操った竜人がいた。

それは竜人の中でも特別に強い力を持つ者だったと、女王は言っていなかったか。

とにかく、シンカイ軍にどう対抗するにせよ、いずれどこかでその黒い馬車の問題をどうにかしなくてはならない。

そうバルドは思念していた。

じつはこの時点ですでに黒い大きな馬車の脅威はなくなっていたのだが、バルドがそれを知るのはしばらくあとのことである。

6

さらに三日後、ヴォドレス侯爵からの密使が到着した。

ヴォドレス侯爵は、皇王の妃であった娘がドリアテッサを暗殺しようとした事件を悔い、ファファーレン家に償いをしたいと考えている。

もともと信義を重んじる人物であるから、ファファーレン家ではこの侯爵を信頼し、必要以上の罰を受けないよう取りはからってきた。

密使はエディナス伯爵バッドガン・イーレンタール。

ヴォドレス侯爵の側近中の側近である。

ファファーレン家の婦人たちは手厚く保護しており、皇宮から引き渡しの要請があったが断ったという。

つまり、アーフラバーンの妻も無事だということであり、ひとまず胸をなでおろした。

バッドガンは皇宮で何があったかを教えてくれた。

シンカイ軍が皇宮を制圧し、皇王がシンカイ軍に降るという勅令を発したあと、皇都在住の有力諸侯は緊急の召集を受けた。

ファファーレン侯爵とヴォドレス侯爵は連れだって参内した。

護衛たちと離れて奥庭に案内されたところ、そこには黒い大きな馬車があった。

それを見たファファーレン侯爵は、大声を出した。

「黒い馬車の中には怪物がおり、人の心を自由に操る。

皇王陛下も怪物に操られているに違いない。

怪物を討って皇王陛下をお助けするのだ」

ヴォドレス侯爵もアーフラバーンから黒い馬車のことは聞いていたので、ファファーレン侯爵の言葉がすぐに理解できた。

だが諸侯にはこの情報は伏せられていたので、反応は鈍かった。

近衛の兵がファファーレン侯爵を拘束したが、侯爵はそれを振り切り近衛騎士の剣を奪うと黒い馬車に突進した。

だが黒い馬車に到達する寸前で、シンカイの騎士たちに斬り殺された。

剣も持たないヴォドレス侯爵はただ見ているほかなかった。

ファファーレン侯爵の死体は運び出され、再び諸侯は一人ずつ黒い馬車に入っていった。

各自の護衛とも切り離され、近衛兵に剣を向けられた状態では拒否のしようもない。

次がヴォドレス侯爵の番というときに、変事が起きた。

向かいの建物の二階から弓矢の一斉射撃が行われたのである。

精鋭弓隊の放つ矢は黒い馬車をまたたくまにハリネズミのようにした。

頑丈な作りの馬車ではあったが、覆いをした窓から何本もの矢が中に飛び込んだ。

射撃を行わせたのは、皇太子カンティエルロイである。

明敏で決断力のある若者で、ファファーレン侯爵を厚く信頼していた。

皇宮は騒然となり、ヴォドレス侯爵は脱出に成功した。

帰宅した侯爵はただちにバッドガンを呼び指示を与えた。

時間との勝負であるということが、よく分かっていたからである。

バッドガンはまずファファーレン侯爵家に向かった。

ところが主立った騎士はおらず、家宰はすでに皇宮に向けて出発したあとだった。

ファファーレン家の女たちはヴォドレス家に向かったという。

それらしい馬車の一団に行き会ったのだが、バッドガンは物陰に隠れてやり過ごしてしまったのだ。

このときバッドガンは迷った。

受けた命令通りなら、ファファーレン家に素早く事情を告げたあと、ただちにロードヴァン城に向かわねばならない。

だが今すぐ家宰を追えば命を助けられるかもしれない。

失うには惜しすぎる人物なのだ。

結局バッドガンは家宰を追った。

そして追いつき、家宰に事情を語った。

今の皇宮はあやしげな者に操られているから、行くべきではないと言った。

家宰は事情を聞きつつも、あるじの遺体を引き取りに来いという正式の呼び出しがあったからには、これに応えなければファファーレン侯爵家の名誉は失われる、と返事して、こう言った。

「ご厚情に感謝いたす。

ヴォドレス侯爵様にもよろしくお伝えくだされ。

どうか若君たちをよろしくお願いします、と。

この変事に際しファファーレンの若君が四人とも皇都の外におられた幸運を、それがしは感謝しても感謝したりない。

この老いぼれたあばら骨の中の心の臓を見たいやつがいるなら見せてやることにいたす。

わが殿も死出の供連れをお待ちであろう」

心の臓をえぐり出して体と別々に処刑し埋葬するのは、反逆者に対する刑罰である。

家宰の覚悟を見届けた以上、バッドガンにはそれ以上重ねる言葉はなかった。

家宰と別れて皇都を脱出しようとしたが、結局この遅れがあだとなった。

皇都の門はすべて閉ざされ、外から入ることはできるが中から出ることはできないようになっていたのである。

機をうかがって潜伏するうちに、いくつかの情報を得た。

ゴリオラ皇国はシンカイ国と同盟を結び、パルザム王国を攻めることが正式に発表された。

シンカイ国とパルザムはかねてから戦争状態にあるため、あらためての宣戦布告はなされないという。

皇太子カンティエルロイは錯乱したため、廃位のうえ拘禁された。

伯爵以上の騎士は、特別の任にある者以外すべて従軍するため皇都に参集するよう勅命がくだった。

ただしロードヴァン城に近い者はロードヴァン城に集結する。

ゴリオラ軍は皇王みずからが出陣して統率する。

軍事上の最高責任者はシンカイ国大将軍ルグルゴア・ゲスカスとする、という内容である。

いくつもの驚くべき内容を含んだ勅命であるが、何よりの驚きは皇王自らが出陣するということである。

皇王は決して皇都の外には出ない。

皇宮の外に出ることさえ珍しい。

それが皇太子を廃位して後継者の指名も済まないうちに遠くパルザムまで出陣するというのだから、とてもではないが正気の沙汰とは思えない。

だが、これは効果的でもある。

この戦争そのものに疑問を持つ諸侯がいたとしても、皇王自らが出陣するという事実はあまりに重く、従軍しないわけにいかない。

皇王が不在であれば元老会議も開けないから、事の理非を議論できるのはすべてが終わってからということになってしまう。

シンカイ軍が人の心を操る邪法を使うらしいということは、政治的な理由からゴリオラ皇国では公表されていない。

仮に公表されていたとしても、皇王その人が他者の意のままに操られたなどという事実を認めるわけにはいかない。

神聖不可侵な 現人神(あらひとがみ) であるという権力基盤に修復不能な傷を付けることになるからである。

それは現在の皇王その人の正邪や生死すらも超えた問題であり、国家存立の基盤に関わる問題なのだ。

勅命は勅命であり、間違った勅命など存在しないのである。

騎士バッドガンは、そのほか、ファファーレン家の婦人たちをヴォドレス家でかくまっていること、皇宮から引き渡しの要請があったが断ったことなども知った。

そうこうするうちに、縁故のある騎士が城門の警備責任者となり、皇都を脱出することができ、ロードヴァン城にやって来た。

驚くべき内容である。

国全体が動乱の中に投げ込まれたといってよい。

中でもファファーレン家の状況は非常な危機にある。

だがこの窮地にあっても、アーフラバーンの様子はどこかゆとりがある。

たいしたやつじゃ、とバルドは感心した。

このときのバルドは、そのゆとりの根拠が自分だとは思ってもいなかった。

それからまた、騎士バッドガンの報告により、物欲将軍が自分の剣を取り戻したことも分かった。

バルドも知らなかったのであるが、この剣は一度は戦勝の記念品としてパルザム王宮に運ばれた。

騎士五人がかりでなければ持ち上げることもできず、鉄の底板と鉄の車輪を履かせた特別製の馬車で運んだ。

剣匠たちによれば、たっぷりと聖硬銀を含んだ特殊な素材で作られている剣だという。

つまり魔剣の一種なのである。

これだけの金属の量だと、それだけでとてつもない値打ちがある。

ジュールラント王は気前よくもこれを騎士派遣の御礼にと、ゴリオラ皇王に贈った。

輸送には半年かかったという。

これだけのものを贈られて黙っているわけにはいかない。

皇王は、戦勝祝いとして多額の金貨を贈った。

じつのところ、ジュールラントとしては諸国戦争での出費をまかなうために、物欲将軍の剣をつぶして売りさばきたかったのが本音だろう。

だがそんなことをすればそんなに金に困っているのかと諸国の失笑を買う。

だから返礼を大いに期待して 舅(しゆうと) にこの巨大な戦勝記念品を届けたのだ。

皇王としても、これを皇宮に飾ることで自分の権威を高めることができるのだから、悪い取引ではない。

それを今回物欲将軍は取り返したわけである。

それにしても。

シンカイのこのたびの進軍は、あまりに異常である。

まず、ファーゴとエジテをそれぞれ一日で落とした。

油断があったかもしれないが、そんな短期間で堅固な城門を破って二つの大都市を落とすには、シンカイ軍の被害もばかにならなかったはずだ。

次には防備を固めたカッセをたった三日で落とした。

カッセはバルドも知っているが、非常に防御力の高い街である。

それを三日で落とすというのは、相当に無理をしている。

問題はそのあとだ。

ヒルプリマルチェでの儀式を行いつつも、十日後にはオーバス城に到着して、ここも一日で落としている。

さらにその二十二日後にはコブシ城を攻撃している。

そしてここも一日で落とし、なんと五日後には皇都を攻めて、その日のうちに落としている。

こんなすさまじい電撃戦は見たことも聞いたこともない。

理に適っているといえば適っている。

あまりの進撃速度に、防御側はまったく態勢を調えることができないまま 蹂躙(じゆうりん) されたのだから。

そしてまた、物欲将軍のあの不可思議な攻撃力、神霊獣五体を〈食った〉ことで得たであろうあの力を存分に生かせば、短時間で城門を破ることも可能ではあるのかもしれない。

だがそれには、シンカイ全軍の要であり生命であるルグルゴア・ゲスカス将軍が常に軍の先頭に立つことが必要となる。

また、電撃戦というものは紙一重の危うさを持っている。

もしも皇都が外に将兵を出さず初めから固く城門を閉ざしてシンカイ軍を迎え撃ったならば、それを破るのには数日を要しただろう。

その数日で、皇王に召集された諸侯軍が皇都に駆けつけ、防御を固めたに違いない。

兵站を無視し人馬の疲労を無視して進撃したシンカイ軍は、ここで崩壊の危機を迎えただろう。

結果は皇王を確保し、被害を抑えてゴリオラ皇国を手中にした。

けれどもそれは薄氷の勝利だったに違いない。

違う。

三年前とは、明らかに違う。

三年前の侵攻は、意表を突く戦略ではあったが、考えてみれば理に適う戦いの進め方だった。

今回の戦い方は、おかしい。

バルドは、物欲将軍の狂気を感じずにはいられなかった。