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作品タイトル不明

第8話 シンカイ軍再侵攻(前編)《イラスト:アーフラバーン》

1

バルドはカーズとクインタを連れてヒマヤに向かった。

伝令の騎士はひどく消耗していたし、馬も走れる状態ではなかったので、フューザリオンに残した。

ジュルチャガもついてくると言ったが、残した。

村に来る人間も増えているし、商売でも信用を築かなくてはならない時期だ。

ファファーレン家が置いていった贈り物の使用をめぐって、いさかいに近いものも起きかかっている。

こうした調整にはジュルチャガの高い交渉調整能力が不可欠なのだ。

ジュルチャガがいれば情報収集や伝令でどれほど助けになるか分からないほどだが、今は村から引き離すわけにいかない。

クインタには、先の婚礼の一行が置いて行った馬を与えてあった。

しつけのよい馬なので、まだ慣れないクインタも無難に乗りこなしている。

六日目にヒマヤの 津(みなと) に着いた。

まだここには何の噂も届いていないようで、いつも通りののどかさである。

翌日にはトライの 津(みなと) に着いた。

心なしかぴりぴりしたものを感じた。

そこから一気にロードヴァン城に向かった。

七日で着いた。

2

「エントランテ。

よく来てくださった」

城のあるじのような顔をしてアーフラバーンが迎えてくれた。

それもそのはずで、この城の新しいあるじは、リアンザ子爵デュッセルバーン、つまりアーフラバーンの弟なのだ。

いや、もう子爵ではない。

ロードヴァン伯爵である。

第一次諸国戦争での約定に従い、ロードヴァン城はパルザムからゴリオラに譲渡された。

皇王はロードヴァン城を直轄領とせずに、諸侯を封じることにした。

デュッセルバーンは、ロードヴァンの領主に封じられ、この城の守将に任じられたのだ。

先の魔獣大侵攻で大損害を出したファファーレン家への褒賞の意味もあるだろう。

皇都からはるかに遠いこんな地の果てには誰も来たがらないという事情もあったらしい。

さらに、ここを与える代わりに旧ヴォドレス侯爵家の領地の一部をヴォドレス家に戻すということもあったようだ。

壊滅した辺境騎士団の再編にはしばらくかかるため、デュッセルバーンは辺境警備の任も当分のあいだ負うことになる。

婚礼の席でアーフラバーンからそこらあたりは聞いている。

「イザクロスまで帰ったところで、わが家の家宰から急使が来ました。

四月二十一日、突然コブシ城にシンカイ軍が襲い掛かり、たった一日で落としたというのです。

急報を受けて皇王陛下は近隣諸侯に参集を命じられ、また皇都騎士団に召集をおかけになりました。

しかしこれは間に合いませんでした。

なんとシンカイ軍は四月二十六日、皇都に到着し攻撃を開始したのです。

コブシから皇都までのおよそ五十刻里の道のりを軍団を率いてたった五日で駆け抜けたのです。

あまりの進軍の速さに、途中の都市の迎撃も間に合わなかったのでしょう。

皇都騎士団は態勢不十分なまま皇都の城門外でこれを迎え撃ちました。

シンカイ軍の先頭にいたのは奇怪な獣に乗った巨人で、その一振りは竜巻を巻き起こしてわが国の騎士たちを吹き飛ばしたというのです」

バルドの目が見開かれた。

それは。

そんな騎士は。

物欲将軍(グリゴール・エントラ) ルグルゴア・ゲスカス以外にあり得ない。

だが、あの傷で生き延びるということもまたあり得ない。

いったいどういうことなのか。

「この話を伝えてくれた者も、伝言を命じた者も、直接その場面を見たわけではありません。

しかしこの話からすれば、敵将は物欲将軍とみて間違いないでしょう。

シンカイ軍は余勢を駆って城門を撃破。

皇宮に殺到しました」

待て、と思わずバルドは言った。

見たことはないが、皇都は巨大で堅牢な城壁に囲まれていると聞いている。

ゴリオラの兵は弓が得意であり、すぐれた木材が多く採れる土地柄なのだから、矢も豊富なはずだ。

そんなに簡単に侵入できるものではない。

そしてシンカイの騎馬軍団は、野戦では無類の強さを発揮するが、攻城戦では必ずしも無敵ではないはずだ。

そう言うと、アーフラバーンは複雑な表情をした。

「私もそう思いました。

伝令の言うことはどうも支離滅裂なのです。

敵の将軍が 妖術(ノーゲルガ) のようなものを使った、というのがもっぱらの噂のようなのですな。

矢の初撃は不思議な突風に吹き飛ばされ、驚くうちに敵は城門に殺到。

奇怪なことに、城門を閉めさせようとする指揮官と、これに反対する指揮官があり、城門は完全には閉まっていなかったようです。

当然守備兵は矢の雨を降らせましたが、敵は損害を無視してここを走り抜けました」

シンカイ軍はまっすぐに皇宮に向かった。

それを先導するゴリオラの騎士がいたともいう。

皇宮でも摩訶不思議なことが起きた。

近衛の指揮官の一人が防御地点を放棄し、まるで敵軍を迎え入れるかのような動きをしたというのだ。

シンカイ軍は皇宮を制圧し、皇王を捕らえた。

抵抗する者は容赦なく斬り殺され、皇宮は血の海になった。

そこからがさらに奇妙なのである。

皇王はあっさりとシンカイ軍に降伏したばかりか、シンカイ軍はもはや敵ではない、戦は終わったと触れを出した。

そして皇都の有力貴族たちを皇宮に召喚したのである。

ファファーレン侯爵も参内した。

紛れもない玉印付きの召喚状であるから、従わないわけにはいかない。

その夜、皇宮から使いがあった。

ファファーレン侯爵は皇宮で乱心して賓客に襲い掛かったため斬り殺されたというのだ。

このとき、ファファーレン家を取り仕切っていたのは家宰である。

長男のアーフラバーンは三男と四男を連れてドリアテッサの結婚式に出掛けている。

次男のデュッセルバーンはロードヴァン城にいる。

家宰の決断は早かった。

まず、侯爵の妃たちや、アーフラバーンの新妻を始め、女子どもをヴォドレス家に送った。

かくまってもらうためである。

馬術が巧みで気の利いた従騎士二名を伝令に出した。

一人はアーフラバーンのもとに。

もう一人はデュッセルバーンのもとに。

家に残っていた騎士たち全員に、支度をしてロードヴァン城に向かうよう命じた。

そして自身は従卒四人を供に皇宮に向かったのである。

おそらく皇宮に行けば生きては帰れない。

だが主君が死んだというのにその遺体を受け取りに行く者がないなどとなれば、亡きあるじの恥となる。

ここまでが家宰の使いが伝えたいきさつである。

アーフラバーンはこれを聞いて、カリエム侯爵夫人らと別れ、ロードヴァン城に来た。

そこでファファーレン家の騎士たちと合流したが、彼らにもそれ以上のくわしい情報はなかった。

3

デュッセルバーンが、その後のことを補足した。

彼は一枚の命令書をバルドに見せた。

そこには皇王の命令が記してあった。

伯爵以上の全騎士に宛てられたものである。

ゴリオラ皇国はシンカイ国との戦をやめ、今後はかの国を盟主として仰ぐ。

シンカイ国王の名代であるルグルゴア・ゲスカス将軍の命令は、ゴリオラ皇王自身の命令と同じと心得るように。

という内容であった。

さらに軍令官からの指示書が添えられていた。

封緘印付きの書状であり、本来は受取人以外が見ることは許されないものである。

皇都およびその周辺の諸侯は、兵を率い皇都に参集すること。

これはパルザム侵攻のためである。

東北部および東部の諸侯はいったんロードヴァン城に集結し、皇都からの指示を待ってパルザム王国に攻め入ること。

その際、ロードヴァンは一切の食料を提供すること。

とあった。

「私はこの軍令官をよく知っておりますが、こんなむちゃな指示を出す人間ではないのです」

デュッセルバーンがいぶかしむのも無理はない。

部外者であるバルドからみても不審な点がいくつもある。

「 わが(ディ) エントランテ。

伯爵以上の騎士に召集を掛けるということは、その一党に属する騎士も動員されるということです。

特別な防衛任務に就いている騎士以外すべてが対象といってもいいでしょう。

騎士だけで三千人を超える人数になることと思われます。

総兵数でいえばおよそ一万二千ほどにもなるでしょう。

本国の防衛は丸裸に近い。

そのうち八割が西方経由でオーバスに向かうのです。

一万人の行軍となれば、どれほどの糧食が要ることか。

狂気の沙汰です」

アーフラバーンの言葉に、デュッセルバーンが相づちを打つ。

「兄上のおっしゃる通りです。

このロードヴァン城にも二千人の兵士を養えというのですから、むちゃくちゃです。

牛も豚も野菜も穀物も、何も残らないでしょう。

せっかく手に入れたロードヴァンを放棄することになります」

もとからロードヴァン城に住んでいた民は、みなマードス・アルケイオス鎮西侯とともにファーゴに移ることを望んだ。

他国であるゴリオラの民となることを嫌ったのである。

といっても牛や豚まですべて連れていくのは不可能だ。

そこでマードスは、家畜や農具をゴリオラ皇国に売りつけた。

その支払いはファファーレン家が皇王から借金して行った。

ロードヴァン城は、城壁の一部こそ大崩れしているものの、水のたっぷり出る井戸がいくつもあり、城は広く作りもしっかりしている。

家屋も多く、すぐ使える状態である。

畑も調っており、牧草地域も近くにある。

燃料も山ほど備えられている。

それに大量の家畜まで手に入ったのだから、人間さえそろえればすぐに強力な自給体制を持つ城塞都市として経営を軌道に乗せることができる。

その人間の手配が大変だった。

ファファーレン家には、ここの防衛に必要なだけの騎士はいない。

ファファーレン家は、もともとデュッセルバーン直属だった者十人に加え新たに十人を回したが、それが限界である。

それ以上の騎士を差し向けては、ファファーレン本家の運営に差し障りができる。

だから継ぐ領地のない騎士の次男三男や、経済的な問題で騎士になれないでいる従騎士たちをかき集め、人数を確保した。

皇宮からは騎士団維持費として一定の金額が毎年支払われるから、これが可能だった。

農民や各種の職人たちの確保はもっと大変だった。

華やかな皇都に住む技術者たちは、地の果てのような城には行きたがらなかった。

農民というのは、もともと自分の土地を離れようとしないものだ。

どうにもならず、最後には皇王から徴集許可状を発行してもらい、村々に騎士たちを回らせて〈説明会〉を行い、ほとんど人さらい同然に人間をかき集めたのだ。

そうして何とか態勢が調いかけた矢先に、この命令である。

バルドは、二千人の兵士の 兵站(へいたん) など考えたこともない。

まして一万人の兵士が動いたときのことなど、想像もつかない。

そうでなくても中原というのは辺境の山野と違い、食べ物を調達しにくい。

騎士三人と従者三人であれば、多少の金さえあれば、村などで補給もしつつ、大部分の食料を自力で調達できるかもしれない。

だが騎士三十人と従者三十人となると、これはもう自給はまったく無理だ。

小さな村では一日二日の滞在さえ大きな負担となるだろう。

騎士三百人と従者三百人となるとどうだろう。

一度食事をすれば、小さな森の獣を狩り尽くし、燃料によって多くの木を消費してしまうだろう。

そこそこの大きさの街であっても、十日間も滞在されたら、余剰食料は食い尽くされてしまう。

それでもそれに見合う代金をもらえれば、失われた食料を周辺の街から補充することもできる。

しかしこれが二千人となったら、どうなるか。

大きな街と、その周辺の街の食料をかき集めても、彼らの腹を満たすのは難しい。

しかも他の街から補充しようにも、そこの食料も食い尽くされているのだ。

では、一万人の兵士が三十日滞在し、次の三十日分の食料と燃料を持ち去ったら、どうなるか。

それは大都市とその周辺に深刻な打撃を与えるだろう。

この指示書には、そうした点への配慮がかけらも感じられない。

もっともロードヴァン城それ自体は、二千人の軍を収めることがじゅうぶん可能である。

しかしこの軍令書からすれば、その軍勢を一か月あるいは数か月にわたり養うことになる。

そのためには本来数か月あるいは年単位の準備期間を与えられて食料や諸物資の集積を行っておかねばならない。

この地は、簡単には食料を輸入できない地なのだ。

しかもそれはロードヴァン城が十全な機能を果たしていたとしての話である。

パルザムから引き継いだばかりで、ようやく最低限城を維持できるめどが立ったばかりのこの時期に、この命令は、むちゃというにもほどがある。

そしてロードヴァン城をつぶすつもりであるとしか思えない。

テューラやセイオンの都市群についても同様だ。

この異常なやり方がまかり通ってしまうのが、今のゴリオラ皇国だということである。

4

それでわしを呼んだ理由は何じゃ、とバルドは聞いた。

今ゴリオラ皇国はシンカイ国に膝を屈し、パルザム王国を敵として戦争を仕掛けようとしている。

それは不審な命令かもしれないが、間違いなく皇王その人から出た命令なのである。

バルドはどこの国に属しているわけでもないが、パルザムで中軍正将を務め、三国連合でもパルザム側から出た将軍だとみなされていた。

今のファファーレン家からすれば、敵、ということになる。

「ディ・エントランテ。

私は騎士として正しき道を歩みたいのです。

今、まがまがしきことが起きようとしている。

いや、起きている。

この混迷する世界に正しき道を見定めるため、あなたにここにいてほしいのです。

あなたの目で物を見、あなたの心でその意味を見定め、心に浮かんだ言葉を聞かせてください。

われらはその言葉から進むべき道を見いだします」

アーフラバーンの大胆な、しかし真摯な言葉に、バルドはうなずいた。

バルドがロードヴァン城に着いた二日後、パルザムの王都に駐在する大使からの伝令が来た。

伝令は皇都宛ての書簡と、ロードヴァン伯デュッセルバーン宛ての書簡を差し出した。

大使からの報告の書簡である。

そこには、バルドの血を凍らせるような知らせが書いてあった。

パルザム王ジュールラントが第一側妃に毒の短剣で刺され、死んだかあるいは危篤に陥ったというのである。

イラスト/マタジロウ氏