軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第3話 魔獣来襲(前編)

1

魔獣の大群が北北東の方角から近づいていると物見から報告があった。

バルドは城壁の外にいる者を中に入れ、四つの門を閉じさせた。

ジョグ・ウォードとガイネリアの騎士たちは、遊撃隊として南門の外に待機させた。

そして北門の上で待ち構えた。

各門の前には石を積み上げてある。

といっても門をふさいでしまっているわけではなく、馬がじゅうぶんに出入りできるほどのすき間は残してある。

これはシロヅノの突進をふせぐためである。

石はどうしたかといえば、城の中に設けられた闘技場の内壁を崩した。

敵の陣容がはっきりしてきた。

シロヅノが約百匹。

青豹が約百匹。

耳長狼が約五十匹。

オオハナが約百匹。

そして大岩猿が約百匹。

近づいて来る彼らの目は赤い。

やはりすべて魔獣なのだ。

とてつもない強力な軍団である。

バルドは慌ててガイネリア軍を城の中に戻した。

こんな敵に突っ込んだら、七十人少々のガイネリア軍などあっという間に全滅する。

青豹と耳長狼がいる以上、馬の速度で逃げ切るという戦法も通用しない。

さらに魔獣たちの後方に、五十匹ほどのヒヨルドがいて、それぞれにマヌーノが乗っているのが確認された。

ヒヨルドは巨大な羽なし鳥で、ゲルカストは馬代わりに乗る。

持久力では馬に劣るが瞬発力では勝る。

そのヒヨルドの首に長い胴体を巻き付けて、マヌーノたちは騎乗している。

遠くから見ると、まるでヒヨルドの首が二つになったかのようだ。

バルドは背中がぞわぞわとあわ立つのを感じた。

こんな敵とまともにぶつかったら勝ち目はなかった。

それが城壁に守られた状態で、しかもある程度の準備をして迎え撃てるのだから、これ以上は望めないほどの条件だ。

トライ全滅の情報をすかさず知らせてくれたゴリオラ辺境騎士団長のおかげである。

三国の騎士たちの集合や準備が間に合ったのも幸運だった。

そして皮肉なことに、それはグリスモ伯爵のもたらした情報により可能となった。

グリスモ伯爵は祖国を滅ぼされた復讐のため、ジュールラントに恐怖を与えようとしてこの襲撃とその規模を教えたのだが。

この戦、つきがある、といえばある。

しかし、状況は厳しい。

あまりにも厳しい。

五百の魔獣とは聞いていたが、本当に五百に達するとは思っていなかった。

コルポス砦でも三十匹は殺したし、多少は削っているものと思っていた。

何より、五百匹と聞いてはいたが、それが一気に襲って来るとは思っていなかった。

五百匹も同時にはいくらなんでも操りきれない。

餌の確保も難しい。

だからいくつかの部隊に分かれているものと思い込んでいたのだ。

マイラオ城に三十匹が襲い掛かったという情報もあった。

それを個別に撃破していけばよいと。

いくらなんでも五百匹は多すぎるという思いもあった。

だが現実には五百匹が一斉に襲い掛かってきた。

なるほど、あちらの立場に立ってみれば、これが最も有効な方法なのだ。

コルポス砦のことを思えばよい。

あのとき、初めフクロザル十匹と青豹十匹が襲い掛かってきた。

その二種類の魔獣をほとんど倒したとき、シロヅノ十匹が襲ってきた。

結果、三十匹の魔獣を打ち倒せた。

だがもしも、あのとき青豹とシロヅノが同時に襲ってきていたら、どうだったか。

その場合、砦の外に出て戦うという選択肢は採れなかった。

非常に厳しい戦いを強いられただろう。

それどころか、シロヅノに門を破られたら、全滅していたかもしれない。

またあのとき、シロヅノはこちらが攻撃を仕掛けても無視して城門に突進した。

魔獣の本能からすれば、人間を見れば襲い掛かってくるはずなのに。

つまりマヌーノの命令は本能を抑えさせるほどのものだった。

あれもたぶん一つの実験だったのだ。

人間のほうに襲い掛かってきていたら、こちらも無傷では済まなかった。

だが注目すべきはそこではない。

コルポス砦の戦いで、シロヅノは結局最後の一頭が死ぬまで、城門への突進を繰り返し続けた。

これこそがもっとも恐ろしい。

魔獣の本当の手強さは、その強靱な肉体と攻撃力にはない。

どこにあるかといえば、命を惜しまないということにある。

どんな生き物も、いよいよのところでは死を嫌う。

耐えきれないような傷を負うことを嫌がる。

つまり、ある程度痛めつければ引いてゆくものなのである。

ところが魔獣化した獣は、傷も痛みも死さえも無視して、命の最後まで人間を憎み、ただ攻撃を続ける。

マヌーノたちは遠く後方で停止し、魔獣たちだけが城に近づいて来る。

これほどの数の魔獣が群れをなして迫ってくるなど、おそらく歴史にもないことだろう。

そしてマヌーノたちに率いられたこの五百匹の群れは、魔獣の手強さを備えつつ、指揮に従って戦う軍団なのだ。

どのような戦いになるか、正直バルドにも見当がつかない。

分かるのは、それが恐ろしく 凄惨(せいさん) な戦いになるだろう、ということだけだ。

であればこそ、バルドは強い気力を持たねばならない。

指揮官の気力こそが、少しでも多くの兵を生き残らせる鍵となるのだ。

バルドは大きく息を吸って、魔獣の群れの動きを見守った。

魔獣たちはまっすぐ北門めがけて前進して来る。

シロヅノが先頭だ。

シロヅノは鹿の一種であるらしいが、見た目はむしろ筋肉質の馬である。

頭部にあるハンマーのような形をした角は、魔獣でなくても騎士を一撃で昏倒させる威力がある。

魔獣のシロヅノが百匹もいるのだから、まともに突撃させたら、さしもの頑丈な門もたちまち砕き破られてしまうところだった。

魔獣たちが停止した。

今城壁の上には弓手がずらりと並んで攻撃命令を待ち構えている。

中央にはクロスボウ十台を配置した。

射手はパルザム辺境騎士団から選抜した。

結局オーロは三百二十本の矢を用意してくれた。

やじりは 猛禽(もうきん) のくちばしのような形をしている。

両側に彫られた溝にはたっぷりとズモルバスの毒が塗布されている。

その両脇ではファファーレン家の従卒が三十名ずつ長弓を持って待機している。

これも最初に使うのは毒塗りの矢ばかりである。

毒塗りの矢には印が付けてある。

回収のときの混乱を避けるためだ。

さらにその横には弓が得意な騎士や従騎士を左右に三十名ずつ待機させている。

その位置からは北門前の魔獣は狙えない。

彼らは交代要員なのである。

城壁の高さは二十歩ほどである。

魔獣たちの先頭は、まだ城壁まで二百歩はあるだろう。

よく訓練された射手なら届かなくはない。

だが有効な打撃は与えられないだろう。

最低でも百歩、できれば五十歩の距離で集中射撃を行いたい。

弓は敵が密集している状態で大量に使用してこそ効果がある。

いぜん魔獣たちに動きはない。

じっとこちらを見ている。

これだけの猛獣がいてまったくうなり声も上げないというその異様さが、空気をなおさら重くしている。

バルドは周りの兵士たちを見回した。

皆ひどく緊張している。

「魔獣さんたち、近づいて来ないねー。

ちょっと怖がらせすぎちゃったかな」

と、ひどくのんびりした声を上げたのはジュルチャガである。

間髪を入れずこれに応じたのはアーフラバーンだった。

落ち着き払った声で、こう言ったのである。

「そのようだな。

やむを得ん。

お前たち。

笑え」

魔獣たちが怖がって近づかないから、笑顔を見せて怖くないと思わせてやれ、という指示である。

この妙ちきりんな指示を理解するにしたがい、城壁上の兵士たちに笑いが広がり、やがて皆で大笑いした。

兵たちの硬さが取れたので、バルドはほっとした。

そのとき、魔獣たちに動きがあった。

2

後ろから大岩猿たちが出てきたのである。

身長は人間と同じほどあり、体はずんぐりしている。

首はあるのかないのかはっきりしないほど胴体に食い込み、胸は異様に厚く、腕は巨大だ。

その腕力は人間の頭など軽くつぶすほどだ。

その大岩猿が魔獣化しているのだから、力の強さたるや想像するのも難しい。

猿たちは雄叫びを上げながら手と足を使って襲い掛かってきた。

バルドはクロスボウ部隊の指揮を執る騎士マイタルプに、おぬしの判断でいつでも攻撃を始めよ、矢は使い切ってよいぞ、と命じた。

どのみちクロスボウ一台につき三十本ほどしか矢はない。

シロヅノ用に取っておきたい気持ちもあったが、出し惜しみして使い時を失うのが一番つまらない。

アーフラバーンにも弓隊の攻撃開始判断は任せた。

マイタルプは、我慢強い男だった。

大岩猿たちが積み上げた石の場所に迫るまで、発射の合図を待ったのである。

「クロスボウ部隊っ。

撃て!」

十本の凶器が魔獣に放たれた。

近距離で使うこの改良クロスボウはとてつもない威力だ。

百匹の大岩猿に対してたった十本の矢ではある。

しかし、その効果は目覚ましいものだった。

どすどすと音を立てながら、すべての矢は大岩猿に突き立った。

それは猿たちの動きを止め、わずかながら後ろに吹き飛ばしさえした。

ある猿など頭部に二本の矢を受け、後ろにひっくり返ったほどである。

兵たちから歓声が上がった。

この様子を見届けてから、アーフラバーンは命令を発した。

「長弓隊。

矢を取れ。

構え。

撃てっぇぇ!!」

弓を構えて待機すれば射手の消耗は激しい。

だからぎりぎりまでリラックスさせておいて、よどみなく一連の号令を発したのだ。

号令と号令のあいだにはほとんど時間がないが、さすがに練度の高い射手たちはこともなげに矢を取りつがえて発射した。

六十本の矢が魔獣たちに降り注いだ。

大岩猿たちは、まっすぐ門に突撃してくるかと思いきや、積み上げた石の所で足をとめ、なんと石を拾い上げて投げつけ始めた。

前のほうの猿たちには、一匹に対して何本もの矢が命中したが、さすがに改良クロスボウほどの貫通力はなかった。

矢の多くは突き刺さらずに落ちたのである。

しかしそれでも、確実にいくばくかの毒を、魔獣の体に流し込んだはずである。

「以下、めいめい連続して攻撃せよ!」

と、アーフラバーンの号令が響く。

射手たちは矢立から次々に矢を抜いて射ていく。

その矢継ぎの早さは練り込まれたものである。

一方のクロスボウ部隊も、二の矢を放ち始めた。

クロスボウには、それぞれ後ろに一名の従卒が控えていて、替えの矢を渡して巻き上げを手伝う。

訓練を重ねただけあって、まごつく者はいない。

猿たちの投げた石は、始め重すぎたため門や城壁に当たるばかりだったが、ここで一つの石が長弓の射手一人に命中し、射手を吹き飛ばした。

吹き飛ばされた射手は城の中庭に落ちた。

恐らく命はない。

バルドは、最初の弓隊は鎧を着けた者たちにすればよかったかと、一瞬後悔した。

ファファーレンの従者による弓隊は、ずきんと軽い兜を着けているばかりなのである。

しかし、この射手たちでなければこれほどの正確で密度の高い連続射撃はできない。

矢と石の凄絶な撃ち合いになった。

魔獣たちの投げる石は、すさまじい音を立てて城壁を削る。

いくばくかは城壁の上の人間に命中し、手痛い打撃を与える。

いっぽう射手たちは隣の射手の頭がつぶされようが、体ごと吹き飛ばされようが、ただ矢を射続ける。

赤い目をして狂気を帯びた大岩猿たちは、見る見るハリネズミのように体中に矢が刺さっていく。

それでも魔獣の強靱な生命力は、彼らの心臓になかなか止まることを許さない。

射手が倒れると、アーフラバーンはそこに予備の弓兵を埋めていった。

その命令の様子はいっそひょうひょうとしており、すぐそばを石が飛んでいこうが、部下の頭がはじけ飛ぼうが動じもしない。

バルドもそうだ。

飛んでくる石を見極めかわしながら、じっと魔獣たちをにらみつけている。

ザイフェルトも部下たちに待避の指示や物資補給やけが人の治療の指示を出しながら、少しも焦った表情をみせない。

もちろん、彼らは心の底から平然としているわけではない。

悲しみや怒り、不安や後悔のない人間などいない。

飛び交う巨石に恐怖を感じない人間などいない。

しかし平然とした振りをすることは、指揮官の仕事なのだ。

指揮官の仕事の九割は動じていない振りをすること、といってもよい。

勝利に対する確信をみじんもゆるがせず、常に冷静に判断と命令を下す存在であると、兵たちに信じ込ませるのだ。

それができない指揮官は、どれほど武技に優れ、高度な戦術を覚えていても、けっして兵士を死地に進ませることはできない。

クロスボウのうち三台は投石につぶされ、残りの七台も、三百二十の矢を撃ち尽くした。

城壁の張り出し部分は、門の真上辺りの位置ではがたがたに崩れ、ひどく見晴らしがよくなってしまった。

大岩猿たちは、積み上げられた石を投げ尽くしてしまい、門扉のすぐ前まで進んで来て、一度投げた石を拾って投げ始めた。

この時点で倒れている猿は十匹少々。

やはりズモルバスの毒は効き目が遅い。

ここまで近づけば、次の手が使える。

ザイフェルトに目で合図を送る。

ザイフェルトの指示で、油の入った壺が猿たちに投げ落とされる。

壺は割れ、猿たちは油まみれになってゆく。

用意された火矢が放たれ、猿たちは火だるまになって転げ回った。

そのさなかにも矢の雨は降り続ける。

やがてすべての猿が動きをとめて横たわった。

毒とやけどで動きが鈍くなったところを、弓の名手たちが目や喉を射て倒したのだ。

時間にすれば驚くほど短時間の攻防だったはずだが、密度は高かった。

死者十八名、負傷者三十一名。

矢は備蓄の二割強を消費した。

まさか接近戦が始まる前に犠牲者が出るとは思ってもいなかった。

だが大岩猿約百匹を全滅させることができた。

夕闇が迫ってきた。

もうすぐ日が落ちる。

コルポス砦では、魔獣たちは夜のあいだは襲ってこなかった。

だが今日もそうであるとは限らない。

長い夜が始まる。