作品タイトル不明
番外編3 団長、部下の報連相に震える
最近、部下の様子がおかしい。
いや、正確に言うなら。
ルーク・グランツがおかしい。
「団長」
「なんだ」
「東地区巡回ですが、露店商の揉め事が増えてます。明日は二班増やした方が効率がいいかと」
「……ああ」
報告を終えたルークは、壁際へ下がった。
静か。
簡潔。
無表情。
いつも通りだ。
だが――。
「なぁ団長」
隣で書類を見ていた副団長がぼそりと呟いた。
「今の、ちゃんと“事前報告”しましたよね?」
「ああ……」
そこだ。
そこなのである。
結婚してから、あいつ、妙に報告連絡相談をするようになった。
以前のルークは、
『終わったので問題ありません』
で全てを済ませる男だった。
問題が起きても勝手に解決。
面倒事も勝手に制圧。
報告が来る頃には全部終わっている。
上司としては胃が痛い。
だが有能だから怒りづらい。
本当に質が悪かった。
そのルークが。
「団長」
「今度はなんだ」
「西門の警備配置ですが、先に共有しておきます」
共有。
共有と言った。
あのルークが。
俺と副団長は無言で顔を見合わせた。
「……誰だあれ」
「奥さん効果すげぇな」
しかも最近、細かいことまで報告する。
先日の会話なんて衝撃だった。
『報告・連絡・相談しない男は、仕事も家族も大事にできないって怒られました』
真顔だった。
あまりにも真顔だった。
副団長なんてその場で机に突っ伏して笑っていた。
俺も危うく吹き出しかけた。
いや、誰だあいつを教育したの。
完璧すぎるだろ奥さん。
思えば、最初から衝撃だった。
突然の結婚報告。
しかも、
『逃げられそうだったので役所へ連行しました』
とか言い出した時は、本気で頭を抱えた。
誘拐犯の発言だった。
だが連れてこられた奥さん――ミレナさんは、予想の百倍まともだった。
いや、まともか?
肘鉄は飛ぶ。
平手も飛ぶ。
胸ぐらも掴む。
だが、それ以上に驚いたのは。
ルークが謝ったことだ。
『……ごめん』
あの時の衝撃は忘れられん。
副団長なんて、
「ルークって謝罪機能搭載されてたんだ……」
と真顔で呟いていた。
俺も同感だった。
平民出身。
貴族社会で後ろ盾なし。
散々見下され、それでも我関せず。
喧嘩を売られれば三倍で返す。
決闘を申し込まれれば全員叩き伏せる。
嫌味には嫌味で殴り返す。
向かうところ敵なし。
そんな男が。
奥さんには肘鉄を食らって「痛い」と言う。
平手を食らって正座する。
しかも反撃しない。
なんならちょっと嬉しそう。
意味がわからん。
「でも団長」
副団長がニヤニヤ笑う。
「ルーク、幸せそうでしたね」
「ああ」
それは間違いない。
無表情だから非常にわかりづらいが。
頬の血色がいい。
空気が柔らかい。
あと最近、独断専行したあと最低限の報告が来る。
革命だ。
「まぁ、奥さん逃げたら終わりそうですけどね」
「縁起でもないこと言うな」
「だってあいつ、“地の果てまで追いかけます”って真顔でしたよ?」
「あれは怖かったな……」
本気だったから余計に怖い。
ミレナさんには、ぜひ頑張っていただきたい。
ルークを制御できるのは、たぶんあの人だけだ。
そして何より。
奥さんの前でだけ、あいつは少し人間らしくなる。
それが、なんだか妙に安心する。
「……ま、せっかく掴んだ幸せだ」
俺は報告書を閉じながら呟いた。
「逃げられないように頑張れよ、ルーク」
「もちろんです」
壁際から即答が返ってきた。
副団長が吹き出す。
「いたなら会話に入ってこいよ!」
「仕事中なので」
「さっきから普通に聞いてただろ」
「声が大きいので」
「副団長、お前のせいだ」
「俺ぇ!?」
するとルークは少し考え込み、
「ちなみに、妻への適度な距離感とは、どの程度の距離を指すのでしょうか」
「俺に聞くな」
「まず、抱きしめすぎて窒息させるのやめろ」
副団長の言葉に、ルークが真顔で首を振った。
「それは出来ません」
「なんでだよ」
「ミレナが怒ると可愛いので」
「重症だこいつ!!」
騎士団本部に、副団長の爆笑が響き渡った。