作品タイトル不明
ゴブリンダンジョン ㊤下左右
ゴブリンダンジョン八階層。
ボス出現エリア。
すでにそのボスゴブリンは、地に伏せていた。
雑魚ゴブリンも蹴散らされ、残るは蠟燭ゴブリンのみ。
その蠟燭ゴブリンは鼻を削がれ、片手で押さえながら逃げ惑う。
頭上の蠟燭の火はすでに消えていた。
少し離れた場所で、その灯だけが揺れている。
『クラッシュ』
雨木は逃げる蠟燭ゴブリンに追いつくと、トンファーを左右に連続して振り抜く。
一撃目、左。
続けて――右。
二撃目の振り抜きに合わせて、スキルを発動させる。
弾けるように、蠟燭ゴブリンの体が転がった。
「うっし。連撃でのスキル使用も、だいぶ慣れてきたな。
楽勝楽勝~、まったく時間を無駄にしたぜ。
もっと早く来ればよかった」
雨木楓真の、普段よりも少し高い声が響く。
八階層に現れるボス――シールドゴブリンとその一行。
始末を終えたところだった。
八階層のボスはシールドゴブリン。
その名の通り、一メートルほどの大盾を持つゴブリンだ。
蠟燭ゴブリン、竹槍ゴブリン、石斧ゴブリンを引き連れて現れる。
盾、遠距離、長武器、短武器というバランスの取れた編成。
……だが、雨木にとってはカモだった。
大盾を持とうと、所詮はゴブリン。
平均は一メートルを少し超える程度。
蝶のモンスターカード――風の精霊リフェリアと共にいる雨木の敵ではない。
リフェリアが 風魔法(エアハンマー) で雑魚を一瞬だけ牽制する。
その隙に、雨木が一気に踏み込む。
盾ごとシールドゴブリンを力で押し込み、そのまま蠟燭ゴブリンまで激突させる。
それで、この戦いはほぼ終わりだ。
大盾ごと突き飛ばされ、蠟燭ゴブリンは一時ダウン。
その間に雑魚を処理し、体勢を立て直した盾ゴブリンの腕を抉り落とす。
そのまま削り、嬲り、削ぎ。
蠟燭ゴブリンの復活を待って仕留める。
起き上がったところで火魔法を受け止め、鼻を削ぐ。
――そして始末する。
課題があるとすれば、未知の盾ゴブリンのドロップ条件。
どこを落とせばカード化されるか、その実験くらいだ。
現状、シールドゴブリンは盾と嗅覚強化スキルカードを落とす。
その盾は、ダンジョン省が十万円で買い取ってくれる。
稼ぎとしては、悪くない。
……もっとも。
自宅に戻ったあと、その盾が二十万円で販売されていると知ったが。
次からは売らない。
イージス端末のオークションで、自分で流すつもりだ。
「……ったく、一階層から潜れればもっと稼げるのによ。くそ競合が」
今日の雨木は、六階層から探索を始めている。
ボス部屋の主を倒してから、次階層へのポータルへ移動していれば、
次からは、その階層から始められる。
そういう情報は知っていたが、試したのは初めてだった。
単純に、下から進んだ方が稼げるし、スキルカードも手に入るからだ。
それを曲げた理由は、競合冒険者がこのゴブリンダンジョンにいるからだ。
レコルドでは、前回倒したボスのみ、復活の有無が確認できる。
三階層の小ボス――蠟燭ゴブリンの情報は消えていた。
競合に狩られた、ということだろう。
だが、五階層のボス部屋の情報はまだ残っている。
ボス部屋は、一度入ればボスを倒すまで出られない。
あるいは――死ぬか、だ。
それでも競合は、毎日戻っている。
熊澤からはそう聞いている。
つまり――
三階層では蠟燭ゴブリンを狩っている。
だが、五階層のボス部屋には入っていない。
そういう動きになる。
雨木は、その競合冒険者のことを知りたかった。
三階層の蠟燭ゴブリンは、最悪諦めてもいい。
だが倒さないなら、五階層は押さえておきたい。
(問題は、どっちか……なんだよな)
小さく舌打ちする。
競合は朝一で入り、夕方まで潜っているという。
今の雨木の生活リズムでは、最悪の入られ方だ。
考えられるのは、二つ。
(……便乗か)
(……待ち伏せか、だ)
横殴り。
ボス部屋でも、やろうと思えばできる。
誰かの入室からおよそ一分。
その間は扉が閉まらない。
そこに滑り込めばいい。
雨木に戦わせ、その隙を見て利を掠め取る。
――便乗。
セコい連中の、いかにもやりそうな手だ。
五階層のドロップは、まだ雨木にも分かっていない。
競合は、蠟燭ゴブリンの条件ですら、まだ掴んでいない可能性がある。
だからこそ――便乗は、絶対に受け入れられない。
そして、待ち伏せ。
冒険者歴はまだ浅い。
だが雨木には、人の恨みを買っている自覚はあった。
横殴りを仕掛ける連中は、それが通じなければ逆恨みする。
そういう連中だ。
そして雨木は、それを黙って受け入れるつもりはない。
三度目のサークル臨時では、下がった自分に何とかして押し付けようとしてきた 横殴り組(馬鹿) に、
あえて攻撃せず、タゲを移して押し付け返した。
結果、怪我をしたそいつらを、鼻で笑ってやった。
最初のサークル臨時では、ボコられたカナタを助けるために暴れた。
雨木自身は、まだ無傷だ。
だが――相手には、しっかりと傷をつけている。
連中は回復魔法を受け、金を払っているはずだ。
逆恨みだ、と雨木は思う。
だが、そう考えられる人間は――最初から押し付けなどしない。
そして四度目。
あれは、最悪だった。
好奇心で参加し、そして後悔した。
横殴りが常態化したそれまでのサークル臨時。
それは“アットホーム系”と呼ばれている。
うんざりしていたが――それでも、まだマシだったと知った。
四度目に行った臨時は、完全に別物だった。
いわゆる“アッパー系”。
あるいは――無法系。
主催より参加者の方が強くなり、制御が利かない。
崩壊したサークル臨時。
危険なダンジョン内に違法薬物を持ち込み、使う。
噂で聞いていたことだが、その通り過ぎて驚いた。
だがそれでも、どいつもこいつも強い。
進軍自体には、ほとんど影響が出ないのが余計に質が悪かった。
だが、時も場所も選ばず、盛る。
そして、ときに――強引にことに及ぼうとする。
仲間うちでも、笑って魔物を押し付け合う。
それどころか、ゲラゲラと笑いながら殴り合い、
気がつけば、刃物を抜いている。
そしてそれは――そのまま、
殺し合いに発展する。
そうなってもおかしくない空気だった。
そうした連中が、当たり前のように参加している。
それが、あの場所だった。
待ち伏せなら、そこ絡みの可能性が高い。
だから、情報が欲しかった。
だが熊澤は、あの日。
美濃原との通話が終わったあと、首を横に振った。
「守秘義務がある」
いくら頼んでも、競合冒険者のことは教えてくれなかった。
――落胆した。
巻き込んだ形ではあるが、雨木はダンジョン内の情報をいくらか明かした。
それでも、向こうは譲らなかった。
公務員としては正しい。
だが担当としては――微妙だ。
内心で、その評価をかなり下げた。
待ち伏せなら……今度こそ、殺し合いになる可能性が高い。
相手を知っておく必要がある。
(くそっ……だからって、そんなこと、そのまま言えるわけないし)
小さく息を吐く。
(思ったより使えなさそうだな、熊澤さん……
真面目なのは結構だけど、多少は融通が利かないと)