作品タイトル不明
普通の男に見えたもの
スピーカー越しに、間を置いた声が響く。
『先に聞きたかった……か?』
「……いや~、電話を切ったのは俺だしね」
――まぁ、それについては謝らないけどな。
そう思いつつ、雨木は少し喋り過ぎたか、と考える。
学生時代を終え、空手に打ち込んだフリーター時代を抜け、就職し。
軽口を叩ける相手は、ずいぶん減った。
もう、ほぼいないと言ってもいい。
そのせいもあってか、美濃原との会話は、別に嫌ではない。
むしろ、楽しいと感じることすらある。
だが相手は、上級公務員であり、ダンジョン省の幹部だ。
冒険者である雨木にとって、言葉を選ばなければならない相手でもある。
それすら罠かもしれない。
そう考えてしまうほどには、厄介な男だ。
(モンスターカードについては、興味がある素振りを見せない方が良かったかもな)
何となく、察せられている。
電話の向こうからの声だけで、そう感じさせる圧があった。
槍のレベ二の話は、意図して自分に振ってきた。
そう思えた。
とはいえ、この機会を逃す。
そんな選択肢も、取れない。
「……話を戻してもいい?
個人的な頼みって言ってたよね。俺も一つ、頼みたいことがあるんだ」
『言ってみろ』
「縁を切りたい冒険者がいるんだけど、相互の約束で切れないでいる。
それを切るために、肉ダンジョンの枠が欲しいんだ。
それを一回、可能なら二回。くれるなら全部飲むよ。
……あぁ、全部ってもサークル臨時は三回までね」
そう言ったあと、目の前の熊澤と目が合う。
無言だが、「それはズルいですよ」と言いたげな視線だった。
軽く笑って、誤魔化す。
『――構わん。
ちょうど久しぶりに、ダンジョン産の肉で飲みたいと思っていたところだ』
「……いや、あんたのために獲りに行くわけじゃないんだけど?」
『今週……は、少し遅いか。
来週の枠をお前に空けさせる。
ドロップから何か一つ、避けておけ。
せっかくだ、それで飲もう。
良いところを頼む』
どうやら、美濃原と飲むところまでが決定事項らしい。
電話越しではなく、直接話を聞く機会も用意された、ということでもある。
話を変えるつもりで出した提案だったが、悪手だったと、そこで気づく。
「それは問題ないの?」
『肉ダンジョンは人気ダンジョンだ。故に予約はすぐ埋まる。
深淵十二紋と、その傘下が枠を取り合っているからな。
それだけに、一般開放枠を週に一つは残すようにしてある。
お前が行ったのは、それを運よく引き当てたものだろう。
ふっ、三十分の一よりもはるかに確率は低いぞ。
縁を切りたいんだろう? 普通にやってはまず……無理だろうな』
「あー……」
管理側がこう言っているのだ。
普通にやっては難しい。
三十分の一ではなく、三万分の一。
肉ダンジョン争奪戦に適用されるのは、そちらなのだから。
それがよく分かった。
確認こそしていないが、こうしている今も、面倒な連絡は来ているはずだ。
コメット、そしてカナタ。
呼べば終わる。だが、その前に。
サークル臨時に行けば、顔を合わせることになる。
肉ダンジョンに呼んだあとに、サークル臨時で会うか。
サークル臨時で会ったあと、肉ダンジョンに呼ぶか。
どちらが最適か。
――考える。
二枠欲しいと言ったのは、カナタの分のつもりだった。
自分のあとにカナタが臨時の野良パーティを主催すれば、綺麗に縁が切れる。
だが、自分主催で先に肉ダンジョンに呼び、揉めてからサークル臨時で再会する。
それよりは、最初のサークル臨時で揉めてしまえば、縁が勝手に切られるかもしれない。
肉ダンジョンに呼んでも来ない、その可能性もある。
どちらにしろ、面倒だ。
だが、それで終わると考えれば、我慢はできる。
うまく最初に揉められれば、二枠とも俺の好きに出来るかもしれない。
そのためなら、サークル臨時に行くのも悪くない。
――そう考えることにした。
「……それじゃ、どこで、何を見てくればいいか。
なるべく細かく、メールで送ってよ」
つい、楽しげな声でそう言った。
『ふっ、サークル臨時に行くのは嫌だが、肉ダンジョンに行けるなら構わない。
……そんなところか?』
あっさりと察せられてしまったようだ。
だが、交渉の結果として肉ダンジョンの枠が優遇されるなら、悪くない話だと割り切る。
「そうだね。おかげで悪縁を二つ、切れる。
飲むときはぜひ、俺の獲って来たダンジョン産の肉を、傍聴者の皆さんにも振るまいたいね」
サシ飲みよりは、女性陣も巻き込んでやろう。
そんな考えが頭に浮かび、そう口にする。
だが、目の前の熊澤は高速で首を左右に振った。
スピーカーの向こうからも、鷲倉の『と、とんでもない』という即答が返る。
その中で一人、鷹見だけが――
『ダンジョンのお肉、食べてみたいです』
と、呑気な声で言った。
いてくれるのは構わないが、この 女性(ヒト) 、大丈夫かなと少し心配になる。
雨木はグラスを指先で回しながら、氷の音を小さく鳴らした。
『ふむ、せっかく俺のためにダンジョン産の肉を獲って来てくれるのだ。
それだけだと割に合わないかもな。
できるかはわからんが、他にも何かあれば言え』
美濃原の声が静かに響く。
――別にお前のために獲りに行く訳じゃねぇけどな。
その言葉を飲み込み、
「あんまり頼むと、後が怖いから。充分だよ」
と返す。
ちらりと視線をやると、熊澤が今度は高速で頷いていた。
思わず小さく息を吐く。
『そうか……個人的な話でなくてもいいぞ。
狼山に話したこととは別に、冒険者としてお前が思うこと。
何かあるなら、せっかくだ。
鷹見と鷲倉、そして熊澤の後学のために――
俺に、この美濃原道三に、言ってみてはどうだ?』
「……」
言葉が止まる。
場の空気が、わずかに張り詰めた。
スピーカーの向こうで、誰かが息を飲む音がした。
美濃原、鷹見、鷲倉、そして熊澤。
全員が、 雨木(おれ) の言葉を待っている。
無いと言うのは簡単だ。
それで、この場は終わる。
有ると言えば、いくらでも出てくる。
細かい要求なら、いくらでも並べられる。
だが、自分で出来ることは、自分でやるべきだと雨木は思っている。
甘えと、妥協と、利用は――似ているようで、違う。
「あー……」
頭を掻き、グラスを持ち上げる。
一口だけ、酒を流し込んだ。
少しだけ間を置いてから、口を開く。
「……真面目な話で、すぐに、とか、絶対って話じゃないんだけど」
『聞かせろ』
考えながら言った言葉に、間を置かず、美濃原の返事が返る。
それが、なぜか少しだけ嬉しかった。
「……葬式をね。
ダンジョン省の……特殊空間管理省の方で、出来ないかなって」
『葬式? 誰のだ?』
「……死んだ冒険者の。
冒険者は、死んでも骨も残らない。
ダンジョンに吸収されるから。
こういうこと言うとさ、情けない奴って思われるかもって、なかなか言えないんだけど。
今日はまぁ……飲んでるから、それで出た弱音だと思って聞いてよ。
……怖いんだ」
そこで一度、言葉を切る。
グラスの中の氷が、からんと音を立てた。
「殺したゴブリンが、魔物が。
ダンジョンに吸収されるのを見ると……
いつか自分も、こうなるんじゃないかって」
小さく息を吐く。
「ダンジョンに入って、最初の戦闘のあと。
……いつも、少し震える。
だから――」
その先の言葉は、うまく形にならなかった。
グラスの中で、氷が静かに音を立てる。
誰も、何も言わない。
ただ、その沈黙だけが、重く場に落ちた。