軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黒塗りの車

担当になった熊澤と連絡先の交換を終え、雨木がゴブリンダンジョンを後にしようとしたときだった。

立入禁止区域内の駐車場に、一台の黒塗りの高級車が入ってくるのが見えた。

(ヤクザが好みそうな車だな)

そう思いながらやり過ごそうとする。

だがその車は雨木の前で止まり、運転席の窓が静かに下がった。

「久しぶりだな。小僧」

「……あんたかよ。いい車に乗ってますね、お似合いですよ美濃原さん。

でも小僧って呼ぶなって言いましたよね? こっちもジジイ呼びした方がいいですか?」

特殊空間管理省、外部監察官――美濃原道三だった。

互いに鋭い目つきで睨み合う。

近くで見ていた自衛官たちは肝を冷やしたが、当人同士にとってはただのじゃれ合いだ。

数秒後、美濃原が小さく笑った。

「フッ。帰るところだったか。ギリギリ間に合ったようだな」

「何か用事ですか? 何で俺がここにいるって・・・・・・・って分かるか。その為のイージス端末か」

「なに、こっちに来る仕事があった。そのついでだ。何度か来てるようだったし、いるなら話しておこうと思っただけだ。

急いでないなら少し付き合え。助手席に乗れ」

「……まあ、急ぐ用事はないですけどね」

雨木のこの後の予定は一人打ち上げだ。

今日も焼肉。独りダンジョンの日の、もはや定番になりつつある。

とはいえ店を予約しているわけでもない。

わざわざ会いに来たダンジョン省のお偉いさんの言葉を、無視できるほど雨木は短絡的ではない。

用があるのだろう、という察しもつく。

心当たりもあった。

雨木が乗り込むと、美濃原は少し車を走らせ、周囲に他の車がいない場所で止めた。

そして缶コーヒーを取り出す。

「悪いがこの車は禁煙だ。これで我慢してくれ。微糖とブラック、どっちだ?」

「ブラックで。甘いの苦手なんですよ。煙草も匂いが嫌いなんで吸いません」

「そうか。気が合うな。俺もだ」

そう言って美濃原は微糖を戻し、同じブラックを開けた。

雨木も受け取った缶を開け、口をつける。

「それで、要件は?」

「そう急ぐな。大した話じゃない。

表向きは世田谷ダンジョンの件だ。お前に殴られたって訴えてきた大学生が二人いたろ?」

「いましたね。まぁ、それだろうとは思ってましたけど。

やっぱ置いて帰るべきでしたかね。泣いて頼まれたから、ついてくるのは許したんですけど」

直近で思い当たるのはそれくらいだ。

あの時、雨木は本気で置いて帰るつもりだった。

だがコメットが泣いて縋りつき、自分で歩くと言うので許した。

カナタが足を怪我していたこともあり、振り切って帰るのは難しかったこともあった。

その結果が、

「ダンジョンの中で殴られた」という訴えだった。

帰り着いた瞬間、

「ダンジョンの中であいつに殴られた」と、自衛官や警察官に泣きついたのだ。

「表向きだと言っただろ。処分なんて話はない。ダンジョンの中は自己責任だ。警察も自衛隊も、そんなことで動かん。

証拠もない。片方の言い分だけで処分など出来る訳がない」

一拍置いて、美濃原は続ける。

「……まあ、殴ったんだろうとは思ってるがな。

魔物と戦う冒険者だ。それくらいあって当然だ。

それを言いつけてくる方が情けない」

雨木は心の中で(せいかーい)と頷きつつ、表では笑ってやり過ごした。

「この件はそれで終わりだ。

だが、知らない顔でもない。一応、忠告しておく。

坊主頭で丸っこい奴、いただろ?」

「ああ、野球部のキャッチャーみたいな格好の。タカオ、だったかな?」

「みたいじゃなく、本当にそうだったらしい。

中高と野球部で、キャッチャー。

上下関係が濃いところだったみたいだな」

美濃原はそこで一拍置いてから、続けた。

「その縁が生きたんだろう。先輩がいたらしい。

六星勇団の下部組織に入った」

六星勇団。

勇者と呼ばれる冒険者が率いる、国内トップクラスのチームだ。

深淵十二紋と呼ばれる序列でも、上から三番目に位置する。

下部組織の数が多く、トップ3の中では最も規模が大きい冒険者組織だ。

「なるほど。ご忠告ありがとうございます。

まあ、どうしようもないんですけど。一応、気をつけます」

(お礼参りか、来るなら来ればいいさ。野球チームの人数くらいは道連れにしてやる)

内心を隠し、雨木はそう答えた。

「もう一人、変な髪型のがいたな」

「変て、アシメトリーってやつじゃ? まあ、変でしたけど。

レニオス、でしたっけ? あれ、レオニスだっけかな?」

「知らん。どっちでもいい。

だが、そいつの親父が三星食品の専務だ。その名前は知ってるだろ?」

「……一部上場企業じゃん」

「今は言い方が違うがな。

国内トップの食品メーカーで、ダンジョン産食品の大口取引先だ」

(あちゃー。こっちも面倒だな)

だが、出来ることは何もない。

「勘違いするな。処分はない。他の冒険者にも話を聞いた。

碌に仕事はしないくせに、報酬だけは要求する連中だったそうだ。

味をしめたんだろう。

そんな言い分で、外からダンジョンの中を裁かせる気はない!」

美濃原はハンドルを拳で叩いた。

思ったより熱い男なんだな、と雨木は思った。

「だが外で何をしてくるかは分からん。気をつけろ」

「了解です。ありがとうございます」

面倒見がいい。

一度会っただけの相手に、ここまで言ってくれるとは思わなかった。

雨木はそれを、素直にありがたいと感じていた。

「……と、これが表向きの要件だ」