軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

担当

コメットとゴブリンダンジョンへ来た日から二日後。

雨木は再びここを訪れていた。ただし今回は一人でだ。

いつものように狩りをこなし、精算とシャワーを済ませたあと、休憩室で腰を落ち着ける。

そこへ五百円のインスタントコーヒーを差し出しながら、熊澤が声をかけてきた。

「この前の方、可愛い人でしたね。大事にしてあげてください」

思いがけない言葉に雨木は眉を寄せる。

可愛い人、というのがコメットのことだと分からないほど、雨木は鈍くはない。

何故なら他に誰かとここに来たことは無いからだ。

そこは否定しない。

そう思う気持ちがなければ、そもそも受け入れていない。

面倒という気持ちが勝っただろう。その場合は軽やかにフェードアウトしていた雨木だ。

ただ、このゴブリンダンジョンに一緒に来たコメットに「可愛い」という評価はどうにも噛み合わなかった。

立入禁止区域の入り口から既に怯えており、ダンジョンに入った後は結局は吐き通しだった。

ダンジョンの外に出てからも回復せず、この施設の女子トイレを長時間占領していた。

結局それは、立入禁止区域から出てもしばらく続いた。

(ダンジョン出てからずっと、ここの女子トイレの一室を占領してたみたいだしなぁ。そりゃ 熊澤(クマ) さんも嫌味の一つは言いたくなるか)

そう考え、雨木はとりあえず頭を下げる。

「あー、迷惑かけてすいません。もう連れて来ないんで、そこは安心してください。多分、向こうももう来たがらないと思いますし」

「……えっと、パートナーになったんじゃないんですか? てっきりお付き合いされたのかと」

「パートナー? いえ、全然。あの人は肉ダンジョン臨時の主催者だった人です。

相互って条件なんで連絡を取ってたんですけど、肉ダンジョンの予約が取れないもんで。

その穴埋めで、少しは稼ぎになればと思ってここに誘ったんですけど。

……なんか悪いことしちゃったみたいです」

なるほど、ダンジョンに女連れで来るということはそういう風に見られるのかと、雨木は一つ学び、深く考えていなかった自分を反省した。

ここは今後も通う予定のダンジョンだ。

熊澤を含む駐在スタッフから誤解されるのは、色々と不都合がある。

だからこそ、恋人関係ではないと明確にしておく必要があった。

「それは・・・・・・・悪いことしちゃったかもですね。結構多いんです、トラウマになる人。人型の魔物の中でもゴブリンは、人間を妙に連想させるようで」

おかげで ゴブリンダンジョン(ここ) は人気が無くて、と熊澤は続けた。

それは多分問題は複数ある。その中で、 金になら(レアが) ないことが大きい。

だがトラウマは、多分ダンジョンの構造のせいだろうなと雨木は思った。

肉ダンジョンは“牧場”と呼ばれるほど広く明るかった。だが、こちらは薄暗い遺跡で迷宮のようだ。

外で見れば緑色のゴブリンも、暗闇に紛れると人影に見えなくもない。

そのせいで“人を殺してしまった”ような錯覚を呼ぶ可能性がある。

(とはいえそれは、割り切りが足りないんだよな。人だろうが魔物だろうが、襲ってくるなら敵だ。敵を倒す度にグチグチ言われるのも萎える)

雨木にとって敵は敵。それ以上でも以下でもない。

男か女か、人間か魔物か――そんなものは、敵味方の区別の後に来る些末な要素だ。

コメットにその覚悟がないことは、今回よく分かった。

「稼ぎたい」と口では言っていたが、実際には“楽して稼ぎたい”のほうが近い。

危険を理解したうえで飛び込む覚悟ではなく、

ただ雨木に連れられていけば何とかなる、程度の発想だったのだろう。

いざダンジョンに入れば、恐怖と現実に押しつぶされ、すぐ限界が来た。

(……まあ、言うのは簡単だよな。稼ぎたいなんて皆が思ってる。誰でも言える言葉だ)

そう再認識し、雨木はガッカリした。

実際、ダンジョンを出たあとコメットは「もうここには来たくない」と言った。

雨木もそれでいいと思う。

戦闘のたびに「ようそんなことできる」「人の心は無いんか」などと小声で文句を漏らされれば、

鬱陶しいと感じて当然だ。

覚悟がない者ほど、見なければいい現実に文句を言う。

最初からその程度だと分かっていれば、連れて来なかっただろう。

仮に「また行きたい」と言われても、断固拒否するつもりだ。

今回の件でコメットへの期待も完全に消えた。

相互の約束だけ早く終わらせて、できれば距離を置きたい――そんな気持ちが静かに固まっていた。

「色々申し訳ないから早く肉ダンジョンの予約を取りたいんですけどね。全然取れなくて・・・・・・・」

「人気だって聞いてますけど、世田谷のダンジョンはそれほどなんですか? 羨ましいですね」

熊澤の話では、ここのゴブリンダンジョンは相変わらず不人気で、雨木以外の来客はないらしい。

雨木にとってはありがたい話だ。

できれば、ここで得られるスキルカードがどちらもレベル3になるくらいまでは独占したいと思っている。

だが、それをここで口にするほど愚かでもない。

「魔石で稼いでる身としては有難いんですけど、熊澤さんたちは困りますよね。お仕事ですもん」

勿論本音ではない。蠟燭ゴブリンは三日周期で復活する。

そのペースに合わせて入れば、一度で六万から八万ほどの稼ぎになる。

専業の雨木なら税率は二割。

多ければ六万前後が、そのまま手元に残る計算だ。

三日おきに通えば週に二回、月にすれば五十万近い稼ぎになる。

もちろん八万は上振れで、今日は六万を切っている。

それでも、「ダンジョンが稼げる」という事実は揺るがない。

(ま、砂上の楼閣なんだけど)

誰かが先に入れば、収入は一気に落ちる。

蠟燭ゴブリンのカード化条件が広まれば、ここは一瞬で稼げなくなるだろう。

「なら、さっさと担当者を決めちまえばいいだろ。 熊澤(クマ) 、確か専属になれば予約状況を教えられるんじゃなかったか?」

横からそう声を掛けてきたのは、カブこと鏑木だった。

武闘派の自衛官で、本日の雨木の見張り担当。そして研修のときの担当でもある男だ。

自衛官は特定のダンジョンに張り付くわけではなく、一定の地域内をローテーションで回っている。

そのため鏑木は前回はいなかったし、研修で一緒だったもう一人のヤマタとも、あれ以来会っていない。

ゴブリンダンジョンに慣れてきたとはいえ、話せる顔見知りがいると、雨木も少し気が楽になる。

鏑木の言葉に軽く頷き、熊澤に視線を向けた。

「そうなんですか?」

「そうですね。ただし担当になった場合、人が少ないときにはこちらから『来て欲しい』と連絡を入れる決まりがあります。担当の変更も出来ません」

その説明を聞いて、なるほど、と雨木は思う。

それが評価に繋がるのだろう。

前職でも、数字を並べて成績を競わせるのは当たり前だった。

どうやら公務員も、大差はないらしい。

「それくらいなら問題ないですね。正直、誰かが先に入った後だと稼げなさそうですし。ほかに人が来ていないなら、呼んでもらって構いません」

むしろ雨木としては、三日ごとに蠟燭ゴブリンを狩りに来たい。

担当が付けば、誰かが先に入ったかどうかが分かる。

それは好都合だった。

それに――相手が美人の熊澤なら、なおさらだった。

自分がダンジョンに入ることが、彼女の成績になるというのなら、構わない。

「なので、お願いしてもいいでしょうか?」

雨木の言葉に、熊澤は一度しっかりと目を閉じた。

そして改めて雨木を見据え、はっきりと答える。

「分かりました。このゴブリンダンジョン限定になりますが、アマギさんのサポートとして、精一杯努めさせて頂きます」

その返答を聞きながら、雨木は思う。

(別に今のところ、サポートはそこまで要らないけど。

仕事を可もなく不可もなくやってくれればとりあえず十分だ。

それより、せっかく連絡を取るんだから、気まずくならないように仲良くやりたい)

この日が雨木楓真にとって、初めてダンジョンに担当が出来た日だった。