軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8話 そんなにリツの裸みたいんだぁ♡

〈黒き森〉幹部がひとり――怪人・キョウゴク。

隣人の大学生を投げ飛ばして壁を破壊し、律のオンボロワンルームに土足で乗り込む。

「ガキが力持って勘違いしちゃったみてぇだから躾に来てやったぜ」

突然の怪人の乱入に驚いたのは律だけではなかった。

『キョウゴク!?』

『マジかよ』

『うわやっぱり来た』

『コイツ煽り耐性なさそうだもんな…』

『↑ほんとにやめとけ』

リスナーたちの間にもにわかに緊張が走った。

ネット上では匿名で発信することができる。

つまり弱者が権力者に対して自由に声を上げることができるということ。

それがインターネットの利点でもあるが――キョウゴクに限ってそれは当てはまらない。

「知らねぇみたいだから教えといてやるよ。俺は俺がムカつく人間の近くにテレポートできんだ」

ネット上であろうと公然と〈黒き森〉を批判できない――その理由のひとつがキョウゴクのその能力であった。

ムカつく人間の近くにテレポートできる。

住所を知られていなくても関係ない。キョウゴクに目を付けられれば、直接的な暴力にさらされる危険があるということだ。

匿名掲示板のように完全に素性が分からない相手には能力を使えないなどいくつか制限はあるようだが――言論を封じる抑止力としては十分。

床に伸びている大学生の背中を踏みつけるようにしながら、キョウゴクは律に迫る。

「〈黒き森〉がデカくなったのは俺のお陰なのよ。ギャンブル中毒のクズやブランド狂いのバカに 10日5割(トゴ) で金貸して、借金どんどん膨らんで首が回らなくなったら俺の出番。どこにいてもなにをしていてもテレポートで付き纏って回収すんだ。だからなぁ――」

キョウゴクは律の部屋の本棚に手をかける。

古本屋で買った古いマンガがギッチリ詰まったそれを片手で持ち上げ、振りかぶった。

「俺の〈黒き森〉をバカにされんのが一番ムカつくんだよッ!」

(ひえっ)

なんとか身をかがめた律の頭の上スレスレを本棚が飛んでいく。

それは窓ガラスを突き破り、マンション中に響き渡るような音を立てて地面に叩きつけられた。

(ひいっ、敷金が! 大事な家具と漫画も!)

律は砕け散る窓ガラスと、2階の高さから地面に叩きつけられて無残にも潰れた安物の本棚を思って泣きそうになった。

窓の外に誰もいなかったことだけが不幸中の幸いか。

内心で震え上がる律を見下ろし、キョウゴクは高圧的な態度で迫る。

その体格差といったら、子供と大人というよりは小人と巨人といったほうがしっくりくるほど。

キョウゴクの象のような足で踏みつければ、華奢な律の体など簡単に潰れてしまうと容易く想像できた。

「まぁ子供だからな。謝ったら許してやるよ」

そしてキョウゴクは下卑た笑みを浮かべる。

「カメラの前で服脱いで、土下座して、俺の靴を舐めろ」

『やめてやれよ…こんな子供に…』

『リツちゃん逃げて!』

『いや、謝った方がいいぞ。じゃないと命が危ないかも』

『そもそも逃げられないしな…悔しいけど…』

『それはそうだけど…』

『また〈黒き森〉にめちゃくちゃされんのかよっ…!』

悲壮感漂うコメント欄。

それとは裏腹に、律は内心で顔を輝かせた。

(えっ、服脱いで土下座して靴舐めるだけで許してくれるの!? 顔に似合わず優しすぎ……!)

社畜時代の律にとって土下座など日常茶飯事。

酔っ払った上司に指示されて飲み会で突然裸踊りをさせられたこともある。

靴を舐めるのはさすがに日常茶飯事というわけではなかったが、どうしてもヤバいときに2回ほどやったことがある。

痛くもなければ金がかかるわけでもない。

命が助かるのであれば安いものだ、そう律は思った。

しかし律の口はそうはいかなかった。

「服脱げとか変態すぎ♡ そんなにリツの裸みたいんだぁ♡ おじさんってばロリコン?♡」

「……あ?」

ビキッ……と、キョウゴクの額に血管が浮かぶ。

しかし律の煽りは止まらない。というか、止められない。

「てかなんでひとりで聞かれてもいないこと喋ってたの?♡ おじさんの昔話とか誰も興味ないよ♡ あ笑 だからキャバクラの女の子にしか相手されないのか笑」

『うおwwww』

『すげぇ…ホンモノのメスガキだ…』

『人を罵倒するときは本当のことを言うのが一番キくって言うよね』

『やめろよお前ら…ププ……』

『これ聞いて一番笑ってんのキャバの女の子たちだろwwwwww』

本人を前にしても変わらぬ煽りに、萎縮していたリスナーたちもにわかに活気を取り戻す。

この発言に一番顔を蒼くしているのは、恐らく律本人であろう。

(うわあああああっ!? なに言ってんだ俺、ヤバいヤバいヤバいヤバい)

殴られる――律は咄嗟にそう思ったが、そんなことでは済まなかった。

「ふざけんなよ、クソガキがああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

ガッ……バキバキバキバキバキバキッ!

キョウゴクは律のボロワンルームのフローリングを拳で破り、ちゃぶ台返しでもするかのように床をめくり上げて破壊する。

階下の住民が悲鳴を上げて逃げて行くのが分かった。

(ひいいいいっ!? なんて怪力!)

律は内心で悲鳴を上げながら、なんとか床を蹴って飛び上がる。

この狭いワンルームで暴れられては逃げる場所もない。

隙を見て一足先に部屋を出たプイプイの後を追うようにして、律は窓から空へと逃げ出す。

火事場の馬鹿力と言うヤツか。まともに訓練していなかったが、律は難なく空を飛ぶことができた。

そのまま一目散に逃げ出してしまいたかったが、しかし逃げることなどできないと律は思い出す。

ヤツの能力はテレポート。

どこへ逃げても無駄だ。今にも能力を使って背後に現れるのではないかと律は思ったが――違った。

「借金回収のコツ、教えてやるよ」

割れた窓ガラスの奥、めちゃくちゃになった部屋の真ん中で律を見上げるようにしながらキョウゴクは凶悪な笑みを見せる。

「叩くのは債務者本人だけじゃねぇ。親族、友人、職場、近隣の連中――そういう周りを巻き込むんだよ。そうすれば債務者の周囲すべてが敵になる」

そしてキョウゴクは床で伸びていた隣人の大学生を、部屋に取り残されている配信中のカメラの前に引きずり出す。

「今からコイツをボコボコに殴りまーす。あのクソガキ魔法少女のせいでーす。あーあ、あんなヤツの隣人になったせいで……かわいそうになぁ」

まるで他人事のように言って、そしてキョウゴクはギロリとカメラを睨んだ。

「お前らも他人事じゃねぇぞ。魔法少女なんかに希望を持つんじゃねぇ。こんなふうになりたくなかったらな」

怪人の襲撃により15万人にまで増えたリスナーたちは一斉に沈黙。

しかし彼らの目は確かにその行く末を見守っている。

無関係な隣人を見捨てて律が逃げ出せば、魔法少女リツの――いや、魔法少女全体への信頼が揺らぐことになるだろう。

キョウゴクはそれが分かってやっているのだ。

「リツ! 戦うんだプイ。ステッキを出すんだプイ!」

(え、ステッキ?)

「魔法のステッキだプイ! さっき教えたプイ!?」

プイプイの言葉に律は戸惑う。

教えられた……といえば確かに教えられはしたが。

律はプイプイの言葉を頭の中で反芻する。

「頭の中の魔力管をガーッと開いて、あとは心の中のトキメキを具現化するようにステッキのデザインを――」

「ま、魔法管? トキメキ? もっと分かりやすく言ってよ」

「あっ、じゃあこれもあとで動画にするプイ! “メスガキ魔法少女、初めてステッキ出してみた”みたいな――」

律は魔法少女界に突如として現れた久方ぶりのスーパースター。

プイプイは昨今の魔法少女人気の低迷からなんとか脱しようと必死だっただけなのだが、それが裏目に出た。

(ええと、魔法管をガーッとやって、それで、トキメキを……待てよ。ステッキ出したとしてどう使うの?)

それに関してはプイプイからの説明すら受けていない。

もっときちんと訓練しておけば――そう思ってもあとの祭り。

キョウゴクは律の部屋の炊飯器を片手で掴んだ。

「ひいっ!?」

「悪ぃなぁ。俺も関係ない人間を巻き込みたくないんだがなぁ」

言葉とは裏腹の嗜虐的な笑みを浮かべ、キョウゴクは数キロはあるだろう炊飯器を怯える大学生の頭に向けて振り下ろす。

――いや、振り下ろそうとした。

しかしできなかった。

キョウゴクが炊飯器を振り下ろすより早く、律がステッキをキョウゴクの頭にフルスイングしたからである。

「グガァッッ!?」

ステッキの打撃をまともに食らい、派手に吹っ飛ぶキョウゴク。

その光景にリスナーの誰かが呟いた。

『…魔法のステッキってああやって使うものだったっけ?』